8.
女はこの遊びが終わったことを告げると次の部屋へと行く道を案内するとついてくるように言ってきた。
だがもうこんな思いをしてまでもうここにはいたくないと帰らせてくれと女に訴える。
それを聞いて女は立ち止まった。
「はてぇ・・・・ここは一方通子ですさかい・・・全部終わらな帰れませんよぉ?全部終わっても帰れるんかは知りませんけどねぇ。」
どういうことか、女に詰め寄りもう帰りたいのだともう一度問い詰める。
「はぁ・・・そうですかぁ・・・まぁ、でもあれですよ。帰りたいのであればこの先の部屋が最後ですから・・・。そんなに気にせずとも帰り道はわかりますとも。帰り道はね」
女は落胆的に説明をしてくる。だが最後の部屋と聞いて安心はした。
さきほど暗闇の中で受けた痛みというのは本当の痛みだった。
いったいこんな痛みを伴う娯楽施設がいったいどこにあるというのか。
女になだめられるが恐怖と怒りがいじまじり落ち着かない気持ちになる。
「すいませんねぇ。あまり出来のいい建物じゃなくて。帰り道を一つしか作らなかったものですから、あなた様のように途中で帰りたいとおっしゃられる方もよくいらっしゃるのですが・・・結局は進むしかないのですよ。」
女は暗闇の奥を指差してこの先だと説明してくれた。
女はまだ次の部屋へとついてはいないが立ち止まりここまでしか私はいけないのですとロウソクを手渡してくる。
帰り道まで案内してくれるのではないのかと女に食って掛かった。
だが女は首を横に振って静かに答える。
「私はここでの役割でしか生きていけないのです」
その意味は理解できなかった。だがそういうと女は暗闇の中へと静かに消えていく。去り際に「ロウソクの火を消さぬように」その一言を残して。
少しその女の方向を追いかけたがどこまで行っても女の姿は浮かび出てこない。
あたりは異様な静けさに包まれる。
もう行くしかなかった。暗闇の中あたりには何もなく地面には白い砂利が敷き詰められているだけ。
女にいわれるがまま、指さされた方向へとだまって進む。
今までの次の部屋への廊下は必ずと言っていいほど少し妙な下り坂になっていたが今回はさらにはっきりと下り坂になっているようだ。
まるで山を下るような、そんな感覚だろうか。
砂利の山はとても長かった。
下っても下っても平地は見えない。だんだんとこの方角であっているのか、方向の手がかりがない暗闇の中でさらに孤独と不安に精神を削られていく。
足もだんだんと疲労が溜まる。つい気を緩めて足を滑らせてしまった。
しりもちをつくと同時にロウソクの火がフと消えそうになる。
やってしまった。そう思った。
目の前に般若の顔が浮かび上がる。
思わず悲鳴をあげて屈みこむが再びロウソクが火の勢いをとりもどすとそれは消えていた。
「ギシシシシッシシッシシ」
なにかの笑い声があたりで響き渡る。
もう疲れ切った足だが恐怖に耐え切れずにすぐに立ち上がり先を急いだ。もう絶対にここへはこない。そんな愚痴をこぼしながら。
まずはこの部屋の出口へとたどり着く。それが今一番の願いだ。
これからさらに歩いた。
遠くの方で光がこぼれる四角い枠がやっとのことで見えてくる。
それが出口なのか次の部屋なのかは知りもしない。
それでもずっと暗闇の中ロウソクの灯りだけを頼りに歩いた不安からその光にすがる思いで足先は早くなる。
ロウソクの火もそろそろと消えかかり、火が大きく広がっては縮まり、大きく広がっては消えそうだ。
やっとの思いで光の元へとたどりつく。
だがどうだろう。開けた先を見渡せば少し明るくなったか程度の空間が続いている。
砂利で続いた道はそのトビラで絶え、今度は岩のようなものでできたゴツゴツとした壁と地面が細長く伸びていた。
一度後ろを振り返ってあたりを見渡す。
もう戻ることはないだろう。戻ることはできないだろう。
この道だけしか自分を支えるすべがないのかと最後にもう一度かんがえる。
やはり背後には暗闇が一方的に続くだけ。
この道以外に他はなさそうだ。
岩道へと足を踏み入れ、静かにあけた扉を閉める。
ドスン、ドスン、ドスン。
扉が閉めた途端に音を立ててうごめいた。
先ほどみたあいつなのか、いったいなんなのか。
まだこの道を疑う猜疑心を書き捨て先へと駆け足になってしまう。
岩道はすすめば進むほどゆっくりと明るくなっていく。
今気づけばロウソクの火はすでに消えていた。
ロウソクの火がなくとも明るく見えるこの岩の道、明るいのに出口は視界のさきには見えることはない。
岩道はウネウネとひたすら続き、しばらく歩いたところで立札が置かれて分かれ道へと差し掛かった。
「こちら、静かに歩くべし」
「こちら、急いで歩くべし」
それぞれの道に何を意味差すのか歩く指示を出されている。
どちらに行くべきなのだろうか。静かに歩くということは・・・。
急いで歩けともう一方が言っているのでゆっくり歩けということなのだろうか。
だとすればこちらとしてはもう急いで帰ってここから立ち去りたい。
立札の意図など深くは考えずに急ぎ足の道へと進んでみる。
その道へと進むと壁に赤い文字でまたなにか刻まれていた。
「走ってはならず、歩くべし」
急ぐのに走ってはいけない。また何かの決まりごとのようなものなのだろうか。
先ほどの子とろ子とろのようにその決まり事を破ると制裁が加えらる。そういう事なのかも知れない。
今さっきの経験からこの言葉はしっかりと覚えておくことにする。
分かれ道を曲がってから数十歩は同じような岩道が続いていた。けれでもその数十歩目で岩壁に変化が現れる。その変化とはポツポツと岩壁に穴が空いているのだ。
前に進むのに夢中で穴があったかどうかなど絶体になかったとはいいきれない。だが気にしなくても見渡す限りに穴が空くこの壁は初めての光景のはずだ。
そんな道がひたすら見えている先までまた続いている。
「ポン、ポン、ポン・・・・」
早足で歩く自分の足音の他に何か小さく破裂するような音がきこえてきた。
一度足を止めて、その音の正体を探る。
音は壁に反響し、あらゆる方角から響いてくることからその原因というのはわからなかった。
少し警戒して先を急ぐ。
「カラン、コロン、カラン、コロン」
さらに音の種類は増えた。なにかがぶつかる音。なにかが転がる音。
それもあたり全体から聞こえ、どこからくるのかなんてわからない。
もう一度だけ足を止める。耳を澄まし、目を凝らし、前と後ろの変化に気を配った。
「カラカラカラカラカラカラカラカラ」
急に立ち止まると同時にまた音が一つ増える。その音は今までの音よりも激しく鳴り響き、あきらかにその音はこちらへと向かってきていた。
この音の方角もすぐにわかる。
今まで歩いてきた道のはるか後ろの方だ。
まだ距離はあった。だがこちらに近づいてきているのはいったいなんの目的なのか。得体のしれないなにかに怯えて止めていた足を必死に動かして前を向く。
音は止むことはない。
すべての音が入り混じり、その音はしだいに大きく、ある一定のリズムを奏でる。
それは行進しているかのような、規則正しい音になった。
目前の道はまだはるか先、小さな曲線を描くように下り坂となっているがため終わりというのは見えてこない。
音はしだいに近づく速度を上げ始める。ゆっくりと、それでも確実に、こちらの歩くペースよりも早くこちらへと近づいてきていた。
歩く速度も無意識で早くなる。気づけば大きく呼吸して息も途切れ途切れになっていく。
そしてさらに恐怖に駆られているせいだろうか、少し息苦しい感覚が喉の奥に違和感を与えはじめ、汗が止まらない。
もう進むしかないこの道。
しかしとうとう。音の正体はすぐ後ろ、見えるところにまでそれは差し迫った。
まだ気づくことなどできていない。
必死に呼吸を整えて先を急ぐことに必死なのだから。
それでも近づく背後の異変に横目で少し、様子を伺う。
「コロン、コロン、コロン」
横目で見た背後では骨が一本壁から転がって地面へと落ちていった。
この壁から骨がでてきたことにも驚きは驚きだがこの音の正体が骨なのかと思うとまだ気が楽かもしれない。
先ほどまで暗闇の中で得体のしれないなにかに囲まれ、引きずりこまれそうになったのと比べたらまだましだ。
そういえば先ほどから右肩が痛い。引きずられた時に痛みを感じたが今になってまた痛みはじめたのだ。
歩く足は止めずに自分の右肩を首を曲げて様子見る。
見てみると右肩は真っ赤に染まって体全体から血が噴き出しているかのようにべっとりと濡れていた。
まさか怪我をどこかでしてしまったのか。
左手で右肩を抑えて怪我の箇所を探す。だがそんな傷は感じ取れない。
普通なら怪我をした場所など触るまでもなくわかるものだとは思う。
だが、痛みに気づいてそれに集中すると背中全体に痛みを感じているのに気づいてしまった。それ故にどこから血がでているのかはたまた全身から飛出ているかどうかすらわからない。
右肩の血は手で拭い去ると血はそれ以上吹き出してはこなかった。
そのかわり、血を拭い去った後の肩には無数の歯型が肌にくっきりと刻みこまれている。歯型のついた部分は紫色に肌が変色してしまっていた。
痛みの正体は何かに噛みつかれたことだったようだ。
だがしかしどこで、だがやはり一つしかない。
先ほどの部屋で暗闇に引きずり込まれた時だろう。
あの暗闇の中自分が見えなかったその先にいったいどれだけの何かがうごめいていたのか。この歯型、一つや二つではなく太ももや二の腕の裏にまで歯型がびっしりと跡ずいていているではないか。
いったい何故こんな思いをしなければならないのか。自分がいったい何をしたというのか。
孤独と恐怖に駆り立てられる中急ぎ足がついつい駆け足になってしまう。
「ガラガラガラガラガラガラガラガラ・・・・」
走り出してしまったその足が地面を2,3回踏みつけたあたりでなにかの崩れる音がする。
駆け足の足はすぐに止まり。その音の鳴った後ろの方へと目を向けた。
「ガラン、ガラン、ガラン、ガラン、ガラン・・・」
そこには骸が、骨身だけになったなにか人型のものがこちらへと差し迫ってきていた。数は数えきれない。見える限り奥まで奴らは徒然ならび向かってくる。
骸らは大小入り混じりながら壁を這い、歩調を合わせて移動する。
思わずそれを見て全速力で走り出してしまった。
この痛いみを付けた正体がやつらだったのだろうか。あの暗闇の中にいたのはあいつらだったのかもしれない。とにかくあいつらにつかまってはいけない。
今までの経緯からそう察する。
とにかく逃げ惑う。だがそれもあまり芳しい様子ではないようだ。
後ろの骸たちはこちらが走る速度をあげて移動すると骸も早足になって移動をし始めた。
しかもその速さたるや今までも比にならぬほど早くこちらへと差し迫る。
追いつき始めた骸らはあともう数十歩、届く範囲というところ迄近づいてきた。するとこちらに向かってこぼれおちる骨を投げつけ始める。
それはすんでんの所で当たることはない。だがその急かされおいつめられるような感覚に恐怖は増幅する。
骸らはいよいよかと一匹の骸が顎の骨をがくつかせ「カンカンカン」と歯を鳴らせ、横や後ろのそれらも一斉に歯を鳴らせて進む速度を上げてきた。
段々とこちらの走る勢いも力尽きてしまう。
先頭を走る骸が落ちている骨をこちらの足元めがけて投げつけてきた。
それは必死に動かした足にひっかかり、転んでしまった。
後ろから来る恐怖に怯え、すぐさま立ち上がる。
それでも骸との距離は着実に、確実に差し迫ってしまっていた。
「走っちゃだめだ」
骸が今か今だと手を必死にさし延ばしていたところだ。
地面に赤くそれは書かれている。
この状況で歩けるものか、歩いてしまって罠だとすればそれはもうここですべてが終わってしまう。
かまわず走り続ける。
だがそれを過ぎてから骸たちの様子が何やらおかしい。骸たちは少し走る速度を遅くしてこちらの様子を伺うかのようにじっとこちらを眺めはじめた。
いったいどういうことか、だがこれは好機、今すぐに逃げ出そうとそのまま一気にかけ放す。
永遠と下るこの岩道を、まっすぐに、分かれ道一つなく突き進んだ。
そして後ろに奴らが見えなくなった。
途切れた息を整えるために一度立ち止まる。
よかった。逃げ切ることができた。これでまた音が近づいてきてもしばらくは追ってこれないだろう。そう思う。
「ガン、ガン、ガン、ガン、ガン」
呼吸も落ち着き、再び歩き出そうかと動き出したらまた音がこだましはじめた。
またその音の方角がつかめなくなっている。だがどうせさっきの奴らなのだろう、前へと進んでいくこと意外他にないのだから気にせず前を進むことにする。
それにしても代わり映えのしない一本道だ。ここへと来てからずっと下へ下へと下ってばかりのような気がする。
先ほどの部屋では部屋なのに砂利が敷き詰められており、ここにいたってはすべてが岩だ。
その前は道場みたいな場所もあったし、この建物は何かがおかしい。本当に帰り道なのだろうか。
そんな事を考えながらひたすら歩いて今までと違って鋭角な曲がり角へと差し掛かった。
今までと違う景色に少し警戒気味にゆっくりと近づく。そして1,2,3で自分を勇気づけるとその曲がり角に顔をだした。
傾斜な道が終わっている。少し古びた木目の床が人一人通れるかぐらいの幅で続いている。岩道では何故か明るく感じた道だったがこの先に至っては少し薄暗い。
それもまた、廊下の終わりが見えないほどに。
あたりを見渡し他に道や何か手がかりがないものかと探してみた。
だがなにも見当たることはない。かわりにまた何か物音がそこらじゅうから響いてくる。
しかたがないなと前を向いてその道を進むことにした。
どうも床が抜け落ちそうに軋む音が「ギィギィ」と鳴ることので自信を持って一歩一歩踏み出すことができない。
見た目よりも年季がはいっているのかそれとも元からもろい材質なのか。
なるべく危なくへこんでしまいそうな場所は避けて歩くがそれでもやっぱりきしんでしまう。
歩くだけでも疲れるなぁとうなだれた頃だ。
ふと後ろを振り返り骸が追ってきていないかと確認をした。
よし、あいつらは追いかけてきてはいない様子だ。けれどもこの廊下が薄暗いことからすでに岩道と廊下の境目は暗闇の中へと消えてしまっている。
前だけを急ごう。そう自分に言い聞かせ振り向くことをやめることにした。
「ハヤク・・・・コッチ・・・」
振り向くことをやめる宣言をしてすぐにその宣言は破られる結果となってしまう。その理由は何かがこちらへと話しかけてきたような気がしたことからだ。
はっきりと聞こえた。こっちだと。はやくと。
もう一度後ろをじっと見て耳をすませて骸が来ているのかと様子を伺った。
だがきてはいない。そして周囲一帯すべてひとしきり見渡すがなにかいる様子もない。
気のせいだろう。そう思う。
だがしかしおかしい。あたり周囲一帯をくまなく見定めた時に進むべきはずの道の先がなにやら壁があり道の終わりになってしまっているのようにみえる。
まさか、分かれ道があったそぶりもなくいきなりここで道が途絶えてしまったというのか。
あの時女が指示した方向へと間違いなく進んでこの岩道と廊下へと行き当たったはず。またここを戻らなければいけないのか。
いや、戻れるのか?
ここを戻ればあの骸が待ち構えているのではないか?
思い起こすがどう考えても無理だ。騙された。やられてしまった。まんまと罠にはまってしまったのかもしれない。
戻る事もできず進むことももうできないじゃないか。
溜息がでる。泣いてもいいかなそう思う。
とりあえずその突き当たりまで行こうかと歩いてみる。
・・・・・・壁、ではないようだ。だがそれはうれしい結果ではない。
悪い意味での予想のずれであった。
壁の正体は何人いるかもわからない肌がちぎれ骨も露出してしまっているような死体の山が積み貸さなりそこには置かれている。
不思議と異臭はしない。だがその光景はこれからの自分の姿を予感させるようで見てはいられなかった。うつむいて顔を落とす。
「走っちゃだめだっていったのに・・・・」
するとまた地面に何かが赤く書かれていた。今度は小さく、よく今自分でも気づくことができたものだと思うほどに。それはさらに続いて書かれている。
「僕を信じるなら最後は歩いてまっすぐ先に進むんだ。これがさ」