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プロローグ
──その手は、届かなかった。
「レオニス!」
粉塵の向こう、崩れた回廊の縁に、彼の姿があった。
片腕でどうにか石に引っかかり、身体を虚空へ投げ出している。
その下にあるのは地面ではない。
黒く、底の見えない裂け目だった。
落ちれば、終わる。
それなのに──
「来るな!」
掠れた声が鋭く響く。
初めて向けられた拒絶だった。
「いやです」
セラフィナは首を振る。
怖い。苦しい。足は震えている。それでも──
ただ、掴みたかった。
あと少しで届くはずだった。
けれど。
裂けた手袋。
露わになった素肌。
触れれば、死ぬ。
その事実に、彼は気づいていた。
「駄目だ!」
伸ばしかけた手が、止まる。
それでも、セラフィナは止まれなかった。
「誰か……!」
助けを求める切迫した声は、混乱の中へ飲み込まれ、かき消される。
誰も来ない。
それならば、自分が。
必死に手を伸ばす。
その一瞬。
崩れた縁が、音を立てて砕けた。
「──レオニス!」
届かなかった。
指先は、ほんのわずかに触れかけて。
そのまま、彼は黒の中へ落ちていく。
音もなく。
ただ、消えるように。
「……っ」
膝が崩れる。
理解してしまった。
彼は、手を取らなかったのではない。
取れなかったのだ。
わたしが呪い姫だから。
──わたしに触れれば、死ぬから。
「……わたしの、せいだ」




