ロベルダ公爵家のその後 ⑪
「ほら、リーベミオ。このお店のケーキが好きだっただろう?」
公爵からそう声をかけられても、リーベミオは特に興味がなさそうな様子を見せる。
公爵の記憶の中のリーベミオ・ロベルダはあくまで辺境の地へ追いやる前の、九歳の彼女でしかない。
リーベミオはとっくの昔に血の繋がった家族というものを諦めてしまった。
関わることも無駄だとさえ思っていることだろう。
リーベミオの反応を伺うように恐る恐るといった様子の公爵のことを、彼女は冷めた目で見ている。
やはりこうして対峙していても、特別な感情は何一つ浮かばないようだ。
「いただくわ。ただし何か薬でも盛っていたら許さないわ」
「リーベミオ……! 私がそのようなことをするはずがないだろう」
「それは分からないでしょう?」
彼女は血の繋がりがあろうとも公爵のことを全く信頼一つしていなかった。そもそも幼い子供を乱心してしまったなどといって辺境へとおいやった家族である。そして辺境へ向かって以来、初めて父親と顔を合わせたのだ。
彼女からしてみれば、家族というのは保身のために自分の言葉を聞きもしない話の通じない存在でしかない。
リーベミオやレリオネルをこの国に留めるために何かしてこないとは限らなかった。
彼女は公爵のことを信頼していない。神託がなければそもそも捨て置いたままだっただろうということが分かるからこそ猶更である。
「リーベ、大丈夫だよ。ロベルダ公爵も流石にそこまではしないはずだよ。それにそんなことをされても僕とリーベにとっては問題ないだろう?」
「そうだけど……私にとってはレリ様を傷つけようとしただけでも万死に値するのですわ」
「そうだね。僕もリーベが苦しい思いをしたら、それだけでそんな思いを味合わせた存在を許せないよ。絶対に報復する」
「ふふっ、そうよね。私もそう」
笑みを浮かべながらも二人はそんな恐ろしいことをさらりっと口にする。神に“愛を貫いたもの”などと神託で称されたのは伊達ではない。
リーベミオは、レリオネルのためならそれこそ何だって出来る。
愛しい彼を取り戻して、それで終わりでは決してないのだ。彼女にとってはこれからの人生でレリオネルが傍に居てくれることが大事なのだ。
それを奪うことがあれば、彼女は全力を持って抵抗することだろう。
「だからロベルダ公爵、ユウディス王国の王族にも伝えておいて。僕達には必要以上に関わろうとしないようにって。僕らは互いを害する存在を許せないんだ。公爵家にやってきたのも、ただの気まぐれでしかないよ」
「……しかし、レリオネル様、陛下は」
「国王が僕に会いたがっていることは知っているよ。でもそんなのはこちらは望んでいない。僕がレリオネル・ユウディスだったことも、リーベがリーベミオ・ロベルダだったことももう既に過去のことでしかない。少なくともリーベは、僕として生きていた存在のことをよく思っていないからね」
レリオネルはそう言って、隣でケーキを食べるリーベミオを見る。愛しい彼から視線を向けられたことが嬉しいのか、目が合うと愛らしい笑みを浮かべる。その笑みは、幼い頃と変わらない。
ただただリーベミオ・ロベルダという少女は、婚約者のことを愛していた。
だから幼い頃からレリオネルの姿を見かけるといつだって幸せそうに笑っていた。それは年を重ねて分別が付くようになってもそう。そして王族と公爵令嬢という立場がなくなった今だって、それは変わらない。
「当たり前でしょう?」
「僕もリーベがあの男に誑かされて、触れられることを許可していたら許せなかっただろうな」
「あら、私に触れていいのはレリ様だけだわ。あの“レリオネル・ユウディス”として生きていた方は、私のレリ様とは似ても似つかなかったもの。それに視線が嫌だったの。私の見た目を気に入って見定めるような目を向けてきて、凄く気持ち悪かった」
リーベミオは思い出しただけでも嫌な気持ちになる。ああいった視線を向けられて、不快な気持ちにならないわけがなかった。
そもそもどうしてあんな視線を向けられておきながら異性を侍らせていられたのか謎である。
「長い間嫌な思いをさせちゃってごめんね、リーベ」
そう言いながらレリオネルは公爵の前であることなど気にしていない様子で、リーベミオの頭を撫でる。
頭を撫でられたリーベミオは頬を緩める。
「レリ様が謝ることではないですわ!」
リーベミオはそう言って、公爵の方へ視線を向ける。その目は、レリオネルに向けているものとは異なる冷たいものだ。
「公爵、レリ様はお優しいから王族に対してもこの通りですけれど、私はレリ様の家族でありながらアレをもてはやしていた彼らに良い感情はありませんの。謝って、以前のような関係を築きたいというのはただの自己満足だわ。それは公爵にも言えることだけど」
リーベミオは実の父親であろうとも、ロベルダ公爵に対して容赦がなかった。その言葉に公爵の肩がびくっと震える。
「私は公爵たちから“乱心令嬢”などと言われたことを忘れていないわ。これまでの積み重ねで家族としてあなたたちと接する気持ちは全くない。それは幾ら何を言われたとしても変わらないわ。起こってしまった出来事はなかったことには出来ないの。だから私にとって公爵たちは家族ではないわ。血がつながっただけの他人よ。そしてレリ様にとってもユウディス王国の王族はそうなの」
はっきりとリーベミオはそう言い切った。




