刺客
「お前、何をした?」
低く、春は尋ねる。
必要最低限の言葉だけを吐き出した彼は、数歩離れた位置に佇む少女を睨み付けた。
彼の腕は、くたりと力の抜けた従妹の体をしっかりと支えている。
「異能者……いや、魔族か。この辺りをコソコソしてたのもお前だな」
「……お前こそ、コソコソ狩ってる。この町の魔族を狩り尽くすつもりなの」
「必要があればな」
ギロリ、赤い目玉が春を睨み付ける。憤りには程遠いが、その目には確かに敵意が込められていた。
春は薄く挑発的な笑みを浮かべる。
「早くこいつを返せ。じゃないとお前も狩るぞ」
「それ、大切? なら大人しくしなよ。僕が死ねばそれは一生目覚めない」
ちらり、と少女は意識の無い那由多を一瞥した。
「それが“那由多”じゃなかったら、すぐに返してあげる。誰もこの道は通れない。『人間』は人目を気にするんだろ? 安心してゆっくりしてなよ」
春は舌を打った。
少女が言う“那由多”は十中八九、この那由多の事だ。本来ならば一気に攻撃してしまいたい所だったが、状況が状況なだけに思うように動けない。
少女の言葉を鵜吞みにしている訳ではない。だが、少女を倒しても那由多の意識が戻る保障がどこにもないのが事実だった。
その上この少女は人語を理解し、しっかりとした言葉を使う。高位の魔族に違いないのだろう。
「……もし、こいつがお前が探してる“那由多”だったら?」
「お前には関係ないよ」
少女は無表情を貼り付け、冷めた視線を寄越す。
「僕は“那由多”に用がある。他の奴なんか知らない」
「お前がこいつに関わる限り、俺には関係あんだよ」
「僕にはないよ」
淡々と答える少女に、春が徐々に苛立ちを募らせていく。
(意識を乗っ取る類か? いや、それならなんで目的の那由多の意識を奪うんだ。俺を乗っ取って那由多を殺すのが普通だ)
必死に今までに詰め込んだ知識と経験から答えを導き出そうとするが、いくら考えても納得のいく答えに辿り着けない。
強く歯を噛み締め、春は腕の中の那由多を見つめるしかなかった。
*
精一杯の警戒をしながら、那由多は自分にできることを考えていた。
昔から何をやっても平凡な自分だが、体育の成績だけは良かった。今思えば異能者と魔族の血によるものだろうが、とにかく、逃げ足には少しとはいえ自信があった。
だが、この空間で逃げようにも逃げ場など見つからない。得策とはいえなかった。
そして、折角受け継いだ能力はまだきちんと扱えた例がない。発動の兆しはあったといえど、その力で攻撃、いわんや防御すらままならないだろう。
どうすればいい。どうすればいい。
それだけをただひたすらに考える那由多に、少女は僅かに首を傾げた。
「……攻撃、しないの。それとも、僕の勘違い? 君は“那由多”じゃないの?」
「……君の言う那由多が誰かはわからないけど、私の名前は那由多だよ」
「じゃあ、おかあさんの名前は? おとうさんには会った事がある?」
繰り返される問いに、少女が求める“那由多”が自分であると確信する。少女は明らかに那由多を狙ってきた、敵だ。
那由多は細く息を吐く。命の危機を感じるのは二度目だ。まだ心臓は慣れてくれない。
それでも、瞳に力を込めて少女を見据えた。
「私のお母さんは、水無月遥。お父さんは、イフリート」
強く、はっきりと、告げる。
少女は紅の瞳を僅かに見開いて、その内、喜ぶようにその瞳を細めた。
「やっぱり、“那由多”だ」
嬉しそうに、彼女は表情を綻ばせる。
「じゃあ、殺し合いをはじめよう」
――え。
血の気が引いた。那由多はただ瞠目し、少女を見つめる。
穏やかな表情を浮かべた少女に、少し気を緩めてしまったのがいけなかった。表情とは裏腹に冷たく発せられた言葉が、更に冷たく那由多の心を凍らせる。
ぼう、と少女の手のひらの上で炎が揺らめいた。赤い、赤い炎が、楽しげに笑っている。
それを見て、那由多はようやく我に返り、待ったの声をかけた。
「わ、私、君と戦う気はないの! これから何かをする気も、ただ、普通に暮らしたいだけなの!」
「ごめんね。君の意志は関係ない。僕は主様に従うだけだから」
にこりと、少女が優しく微笑む。
「――僕が、イフリートを殺したように」
無垢な笑みはどこまでもあたたかで、だからこそ那由多は戦慄した。
12月29日 誤字訂正




