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7.3本の道

~魔族帝国・影の玉座~


俺は玉座に深く腰を沈め、腕を組んだまま天井の暗がりを見つめていた。


(落ち着け。まずは構造を把握する。全体像を掴まないと、何も動かせない)


リリアから聞いた情報を、地図のように頭の中で並べていく。

地球の外務省時代に染みついた癖だ。

どんなに複雑な紛争でも、まず「誰が何を握っているか」「誰が何を欲しがっているか」をリストアップする。

それができないと、交渉どころか生存すら危うい。


エネルギー源は魔石。

これ一本で産業が回り、軍が動き、経済が生きている。

帝国の魔石鉱山はドワーフに半分抑えられていて、横流しが常態化しているらしい。

聖王国軍の補給は三本の交易路に依存。


内部は三方向から腐り始めている。

(腐っている……つまり、誰もが「自分の取り分」を欲しがっているってことだ。欲は、交渉の燃料になる)


「失礼します、お呼びですか陛下」


リリアが静かに扉を開けて入ってきた。

議会の後に聞きたいことがあったので来るように伝えていた。


「三つ、聞きたい。一つ目。ドワーフが帝国の鉱山から横流ししている魔石の量——正確な数字を調べられるか?」


リリアは少し考えてから頷いた。


「……調べる手段はあります。諜報部に命じれば、推定値はすぐに上がるでしょう」


「二つ目。聖王国の財務状況。特に、他国への未払い債務の記録。商人ギルドか、エルフの商人ルートから入手できるか?」


「難しくはないです。帝国の諜報網にまだ生きている部分がありますから」


「三つ目。エルフ連邦の翠の道——あの交易路の税収は、エルフの国家収入のどのくらいを占めている?」


リリアは少し間を置いて答えた。


「正確な数字は今すぐ出せませんが、相当な割合のはずです。あの道はエルフが管理している唯一の陸上交易路ですから。失えば財政が詰まる」


「つまり、あの道を失うリスクをちらつかせれば、エルフは動かざるを得ない」


「……ええ、そうなります」


俺はようやく振り返り、リリアをまっすぐ見た。

彼女の瞳に、わずかな驚きと——信頼のようなものが混じっている気がした。


「必要な情報を全て集めてくれ。その後、動く」


「承知しました」


俺は羊皮紙の一枚を指で叩いた。

叩く音が、静かな玉座の間に小さく響く。


「特に魔石の横流しだ。誰がやっているのか、真犯人を突き止めろ。数字だけじゃなく、証拠と名前、動機も欲しい。そこが鍵になる」


リリアがわずかに眉を寄せる。


「諜報部に命じますが……急ぎで正確なものを得るなら、帝国の通常網だけでは限界があります」


「リルムを使え」


リリアの瞳が一瞬、冷たく細まった。

俺はそれを見逃さなかった。


「……あのサキュバスを、ですか?」


「彼女のネットワークは聖王国の商人常連と繋がっている。娼館で酒を酌み交わす連中は、表の商人ギルドより本音を吐きやすい。横流しの真犯人が商人ギルドの指示なら——それは最高の外交カードになる。帝国の内政干渉を逆手に取れる材料だ」


リリアはすぐに頭を下げた。


「……了解しました。リルムに正式に依頼します」

「もう一つ。腕の良い交渉ができる者を探せ。ドワーフ共和国に使う」


リリアが目を細める。


「……今からですか」

「今からだ。明日には候補者に会いたい。時間がない」

「陛下自ら交渉するのかと私は思っていましたが」

「今回の交渉は俺だと都合が悪い。顔を知られすぎると、後が面倒になる」

「……承知しました。早急に手配します」


~一日後、玉座の間~


リリアが持ってきた資料は、俺が要求した全てを含んでいた。


聖王国の未払い債務一覧。

ドワーフの魔石横流しの推定量。

エルフの翠の道の税収依存度。

王都直通路を管理している商人ギルドの取引記録の断片。


「仕事が早いな。助かる」


俺はそれを二時間かけて読み込んだ。


地図に線を引き、数字を計算し、人の名前と欲望を照合する。

頭の中でパズルが嵌まっていく感覚が、心地よかった。


この世界に来て初めて、俺は「自分の領域」に戻った気がした。

リリアは部屋の隅で静かに待っていたが、やがて口を開いた。


「……何を、やっているのですか?」

「補給路の解剖だ」


俺は地図を指した。


「補給は、三本の交易路に依存している。

翠の道——エルフが管理する森の中の路。

鉄鉱街道——ドワーフの山岳地帯を抜けるルート。

王都直通路——人間領内を走る、最も太い幹線だ」


「知っています」

「三本同時に切れば、聖王国は総力戦に切り替える。一本切れば、残りに依存する。だから、切らない」

「……では、どうするのですか」

「締める。少しずつ。相手が、自分で絞らざるを得なくなるように」


俺は三枚の羊皮紙を引き寄せ、それぞれに違う内容を書き始めた。


「まず、鉄鉱街道——ドワーフだ。あいつらは金にしか興味がない。聖王国への武器輸出は利益になっているが、未払いが三ヶ月分ある。そこを突く。即金と魔石供給を提示すれば、動く」

「動くとは……」

「武器の新規輸出を止める。既存の契約は履行させる。そうすれば、聖王国軍の予備装備の補充が止まる。今すぐではないが、長期化すれば効いてくる」


リリアが眉を上げた。


「次に翠の道——エルフ連邦に手をつける。どちらかに引き込もうとするより、どちらにも媚びなくていい口実を与える方が効果的だ」

「エルフに、中立を守らせながら補給を妨害させる……?」

「エルフ自身に判断させる。俺たちはただ、判断材料を提供するだけだ」


俺は三枚目を書き終え、三枚を並べて見た。


「王都直通路は、今は触らない。一番太い幹線は一番守りが固い。だが、ここには商人ギルドが関わっている。あいつらの本質は金と安全だ。今すぐ動かそうとするより、他の二本が細くなった後で動かす方が、交渉力が高くなる」

「順序が重要だ。ドワーフ、エルフ、商人の順に動く。それぞれが現状の動きを見て、判断を変える。俺たちは、その判断の枠を作る」


リリアは少し沈黙してから言った。


「……陛下は、この世界に来たばかりのはずです。三日間で、ここまで組み立てた」


俺は小さく息を吐いた。


「地球では、似たことをずっとやっていた。戦争を止める仕事だ。力ではなく、交渉で。金と情報と、相手の欲望で」


リリアは何も言わなかった。

ただ、俺の横顔をじっと見つめていた。


「では、動きます」


そう言って、彼女は部屋を出た。


(ここからが本番だ。誰を選ぶかで、最初の交渉の成否が決まる)



――しばらくしてリリアが三人の候補者を連れて戻ってきた。


最初に進み出たのは、狐のような姿の獣人族の男。

金色の瞳が静かに俺を見据える。


「獣人族ラオフェン。これまで六つの部族同盟を成立させました。敵対していた狼族と虎族の停戦もまとめています。私は“双方に勝たせる形”を作る交渉を得意とします。ドワーフが理と利益で動く種族であるなら、必ず成功させます」


次に、小柄なゴブリンが一歩進み出た。


「外交交渉専門官、グラコス。条約文言の調整、関税協定、軍事不可侵条約の締結を担当してきました。私は感情ではなく、数値と論理で詰めます。今回の条件はドワーフ側にとって利益が大きい。拒否する合理性はありません。成功率は極めて高いと断言します」


最後に、リリアが静かに口を開く。


「陛下、外交専門ではありませんが、使える男がいます」


ドレイクが前に出た。


「ドレイク。傭兵団を束ね、戦場と商談の両方で生き残ってきました。私は綺麗な同盟は結びません。相手の裏を見ます」


俺は三人を見回した。


「皆、忙しい中集まってくれて感謝する。この中からドワーフとの交渉役を選び、すぐに行ってもらう」


リリアが驚いたように返す。


「今からですか!? 今回の条件はドワーフ側にとって相当有利ですが、リルムから魔石の横流し犯の報告はまだ上がっていませんよ?」


その言葉は正論だ。情報が揃ってから動くべき。

ラオフェンが即答した。


「問題はありません。利益が大きい以上、拒否する理由は薄い。必ず成功させます」


成功。その単語に、彼の価値観が凝縮されている。

グラコスも頷く。


「合理的に考えれば合意以外ありえません。私ならその場で調印まで持っていけます」


二人とも優秀だ。

ドレイクは沈黙したまま微動だにしない。


俺は視線を向けた。

「お前はどう見る」


ドレイクは短く答えた。


「ーー失敗します」


ラオフェンが眉をひそめた。

「条件は有利だぞ?」


リリアが問い返す。

「理由は?」


ドレイクの視線が、真っ直ぐ俺に向く。

「私には分かりかねます、陛下にお聞きした方が良いかと」


思わずにやけそうになるのを我慢した。背中に、わずかな震えが走る。

こいつは俺の意図を見抜いている。

それは不快ではなく、むしろ――安心に近い。


「決まりだな……ドレイク、お前を採用する」


ラオフェンが一歩踏み出す。


「お待ちください。私は成功させると申し上げました。」


焦りがほんのわずかだが、滲んでいる。

グラコスも口を挟む。


「私めにお任せください。交渉の失敗は関係悪化を招きます」


俺は二人を一瞥し、淡々と切り返す。

「成功しか見ていない者は、拒否の意味を理解できない」


成功は結果。拒否は動機。

動機が見えれば、構造が見える。


リリアが静かに問う。

「……よろしいのですか?」


俺は即答した。


「いい。ドレイク、今すぐ向かってくれ」


ドレイクは軽く頭を下げ、傷跡の口元に薄い笑みを浮かべる。


「承知いたしました」


リリアが一歩前に出る。

「ドレイクだけでは何かと不足があるでしょうから……今回は、私も同行します」


俺は頷いた。


「……頼む」


ラオフェンとグラコスは言葉を失い、ただ立ち尽くしている。

玉座の間の空気が、静かに変わる。



~鉄鉱街道を進む馬車の中~


馬車の揺れが激しい。

石を踏むたび、車体が軋む。

ドレイクはシートに深く腰を下ろし、傷跡の残る指で顎を撫でながら、静かに口を開いた。


「一つ、聞かせてくれ」


リリアは窓の外を見ていた視線を、ゆっくりと戻す。

遠くに連なる灰色の山脈。

その向こうにドワーフの国がある。


「なぜ、私のような者を推してくれた?」


リリアは一瞬、目を伏せる。


「……吸血鬼は頭が回るし長命種だから貴族たちも多い。

でも信頼できる者は少ない。だから、あなたを選んだの」


その声音には、わずかな疲れが滲んでいる。

ドレイクは小さく息を吐き、苦笑を浮かべる。


「なるほど、あなたも苦労してるんですね。それにあの魔王様の下だと、大変でしょう」


リリアは視線を窓に戻す。

風が黒髪を揺らす。


「……ええ、その通り。私もあの人がどこまで信頼できるのか分からないときもあるわ。でも少なくとも、命を賭けてヴォイド様の意思を引き継いでくれている」


ドレイクは少し驚いたあと、納得したようにうんうん頷いた。

「確かにあの男の下なら、生き残れそうだ。……私の好きな金の匂いがしますからねぇ」


リリアの唇が、ほんのわずかに緩んだ。


「……ふふ、そうね」

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