初めてのハッタリ
「うわぁ〜、結構エゲツなく戦力を削って来ますわね。それに、魂の輝きなら彼が1番だったのですけどね。もしかして、さすがにこのタイミングであの娘も動かしたりはしないわよね?一応見ておこうかしら」
アリアは一瞬ウンザリした顔をしたと思ったら、今度は良いことを思いついたかのようにポンと手を叩くと見ている映像を切り替えた。
そこには山の中で何かをジッと見ている女の子が居た。
その視線の先では仲間が数体のオーガと戦っている。
少女は何度か彼女の得意な爆発魔術で加勢しようとしたがなぜか実際魔術を使うことはしなかった。そして、隣に居る胸の豊かな女の子は立っているのも精一杯だったのか座り込んでしまった。
近くにはサイドテールの女の子もいたが、その娘は仲間が戦っているのにも関心を示さず、サイドテールの毛先を弄って枝毛でも探しているようだった。そう、この世界にはトリートメントなんてものはない。いつだって女の子の関心事は世界の行く末なんかじゃなくて、オシャレだったり、気になる男の子のことだったりする。
ハァハァ、ちょっとマズイかも。
ガルムを温存したかったけど、さすがにエリシスさんの表情にも疲労の色が濃く見える。それでも、心配かけまいと私達に笑顔を見せるのはさすがお姉さんってことなのかな?
ただ、先生ってだけで威張っていた教師とも、金持ちってだけでふんぞり返っていたあの人達とも違う、本当の大人の見本を見せられた気分。だから、私は大人の真似をする幼稚園児のように精一杯口の端を持ち上げてエリシスさんの笑顔に答えた。
「えっ?」
私は驚いて思わず声が出てしまった。
何の前触れもなく、目の前に女神が立っていた。
確か、こっちの世界に来る時に最初に会ったあのリヴという女神だ。
「女神リヴ、このような下界にお越しになるなんて如何なされたのですか?」
私が女神に傅いてそう尋ねたけど、彼女は私の方に視線を向けることはなく、妹ちゃんに綺麗な。いや‥作り物めいた笑顔を向けた。
「リヴ様との約束を反故にするつもりですか?早くやるべき事を行いなさい。」
リヴ様?この人リヴの僕なのかな?
見た目が全く同じなので紛らわしい。
ややこしいのでこれからは女神の使徒って呼ぶことにしよっかな。
「えっ?何のこと?約束?何言ってるかわからない」
妹ちゃんはそう言ってトボけているけど、女神の使徒とは目を合わせようとしない。
「フフフッ、リヴ様に逆らうなんて愚かな人間ね?」
「女神のイヌが何か言ってるけどわからない」
妹ちゃんはそう言って女神の使徒に背を向けた。駄目、その対応は悪手。
私は妹ちゃんと女神の使徒の間に割り込もうと動き出したけど、
「‥‥だ、だ、誰がイヌですか?もう、怒ったワン。ダィジィジオ」
女神の使徒は怒った‥にしてはノリのいい対応だったけど、、、彼女は妹ちゃんに向けて手をかざすと、その手の先からほそい糸の様な光りが迸った。
その光が妹ちゃんに直撃したので私は彼女に駆け寄ったのだけど、特に痛がるわけでも違和感がある訳でもなさそうな様子で、妹ちゃんも首を傾げていた。
「‥‥フフフッ、あなたの最も嫌がることをしてあげたわ。それほどリヴ様との約束はおもいってわけなのよ。私のリヴ様へのおもいと同じくらいにはね。」
女神の使徒はそう言って薄ら笑いを浮かべると、そのまま大気に溶けるようにスゥーッと消えていった。
一体何だったの?
自分の知らないところで何かが進んでいる。
それはわかるけど、妹ちゃんも私達に何か隠しているようだし、、どうしたらいいの?
問いつめたいけどそれが本当に正しい道なのかな?
気味が悪い思いを抱えながらも私は先に進むことにした。
正直に言うとシンヤくん達と別れてから色々な事が一気に起こりすぎて私のアタマはパンク寸前だった。
そして、私の動揺を見透かしたかのように次の悪夢が目の前に現れた。
「うわっ、、びっくりし‥あぁ〜ん?オマエラ何者だ?もしかして、さっきの悪魔の仲間か?逆らうと殺すぞ。」
2メートルは越す巨体に強者特有のオーラを纏っている男がいきなり現れて私に威嚇を始めた。怒らせると控え目に言っても今のパーティの状態では全滅させられそう。
何より恐怖で体の震えが止まってくれないし。
とにかく冷静にならなくちゃ。
ただ、運のいい事に彼の状態はあまり良くなさそうだ。
額から汗が滲んでいるし、やけに前傾姿勢でお腹を押さえている。
何かここから上手く戦闘を回避する方法は?
そう言えばさっき、なぜか私を見てビックリしていたような。
「私達と争う気がないなら立ち去りなさい。それとも今度は2人目の悪魔にトドメでもさされたいのかな?」
私は不敵な笑みを作った。
結局、悪魔が何か全くわからないけど、彼が悪魔を恐れているのと、悪魔が私達の仲間かもしれないと思っているのは分かったので、それを利用させてもらう事にした。
「マジかよ?うぅっ、もうあの術を喰らうわけにはいかないな。あばよっ」
そう言って彼は全力で逃げ出した。
まだお腹を抑えたままで前傾姿勢だった。
余程辛いのだとおもう。
潔すぎる逃亡に面食らっている間に彼はもう見えなくなっていた。
そして、いなくなったと分かった瞬間に私は大きなため息を漏らしていた。
そこにエリシスさんが駆け寄って手を差し出してくれた。
うーん、シンヤ君とハイタッチしたかったなぁ
「見事なハッタリだったな」
「一応、1番パーティが傷つかない選択肢を選んだだけだよ。それより、彼の言う悪魔って何だと思う?」
「‥、、魔獣の一種だろうか?」
腕を組んで少し考えた後エリシスさんは少し自信なさげに答えた。
「実は違うんだよね。私達は魔獣に見えないでしょう?彼は私たちに『仲間か?』って聞いたの。ということは、悪魔は人間だよ。しかも魔術の堪能な。そして、シンヤくんは魔術は使えないし、レナちゃんも魔獣支配だけだから。他に強い人間のパーティがいることになるよね?」
私は順序立てて説明した。
けど、その理論だと他にも転移者がいるという事?
もしかして10年前の勇者達だったりして。
「あっ、確かにそう言っていたな。私は短慮だな、悪魔って聞いて咄嗟に魔獣を思い浮かべてしまったのでそんなところ気付きもしなかったよ。流石コトハ殿は如才ないな」
「ううん、わたしもあんな強そうな人が悪魔と呼ぶんだから人外かと思ったけど、その割に私達を見て驚いていたから何か引っかってたんだよね。ところでこれからどうしよっか?ちょうど西から彼が来たってことは悪魔は西にいると思うんだけど迂回する?」
そう。今のメンバーで悪魔さんとエンカウントした場合、切り抜けられる気がしなかった。
分かってはいたけど、この世界でパーティのリーダーになるっていうのは仲間の命も預かるって事なんだよね。
ものすごく心細いけど、仲間にそんな姿を見せてはいけないってことなんだよね?
今頃不安感が全身に広がってきた。
『シンヤ君に頼りたい。』そんなことを一度考え出すと止まらない。
あの右手に見える樹々が少し開けた所にでるとシンヤ君が現れて、優しい笑顔で微笑んでくれたりしないかな?そして、私を思いっきり抱きしめて『コトハ、よく頑張ったな。後は俺に任せとけ』とか言って頭をポンポンしてくれたりしないかな?
もちろん、そんなことはしてくれたりはしないだろうけどね。
逢いたいな。
「私は迂回が正解だと思うな。あのレベルの敵が恐れる人間に勝てる気がしないな。」
エリシスさんが私に賛成してくれた。
「うん、私も同じ意見。あと、アヤとイオリちゃん、妹ちゃんの意見も聞かせてくれないかな?」
そう聞くとアヤは賛成してくれたけどイオリちゃんと妹ちゃんはシンヤくんに会えるならどっちでもいいという投げやりな意見だったよ。
だから、一旦北に進んでから迂回して砦に向かうことにしたのだけど、暫く歩くと例の樹々が開けたところにでた。
そこに居たのは私の願望通りシンヤ君ではなく、血まみれの誰かだったけど体型から見てシンヤ君じゃないみたい。
シンヤ君じゃなかったことにホッとして、その人物を近づいて確認するとトモヤさんだった。




