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鶴の恩返し  作者: 雪桃
夏休み
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36

 休憩所に戻ると目の前に羽奏がいた。


「あなたはメンタリストですか。それとも超能力者ですか」

「さあ。それより話は終わったのか」


 遥は頷く。これ以上羽奏を待たせたら申し訳ない。今も社内メールが流れるように来ている。あらかじめ整理しておいたバッグを持って先に車へ向かう羽奏の後を追っていった。


(ん?)


 羽南からメールが届いた。颯介の見舞いと古都子達がやっと仕事を終わらせたらしい。


(もう一週間くらい顔見てない気がする。体とか大丈……夫だよね、うん)


 感覚が狂い始めている遥である。


(ホテルに行ったら……あ、颯介に勉強教えなきゃ。てことはまとめた方がいいよね)


 車中で遥はそんなことを思っていた。




 颯介の中学は結局五位で、一回戦を挽回(ばんかい)するかのようにそれからは勝ち越しを続けていた。


「よかったですね。また頑張ってほしいです」

「ね。ああそうだ。今日颯介君退院だよね」


 遥と羽奏が帰ってきて二日。検査をして安静にしていればいいと医者から許しを得て今日退院する。


「誰が迎えに行きましょうか。十八時に出るらしいんですけど」

「ラッシュ時かー。ちびちゃんは危ないし私は夕飯があるし」

「それ私が行ってきていい?」


 横から話を聞いていた古都子が名乗り出た。少し(くま)が出ている以外いつもと変わりない。


「いいけど何で?」

「ちょっと二人で話したいの。遅くならないうちに帰るから」

「?」


 二人は疑問に思いながらも了承する。深く聞こうとしても古都子は答えてくれないのだ。


「じゃあお願いね。行ってらっしゃい」

「はいはーい」


 四十半ばの女とは思えないくらい明るくて元気な声と背中が遠くなっていく。


「元気ですねー古都子さん」

「今更?」


 既に古都子について感心することもなくなってきた。ただ言っていないが遥は思う。羽南も大概同じようなものだ。


「そういえば結局颯介君が何考えてるかわからなかったね。大会が終わったからもういいけど」

「そのことなんですけど。多分颯介は──」


 遥は大会で感じたことを羽南に耳打ちした。




 松葉杖の高さを看護婦に直してもらう。男性の平均身長を優に越している颯介では松葉杖を調整せずに歩くことは不可能なのだ。


「……よし。これで大丈夫ですか」

「よいしょ。はい。ありがとうございます」


 少し歩いてみて丁度よかった。後は帰るだけなのだが。


「こんにちはー。颯介を迎えに……あ、もう準備できた?」

「お久しぶりです古都子さん」


 仕事関係で見舞いにも来られなかった古都子だったので、颯介が久しぶりと言ったのはあながち間違いではない。看護婦に色々手続きをしてもらってようやく病院を出る。


「はーそれにしてもびっくりしたわ。仕事に没頭(ぼっとう)して話を聞いてなかったとは言え目の前で大分ミイラ化してる息子を見るとは」

「ミイラ……これでも一週間で回復した方なんですよ」

「若いっていいわね」


 夏の十八時はまだ明るい。夕焼けと言うよりまだ青空の方が多い。


「……どこ行くんですか」

「んー。ちょっとそこまで」


 何も聞かされていない颯介は、家と反対の方へ歩く古都子を(いぶか)しむ。「ちょっとそこまで」と言ったのは伊達ではなく、質問してから五分もせずに古都子が足を止めた。


「バスケコート?」


 一般人でも利用可能な簡易的なバスケコートに古都子は足を踏み入れた。大通りから外れているので二人以外に人はいない。颯介も戸惑いながらついて行く。


「あの、古都子さん? 俺別にバスケがしたいと……いやしたくてもできないですよ」

「そのくらいわかってるわよ。私がやるから見てて」


 古都子はカゴからボールを取り出してその場で数回床に叩きつける。颯介はまだ疑問に思いながらも危なくない所まで離れる。そのうちに古都子はシュートをする。


「あ」


 予想通りと言うか適当に放たれた古都子のボールはゴールの側面に当たり戻ってきた。


「もう一回」


 次のシュートは力が足りずゴールの手前で落ちた。


「ふむ」


 その後何度も試みる古都子だが、力加減が悪かったり()(どう)がずれていたり。(あげ)()の果てに跳ね返ってきたボールが古都子の顔に直撃した。


「へぶっ」

「あの……」


 斜め後ろで困り眉を作りながら颯介が声を出した。


「ちょっと待って。あと少しで入る気がするから」


 こんな諦めの悪い四十代がいるのか。と内心呆れながら颯介は古都子に近づく。


「あの角を狙ってください」

「え?」

「ゴールの中心が本当はいいんですけど初心者には難しいんで。あの黒枠の角にぶつける感じで」

「角」


 ついでに構え方を教えてもらって再びボールを投げる。ゴールの前でクルクル回ったボールは小気味のいい乾いた音を鳴らしてゴールに入った。


「入った!」

「入りましたね」


 古都子は颯介の肩を強く叩く。そこは傷を負っていないので打撃は少ないが痛いことに変わりはない。


「いやーそれにしても本当にいいわねスポーツって。颯介、絶対続けなさいよ」

「え、っと」

「それがたとえ自分の望んだものじゃなくても」

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