沸き立つ暗き雲
アエッタより、エルナーシャたちが不在の際に行われた事について語られた。
これまでにない方法での調査結果に、エルナーシャたちは驚きを隠しきれずにいた。
アエッタの口にした話に、エルナーシャたちは驚き動きが硬直していた。だがそれもそう長い時間ではなく、すぐに再起動を果たしたのはレヴィアだった。
「そ……それでは、私たちの行動に意味は無かったと……?」
非常に抑えられた丁寧な口調の疑問だが、その実かなり怒りが込められている。アエッタの言う魔道具が最初から公表され使用されていたなら、エルナーシャがわざわざ魔物の陣取る森へ行く必要などなかったかも知れないからだ。
「考え違いをするな、レヴィア。私は何も、エルナーシャに苦労を強いる為に派遣を命じた訳では無い。情報だけを頼りに判断する訳にはいかない事を考えれば、エルナの派兵は遅かれ早かれ命じていた事だ」
それを察したシェキーナは、いつになく強い口調でレヴィアを叱責した。それを受けて、レヴィアはハッとした表情となり、すぐに俯き神妙な態度を見せる。
「も……申し訳ありません。そのような考えは……」
レヴィアは、シェキーナを尊崇している。それと同じかそれ以上に、エルナーシャも崇敬していた。臣下としては非常に優秀で正しい振る舞いなのだろうが、それが過ぎればシェキーナへの反意と受け取られかねない。
「シェキーナ様のおっしゃられた通り、エルナーシャ様たちの調査も非常に重要でした。エルナーシャ様たちが持ち帰られた情報により、更に詳しい検証が可能となりました。ここからは、今後について議論するのがよろしいかと」
「うむ、そうだな。こちらの情報を先に開示する。それを踏まえて、エルナたちの話と照らし合わせるとしようか。……アエッタ」
「……畏まりました」
場の雰囲気がこれ以上悪くなる事を危惧したムニミィが発言し、それを肯定したシェキーナがアエッタに話を振った。
そしてアエッタは、改めて魔王城との連絡に使用した魔道具を紹介した。
「……先ほど話しました、メルル様が開発途中だった魔道具を完成させた物がこちらです。……魔力を込める事で、魔法的に繋がりを持たせた2つの水晶球間で会話と映像のやり取りが可能です」
アエッタが両手に抱えた水晶球を説明すると、その場で小さなどよめきが起こった。それも当然かも知れない。
これまでに、魔法……精霊魔法を用いての通信手段は確認できている。しかしこの場合、双方が精霊魔法に通じている必要があった。使える必要が無いが、理解が必要なのだ。そして残念ながら、この世界では精霊魔法はそれほど広く通じてはいなかった。
それに対してアエッタの保持する魔道具は、通常の魔力を持つ者ならば使用が可能なのだ。それを考えればこの水晶球は、非常に画期的な物であると言えた。
「……ですが、これはまだ試作品です。……使用に必要な魔力量も、通信できる距離もまだまだ問題があります。……残念ながら、誰にでもすぐに使える物ではありません」
如何に期を画す発明品であっても、現状は試作品で使用には制限が掛かる。誰にでも使用可能とするにはまだまだ時間が掛かるのだろうが、現状の議題はそこではない。
「……これを用いて、魔王城で待機中のベスティア=ソシオ隊長に確認を取りました。……その結果……一部の魔物には、他の魔物を操る能力があるようです」
「えっ……⁉」「そ……それはっ⁉」
アエッタの話を聞いて、エルナーシャとレヴィアは即座に絶句した。他の者に至っては、言葉もないのか黙しているのか、誰からも発言は無かった。
「そ……それでは、私たちが向かった森に生息していた魔物も、他の魔物を操ってバデラス様を襲わせたのでしょうか?」
そんな中でも、エルナーシャは即座に疑問を口にした。自分が担当した事案であり、事件の真相に誰よりも近づきたいと思っているのかも知れない。
「それが、最悪な結論の一歩手前と言うところか」
エルナーシャの疑問形を模した回答に、シェキーナは余裕の伺える笑みを浮かべて、及第点を与えつつも含みを持たせた。
「一歩手前という事はぁ……」
「……更に悪い事が考えられるっちゅう訳ですなぁ」
そこに鋭く突っ込みを入れたのは、やはりレンブレム姉妹だった。そしてもう一人、その部分に気付いていた者が話を受け継ぐ。
「つまり……魔物を操っていた魔物どもを使役していた何者かが存在する。そしてその者共の狙いは……魔王様ですか」
「フッフフ……。その通りだ」
レヴィアはシェキーナの言葉から真相にたどり着き、シルカとメルカの後に正解を口にし、それをシェキーナはあっさりと認めた。
内容は臣下が魔王を謀殺する、弑逆の企てを明言するもので、とても和やかに話せる内容ではない。実際、事実を言い当てたレヴィアや、エルナーシャやジェルマにセリルも絶句して二の句を告げられず、そしてレンブレム姉妹でさえ軽口を叩く事が出来ないでいた。
だが、狙われている当の本人であるシェキーナから緊迫感が伝わってこない。それどころか、どこか楽しそうにしている節さえ感じられるのだった。
「……シェキーナ様。もう少し深刻に事態に対して頂かないと……」
「ああ……すまないな、ムニミィ。魔界に私の即位を快く思わない輩がいるのは理解しているが、その為の手段がこのように姑息で回りくどいものだと思うと可愛くてな」
台詞だけ聞けば、完全に相手を……黒幕を舐めている発言だろう。実際、シェキーナには危機を抱いている雰囲気はない。それも当然の事だろう。
名実ともに人の中で最強に位置するシェキーナを、人が御し得る策謀で屠る事は不可能と言って良いだろう。事実先年、同郷で妹でもあったデルフィトス=レフィーナは、自身の精霊力は勿論、人外の能力まで駆使してシェキーナと互角以上に渡り合ったものの、最後はシェキーナの手で倒されている。
無論、シェキーナとて無敵ではなく、急所を突かれれば死に至る。それこそ、寝ている間に暗殺を企て成功すれば、シェキーナの暗殺も可能だろう。
もっともシェキーナは、睡眠時にも周囲に精霊を侍らせて警護させている。本来はハイエルフであるシェキーナは、特に意識せず自然体であっても、下位の精霊が周囲を漂っているのだ。どのような手練れであっても、彼女に知られずに接近する事は不可能だろう。
「……シェキーナ様を相手にするなら……真正面から立ち向かうのが……唯一無二の方法かと」
そんなシェキーナに、正攻法ではなく闇討ちに近い手法で挑もうと考えている時点で、シェキーナを舐めている……と言うよりも、彼女を知らなすぎると言えた。それに思い至ったアエッタが、見えざる陰謀者に向けて言葉を向けたのだが、これは少し言葉足らずだったのだろう。
「アエッタ。その発言は少々不穏で不敬かと」
「……申し訳ありません、シェキーナ様」
そこを咎めたムニミィの視線は、口にした内容以上に鋭いもので、不適当な発言だったと悟ったアエッタは即座にシェキーナへと謝罪した。一見平静に見える彼女の所作だが、しかし言葉の穏やかさとは裏腹に動揺していた。
「よい、気にするな。……フッフフ、メルルなら多分同じ事を言っただろうな」
そのやり取りを目にし、アエッタの謝罪を受けたシェキーナだったが、やはり楽しそうに、何か懐かしいものを見るような視線をアエッタへと向けた。それを受けた彼女は、どこか恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべていた。
「現状、裏で糸を引く者の存在は明確ではありません。今後は、シェキーナ様を狙う者の存在に留意しつつ、警護を厚くして進みましょう」
先の理由で、実質シェキーナに警護は必要ない。敵がいないと言う意味では、暗殺を目論む者の正体も、すぐに知る必要はなかった。
それでもムニミィが明言したのは、偏に対外的な理由が一つと、もう一つは。
「私の指揮する暗部に、早急に探らせましょう。見つけ次第、見せしめとして大々的に公表の後、公開処刑を行うのがよろしいかと」
今代の魔王であるシェキーナに問題がなくとも、それに続く魔王が同様とは限らない。次代の魔王がエルナーシャである事を考えれば、レヴィアにしてみても看過できる話ではなかった。
「……そうだな。遅かれ早かれ尻尾を出すだろうが、見つけ次第、関係者全てを捕らえよ。情報を隈なく吐かせたのち、弑逆に関わった全ての者を処刑せよ」
「「「「ははっ!」」」」
そしてそれは、シェキーナも同じ考えであった。自分の娘と明言するエルナーシャに危害が及ぶ可能性があるならば、それを見過ごすつもりなど彼女には毛頭なかったのだ。
迷いなく苛烈な指令を出したシェキーナに、その場の一同は緊張した声音を揃え、深々と頭を下げて応えたのだった。
結論を見て、今後の対応を協議する一同。
しかしシェキーナにしてみれば、取るに足らない事案の一つでしかなかった。
そんな彼女の元に、驚くべき者が来訪する。




