7.子とろ子とろ
暗闇の中からロウソクに照らされ人の姿がその中からあらわれる。だがそれはまぢかまで迫ってくるととても人とは思えない。
そいつの姿はまさに伝承にでてくる餓鬼そのものといっていい。
頭から生える髪は少なくちぢれ、灰色の頭皮がすぐに見えている。
そして大きな鼻と、口から生え出る鋭くとがった牙が特徴的だ。
体の線は細いのにボテっと腹がただれてヘソのあたりからはなにかがとびだしている。さわりたくはない。そう思うであろう。
そいつは大きく息を吸い込むと息を今度は大きく吐いてこちらをにらみつける。
軽く地面に指をなぞらせ、屈んだ状態でこちらの様子をうかがっていた。
女はロウソクの横に座って黙って見ているだけ。特別もう何かしてくれるわけではない様子。
ロウソクは太い形をしているが長さはそこまで長くはない。すでに何度か使用された後のような形であり、人差し指の半分程度しか残ってはいなかった。
ロウソクの火が消える迄と聞いて少し焦りがでてしまうものだ。だがそのロウソクの小ささを見ると少しは気が楽になるだろう。
そいつは他の事に気をとられるこちらをみて急に立ち向かい飛びかかってくる。
先ほどの説明では掴んでも手で押してもダメだといっていた。
必然的に体の腹のあたりでそいつを跳ね返すしか方法はない。
そいつとはじめてぶつかった時、頭皮からは何物ともいえない悪臭がただよい体の触れた部分の感触はブヨブヨにふやけた皮をおしつけられているかのような感覚が伝わってくる。
思わずはねのけたあとその触れた部分を手で払ったのだが、手にはなにか、液体がついて払うにももう液体は服へとしみこんでしまった。
思わず距離を取ってしまう。
やつはまた、指を地面でなぞりながら、周囲を回りつき、こちらの様子を再び伺う。
ロウソクに照らされる四方八方しか見えていないこの場所だが、このよくわからない遊びへと巻き込まれだんだんと神経が研ぎ澄まされ周囲の状況も繊細に感知できるようになってきた。
なんだろうか、目の前にいるそいつと女以外にもなにか息遣いが聞こえてくるような気が・・・。
心なしか、はやく、はやく。そうせかされているような感じがする。
あまりにも気になりふと周りを見渡した。
だが何かに気を盗られるとすかさず飛び込んでくるこのそいつに周囲の状況を掴む暇など与えられはしない。
いったいあとどれほどの時間これを続けなければいけないのか。
その後何度も。何度もそいつは飛びかかり、それをぶつかり続けることでしかこの先の顛末をしることはできない。
だんだんと汗も滴り、集中力も途切れかけてきたときだ。
気づけばうれしいことにロウソクが照らす光の範囲が狭く、前よりも確実に狭くなっていってるような気がする。
あともう少し、もう半分はとうにすぎている。
この遊びは確実に終盤へと向かっていった。
もう一度集中してそいつの動向をさぐる。いつ飛びかかてくるのか。いつ襲い掛かってくるのか。
神経をさらに研ぎ澄ませる。
何度かこの遊びをしていて気づいたことが一つある。それはこいつが襲ってくるとき、足よりも先に手が大きく助走をつけて動き出すことだ。
それを見てよければなんということはない。
落ち着いて、少しそいつの見てくれには我慢して、遊びを続けてロウソクの火が途絶えるのを待つ。
なんだろう、しかしなぜか変な違和感に襲われる。
ロウソクの火が段々と狭くなってきているのと同時にさきほど気のせいかと気にも留めなかった息遣いが今度ははっきりと聞こえてくるようになってきている。さらにそれは無数。
それがいったいなのかなんなのか。暗闇の先になにがいるのかそれは見えない。
いくつかの鼻息は頭よりはるか上から聞こえてくるようなやつまである。
気になってしまう。気にし始めるとその息遣いの数がしだいに増え始めた。
いったいなんなのか、餓鬼のそいつが毎度毎度飛びかかるまいに息遣いはどんどん荒くなる。
そしてその何度目かの飛びかかってくる瞬間。餓鬼の動き出す風によってロウソクの火が小さく揺らめき、消えかかった。
一瞬おわってしまったのかとも思う。だが火は再び燃えだし、あたりをさらに薄暗く照らし続けた。
まだ続くのかと少しうなだれる。だがどうだろう、何故だかその襲うはずの餓鬼がなにやら体をふるわせて体をびくつかせている。
目もなにやら充血してきたようだ。
終盤に入り、なにかまた始まってしまうのか、そいつの様子を黙って見ていることしかできない。
餓鬼はこちらではなくあたりをグルグルと見回して何かを感じとっている。
あたりを見回した餓鬼はさらに足をビクつかせ、襲い掛かるどころかその場にへたり込んで座ってしまった。
いったいどういうことなのか、女をの方を向いて説明をしてもらおうと試みる。だが女は何も言わない。黙ってみている。
そして視線をその餓鬼へと戻した時だ。
何かが首筋近くをとおって後方から餓鬼めがけて一直線に飛び去って行った。さらにそれと同じであろうものが暗闇のあちらこちらから餓鬼めがけて飛んでいく。
そしてなにかが頬へと飛んでくる。
手でふき取りそれを確認してみるとそれは血のようだった。
改めて目の前を見てみるとその餓鬼は数えきれないほどの槍に串刺しにされて白目をむいて横たわってしまっている。
いったいどういうことなのか、指示された遊びはまだ終わっていない。
もう一度女をちらりと見る女は何故か笑っている。
意味がわからない。そんな言葉がぴたりとあてはまる現状だろう。
先ほどまで遊びをしようといって鬼の役を買って出ていたはずのそいつは死んでしまったのだ。
だがロウソクはまだ火をともしている。
そして何かが暗闇の中から死んだそいつめがけて輪っかに結んだ縄を投げつけてきた。
輪っかは何本かの槍を掴むとじりじりと縄を締め上げ、先に串刺しとなった餓鬼ごと暗闇の中へと引きづられてどこかえ消えてしまった。
「ふふふ、ちょっと手加減しすぎちゃってたみたいだからねぇ・・・ちょっと役者を絶えさせてもらいましょうかねぇ。ふふふ」
女はその餓鬼が引きづられるのを見送るとやっと口を開いてこちらへと話しかけてくる。
その話しぶりから終わりではなかったらしい。役者を変えるとはいったいどういうことなのか。
女の横から、また何かの影が浮かび上がってくる。
また、先ほどと同じ餓鬼なのだろうか。そのいでたちはさっきのソレと似たようないでたちをしていることにはかわりはない。だが明らかに違う点が見てすぐわかる。
それは大きさだ。
先ほどまでのやつはどう大きく見ても自分と同じぐらいの身長かそれ以下のおおきさであったと思われる。
なのに今目の前にいるこいつは自分よりはるかに大きく、体の横幅を先ほどまでと比にならない。
暗闇の中から歓声がきこえてくる。
暗闇の中の奴らはギシギシと不気味に笑い声をあげてこいつの登場に期待をよせているようだ。
いままでとはあきらかに違う雰囲気。
息を止めてこいつの動きに集中する。
こいつは暗闇の中からでてくるとそのままこちらへと向かってゆっくり進行を進めてきた。
足取りを止める気配はなく。目の前にたちはだかろうともぶつかる寸前までつかづいてくるこいつ。
見下ろされてそいつの顔がこちらを睨み付ける。
暗闇の声はさらに高揚しはじめた。
こいつは歓声が止むまでこちらをにらみつづけて周りの何かを盛だたせる。そして歓声がやむとこいつは一歩、また一歩と何歩かあとずさりをしてこちらから距離をあけた。
後ずさりながらもしっかりとこちらの隙をうかがうその姿は終始気が抜けない。
だがその一瞬の出来事だ。気を抜いたわけではない。
瞼を自然に閉じて開けると目の前にたっていたそいつはいない。
あたりを見渡しそいつを探す。
するとなんとすぐ目の前に屈んでそいつは走り出す構えを取っていた。
反応に遅れてしまったがため。これはもうやられてしまったかと覚悟する。
そしてそいつは動き出した。
なんとこちらの体へいきなりぶつかってきたかと思うとそのままこちらを暗闇の中へと押し出そうとする。
いったいなにを目的としているのか。
だが背後に近づく暗闇からの声がしだいに大きく、すぐまじかで聞こえてくるようになり声がはっきりと聞こえた。
「コレ・・・・ホシイ・・・コレ・・・ホシイ・・・・」
その声と同時に後ろから肩に何かが触れてきたのを感じ取る。
思わずこいつを払いのけて、押し迫る暗闇から逃げ出してしまった。
手を使ってはいけない。その決まりを破ってしまう。
女はこちらと視線が合うと口を開いた。
「おやおや、決まり事をやぶっちまったねぇ・・・まぁ仕方ないさ。はじめてだからねぇ。亡くすのはしないであげるよ。まぁ・・・一人子供はいただいとこうか」
女がそう言って手をあげると何か背中が引っ張られるような感覚に襲われる。いったい何事なのか。咄嗟の出来事に後ろを振り返ろうとする。
「見るのはおやめ」
だが女の一言でその判断はかき消された。
女には留められたがまだ背中のひきつけられる感覚はまだ残っている。
しだいにその引きつけは強くなり、何か途切れるようにその感覚がなくなると叫び声が暗闇の中へとこだました。
何かを伝えようと叫んでいたような気がする。だがその叫び声は曇った音でしっかりとはききとれない。
叫び声が消えてしまうと今度はなにやらバキボキと物が壊れるような音がかすかに聞こえてくる。
背後のひきつける感覚はなくなったが、何かが震えているのが背中から伝わってきた。
「さぁ・・・・まだ終わってはいないからねぇ・・・・もう少しがんばってみようかぃ」
女はこちらの後ろをじっと見ていたかと思うと視線をこちらへと戻してこの遊びを続けさせようと手を叩く。
どこかに消えていたさきほどの餓鬼だったが再び暗闇の中から顔を出してきた。
・・・・これまた、何事なのか。
さきほどの餓鬼と同じやつだと思う。そいつはさきほどまでといでたちが変わっている。
服は着ておらず、顔の形が変わったとかではないのだが、顔に何かが付いている。
それは口元から顎へと滴り、床へとポタポタとしずくをこぼしていた。
暗いのでそれが何かはよく見えない。
目を凝らしてその正体を見定める。
先ほどと同じようにまた歩いてくるそいつが目前まできてようやくわかった。
滴るなにかがロウソクに照らされる白い砂利に落ちた時。
その白を真っ赤に染めるそのなにか。
やはりそうだろうか。血のようだ。
決して何か現場を見たわけではない。だがもし、そうなのだとしたら。
先ほどの子供と言われる背中の何かがこいつに食われてしまったのではないのか。
そんな予感が脳裏を掻き立てる。
この遊びの趣旨がまったくとわからない。それでも餓鬼はまた、同じように暗闇の声が止むのを待って距離をとる。
このまま子供を全員とられてしまってはどうなるのか。
先ほどのように暗闇の中へと引きずり込まれてしまってはどうなるのか。
この遊びへの不信感、この顛末が気になるところ。
餓鬼はまだ襲ってこない。また瞼をさげてしまえば襲ってくるのかと考えてしまいまばたきを速めてしまう。
だがそれとは関係なくその餓鬼が何かタイミングをとったかと思うとソイツは迷う事なくこちらへと飛び込んできた。
あたり全体の暗闇から大声がこだまし餓鬼の動きに合わせてそれは反復する。
もう暗闇の中で何かが大勢いるのは明白だ。これは暗闇の中へと引きずり込まれても負けてしまうのだと悟ってしまう。
この餓鬼は後ろにいるんであろう子供よりもあきらかにこちら側めがけて飛びついてきていた。
絶体にこの暗闇の中へは入ってはいけない。そう思う。
だが体格差もあるこの不利な状況。
逃げ場もなく。手も使えず。横に逃げたくても今度は餓鬼がその逃げる行先をはばんで押し込んでくる。
どれだけ抵抗しても確実に体は押し込まれ、ついにはロウソクのあかりがソイツの影でこちらの体を闇に覆い始めてしまう。
「クレェ・・・・クレェ・・・・」
後ろからは再び声がはっきりと聞こえてもくる。
手を使い、またこいつを跳ね返して逃げてしまうしかもう身の安全を守れそうにもない。
どうしようもならないとつい手をそいつにむけて突き出した。
だがそれは、餓鬼でもない、何か白い手にそれを阻まれる。
「だめだよぉ、手は使っちゃいけないんだよぉ。」
突き出した手が抑えられてすぐに背中から声が聞こえてきた。
その手は細く、まだ幼い子供の手をしていて、暗闇の中から飛び出している。
「手を使っちゃうと僕たち食べられちゃうんだよぉ。」
その声は続けて話しかける。
「約束は守らなきゃ。でも僕たちも守らないとあんたも一緒になっちゃうね。」
目の前の餓鬼を相手にすることで手一杯のさなか聞こえる背後の声。
思わずその手を振り払おうと背後を振り返る。
そこには白い肌をした3人の子供がいた。
目はえぐれ、流れる血が黒くかたまり、眼球を覆う。
鼻は骨を露出させてなにか削られたような跡もある。
歯はボロボロに欠けていて、髪もちぎれる様に生えわたっていた。
「あんたもこうなるんだよぉ。」
こちらの視線に気づいた子供がニッコリ笑ってこちらの顔に手をあてた。
「痛いんだ。鼻は石でごりごり撫でられて。目は痛くないけど不安な気持ちになっちゃうよ。」
子供はフフフと笑ってこちらの手を押さえつける。
さらには暗闇へと押し込むこの餓鬼。
逃げ場がない。抵抗することもできない。もうなにもできない。
されるがままに暗闇へと押し出される。
そしてついには暗闇の中から無数の手がこちらの体へと襲い掛かってきた。
腕や足、顔。体全体のあらゆる場所へと手が伸びて体を暗闇へと引きしめていく。
恐怖に駆られる。
思わず叫んでしまう。助けを求めるが視界の片隅にいるあの女は黙ってロウソクの火を眺めていた。
体がもう半分は暗闇に沈んだころだろう。
なにかが肩へと激痛を走らせる。
もうなにが起きたかもわからない。
泣き叫んで動かない体を必死に動かして抵抗するしかできなかった。
そして体全体に激痛が走り始める。
これはもう、どうするこもできない。
何故こんなところへと来てしまったのか。何故たどり着いてもすぐに引き返さなかったのか。今になって後悔する。
目を閉じて、最後の終わりを待つことにしかできない。
「フフフ・・・もし?もし?」
もう終わり。そう閉じた目を再びあけてあたりを見渡す。
あたりは何も見えないほど暗く染まりすぐ近くからするその声もそれが誰かはわからない。
「どうでしょうか。お楽しみいただけましたでしょうか?」
すぐ横でロウソクの灯りが再び灯る。
そこにはさきほどまでロウソクを眺めてこちらに見向きもしなかった女がそこにはいた。
「いやぁ・・・運がよろしいですねぇ・・・丁度今ロウソクの火が燃え尽きましたよ。フフフ・・・これでこの部屋のお楽しみは終わりでございます。」




