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鶴の恩返し  作者: 雪野真白
夏休み
38/62

37

 古都子が小さく、冷静に言い放つ。颯介はよくわかっていないのか首を傾げる。


「望んだ?」

「最近ずっと何か思い悩んでたでしょ。君達は上手く隠そうとしてもすぐバレちゃうのね」


 そう言われても何について話されているのか颯介は理解していない。あれ? と古都子も一度止まる。


「もしかして無自覚?」

「えっと、何が」

「……マジか。こりゃまた厄介(やっかい)な子ね」

「え? あ、すいません?」


 額に手を当てて笑う古都子に謝る。


「そう。じゃあ颯介君。一つ君にあることを教えてあげましょう」

「は、はい?」

「恐らく君は中三の今、悩んでいることがある。もちろん勉強とかのじゃないわよ。バスケのこと。私達が表情でわかるくらい悩んでた。でも本人は無意識だから頼る必要もないしこちらもどうにもできない」


 古都子の推論(すいろん)に颯介は頷く。去年までは感じなかったことがあるのはわかっていた。それが何かはともかくとして。


「面談の時から疑問に思ってたんだけど思い出したわ。美歩が言ったこと」

「母さんが?」

「高校の時にね。颯介、あなたはきっと」


 古都子は言葉を切って一息吐く。


「寂しかったんじゃない?」




 三十年も前のこと。古都子はテニス部に所属していた。ただし全国に行けたのは二年の一回きりだけだった。それに関しては何も気にしていない。古都子や同じテニス部員は引退する。一人を除いて。

 古都子の同級生の一人に三年になっても残っていた者がいた。彼女は何度も全国に行き、記録を残していた。もちろん友達であった古都子も応援した。彼女も最初は期待に応えようとしていたが最後の大会が近づくにつれてやる気を失っていった。それは緩やかな傾向で部員はおろか、家族でさえも気づいていなかった。

 全国大会はなんの支障もなく終わった。彼女も三位に入りメダルをもらっていた。引退式も終わって間もなく、瞬く間に中学卒業を迎え、高校に入学し、数日が経ったある日。


「は? テニスやめた!?」


 古都子の友人の一人が電話で彼女がもうテニスをやりたくないという旨を伝えてきた。中学の時、プロになりたいと言っていたからこそ驚いているのだ。

 彼女がやめた理由はテニスを楽しいと思えなくなったから。至極簡単で、難しい理由だった。


「なんでだろ。中学の時はあんなに楽しそうだったのに」

「なんでって古都。あなたわからなかったの?」


 隣に座っていた美歩が意外そうに目を見張る。


「わからないわよ。急になんて」

「急じゃないでしょ。一年前から、あなた達が引退してからずっとでしょ」


 美歩は完全に呆れた様子で重く溜息を吐く。


「全くもう。きっとその子はテニスをすることだけを楽しんでたんじゃない」

「どういうこと?」

「彼女は」




「信頼していた部員と……チームメイトとずっとテニスをしていたかった」


 古都子の言葉に颯介はぐっと息を詰める。何か思い当たる節があるのだろう。


「それでも今まで一緒にテニスをしてきた人達が離れていくのが寂しかった。もう一緒に試合に出ることもないとわかった途端楽しさが薄れてしまった。そしてそれは今の君にも当てはまる」


 古都子は転がってきたバスケットボールを拾う。


「君はきっと彼女とそっくりよ。誰にも気づかれず失われていくやる気。試合に出なくて良かったかも。もし出たら、虚無感に襲われたかもしれないから」

「……でも俺とその人と違うところもありますよね。ほら、俺はスポーツ推薦があるから」


 何とも言えぬ恐怖を感じて颯介が反論する。その様子に古都子は苦笑する。


「そこが違くてこの話を出すと思う?」


 颯介の開いている方の目が大きく開く。


「そうだよ。彼女もテニスをするために高校へ行った。それでもやめた。あの時君が言ったように」


『推薦で入学したら、バスケをやめることはできないんですか』


 颯介はずっと心の内に靄(もや)を感じていた。同級生が引退した時、監督にまだ残ってくれと言われた時、チームメイトに頑張れと激励された時、嬉しさより戸惑いが勝(まさ)った。

 どうして自分だけ。今までは当たり前のようにチームでバスケをしてきたのに。急に取り残された。そしてこれから先、バスケをすることになっても同じメンバーではできない。今、理解してしまった。


「……でも、バスケをやめることは許さないわ。颯介」


 古都子の言葉に颯介は顔を上げた。


「チームメイトとできないからやめるなんて甘えよ」

「でも、俺は」

「あなたには才能がある。監督もあなたの友達も後輩もわかってる。颯介はもっと強い選手になれる」


 颯介は奥歯を噛みしめる。松場杖を握る手に力が入る。


「もう楽しめないかもしれないのに?」


 古都子の笑い声がコート内に響く。


「中途半端なやる気で才能を開(かい)花(か)させる選手がどこにいますか」


 古都子はバスケットボールをカゴの中に戻して荷物を背負う。俯いている颯介の頭を無造作に撫でて外へ出る。


「颯介、帰ろう」

「……はい」


 颯介は頷いて古都子の後をついて行った。

颯介編終了です。ちなみに話が長くなってしまうので切りましたがこの後引退式で颯介も沙樹も元に戻りました。元々ギクシャクしてたのは沙樹だけですけど。

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