第八十六話 謎の敵に窮地を救ってもらうのはよくある話
ドクトルクインは仮面越しに笑い声を漏らす。
その声は、どこか甘く、それでいて背筋が凍るように冷たい。
「mamamama――子キャットのケイティ。
ユーの“詩の魔力”には興味があったんだmamamamam。
声に感情を乗せるだけで、周囲の魔力の流れが変わる。
mamamam……音そのものが生命に触れているよう」
博史が前に出た。
「お前が……ケイティを捕まえたのか」
ドクトルクインは首を傾げ、
まるで実験体を観察するような口調で言う。
「mamamama捕まえた?
unnn観察していただけ。
美しいハーットを持ったシーちゃんが
どこまで美しく歪めるか、興味があってねmamamammaam」
「ふざけるな……!」
博史が剣を構える。
だが、次の瞬間、ドクトルクインの杖先から淡い霧が噴き出した。
空気が歪み、壁の影がざわめく。
霧の中から、無数の腕のような黒い触手が伸び、博史に襲いかかった。
「っ……!」
博史は一閃。
触手を斬り裂き、ケイティを背に下がる。
「ヒロシ!」
ドクトルクインは愉快そうに笑った。
「mamamama……ユーは何なんだい?
このような弱い力で魔族、いや、魔王様に歯向かおうなんて…
この子キャットではなく、ユーこそが天から選ばれた人なのかい?」
「……天から選ばれた人…?」
「mamamamaいいわ…
天に選ばれたものかどうかはいくらでも確かめようがあるんだmaaaaa!」
その言葉と同時に、床が震えた。
魔法陣が幾重にも浮かび上がり、天井から黒い光が落ちてくる。
「……くそっ、ここごと崩す気か!」
博史はケイティを抱き寄せ、身を翻した。
次の瞬間、爆音と共に壁が崩れ、炎が吹き上がる。
瓦礫の中を転がりながら、博史は必死にケイティを守る。
「生きてるか!?」
「ええ……でも、あの人……」
ドクトルクインの姿は煙の向こうに消えていた。
だが、仮面の笑い声だけが残響のように響いていた。
> 「また会おう――“楽譜の欠片”たち。
> ユーたちの音色は、ミーの研究に必要だからねぇ……」
博史は剣を強く握り締めた。
「……あの狂人、何者だ」
ケイティはかすかに震えながら答えた。
「魔王軍四天王の第二位。
“研究”の名のもとに、あらゆる命を玩ぶ――
狂気の博士」
博史は肩越しに崩れた通路を振り返り、
燃え上がる炎の中、低く呟いた。
だが、その手前に、異様な気配が立ちはだかった。
崩れ落ちた天井から、火花と瓦礫が雨のように降り注ぐ。
熱風が頬を焼き、鉄の匂いが肺に刺さった。
「ケイティ、走れ!」
博史は彼女の手を強く引き、瓦礫の隙間をすり抜ける。
「でも――!」
「立ち止まるな! あいつ、爆破の範囲を計算して仕掛けてる!」
通路は次々と崩れ、黒い煙が渦を巻く。
その奥から、耳を裂くような金属音が響いた。
「……追ってくる」
ケイティが振り返ると、闇の中から異形の影が現れた。
人の形を模しているが、肌は灰色に溶け、
関節の代わりに無数の金属線が軋みを上げていた。
> ――ドクトルクインの“残響” ガジェット
「げぎゃぎゃぎゃ
貴様らがげぎゃかぁあああ!!」
博史が剣を構えた瞬間、実験体が一斉に襲いかかる。
斬撃。
火花。
そして血と油が飛び散る。
「ヒロシ、右――!」
ケイティの叫びに反応し、博史が振り返りざまに斬り払う。
刃が金属を裂き、火花が闇を照らした。
だが、切り裂かれた実験体は倒れない。
バラバラになった肉片が自ら動き、再び繋がっていく。
「くっ……再生まであるのかよ!」
ケイティが顔を上げる。
壁が脈動し、赤い光線が幾重にも交錯する。
「ここにいる限り、全部焼かれる…バカヤロー…!」
「出口は!?」
「この先――だけど、魔力の流れが乱れてる!」
博史は剣を肩に担ぎ、彼女の背を押した。
「構うな、行け!」
「でも、ヒロシ――!」
「行けぇぇぇぇ!!!」
博史の怒号が轟き、彼の剣が光を裂く。
光線を弾き、迫る実験体を一刀のもとに薙ぎ払う。
その姿はまるで、炎の中に立つ影のようだった。
ケイティは涙を堪えながら走る。
通路の先に、歪んだ転移門が開いていた。
その中心から、淡い青白い光が漏れ出している。
(……あれは……!)
「ヒロシ! こっちよ!」
博史が振り向き、駆け寄ろうとしたその瞬間――
背後から何かが伸びた。
「……っぐ!」
鋼線が彼の足を掴み、地面に叩きつけた。
煙の奥、ドクトルクインの声が響く。
> 「――逃がすと思ったかい?
> 君たちは、私の“詩”の素材なんだからmamamamam」
博史は歯を食いしばり、鋼線を力任せに引きちぎる。
「ケイティ、先に行けぇぇッ!!!」
「でも!」
「行けッ!」
ケイティは泣きながら手を伸ばし――
博史の身体を包むように、転移の光が広がった。
次の瞬間――。
――黒槍が振り下ろされた。
死を告げる轟音が回廊に響く。
「――ッ!」
博史とケイティは、ただ必死に構えた。
だが、その刹那。
空間が――裂けた。
何の前触れもなく、二人の前に黒い穴が開き、そこから一人の男が現れる。
長身、黒衣、無造作に結んだ髪。
無表情のまま、ただ静かにガジェットと対峙する。
「……テッシン……!」
博史の喉が震える。
四天王第一位。
かつて勇者たちを絶望に叩き込んだ存在が、今、目の前に立っていた。
ガジェットの目が怒りに燃える。
「テッシン……様……!
げぎゃぎゃぎゃ、なぜ人間を庇う!?
やっぱり貴様も人間なのかぁああ!」
テッシンは答えない。
ただ、無造作に右手を振る。
次の瞬間、ガジェットの槍が粉々に砕け散った。
「ぎゃ――!?」
反応する間もなく、巨躯の身体が裂け、黒い炎に呑まれて消滅した。
沈黙。
僅かな息遣いだけが回廊に残った。
「……助けた、のか……?」
博史が震える声で問う。
テッシンの瞳が一瞬だけ博史を見据えた。
その眼差しは、敵意ではなかった。
ただ――不可解な何か。
一刻後
壁が脈動し、赤い光線が幾重にも交錯し
ガジェットの再生プログラムが発動する
「……お前は、まだ死ぬ時ではない」
低く呟いた瞬間、足元に魔方陣が展開する。
空間が歪み、博史とケイティの身体が強制的に持ち上げられた。
「ま、待て! どこに――!」
博史が叫ぶが、テッシンは答えない。
「以前とはいい意味でも悪い意味でも違う
お前は生き延びろ。そして……俺に答えを見せてみろ」
視界が光に塗りつぶされ、二人は異空間へと呑まれていった。
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