ロベルダ公爵家のその後 ⑩
リーベミオが公爵家に会いに行くことにしたのは、神託が下されて数年後だった。リーベミオは特に公爵家に対して深い感情は抱いていない。
彼女の頭の中は、愛おしいレリオネルのことしかない。
だから家族のことは正直言って関心がなかった。ただいつまでも会わないでいると、彼らがどんな行動を取るかわからず面倒だと思った。
その結果、気まぐれに会いに行ったのである。
事前に手紙は出しておいた。いきなり会いに行くと混乱が生じるだろうと分かっているからである。
「お久しぶり。ロベルダ公爵」
――リーベミオは、“お父様”とは呼ばなかった。
リーベミオが姿を現した時、その場に居た家族は公爵だけだった。いきなり夫人に会わせることを良しとしていなかったからだろう。
それだけロベルダ公爵夫人は精神を病んでしまっていたのだから――。
公爵は眉を顰めた。父親として接してくれないリーベミオに思う所があるのかもしれない。
ただリーベミオは、それを見てもどうでもよさそうだった。興味がないというのが正しいのかもしれない。
「……ああ。久しぶりだな。リーベミオ。そして、申し訳なかった」
公爵は再会して早々に、深く頭を下げた。
やっぱりそれを見てもリーベミオはどうでもよさそうだ。寧ろどこか面倒そうとさえ思ってそうだった。
いつまでも頭を下げる公爵。声をかけないリーベミオ。
その均衡を破ったのは隣に居たレリオネルである。
「リーベ、このままだと埒が明かないよ」
「そうね。公爵、頭はあげていいわ。何を謝られているか分からないもの」
レリオネルの言葉にリーベミオはそう答えた。
公爵は顔を上げてから、リーベミオとそしてその隣に居るレリオネルのことを見る。
ロベルダ公爵は、レリオネルがリーベミオと共にあることは情報としては知っていた。ただこうして実際に傍に居る姿を見ると感慨深い気持ちになった。
――幼い頃のリーベミオが、レリオネルの身体を使っている存在を見て嘆いていたことを知っているから。
ただそれは公爵の罪の証でもある。なぜなら公爵は娘の言うことを一切信じなかったから。
「レリオネル殿下もお久しぶりです」
公爵は娘のことばかりに気を取られてしまっていたので、ようやくレリオネルに頭を下げた。
「ああ。久しぶりだね、ロベルダ公爵。でも僕のことは殿下呼びはやめてほしいかな。王族としての僕は死んだようなものだから」
レリオネルは特に不快には思っていないようだ。ただ淡々とした様子で答えている。
ただのレリオネル。
――少なくとも本人はそう思っているのだ。例え生まれが王族だったとしても、レリオネル・ユウディスの身体から出て久しい。王族としての教育もその時から受けておらず、それでいて本人にとってもそれは過去のことでしかなかった。
「分かりました。では、レリオネル様、またそのご尊顔をお目に掛かれて光栄です。そして全く気付かなかったことを謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした」
「仕方ないよ。それにそんな過去のことは正直どうでもいいんだ。リーベだけが僕に気づいてくれて、僕のことを心から愛してくれていることが分かったしね」
「ロベルダ公爵、レリ様がいいといっているのだからそんなに謝るのはやめてほしいわ。それにあなたの方から会いたいとおっしゃったのだから私はこうして来たの。放っておくことも出来たけれど、会いに来たのは家族だったよしみよ」
あくまで過去形で、リーベミオは語る。
公爵家は、彼女にとっては家族だったものでしかなくそれ以上の感情は一切ないのである。
ロベルダ公爵は傷ついた顔をした。
分かっていたはずなのに。それでも、謝罪をすれば以前のように戻れるのではないかなどというあさましい期待をしてしまっていたのだ。
その表情に気づいても、リーベミオは何も気にした様子はない。公爵が傷ついてもそれはそれなのだろう。
「会いに来てくれただけで感謝している。リーベミオ。許してくれとは言えない。だけれども、たまに会ってもらえたら嬉しい」
「それはその時の気分次第よ」
「気分次第でも会ってもらえるならそれだけでいい。リーベミオ、レリオネル様、美味しい紅茶などを用意している。中で話そう」
公爵がそう言って誘うと、リーベミオとレリオネルは素直に頷くのだった。
ロベルダ公爵はそれだけでも嬉しかった。リーベミオとレリオネルが、ロベルダ公爵家のことを許したり、以前のように親しくしてくれなかったとしても、それでもこうして話すことを受け入れてくれるだけでほっとしたのである。
公爵家の使用人達の中でも、リーベミオを知っている者も当然居る。彼女が公爵家を離れて長いものの、その噂は誰もが知っている。
乱心令嬢と呼ばれていたけれども、実は違ったのだと。
リーベミオとレリオネルが公爵の後ろを歩く中、当然のことながら使用人達から視線を向けられていた。




