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10.鉄は折れず、冷やされる

~ドワーフ王宮 深炉の間~


シュレッゲンが麦酒をふるまっていた。


「今日は魔王殿もいるからな、うちのもんは皆あつめたぞ」


長卓を囲むのは鍛冶王シュレッゲン、鍛冶長、鉱山主、財務官、若手職人代表、

そして交易大臣フェアルード。


対面に魔王ヴォルド。左にリリア、右にドレイク。


シュレッゲンが杯を乱暴に置き、声を落とした。

「フェアルード」

「魔石の横流しの件だ。魔王の前だ。

禊だと思って吐け。国家の恥を抱えたまま飲めねえ」


フェアルードの指が、杯の縁でぴたりと止まる。

長い沈黙。やがて、彼はゆっくりと息を吐き、目を伏せたまま口を開いた。


「……二年前から、聖王国の規格照会が増えていました」


「視察団は炉よりも図面を欲しがった。新合金の試験値を、異様に」


鍛冶長の眉が、わずかに動く。


「準備だと、気づきました。ーー五か年計画です」


ざわり、と卓が揺れた。


「五年で聖王国製新合金へ全面移行。

ドワーフ式は段階的廃止。

技術輸出制限の草案も、私は見ました」


杯を握る手に力がこもる。


「帝国には先がないと見ていました。聖王国にはいずれ呑まれる。

だから……魔石を少し流した」


顔を上げる。赤い瞳に、炉の炎が映る。


「依存を1%でも削りたかった。

聖王国であろうと、帝国であろうと我々にはまだ利用価値があると思わせたかった!

ドワーフ共和国の利益を優先しただけです」


「鍛治王様は誇りを。私は帳簿を見る。それが私の役目だと思っておりました」


炉が爆ぜる。火の粉が舞う。

シュレッゲンは長いこと黙っていた。やがて、鼻を鳴らす。


「腕は認めてる」


ぶっきらぼうに、しかし重く。


「だがな、俺は鍛冶屋だ。誇りを守るのが役目だ。

聖王国の下請けになる未来は認めねえ」


その言葉が落ちた瞬間、若手職人が立ち上がった。


「俺の剣が……名前も残らねえ量産品になるのかよ!」


「銘も打てねえ鉄なんざ、鉄じゃねえ!」


炉の音だけが残る。


ヴォルドが静かに杯を置いた。

全員の視線が集まる。


ヴォルドはゆっくりと口を開いた。声は低く、しかし深炉全体に響き渡る。


「……ならば、交渉を始めよう」


左隣のリリアが、わずかに身を乗り出した。

彼女の瞳には、緊張と……少しの不安が浮かんでいた。

(魔王さま……ここで押せば、ドワーフの誇りが折れてしまうかも……)


「まず、聖王国の未払い分は帝国がすべて肩代わりする。貴国に損は出させない」


シュレッゲンの目が、わずかに見開く。


「次に、魔石を市場価格の六割で優先供給する。」


若手職人が息を飲む。


「これで……赤字が」


財務官が呟くように漏らす。


「これで炉が止まらずに済む……」


ドレイクは小さく息を吐いた。満足げに。


(餌は十分だな。あとは……)


だがシュレッゲンはすぐに目を細めた。


「甘い話だな。で? その代償は何だ」


ヴォルドの視線が、シュレッゲンを真正面から捉える。


「聖王国への武器供給を停止する。

その間、帝国と貴国で最新武具を共同開発する」


一瞬の静寂。

若手職人がテーブルを叩いた。


「ふざけんな! 俺たちの仕事を、魔族と共同だと!?」


声が割れる。


「それじゃ結局、俺たちの技術を抜かれて終わりじゃねえか!」


鍛冶長が低く唸る。


「姑息だ……」


フェアルードが静かに立ち上がった。


驚いたようにヴォルドを見つめている。


「恐ろしい奴だ……魔王、お前はどこまで考えている」


「鍛冶王様、これ以上聖王国に頼れば、炉の火が聖王国の色に染まるだけです」


シュレッゲンが睨む。


「黙れ、フェアルード。おめぇがそれを言うか」


フェアルードは目を伏せない。


「未払いが積もり、魔石がなければ炉は止まる。

止まれば職人は飢える。誇りを守るのは立派です。

ですが、誇りを守るために皆が死ぬのは……違う」


シュレッゲンの拳が震える。


「俺は……鍛冶王だ。誇りを売れってのか」


「売るのではない。冷やすのだ」


全員が息を止める。


「熱い鉄は叩けば曲がる。だが冷やせば――折れず、より硬く、鋭くなる」


「共同開発をする場所は治外法権とする。

貴国の技術は貴国が守る。帝国は干渉しない。

二重の鍵で、売買に関わる管理は双方の同意なくしては動かせないようにする。

その先、貴国は武器王国として君臨し続ける。下請けなど、決してならない」


ドレイクが小さく口元を緩める。


(ドワーフの誇りを折っていない、ただ道を示すということですか)


シュレッゲンは目を閉じた。

炉の唸りが、胸の鼓動のように響く。

やがて、ゆっくり息を吐き、目を開ける。


「……無期限停止はせん」


「だが……最新武具の供給は停止する。共同開発は……俺たちの炉でやる」


誰も笑わない。

ただ、炎が一段、低く、静かに燃え上がった。


鉄は折られたのではない。

冷やされたのだ。




――宴の残り火が小さくなった頃。



リリアは炉の方を向いていた。その目はどこか寂しげに見えた。


ヴォルドはしばらく、その横顔を見ていた。


宴が始まってからずっとそうだった気がする。

いや、その前からか。

笑ってはいる。だが、どこか遠い。


――ごめんね、零。


前世の声が、一瞬だけ、耳の奥を掠めた。

最後の時も、隣にいた。三年間、誰より信頼していた。

泥をかぶり、命を狙われながら、それでも笑っていた。

美咲は、泣きながら裏切った。


(俺を裏切った美咲…なぜ今思い出す?)


リリアの頰は珍しく赤く染まっていた。


「……ヴォルド様」


(リリア?いつもと呼び方も違うし…酔ってる…のか?)


「ヴォルド様はリルムを贔屓しすぎではありませんか?」


リリアの掠れた声が、自分でも思ったより小さかった。

周りの喧騒が二人の間を埋める。

リリアがせきを切ったように口を開いた


「私だって、帝国のためにずっと頑張ってるのに。

今日だって、ずっと心配で、心臓おかしくなるかと思って……

なのに陛下は全然気にしてないし、終わったら終わったで涼しい顔で――」


そこまで言って、はた、と止まった。


「……あ」


「いま、私、何言って……」


頰どころか耳まで熱い。


「ち、違くて。その、さっきの交渉が怖くて飲みすぎただけで、全然……」


言えば言うほど深みにはまっていくのがわかった。


「……忘れてください」


消え入るような声で言って、リリアは炉の方に顔を向けた。

杯を持つヴォルドの手が、ぴたりと止まった。


今でも彼女を憎んではいる。

だが、彼女を責める気になれない。

隣で、誰かが限界まで張り詰めていることに、気づかなかった。


(いままでリリアが動いてくれたことは帝国のために当たり前だと持っていた…)


リリアの横顔を、ヴォルドは静かに見た。

赤い頰。俯いた目。

「忘れてください」と言いながら、まだ隣にいる。


美咲に似ている、とは思わない。だが。


(ちゃんとリリアを見ていなかった)

それだけは、わかった。


ヴォルドはゆっくりと手を伸ばした。黒髪に、確かな重みを乗せる。


「……よくやった、リリア」


低く、静かな声だった。


リリアは一瞬、何が起きたかわからなかった。

それから、じわじわと理解が追いついてくる。


(……あ、そっか)

(ぜんぶ、見えてたんだ)

(私がずっと、緊張してたことも。ぜんぶ、わかってて……私だけ、一人で騒いでた)


頰が、さっきより熱くなった。

恥ずかしいとか、嬉しいとか、そういう感情がぐちゃぐちゃに混ざって、もうよくわからなかった。


(バカみたい、私)

(でも……もうちょっとだけ、このままでいいですか)


ドレイクが、麦酒をあおる。


「良い宴でしたね、ヴォルド様」


「最初から、全部見えていたんでしょう」


ヴォルドはリリアの頭から手を離すと、自然な流れのままドレイクの頭へ手を伸ばした。


「よくやっ」

ドレイクの手が、ヴォルドを遮り音もなくその手首を掴んだ。


「……お断りします、陛下」


「お気持ちだけ頂戴しますよ」


目は杯に向いたままだった。一度もヴォルドを見ていない。


リリアが顔を上げた。


「……ふふ」


こらえきれず、小さく笑った。


ヴォルドは特に気にした様子もなく手を引いた。


炉の最後の火が、ゆらりと揺れた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


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