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鶴の恩返し  作者: 雪桃
冬の始まり〜新年
47/62

小休憩1

 十月一日。古都子と太郎がトランクを下に持ってきた。


「アメリカ戻るわ。今日」

「今日!?」


 大学もなく休日のためゆっくり朝食を()っていた羽南は(のど)を詰まらせた。


「三十分後には出てくから」

「昨日のうちに言えや!」


 羽奏は仕事へ行き、弟妹達も学校へ行った。ここにいるのは二人を除いて羽南のみだ。


「じいちゃんの墓参りどうすんの? ばあちゃんに文句言われんの私なんですけど」

「頑張って」

「んのババア」


 投げやりな古都子に悪態(あくたい)()く。羽南の祖父──古都子の父──は三年前に病死している。命日は翌日だから休みの今日、祖母と車で墓参りをする予定なのだ。


「もう決まっちゃったことだし。毎年のことでしょ」

「責任逃れ」


 なんだかんだ言いながら仕方がないので羽南は了承する。三十分というのはあっという間で、さっさと二人は行ってしまった。


(久しぶりに静かになったなー)


 羽南が一息ついていると不意にスマホが鳴った。ディスプレイの画面には祖母の名前が()っている。


「もしもしお母さんは今出ていきました私は止めました苦情は受け入れません」


 質問が来る前に一息で答える。ディスプレイの向こう側からは沈黙しか訪れない。


「ちょっとばあちゃん? 早く用件言って。でないと通話料が……え?」


 向こう側から出てきた言葉に羽南は一時停止する。


「うち来んのばあちゃん?」




 遥の最近の日課と言えば(もっぱ)ら古谷の前で受験勉強をすることだった。


「お前本当勉強好きだな」

「そういうわけじゃないよ。受験があるからだし、何より私の()()って勉強しかないわけだし」


 秋になり、放課後になると薄ら寒くなる中庭で遥は答える。手に持っている単語帳は既にボロボロになっていて、遥の努力が(かい)()見える。


「……別に勉強以外にもあんだろ」

「何か言った?」

「別に。つか鳴ってるぞ。スマホ」

「え、本当だ」


 羽南から一通メールが来ていた。題名は『帰ってきて』だ。


「?」


 全文を開く。羽南達の祖母が遊びに来ている。彼女は新しい孫を見るまでは帰らんと言っている。だから早く帰ってきてくれ。という内容だった。


(おばあさん?)

「ごめんね古谷君。私帰る」

「ああ」


 何か不便なことでもあったのかと思い、遥は挨拶もそこそこに家路を急いだ。




「ただいまー」

「おかえりー」


 返ってきた声は羽南のものだ。別に変わっている様子はない。人見知りをする颯馬の泣き声も聞こえないということは時間が経っているのだろうか。

 見慣れたリビングに続く廊下を緊張しながら進む。ドアノブを回して見える範囲で少し開ける。


「何してんの姉ちゃん」


 警戒心の強い猫のような遥をいち早く見つけた颯介が不思議そうにしながらドアを全開にした。


「あ、ちょっと」

「おかえり姉ちゃん」


 悪びれる様子もなく颯介は慌てる遥に首を傾げる。


「あ、あのさ。おばあさんが来てるって」

「うん。そこ」


 颯介が指した先に白髪の女性がいた。彼女は着物を一切乱れることなく着ており、優雅に茶を飲んでいる。


「ああおかえり遥ちゃん。ばあちゃん帰ってきたよ」


 羽南に促され、女性は湯のみを置くと立ち上がって一分の隙もなく遥に歩み寄った。


「は、はじめまして。靏野遥です」

「はじめまして。芦屋古都子の母、(みね)です。あなたが長女ね。会えて嬉しいわ」


 目の前に来られたため、顔をよく見てみたが、言われてみると古都子によく似ている。古都子をもう少し老いさせて厳しくしたようなものだろうか。遥がただ見ていると峰が不意に包みを遥に渡してきた。


「これは?」

「お近づきの印に。つまらない物で悪いけど」

「う、受け取れませんそんな……」


 この半年で随分(ずいぶん)理解したが芦屋家の人間は贈り物をすることが好きらしい。


「下の子が全員もらってるのに不公平でしょう」

「でもこっちは何の用意も」

「私が急に押しかけたのだから当然です。それに子どもが遠慮するんじゃありません」


 押しつけてくるような強引さにデジャブを感じながら受け取らざるを得なかった。


「ごめんね遥ちゃん。ばあちゃん子どもが好きなのよ。孫バカとも言うけど」

「そもそも羽南が全く連れてこないのが悪いんです。私は二月から今か今かと待っていたのに」

「だってばあちゃん家に連れてったらちびちゃんはともかく遥ちゃんが失神(しっしん)するでしょ」


 遥が失神する家とはどんなものだろうか。事故物件? (しき)()が高い?


「それよりもういいでしょ。ばあちゃん孫見たら帰るって言ってたじゃん」

「羽奏を見ていません」

「お姉ちゃんは今日残業」


 不機嫌そうになる峰に呆れながら羽南は車の鍵を持って外へ出ようとした。慌てて遥もついていく。


「せめてお見送りを」

「構いません。受験生は大変でしょう。こんなことに時間を()く必要はありません」


 キツイ言い方に遥は尻込みする。そんな二人に割り込んできて羽南は遥に耳打ちする。


「こんなことしてる暇があったらその分休めってことだよ」

「え?」


 遥が戸惑っている間に羽南は外に出て峰の待っている車へ向かっていった。


「もう。そのキツイ言い方どうにかなんないの?」

「捉え方の問題でしょう」


 車を進めながら羽南は峰に注意する。


「大体何でもかんでも一人で溜めすぎです。大人を信用してないのかしら」

「違うよ。責任感が強いだけ。ああでも通夜で修羅場があったせいで頼るのが怖いんじゃない?」

「私を通夜に呼べばその女を社会的に抹殺(まっさつ)しましたのに」

「やめてくださいシャレになりません」


 大通りの信号を抜けて住宅街に入る。十月ともあってもう目の前は暗い。


「家の前まで連れてくよ。危ないし」

「そこらのヤワに負ける私じゃありません」

「ばあちゃんは平気だろうけど襲う方が可哀想だから」


 羽南は路上の片隅に駐車する。その際に周りを見て苦笑する。


「正直私は知りたくなかったよ。いつもおもちゃをくれて虐待児の私達を本当の孫のように接してくれてた優しいおばあちゃんがさー」


 降りた峰に聞こえるよう車窓(しゃそう)を開ける。峰が向かうはずの扉が重々しく開き、中から黒服の男達が並んで頭を下げている様子が現れる。


「お帰りなさいませ、(かしら)

「まさかヤクザだとは思わんでしょ」

「ヤクザではありません。芦屋組と呼びなさい」

「一緒だよ」


 何食わぬ顔で家に帰っていく峰の後ろ姿を見ながら羽南は溜息を吐く。


「こんなの遥ちゃんには言えないよねー」


 羽南は来た道を引き返しながら一人ぼやいた。

古都子の職業って結局何?っていうのを説明した話なので本編にはほとんど関与してきません。古都子と太郎はアメリカにある闇金の管理をしています。

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