一週間
「那由多、いるか?」
ひょっこりと教室を覗き込んだ金髪の少年を見て、存外自分は順応力が高かったのかもしれないと那由多は心中でごちる。
彼女の従兄は、転校一週間にしてすっかり有名人である。
恵まれた容姿に加え、三階から飛び降りて無傷なのだ。目立つ事を嫌がっている素振りはあったが、目立たない方がおかしいというものである。
しかし春は気にした様子もなくずかずかと教室に入ってきては、席に着いたままの那由多を見下ろした。
「飯、行こーぜ。腹へった」
「え? でも、お友達とかいいの?」
気だるそうに欠伸をした春を見つめ、那由多はきょとんと首を傾げる。
クラスメイトは、先日の説明によりこうして春が那由多を訪ねて来ても何も言わなくなった。最初の頃こそ那由多に話しかけようと構わず春に声をかけていた女子もいたが、用件を邪魔されると春の機嫌がすこぶる悪くなる事を学習し、春が那由多の傍にいる時は近付かないという暗黙の了解のような物が出来上がってしまっていた。
今では随分とクラスメイト以外にも従兄妹という関係が知られたようで、当然のように隣にいる彼女に女子の羨ましそうな視線が注がれるのだが、あまり気にしない事にしている。
しかし内向的な那由多とは違い、春は既にクラスに馴染んでしまっているようなのだ。今朝登校した時も、クラスメイトらしき男子生徒と親しげに挨拶を交わしていた。
だからどうせ学校外でもほとんど一緒にいる那由多よりも、友達と一緒に食べた方が彼にとってもその友達にとってもいいだろう。
そう思っての言葉だったのだが、春は呆れたように眉を寄せた。
「那由多、お前に今一番必要なのはなんだ?」
「え? ええ?」
「お前はいまいち危機感を持ってねえみたいだけど、狙われてるのは確かなんだぞ。万が一俺がいない時の為に、自分の身を守れるようになるのが先だろ」
ハッと、紫苑色の瞳が見開く。
彼の言う通り、確かに那由多は危機感を持てずにいる。何しろ襲われたのが一度きりで、また目まぐるしく生活が変わってしまった為にそこまで気がまわらないというのもある。
しかし春が言った事は嘘でも冗談でもなく、むしろ彼がいる事こそが狙われているという事実を如実に物語っている。
先日、那由多にも能力が受け継がれている事が判明した。
無力でしかないと思っていた自分が、少しでも彼の負担を軽くする事ができるかもしれないのだ。
那由多は春の言葉を反芻し、小さく拳を握った。
「ごめんなさい……なんだか、迷惑ばっかりで……」
「気にすんな。その為に来たんだし」
ほら、行くぞ、と春に手を引かれ、那由多は慌てて自分の弁当箱を抱える。
先を行く背中を追いかけて教室を出れば、やはり目立つ春とその従妹である自分に視線が注がれるのがわかった。
(下を向いちゃ駄目……前を向いて、堂々と……)
幼い頃から幾度となく祖母に言われた言葉を思い出す。
威風堂々。凛とした彼女にはまさしくその言葉がぴったり似合うのに、彼女のようになりたいと思ってもできない那由多に清子は言った。
『背中をちゃんと伸ばして、前を見るだけでいいのですよ。それだけで随分印象は変わるわ』
それが那由多にとってはとても難しい事だった。
他人は怖い。
自分がどう見られているのかを知るのは怖い。人と顔をあわせる事が怖かった。
だけど、今はそうも言っていられない。
今、隣には春がいる。ただでさえ迷惑ばかりをかけているのだ。せめて、隣に立っていてもおかしくない姿でいたい。
弁当箱を包んだ袋を小さく握りしめると、目の前に見知った人物を見つけた。
「……あ、先生。こんにちは」
「はい、こんにちは水無月さん」
何やら資料を抱えた御影池が、にこりと穏和な笑みを浮かべる。
そういえば、納骨をした翌日に会ったきりだった。それに気付くと、御影池の視線が春に移るのがわかった。
「……ああ、彼が噂の転校生かな」
「は、はい……従兄のアズマくんです」
その噂は一体どんなものなのか尋ねてみたい気もしたが、気恥ずかしくて堪らないのでやめた。
僅かに視線を落として紹介すると、御影池は「そう」と呟いて笑む。
「私は御影池正樹です。社会科を担当しています」
「……水無月春です」
「氷取沢さんにはお世話になりまして。君も彼女のお孫さんになるのかな?」
無表情で御影池をじっと見ていた春だったが、息を吐くように「はい」と肯定した。
「そうか。彼女はとてもいい人だった。お悔やみ申し上げます」
「いえ、ありがとうございます」
「少し話をしてみたい気もするけど、これから昼食だろう。私も用があるし、それじゃ」
二人のやり取りを見ていた那由多が慌てて会釈をしたのを見届け、御影池は笑みを残して去っていく。
その背中をやはりじっと見つめる春に、那由多は首を傾げた。
「どうかしたの?」
「……いや、お前が身内以外ともちゃんと話せるのかと思って」
へらり、春が笑う。
那由多はむっとした。
「話せるよ。緊張はするけど」
「お前、絶対授業中あてられたら緊張して噛むタイプだろ」
「ど、どうして知ってるの?」
恥ずかしさからおろおろし始めた那由多をからかいながら、春は再び歩き出す。
裏庭へと向かう廊下の角を曲がる時、もう一度御影池が去った方向を見たが、そこに既にあの背中はなかった。
12月29日 誤字訂正




