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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十一章 夢幻泡影の章
192/314

#02 何にでも売値はある、それがたとえ存在意義でも

 



 永禄十三年(1570)一月十七日






 一月某日。


 菊亭家と近衛家との談合はなった。当たり前だが正式書面などどこにもなく、近衛・菊亭家双方の関係者以外には誰も知る由もない秘密裏合意形成である。

 よって歴史書にもけっして記載されない類の大談合であることを前提とすると、ならば本来なら合意者双方どちらが翻意しても容易く覆せるレベルの疑似契約であることは想像に難くなく、するとつまり戦国のどこにでも転がっていそうな裏切り前提の覚書だと推察されるが……。


 なのにあろうことか双方の熱量はまるで違った。


 本気なのだ。近衛前久も天彦も。


 近衛は公家が君臨する公家社会を築きたい。天彦は少しでも早い天下泰平を望んでいる。その両者の思惑が合致し、もはや血の盟約レベルの強固な双務契約が出来上がっていた。


 というのも近衛が嫡男信基(信伊)を差し出してきたのである。

 むろん東宮御所での見習い修行名目だが、この処遇にもはや人質を疑う者はいないだろう。少なくともこの京の都にはいない。


 すると天彦は迫られていた。菊亭、お前は何を差し出せるのかと。


 天彦にも宝はある。半身とたる妹御前と実弟の二人が。当然彼方もその玉を要求するはずである。釣り合いを取らせるために。

 だが天彦の性分で差し出せるはずがない。ここで容易に割り切れるようなら天彦は天彦をやっていないし、世はもっと事もなかった。


『期日は一年。麻呂は信じておじゃりまするぞ。ほほ、おほほほほほ』


 ムーブだけならまったく悪役ボスのそれ。だが前久は誠実だった。

 少なくとも今回の交渉に関しては一切の詭弁もペテンも誤魔化しもせず、ただひたすら誠意を見せて事にあたった。


 通常それは最後が近い者のムーブである。あるいはマインド。

 だが近衛は76まで生きる化け物である。関ヶ原も見届けるしその後も存在感を遺憾なく発揮する。


 天彦にすぐの答えはでない。子を思う親心もわからなければ自分を自己評価以上に強大化させて恐れる感情も理解できない。


 だから謎ムーブ。そして理解しがたいものは恐ろしいとしたもの。

 こうして近衛と菊亭は絶妙にアンバランスなバランスを保って少しずつ仲を深めていくのだろう。


 故に現状は近衛家嫡男の後見人止まりである。


 けれど後世の歴史家はこう記述するはずである。

 永禄十三年(1570)一月某日こそがまさしく近菊連立政権の樹立日であると。


 むろん表立って菊亭が公のまつりごとの場に出ることはない。だがかなりの配慮はされるだろう。つまり太政官参議の職責も言外に保全されたことになる。

 このことは天彦にとって風向きが変わる以上の追い風となった。東宮の別当は高級職だが所詮は名誉職の域を出ず公の官職の前には霞んでしまう。


 そしてこの近衛との密約は最も大きな可能性を示唆してくれた。

 何しろ最悪の場合、権力欲に取りつかれた魔王を切り捨てる選択肢も視野に入れられるようになったのだ。

 謙信公と昵懇になったときより何倍も天彦の心に余裕の幅を持たせてくれた。


 このことからもやはり天彦も生粋の公家なのであることが窺えた。


 さてその契約の中身だが、

 石見銀山の採取量のおよそ三割(採掘高ベースで30トン)を朝廷に献上する。その分配は近衛家の専横事項とする。

 この数量はこの時期採掘される世界の総採掘量の1/9に相応し、銭換算でも四万貫に相当した。これが枯渇するまで延々ずっとである。その利権たるや凄まじいことは容易に想像できるだろう。


 但しいいこと尽くしばかりでもない。

 天彦は関白との取り引きによって中長期計画の到達地点を指定される羽目となった。

 近衛の嫡子が就任する元服までの期間にすべてを仕上げる。

 即ち天彦が東宮の別当であれる期間にすべてを仕上げなければならない。または完璧に仕込まなければならなくなった。


 その猶予期間はおよそ十年。奇しくも茶々丸が真宗の門主として魔王に抗った年数と一致した。むろん数字など単なる記号である。意味はない。よってあるようでない期日である。


 だからこそ天彦は信基くんの後見役を買って出た。むろんお目付け役として傳役は仕立てられるが、そんな傳役には体面以上の意味合いを持たせない心算でいる。最悪の場合のインシュランスの意味もあって。






 ◇◆◇






 永禄十三年(1570)一月十八日






「え、若とのさん。徳川さん参らはるのほんまですか」

「らしいよ。なんやお雪ちゃん声弾ませて、嬉しいん?」

「ほんまですかっ、嬉しいです! それはもう、むちゃんこ嬉しいです!」

「なんでなん、接点……あったわ」

「はい。その節は随分とお世話になりましたん」

「身共もしてるけど。むしろしてるけどもっ!」

「ん?」

「してるけど」

「それでゆーたら某の方がしてますやん。へんな若とのさん」

「あ」

「あ」


 ふーん。あ、そう。徳川、ひょっとして要らんかも。いや現実には相当かなり必要だが、あるいは同担以上に要らんかも。


 だって焼けるよね。自分以外で上がられると。


 そんな自分でも笑ってしまうしょーもない嫉妬にシットを吐き捨てる天彦は、ともあれ絶好調には程遠いメンタルで、手にした親書の二通の内の一通に目線を落とす。



 この日、織田家から殿中御掟が新たに追加六か条として奏上された。

 天彦の手にあるのはその条文である。


(現代語意訳)


 一、諸国の大名家に御内書を出す必要があるときは必ず信長に報告して、信長の副状も添えて出すこと。

 一、これまで将軍義昭が諸大名家に出した命令はすべて無効とし、改めて考えた上でその内容を定めること。

 一、将軍家に対して忠節を尽くした者に恩賞・褒美を与えたくとも将軍家にはその領地がないのだから、織田家を頼ること。

 一、天下の政治は何事につけてもこの信長に任せられたのだから、天下静謐のための軍事行動について信長は上意を得る必要はなく信長自身の判断で成敗を加えるべきである。

 一、天下が太平になったからには宮中に関わる儀式などを将軍におこなっていただきたい。

 一、内裏とは通例に則り武家伝奏またはお取次ぎ衆を介し、厳に御政道を改めていただきたい。



 むろん天彦は震える。何しろ史実では五か条だった条文が六か条となっており、しかも追加の一か条は、露骨に菊亭をけん制した名指し激オコ条文となっていたからである。

 つまりこれは足利義昭をけん制しているようで、その実はお気に召さない動きをする天彦に対する20,000%の警告だった。……じんおわ。


「織田様、オコだりん」

「はは、みたいやな」

「あれ、ひょっとしてまだ余裕……?」

「あるか、そんなもん」

「デスヨネー」


 イルダ帰還が決定し心身ともに重圧から解放され、完璧に身軽になったルカはその言動まで軽くなって実に気のない軽口をたたく。

 だが誰も咎めない。

 その震える手に信長公御自らが認めただろう親書を握る天彦に対して、敢えて気さくに振舞っているのは誰の目にも明らかだから。


「お殿様、スマイルだりん」

「ムリやろ」

「はぁ、ですか。して織田殿は何と仰せに」

「来月、上洛なされるそうや」

「それは重畳。なぜお厭がりに」

「厭がってる?」

「はい。ちゃんとお厭がられておりますだりん」


 ちゃんとて。まあええ。何しろそれは実際だから。


「……お取り次ぎいたせと御所望さんやからや」

「武家伝奏」

「いいやそれは帝の御任命なされるお役目や。今なら山科さんやな。信長公御所望は織田家のお取次ぎ役さんや」

「なるほど。ですがはて、光栄なことではございませんか。内外にもお殿様と織田殿との蜜月っぷりを見せつけられる格好の機会ともなりましょう」

「それはかまへん。問題は……、論より証拠。ほれ、読んでみ」

「はい。拝見いたします。どれどれ」


 ルカは天彦から親書を手渡され受け取ると、じっくりと読み下していく。

 ふむふむ、ほうほう、……、……、……、え、じんおわ。


 最終的には天彦と同じ感情、同じ言葉で〆ていた。どうやらまぢでお仕舞いのようであった。


 要約すると、


 三好、和田、松永、毛利を呼び寄せよ。万一余の意に沿わぬときは菊亭の裏切りを確信するものである。

 天彦、余は深い疑念にかられておる。この疑念を晴らす心算があるのなら死ぬ気でことにあたられるがよい。余は覚悟を決めておるぞ。貴様に限ってなかろうが努々読み誤らぬことを切に願う。恐々謹言――


 的なことが認めてあった。


「お殿様。大至急岐阜城へ参上し謝罪に参りましょう。お殿様なら何とかなります。してください!」


 できるものなら天彦とて100同意する。だが……、これはそういう子供だましが通用するような文脈ではない。

 これを回避するには文面にある通り仮想敵をこの京に集結させる以外の道はない。


 そしていつもながら、


「勘どころのよさに痺れるん」


 ビビりもする。あるいはその容赦ない間違えなさに本心から衒いなく。


 古今東西、才気あれば野心ありとしたもの。見極めは難しい。なのに信長は間違えない。何を。謀反人の正体を。

 それは三好でも松永でも毛利といった誰もが目を向けるだろう大物でもなく。和田という小物に対してさえちょっとした違和感を嗅ぎ分けてしまえる信長の本能的な嗅覚に対しての感心、いや感嘆の念であった。


 そう。結論から言うと、天彦もこの和田惟政を勘繰っていた。


 だが裏を返せばすでに信長公、疑心暗鬼という名の病を発症しているとも受けとれる。これは天彦にとって非常に厄介な兆候であった。

 なにせ史実で本能寺の変を招く引き金となったのがこの疑心暗鬼が原因と言われているからである。

 一般的に光秀は四国調略で面目を潰され謀反を決心したとされているが、そこに至るには数々の不審があったと天彦は考える。たとえばこの疑心暗鬼もその一つ。

 とにかく信長公は家来を信用しなくなった。それが何由来でいつ起因なのかはわからないが、その病が発症することだけは確実である。


 あるいは支配者病か。罹患すると不治らしい。そして100の確率で一族ごと滅ぶ大病とのこと。その兆候が仄かに見える。だが今は後。


 問題は和田惟政である。彼は室町幕府の御供衆である。

 元近江甲賀の有力豪族であり、地政学的に六角家の被官であったことは確実であろう。おそらくきっと。

 またその関係で油日神社とは密接であるらしい。つまり和田は甲賀衆。油日神社とはそういう筋の寺社だから。


 室町幕府と六角と寺社と甲賀が絡んで白となるのか。絶対ならない。


「そうやな、ルカ」

「はいだりん」


 京の町を席巻する菊亭颪(降ろし)の突風は、瞬間最大風速を過去最高の50m/Sを更新した。

 惟任の筋を当たっても一向に糸口さえ掴めない不思議に、天彦はさて措き担当する射干党の焦りたるや相当で、指揮官であるルカは十二指腸潰瘍を患っているとかいないとか。


「う、お腹が」

「健啖家のルカにはさぞや辛いやろ。今朝は何杯呼ばれたん」

「五杯だりん」

「そぼろお弁当は美味しかったん」

「それはもう」

「……」


 潰瘍とは。ルカ、ダウト。


 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて声を張る気分も萎える。


 だが捜査は難航して尤も。噂のハッシュタグにフェイクが多すぎたのだ。

 だが奇しくもその匠の攪乱工作が天彦に核心を突かせる結果となった。これはプロの仕業であると。この時代、情報戦における玄人はだしの線は一ミリも検討しなくてよいのである。故に抱え込まれた専業プロであるQED。


 証明完了かどうかはいったん、言っても惟任は武家である。その道の専業を抱え込んではいないはず。何しろ忍びに仁義はなく、ほとんどが銭雇われ衆であり貴種ほど卑しいと忌避して遠ざけたから。

 惟任こそその最たる人種。我こそは貴種であるという謎の自負を前面に押し出す権高さの権化。忍びなどスポットで使っても雇用はしない。故に違う。


 その仮説のもと走査線に浮かび上がったのが件の幕府御供衆和田惟正だったのだ。


 そしてこの情報はむちゃんこタイムリーでもあった。時間にしてまだ6時間を経過していないあっつあつである。

 なのに信長は掴んでいた。あるいはそれがただの勘どころだとしても。いやだとしたら逆に物凄いのか。

 いずれにせよ全容を掴むため泳がせる方針を話し合った途端の卓袱台返しに、思わずさすがと唸ってしまうのはあまりにも呑気すぎるだろうか。


 そして、


「まあええさん。ルカ、京都支部からも目を離すな」

「京都支部、だりん?」

「イエズス会に決まってるん」

「……え、和田はもしや。お殿様、そんな情報はどこからも上がって……、あ、はいだりん」


 天井を指さし黙らせる。単純に説明がダルいから。

 そして最近ではほとんどそれで事足りた。らっきー。


 彼が史実でキリスト教をかなり強烈に保護したことはフロイスの認めた日本史で広く知られているが、果たして関連するのかしないのか。

 そしてこの時期、この都にやってきている宣教師の中に、猛烈なアジアンヘイト思想の宣教師が一匹紛れ込んでいることも、関係するのかしないのか。


 天彦はすべての可能性を消さずに虱潰す人海戦術に打って出ることに決めた。

 要するに、あまりにイレギュラーすぎてスマートに対応できずに苦し紛れに居直っていた。

 いいのだ。どうせ誰にもバレはしない。だって誰も結論を持ち得ていないのだから。


 それはいい。一旦脇におくとして。


 しかし反面、


「ルカ」

「ここにございます」

「魔王はなぜ急に言い出した。いったい誰がケツを掻いた、失敬、尻を叩いた」

「言い直せて偉いだりん、よしよしいい子いい子」

「……」

「ごほん。織田家にも手の者を入れるべきかと」

「100始末されるとわかりきっているところに、むざむざ手下を送り込めるほどまだ身共の心は病んでないん」

「その青さ、いずれ足元をすくわれますわよ。それとも御自分だけは特別とでも」

「ははは、まさか。そのときは盛大に目いっぱい転んだるん」

「本気。いいえ正気なの」

「身共に訊くな」

「……へんなお殿様。うちらの命なんて気遣ってバカみたい。……だりん。ばーか、ばーか、お殿様のばーか!」

「おいコラ、待て」


 悪態三昧。しかしその割にルカの目は嬉しそうだが。聞き耳を立てている傍用人たちも同様に。

 だが家人たちはほとんど平常運転である。けれどそんな当たり前のことで一々感情を揺らしてなるものかというどこか誇らしげな横顔がちらり。


「うっざ。どいつもこいつも目がうっざ。しっし、散るん暑苦しい」



 …………。



 寒いのに暑苦し五月蠅い視線を追い払い。


 いずれにしても天彦に思い当たる節はない。何しろ現状、かつてないほど近衛家とは円満であり、将軍家ともかなりいい関係を築けている。

 そして将軍家と良好ということは表面的には惟任とも休戦状態と考えるのが妥当である。この世界線の文脈でなら違和感のない理解である。

 むろん細かなけん制は互いにしあったとしてもこんな致命傷となる打撃は与えてこないはず。


 すると天彦には織田家に繋がる敵の見当がつかなかった。少なくとも顔が思い浮かばな、い、の、……待て。うそーん。


「え、地雷なのですが。やめて?」


 いた。思い当たる人物が一人。ちゃんとブチ切れている人がいた。しかも堂々と覚えておれと宣言していた。だからちゃんと覚えていました。


 天彦ががっくしと肩を落とすと、ルカが代弁した。


「つくづくご実家には足元をすくわれますね。いつまで放置なされるお心算でしょうか」

「ずっとです」

「ご愁傷さまです」

「あ、はい」


 正確には実家の要請を受けた甲斐のクソゾンビ虎の仕掛けなのだろう。その線しか思い当たらなかったしきっとそう。

 天彦に恨みを持つ勢力は多いが信長が言葉に耳を傾ける相手はそう多くはないのである。だからきっとそうだろう。でないともはやホラーでさえある。


夕星ゆうづつちゃんさあ」


 お兄ちゃん、さすがに泣いちゃうのだが。


 しかもそれを嗾けたのは半身にして最愛である妹ちゃんであろうというのが、何ともいえない苦味の最上級である死にた味を煽ってくるではないか。……つらたん。

 むろん実際に暗躍したのはぱっぱ晴季。今回に限ってはじっじ公彦も共闘していて可怪しくない。それほど今出川殿は揺れていたから。


「お殿様、お気をしっかり」

「殿――!」

「殿っ!」


 ルカがよろよろと静かに崩れ落ちていく貧血症状風の天彦を支えると、佐吉と是知が慌てて駆け寄ってきた。


 天彦は視線で“おおきにどうもないさん”と訴えて、


「ほんまにどうもない。いつものやつなん」

「ですが」

「身共の心労も一大イベントには欠かせんスパイスや。今回はちょっと辛味からみつらみがえぐいけどな」

「殿……」


 強がって嘯いて、けれどいつものように気丈に振舞う。それが男子たる矜持であると言わんばかりに。そんな思想は一ミリだって持っていないくせして。


「こうなっては是非もなし。ならば時が惜しいな……」


 織田と袂を別つにしても今ではない。今だけはない。

 その一念で奮起する。ここが分水嶺であると自分にきつく言い聞かせて。


 天彦は下がった頭をもたげると、たまたま目が合った是知に告げる。


「身共は参る。供を致せ」

「え、あ、それは……、そのお体で」

「二度も申させるのか」

「よ、よもや! この長野是知、殿の御座すところどこへなりともお供致しまするっ。ですが、いずこに参られますのでしょうか」

「公家町や」

「ご実家は、避けられた方が」

「ちゃう」

「ですが」

「是知、身共は参るん。支度いたせ」

「は、はは! おい誰かある――」


 支度を整えた天彦はいざというときの免罪符である頼りの呪文、“結果は手段を正当化できるのか。できる”の言葉を何度も脳裏で反復させながら。


 何しろ戦国室町である。

 例えば好きな人が人を殺した。って知ったら許せる? のか問題だって問題にさえならないだろう。


『若とのさん、それがどないしましたん』

『殺害相手が公家なら厄介にございますな』

『問題ございませぬが、何かございましたでしょうか』

『では首検分いたしまする』

『ひょっとして報復が厄介な相手にございまするか。ならば族滅――』

『死体が一体増えるだけやろ。どないした菊亭』


 どないもするか。氏ねハゲ鈍感。


 きっとこんな感じなので。


 何が言いたいのかというと、京のストラクチャー、室町のメソッド、菊亭のスペック。いずれも同じステージにあり、けれどまったくの別物である。

 つまり異種格闘技戦。ならば原始的な欲望が強い方が勝ち残る。

 それをぎゅっと要約すると倫理観は別次元の意となる。そういうこと。

 当り前の感性で当たっていては砕け散るだけ。この窮地を好機と捉えるくらい楽観的で丁度あるいはナンボである。


 今回の一件、そのくらいのメンタルが要る事業であった。


「徳川さん来はるん楽しみやわぁ」

「そこ! キライになるよ」

「えー」


 茶々は入ったが逆に刺激にはなった。


 天彦は強か(自分査定)に頬を張って、「ここが勝負どこや」

 数舜前までの深刻な空気感など秒で払拭して見せた。

 するとひらり、はらり、ほろり。

 静まり返る執務室に、天彦の懐から解き放たれた扇子が虚空を舞う。むろん流派は菊亭流。つまり我流のポンコツ舞踊。


 だが今日の天彦は一味違った。


「そやけど勝つのはいっつも菊亭。最後に居残っているのは我が菊亭や。ほな参ろうさん」

「はっ。者ども参られい、鋭っ!」



 応――ッ!



 天彦の凛とした宣告に与六の檄が呼応した。するとたちまち地揺れがして青侍衆たちが腹の底から雄叫びをあげていた。


 与六もすっかり……。


 様になってきた。


 天彦は中庭に目を向ける。雪の果てにはハクビシンが横切った。雲足が速い。

 何を暗示しているのか。まあしていない。ハクビシン!?


 自分で仮定してびっくりして、けれど皆の心配と不安など物ともせず一言でぬぐい取ってみせた与六にこっそりあっ晴れを送りつつ。

 いつまでも激しく叫ばれる鋭鋭応コールの伴奏に、“ふふ”と不敵な笑みをこぼして仮宿を後にするのであった。













【文中補足】

 1、殿中御掟でんちゅうおんおきて

 上洛した1569(永禄十二年)一月十二日に第一期が、その四日後の十六日に追加の条文が奏上されている。

 条文に関しては申し訳ございませんが各人インターネット百科事典でお調べください(時間がねーんだよー泣)


 2、近衛信基このえのぶもと

 永禄八年1565年(数え6歳)、のちに信伊のぶただに改名、近衛家18代当主

































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