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9.鉄鋼街道の応酬

~魔族帝国・影の玉座~


俺は玉座に腰を下ろしたまま、軽く指を組んで待っていた。

転生してまだ五日目だというのに、すでに頭の中は戦場のような忙しさだ。

リルムとドレイクが情報を揃えてくれるはず——そう思っていた矢先


「魔王さま、お待たせ♡ 三日でまとめたよ。男の人たち、ほんっとうに素直で助かったわぁ〜」


リルムが甘い香りを漂わせてこちらに近づき、羊皮紙を広げる。


「横流し魔石の推定量は、帝国総産出の約28%。直近三ヶ月ね。

主犯はタイター・シルバーフォード。人間の商人で交易所を拠点にしてるわ。 指示元は商人ギルドの中堅幹部。『魔族帝国の魔石備蓄を枯渇させて軍事力を落とし、交易路で優位を取る』のが目的だって。

重要なヒントは、タイターが直接やり取りしてるドワーフが『南の鉱山関係者』で、赤い鼻が特徴。

けど名前までは聞き出せなかった、ごめんねぇ~!これ証拠の魔石の微粉末と密会記録」


俺は黙って読み進めた。

(完璧だ……これでカードが揃った。名前までは出なかったが、赤い鼻だけで十分に追える)


「リルム、完璧だ。これでドワーフとの交渉に、最高のカードが乗った。

名前までは出なかったが……このヒントだけで十分に追える」


リルムがくすくすと笑い、玉座へとさらに近づいてくる。


「当然でしょ? あたし、男のことなら見抜くの得意なんだから♡」


彼女は俺の玉座の肘掛けに片手をかけ、顔を近づけた。

息がかかる距離。瞳が妖しく輝き、声が囁きに変わる。


「報酬の話だけど……金とか物じゃなくて、いい?

魔王さまの“時間”が欲しいの。今度、特別室で……二人きりで、ゆっくりお話ししない?

あたし、陛下の考え方とか、もっと近くで知りたいわ。

どういう風に世界を動かそうとしてるのか……全部、教えてほしい♡」


指が俺の袖口をつまむ。軽く、しかし確実に引き寄せるように。


「だってさ、陛下みたいな人って……影響力がすごいじゃない?

あたし、そういうのに弱いのよね。近くにいると、なんだかドキドキしちゃう」


その瞬間、リルムの背後から殺気だった気配が満ちた。


「……リルム」


リリアの声だ。氷のように冷たい。彼女は一歩前に出て、リルムの腕をそっと——しかし確実に——引き離した。

リリアの傍らにはドレイクもいる。


「陛下、ただいま戻りました。」


「ドレイク、リリア——ご苦労だった」

俺がそう言いかけた、その瞬間——


「おやおや、お帰りなさい」


扉の脇で腕を組んでいたのは、ラオフェンだった。

その隣に、書類を抱えたグラコスが立っている。


「結果はいかがでしたか」


グラコスが静かに問う。

ドレイクは表情を変えず、短く答えた。


「決裂です」


一瞬の沈黙。

それから——ラオフェンの口元に、じわりと笑みが浮かんだ。


「……決裂、ですか」


グラコスが続ける。声に、隠しきれない棘が混じる。


「我々は成功率が極めて高いと申し上げましたが、失敗するかもしれないとおっしゃっていた方が選ばれましたね。結果がこれでは——やはり、やり方を間違えたとしか言いようがない」


ラオフェンが腕を組み直す。


「あの条件で拒否される道理はない。私なら必ず成功させていた」


玉座の間に、薄い沈黙が落ちる。

ラオフェンの声が、少し低くなった。


「……率直に申し上げます、陛下。外交とは経験の積み重ねです。魔王に就かれて間もない陛下には——失礼を承知で言えば、まだ見えていないものがあるのではないかと」


グラコスも続ける。


「感情や直感で人を選ぶのは、素人の判断です。交渉には実績と論理が必要だ。ドレイク殿の経歴は戦場と商談——外交の場とは根本的に異なる。選定の段階で、すでに結果は決まっていたと言わざるを得ない」


リリアが目を見開き、口を開きかけた。その前に俺が立ち上がった。

二人はそれを、俺が反論できずに立ち尽くしたと受け取ったのだろう。

ラオフェンの口元に、薄い笑みが浮かぶ。


「次からは、実績のある者にお任せいただければ。この帝国のために、我々は働く用意があります」

「そうだな」


俺は静かに答えた。


「失敗した。その通りだ」


ラオフェンの笑みが、わずかに深くなった。


「では、やはり——」

「この交渉は、最初から成立させるつもりがなかった」


玉座の間の空気が、ぴたりと止まる。

ラオフェンの笑みが固まった。

グラコスの指が、書類の端を強く押さえた。


「……どういうことですか」


俺は地図を一枚、卓上に広げた。


「ドワーフが帝国の鉱山から魔石を横流ししている。これは以前から掴んでいた情報だ。だが——誰がやっているのか、黒幕が誰なのかは、まだわからなかった」

「……」

「こちらが提示した条件を見れば、横流しをしている者は必ず気づく。自分の不正が、条件の中に透けて見えるから隠そうとする。——そういう動きをした者が、犯人だ」


ラオフェンが、ゆっくりと口を開いた。


「……では、交渉の成否より、反応を見ることが目的だった」

「そうだ」


俺はドレイクを見た。

ドレイクが一歩前に出る。


「拒否したのはドワーフ共和国の貿易大臣、フェアルードです。条件を読んだ瞬間、顔色が変わりました。終始、目を合わせなかった。リルムの報告にある赤鼻の特徴とも一致しています。まず彼が横流しの犯人で間違いないかと」

「やはりか」


俺は小さく頷いた。

ラオフェンとグラコスはは黙って立ちつくし、さっきまでの笑みは、どこにもない。

やがてラオフェンが、絞り出すように言った。


「……成功を目指す者を選んでいたら、犯人の反応は見えなかった」

「そうだ。成功させようとする者は、合意に向けて場を整える。拒否が出れば、それを崩そうとする。——犯人が怯えて見せた一瞬の隙を、見逃していた」


ラオフェンとグラコスが、静かに頭を下げた。


「……失礼いたしました」


二人が退室した後、玉座の間にはリルムの声が響いた。


「さっすが魔王さま!そこまでかんがえていたなんて凄すぎて惚れちゃいそう♡」


再び俺に向き直り、唇を軽く湿らせて続ける。


「さっきの話考えてくれる?」


リルムはただのサキュバスじゃない。計算と欲と、鋭い勘が混ざってる。

使えるが近づきすぎるのは危険だ。


「特別室の時間は設ける。……だが、今は時間が惜しい。戦況が動いている」


リルムが目を丸くして唇を尖らせる。


「えーっ!? 魔王さま、ひどーい!」


すぐに彼女はくすくす笑い、肩をすくめた。


「仕方ないわね……じゃあ頑張ったご褒美に頭をなでてくれない?」


彼女なりの妥協だろうか、それとも小さい要望を通すことで後の大きな要望を通しやすくする交渉でも使うテクニックか。ナチュラルにやっているなら末恐ろしい。

俺は小さく息を吐き、玉座から立ち上がった。

今は彼女のお願いをきいておこう。機嫌を損ねると面倒だ。

手がリルムの頭に優しく乗る。ゆっくり、髪を撫でる。


「これでいいか?」


リルムは気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らすように笑った。


「んふふ……はい、許してあげる♡」


その様子をリリアが面白くない目で見ていた。

ドレイクがその様子に気付く。


「リリアさん、何か怒ってますか?」

「・・・別に」


ドレイクはリリアを横目で見て、小さく息を吐いた。

「……交渉ごとより、ややこしい匂いがしますねぇ」

誰に言うでもなく、ただ呟いた。



その頃——

ドワーフ共和国、王都ギルンガルド。


交易大臣フェアルードは、執務室で赤い鼻を強く掻いた。


「……まずい」


魔王の使者が提示した条件。


・聖王国未払い分の全額肩代わり

・魔石を市場価格の三割近く安く優先供給

・その代わり四ヶ月間の新規武器輸出停止


破格。

あまりに破格。


鍛冶王シュレッゲンが本気になれば、魔石採掘は即座に増産体制に入るだろう。

そうなれば流通監視は強化される。


隠し底の荷車も、裏帳簿も、長くはもたない。

しかも安く融通される魔石量は、ちょうど自分が横流ししている分とほぼ同じ、

帝国側の実質的な損は、未払い金の肩代わりのみ。


「……ばれている」


帝国は情報を掴んでいる。

フェアルードは即座に密書をしたためた。

宛先は、商人ギルド幹部タイター。


~商人ギルド本部~


密書を読んだタイターは、顔色を変えた。


「……帝国が嗅ぎつけた、だと?」


すぐに幹部会議が開かれる。横流しによる利益は莫大。

だが発覚すればギルド解体もあり得る。


「帝国が鍛冶王と直接交渉すれば、我々は切られるぞ!」

「聖王国は勇者軍で優勢だ。帝国は長くない」


緊急会議の後、結論は出た。


「時間を稼ぐ。交渉そのものを困難にしてしまえばいい」


タイターは聖王国側で鉄鋼街道の自分の息がかかった補給警備を担当する部隊長の元へ急行した。


聖王国軍・鉄鋼街道前線拠点。


「帝国が補給路を狙う可能性がある」


タイターはそう説明した。

奇襲への警戒という名目で、街道の監視を一時強化する。

関所の検閲を厳格化し、通行証の再確認を徹底する。

結果として――

魔王側の使節団が簡単に王都へ入れない状況を作る。


部隊長はにやりと笑って頷いた。

「勇者軍の補給を乱すわけにはいかない。承知した。

警備強化は当然だ。今度うまい酒でもおごってもらおうか」


こうして鉄鋼街道は、一時的に要塞と化した。

その報告は、やがて鍛冶王シュレッゲンの耳にも入る。


「……妙だな」


杯を置く。


「帝国が交渉に来た途端に警備強化だと?」


側近たちは黙り込む。

シュレッゲンの視線が、ゆっくりとフェアルードへ向いた。

赤鼻が、わずかに震えた。



「陛下、悪い知らせです。鉄鋼街道の監視が強化されました」


リリアが淡々と報告する。

俺は静かに地図を見下ろしながら言った。


「俺たちを敵として迎える、という意思表示か」


鉄鋼街道には三重の検問。

通行には王国発行の正式文書が必要。

正面突破は難しい。


リリアが心配そうな、怒っているような目でこちらを見ている。


「これでは交渉ができません。フェアルードの仕業でしょう。」


ドレイクが険しい顔をする。


「してやられましたねぇ。

書簡を出してもフェアルードに潰される可能性が高いですね。

どうされますか魔王様。」


にやりと笑って言った。


「試したいことがある、正面から行く。」

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