7.火花舞う魔族議会
~魔族帝国・影の玉座~
(整理しよう)
リリアから聞いた情報が、頭の中で地図になっていく。
地球の外交官として染みついた習慣——まず構造を把握し、次に動かせる駒を探し、最後に手順を組む。
エネルギー源は魔石。それが産業、軍事、経済の全てを動かしている。
帝国の魔石鉱山はドワーフに半分抑えられ、横流しがある。
聖王国軍の補給は三本の交易路に依存している。
内部は3方向から腐っている。
(だが、腐っているということは——全員、何かを欲しがっているということだ)
ヴォルドは卓上の羊皮紙を引き寄せ、静かに書き始めた。
まず把握すべき事項のリスト。
次に確認すべき数字。
そして動かせる可能性がある者たちの名前。
地球では、交渉の準備に使っていたやり方だ。
夜が深まっても、ヴォルドは書き続けた。
転生から三日目の朝。
リリアが玉座の間に入ってきた。
「失礼します陛下」
扉を開けたリリアは、玉座の前に広げられた無数の羊皮紙を見て、一瞬だけ目を止めた。
「……一晩中、書いていたのですか」
「整理が必要だった」
ヴォルドは振り返らずに答えた。
「三つ、聞きたい。ドワーフが帝国の鉱山から横流ししている魔石の量——正確な数字を調べられるか?」
「……調べる手段はあります。時間がかかりますが」
「二つ目。聖王国の財務状況。特に、他国への未払い債務の記録。商人ギルドか、エルフの商人ルートから入手できるか?」
「難しくはない。帝国の諜報網にまだ機能している部分があります」
「三つ目。エルフ連邦の翠の道——あの交易路の税収は、エルフの国家収入のどのくらいを占めている?」
リリアは少し考えた。
「正確な数字は今すぐ出せませんが、相当な割合のはずです。翠の道はエルフが管理している唯一の陸上交易路ですから」
「つまり、あの道を失えばエルフの財政は詰まる」
「……そうなります」
ヴォルドはようやく振り返り、リリアを見た。
「必要な情報を全て集めてほしい。その後、動く」
「承知しました」
「ところで用件はなんだ?」
「幹部側から停戦についての議会招集の打診があります。対応をどうなさいますか?」
「話を聞こう。まず状況を整理する」
リリアは軽く頷くと、すぐに案内する。
会議室に魔王が入ると議会はすでに紛糾していた。
聖王国への停戦の申し出が、武闘派魔族のプライドを逆撫でしたのだ。
「停戦だと!? 人間に屈するなど、笑止千万!」
低く響く声。
黒鉄の鎧を鳴らしながら立ち上がったのは、ダークドワーフのヴォースキン。
戦闘部隊の将にして、前魔王の強硬路線を支持した男だ。
「まぁまぁ〜、そんな熱くなんないでよ」
軽い声が割り込んだ。サキュバスのリルムだ。
派手な装い、甘い笑み。だが帝国最大の娼館を束ねる女王でもある。
「戦争長引くとさぁ〜、客足落ちんのよ? うちらも困るんだけど?」
軽口の裏に、計算がある。
「おいらは戦争歓迎だぜぇ」
椅子の上に片膝を立て、くるくると王冠を指で回す。
くっくっと喉を鳴らしながら笑う。
「人間の村はよぉ、燃やすとよく増えるんだ。次の獲物がな」
周囲の魔族ですら眉をひそめる。
黙したまま腕を組むドラゴニュートのシンラ。
要塞守護の将。
誇り高き武人。
「……停戦は弱さではない。だが、弱者への譲歩は許さぬ。」
静かな声が、議場の熱をわずかに冷ます。
ヴォースキンが怒鳴る。
「人間は力で縛るものだ!」
ヴォルドがゆっくり立ち上がる
「ならば問う」
「今、力で縛れているのか?」
静寂。
「前魔王は力による支配を選んだ。だが結果はどうだ」
「戦線はボロボロ。魔石備蓄は減少。徴兵率は限界。」
「それでも“力”と言うなら――その失敗を、もう一度繰り返せ」
「それでも進むなら止めはしない」
視線がぶつかる。
「だが、その結果がどうなろうと――責は私ではなく、進軍を選んだ者が負う」
空気が凍る。ヴォースキンの拳が軋む。
「……脅しか」
「確認だ。私は王として勝つ道を選ぶ義務がある」
議場がざわめく。
やがて怒号が飛び交う会議は決裂し、重臣たちは退室した。
玉座の間に、ヴォルドだけが残る。
「魔王さまぁ〜」
リルムが甘い香りを漂わせ近付いてくる。
「停戦とかさぁ〜、あたし嫌いじゃないよ? 戦争長引くと客単価落ちるし」
だが、視線は鋭い。
「……でもさ」
顔を覗き込む。
「前の魔王様なら、あんなやり方しなかったよね?」
一瞬の沈黙。
「安心して。あたし、もう動いてるから」
「……何をだ?」
「聖王国の商人三人、うちの常連。今夜、ちょっと深い話する予定」
「情報、いるでしょ?魔王さま」
「その代わり〜」
リルムが腕を絡める。
「今度、うちの高級娼館に遊び来てよ? 特別室、空けとくからさ♡」
甘い香りが近づく。
その瞬間――
玉座の間の空気が、わずかに冷えた。
「……陛下はお疲れです」
静かな声。
リリアが一歩前に出る。
微笑んでいる。
だがその瞳は、リルムの腕に向けられていた。
「長時間の接触は、お控えください」
温度のない丁寧語。
リルムは一瞬だけ目を細め、すぐに笑う。
「こわ。吸血鬼って空気冷やすの得意なんだっけ?」
ヴォルドは二人を見比べる。
「リルム」
腕に視線を落とす。
「提案は聞く。だが正式に上げろ。リリアを通せ」
リルムが離れる。
「はーい、魔王さま。じゃあ“仕事”としてお誘いするね?」
くるりと背を向け、去り際に振り返る。
「でもさ」
微笑む。
「今の魔王さま、前よりずっと面白いよ?」
静寂。
リリアの視線が、ほんのわずかにヴォルドへ向く。
(……気付かれている)
リルムが去り、静寂が戻った玉座の間。
リリアがヴォルドに小さな声でむっとして言う。
「陛下、まさかとは思いますが行きませんよね? ……こんな時に」
リリアの様子が何かおかしい。ヴォルドは目を細める。
だが、あのリルムというサキュバス。
(……観察力も胆力も揃った女だ)
(あの交渉に使える)
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