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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十章 雪魄氷姿の章
175/314

#07 カタストロフィをお望みならサレンダーは許しません

 



 永禄十二年(1569)十一月二十四日






 畿内の宗教的勢力争いは熾烈を極めている。そのため変遷も複雑怪奇。


 主だったところでは延暦寺、興福寺、石山本願寺、教王護国寺(東寺)に高野山といった真言宗に天台宗、そして神社勢力が混然一体となり常に離合集散を繰り返し抗争に明け暮れている。中には巻き込まれの貰い事故も少なくないがいずれにせよ寺社はよく炎上している。

 むろん未来の現代の炎上とは違い、こちらはリアル焼失しているのだが。


 それも偏に寺社が固有の戦力を保有しているがため事故は起こる。ましてや石高換算で百万石クラスの経済力を持っている寺社も少なくないとくれば、それはもう国家であり利害の衝突で血も流れる。昔も今も利益は人を狂暴凶悪に変えてしまうので。


 さて今回天彦の交渉相手は和尚わじょうであった。真言宗の僧侶全般を指す呼称であり、これが日蓮宗となると聖人しょうにんと変わるように宗派によって各々固有の呼称があったりなかったり。


 いずれにせよ和睦の使者は真言宗から訪れていた。真言宗と言えば教王護国寺(東寺)である。足利家御用達でお馴染みの。

 猶、織田軍を撃退したことでも知られる超武闘派寺院である高野山(紀伊国)とは密接であり、片や密教の根本道場(東寺)として片や修禅道場(高野山)として共に真言宗の柱として若き修行者の育成にあたっている。


 教王護国寺(東寺)の組織を簡単に説明しておくと、

 廿一口方にじゅういっくかた十八口方じゅうはっくかた学衆方がくしゅうかた最勝光院方さいしょうこういんかた宝荘厳院方ほうしょうごんいんかた不動方ふどうかた植松方うえまつかた、そして鎮守八幡宮方ちんしゅはちまんぐうかたといった様々な僧侶組織が存在した。


 という情報を踏まえ、天彦の目の前にはその教王護国寺(東寺)から派遣されているらしい和尚さんが取り巻きを数名携え来訪していた。

 まるで黙れば哲人、喋れば武人、してその実態は……ただの頑固じじいの装いで。つまり俗人ではありませんよー顔をして。


 和尚は辞を低くまるで修行の最終試練に臨む面持ちで、上座にちょこんとおっちんするキッズに相対した。

 明らかに身共不愉快です顔をしていては僧侶の反応も致し方ないだろう。何しろこのキッズ、可愛い(不細工)顔をして平然と寺社を破却するので。

 関係者としては堪ったものではない相手の今や双璧の片っ方なのである。むろんそのもう一方は天下に第六天の魔王として畏怖を恣になされる御方である。


 不機嫌彦は珍しくたっぷりと間をおいて、らしくない口調つまり感情的な尖ったちくちく口調で言葉を発した。


「面をお上げさん。遠路はるばるご苦労さん。予め申し渡しておくが麿はたいへん遺憾にお思いさんにおじゃります。そのこと留意して提案なり下達なり御申しつけにあらしゃりますよう」


 僧侶がようやくおもてをあげる。


 僧侶の表情は控えめに言って終わっていた。文字通りほんとうにこの世の終わりに直面したかのような蒼白顔をしていたのだ。


 ……ん?


 さすがの天彦も訝しむ。寺社関係者全般から悪感情を向けられることは慣れっこである。自覚があるので。だがこうまで恐怖されることは珍しい。

 というのも神仏に帰依している者は特有の感情を持つ者が多く(天彦主観)、悪く言えば自分だけは安全圏みたいな感情が透けて見えるのだ。中にはその感情が行き過ぎて恐怖心がどこかぶっ壊れている者もいるのだが、果たして……。


 よって記憶を探ってみても、これほどの恐怖感情は天彦の脳裏の片隅にもなかった。


「お目通り叶いましたこと祝着至極に存じまする。こうしてお初にお目にかかりまする栄誉、終生の宝と致したく存じ奉りまする。さて拙僧は幕府の意を受け鎮守八幡宮方評定指示の下、参上仕りました亮祐と申しまする。お見知りおきくださいませ」


 意訳すると、私はファッ○ン仏教界のファッ○な寺院のファッ○な生活しかわからずファッ○な決まり事しか伝えられない雑魚シッ○なので、その点をご理解の上、偉大なる菊亭様におかれましてはお願いだからこの件だけを粒立てて取り上げずマザーファッ○しないでね。――となる。


 ……最高か?


 天彦はちょっとだけ気分を持ち直す。

 楽しいと面白いの丁度天秤が図れる中間の感情で、けれど声を弾ませることはせずに淡々と申し付ける。


「前置きは要らん。惟任さんの考える和睦の御提案、疾く申されるがええさんや」


 が、そんな前置きから始まった和睦案は笑えるほどクソビッチだった。


「はっ、では早速申し上げまする。御尊姉であらせられる菊亭撫子姫、当陣営某所にてけっして下に置かない待遇で礼儀正しく丁寧かつ親切にお預かり申し上げているとの由にございま、ひぃっ――」



 嗚呼、それはやめてね。お願いだから。



 満場一致で心の声がリンクする。まさしく完全に菊亭家中の意識が合致した瞬間だった。大げさではなく本当に。


 そして数秒後にはその予感は当然のようにズバビタで的中する。



 ぞぞぞ……。



 それが果たしてなんであるのか。それは誰にもわからない。だが一角の武士が怖気を感じるほどの何かであることは紛れもなく。

 あるいは背景を知らない者まで漏れなく、皮膚を粟立たせるほどの凄まじい何かに見舞われていた。

 辛うじて気を失う者はいなかったが、人はそれを邪気。または悪意と呼ぶ。

 その実態を伴わない不可視のナニカは、満座の中、たちまち天主の間を覆い尽くした。



 ……………………、

 ………………、

 …………、

 ……、



「喧しい、黙れ。黙れ黙れ黙れ――ッ」



 世界には雑音ノイズが多すぎる。


 身共もお前さんも大資本家にこき使われるだけのサプライチェーンに組み込まれた雑魚ライン。つまり同調性の生き物なのだ。


 わかってる。ようわかってるん。だから……。


 シネ、コロス。


 天彦の中で何かが弾けたのか。


 力なく立ち上がると、武張るでも意気込むでも気取るでもなく、ただあるがままの感情をそっと吐き出すように言う。


「手段は問わん。殲滅せよ。ただ殲滅あるのみや。殺せ、殺し尽くせ。この世からあの憎き水色桔梗紋を根こそぎ消滅してしまうんや」


 とりえ、図々しさ。

 持ち味、ずっとふざけられること。

 趣味、冗談。

 好きなもの、仲間。ヌイ。

 得意科目、屁理屈国語。冗長漢文。けれど数学Ⅰ~Ⅲの成績が一番いい。

 得意技、上手か下手かはさて措いてユーモアで感情を隠すこと。

 一言、とにかく自分も人も笑っていることがスキ。他の何より大好きです。


 そんな天彦が不具合を起こしていた。むろん彼も人。バグではなく感情の仕様としての不具合を起こしていた。


 すとん。


 気を失うでもなく瞳を閉じるでもない。だが天彦はまるで糸の切れたマリオネットのようにその場にじっとしゃがみ込んでしまっていた。


「な、な、な、……!?」


 亮祐和尚は気が動転してしまったのだろう。仰け反った勢いそのままに天彦の御前を“逃げろっ”とばかり無礼してしまう。

 それはまだ許された。しかし亮祐和尚の挙動に反応した付き人の一人がよくなかった。何を思ったのか思わなかったのか、懐に忍ばせていた懐刀を手にしてしまったではないか。


 これぞ不幸の始まりにしてお仕舞いの序章であった。それは亮祐和尚にとっても菊亭にとっても。まさに不運としか言いようのない偶発的な事故だった。


「な、な、な、……ぜ……」


 そこには感情を一ミリたりとも揺らさずにすべき事だけを成す侍の姿があった。


 かつてもどこかで見た光景。そのときも僧籍相手だった気がする。

 するとほんとうに偶発的なのだろうか。疑わしく見てしまう。彼は生粋の切支丹であった。

 いずれにせよ愚弄に愚弄を重ねて散々っぱら虚仮にしまくってきた宿敵の遣いである。隙あらばと機をうかがっていたのは何も彼だけではないだろう。


 そんな空気感が天主の間には広がっていた。


「無礼者は討ち果たした。者ども、何をぼさっと呆けておる。疾く殿を奥へとお連れせぬかっ」

「は、はい!」

「端からそのお心算にござった」


 佐吉は素直に、だが是知は反発した。


「ならば長野殿、口より身体を動かされよ」

「言われずともそう致す、城代」

「よろしい。なら致せ」

「致すと申した!」


 是知の反発など可愛いもの。


 天彦の依頼を受けてルカと共に横大路城を離れている茶々丸不在の今、氏郷の言葉に即応できた諸太夫は佐吉と是知だけであった。


「殿、ご無礼仕りまする」

「ご無礼仕りまする」


 佐吉と是知の二人は放心状態のくせにずっと何かをぶつぶつとつぶやいている天彦の両脇を抱え込んで天守の間から退室していった。




 ◇




 残された天守の間には総勢三十名ほどの菊亭青侍衆が待機する。

 そんな息をするにもどこか苦しい気配漂う広間には、すでに息の絶えてしまっている血だまりに沈む使者の遺骸と恐怖に動けない従者を残すのみである。


 それがビジネスなら寛容もよういだろう。だが事は戦事である。

 この場合の最適解は感情を極めて簡略化し尚且つ思考を自動化するのが推奨される。つまり鬼にならなければ。

 あるいはその行為自体に善悪や適否を当てはめないこと。とか。


 いずれにせよ、


「片付けい」

「はっ」


 一斉に切っ先が四人の下僕に向けられる。


「ま、待たれよ! ぐはっ」

「ぎゃあ」

「なんっ、む、無念――」

「非道なるぞ逆賊菊亭! ぎゃあああ」


 翻った銀閃は都合六度。


 氏郷は城代としての責務を果たす。これは実戦的に紛れもなく正しい選択であろう。つまりこの場での最善であり正義。

 菊亭としては事がなった以上、敵へ渡す情報は遅ければ遅いほどよい。むろん倫理観とは隔絶した正義ではあるが。


 時は戦国、時代は室町後期。


 意思決定に委員会は組織されず決断は常にソロでなされる。

 その意味でなのだろう。且元が後片付けの指示を下す氏郷の元へと歩み寄り、


「忠三郎、如何する」

「これはこれは片桐殿。貴殿が某に伺いを立てるとは珍しいこともあるものじゃな」

「嫌味はよせ。それに儂は片岡である」

「ならば某は城代であるぞ」

「ならばこそ立てておる」

「ならば敬え」

「む」

「む」


 常なら本気のどつき合いに発展する応酬も、だが彼らも承知しているのだ。事態が非常によろしくないと。

 だから手は取り合わなくとも早々に折り合いはつけられた。大人になったのとはちょっと違った感情で。


 というのもこの京都を中心とした畿内経済圏が盤石の世界線では、残念だが織田家の圧倒的な優位性は失われている。つまり織田勢だからと将軍家が追求の手を緩めることはけっしてないのだ。

 ましてや此度の相手方はあの惟任日向守。言い訳の口上は無数に用意しているだろうし、事後策だって十重二十重に準備していることだろう。あるいは誘拐自体が偽計の可能性だって十分に考えられた。


「殿、お怒りであったな」

「ああ。あれほどの激発、儂は初めて見たかもしれぬ」

「同じくじゃ」

「悪くはないの」

「うむ。悪くはない」


 二人は実にいい(悪い)顔で笑い合う。


「敵は二万二千。おそらく後詰も万端じゃな。三万か五万か」

「うむ。ならば城代、ここは華々しく逝くがよろしかろう。相手にとって不足はないしの」

「家族持ちがほざくな、逝き遅れが」

「何を」

「まあそう武張るな且元。某とて城持ち。好き勝手には動けぬ身じゃ」

「貴様こそ抜かせ。本性が透けて見えておるぞ」

「では抜かそう。ここは抜け駆けなしの一本勝負、籠城しかあるまい」

「気は乗らぬが最善か」


 二人はかつての戦、織田軍との一戦を想起したのだろう。

 だがかつてのように援軍は見込めず、仕舞いどころもまるで違う状況に直面していることはお察しである。

 なのに二人は嬉しそう。盤上の数学的解を求める天彦とは対極にある二人の、これが本領発揮の瞬間であった。


 そういうこと。二人はともすると心地よい破滅に酔いしれている風だった。


「ん? なんじゃ且元、貴様、殿の御指揮の下ど派手に逝けるのに気が乗らぬのか。そうか、ならば貴様は国元へ帰れ。名誉は某の一人占めじゃ」

「勝手を抜かすな! 儂は冥利に尽きると申したまでじゃ」

「初耳じゃが」

「今申したので当然であろう」

「は?」

「は?」


 ふははははは。


 二人は実に楽し気に、まるで童心に帰ったキッズのように笑い合った。


「そう来なくてはの。しかし悪くない死に場所ではないか」

「城を枕に討ち死にか。ああ、悪くない」

「悪くないだと」

「一々突っかかるな。貴様を立ててやったのじゃぞ」

「当然であろう。某は大横大路城の城代なのじゃからな。ふははは儂、城代!」

「呆れるほど図に乗りおる。高虎が舞い戻ったら殺されるがよい。何が大か。僅か五千も収容できずに」

「黙れ。儂の城に吝嗇をつける気なら許さんぞ」

「貴様こそ黙れ。殿の唯一の失策は貴様を重用することじゃ」

「何を」

「何じゃ。と拳を交えたいところではあるが、わかっておろう。殿は最高の褒美を下さった。戯れている暇などないぞ」

「うむ。下さったな」

「うむ、この期に及んでの失態は切腹では済まされぬ」

「おう、済まされぬ」

「おう」


 見た目にすでに合戦に数度赴いている風のズタ襤褸の二人は、まったくそんなことを感じさせずに気炎を上げる。これぞ菊亭侍魂とばかり血気盛んに。


 そんな二人が異常ではない。家中誰をとっても似たような感情が見えるはず。

 最大多数の最大幸福を善とする概念はまだこの世に存在していない。

 そんな世界線の出来事なれば、彼らにとって幸福とは天彦の傍にありお家が繁栄していくことのみ。ただそれだけに尽きたのだ。


 そして勝てば総取り、負ければお仕舞い。過不足なく文字通りにお仕舞いを突き付けられる。この世の無常を凝縮させたやつ。

 その鉄則にして絶対則が、彼ら彼女らのあらゆる判断基準に付き纏うのも、哀しい時代の事情であった。ちーん。




 ◇




 天彦が寝付く、久方ぶりにゲットした個室の寝室は物音ひとつない静寂に包まれる。

 そこへ薬膳を運ぶ用人の衣擦れの微かな音がした。たったそれだけのことで、ぱちり。


 天彦のつぶらなお目目が見開いた。周囲を確認することもなく、


「どうも、野生の社会通念上等ニキです」

「殿!」

「殿っ」


 天彦は目を覚ますなりボケていた。それは彼なりの正常性確認に欠かせない儀式だから。

 つまり安定して不安定であり、あるいは誰も理解できない突拍子もない言動に違和感がなければつまりそれは正常に違いない論法である。ベクトル診断ではなく絶対値診断としての。


 己の匙加減一つでどうとでもなるしょーもな自己診断をしたところで、


「家のもんは皆さん無事やろかぁ」

「はい! 殿を置いては皆健勝にございます」


 いの一番に家人を労うあたり実に偽善者ぶっていてやはり常態を確認出来てしまうのだが、それはそれとして。

 快活に即答してくれた佐吉に、にこ。ファンサは怠らない主義である。


「佐吉、是知も。いてくれたんやなぁ。おおきにさん」

「はっ」

「何のこれしき。某は殿のお目覚めがあるまで一生お傍に侍りまする」


 言葉少なと饒舌と、果たしてどちらが喜んでいるのか。天彦には手に取るように伝わっている。どっちも。どっちも同じ熱量で我が事のように快気を喜んでくれていた。だがどこか張り詰めた感じがちょっと痛い。


「あまり神経を尖らせて張り詰めるもんやないさんよ。ええかお二人さん、物事と申すのは緩急の組み合わせによって成り立っていて、動く前には緩みや弛みが必要なんやで」

「と、殿」

「あ、はい」


 どの口で。


 二人の反応を見ればお察しである。

 だが天彦は自分のことは音速より早く置き去りして家来たちを気遣った。


「お二人さん、こっちおいで」


 そして建前を立て付ければ残すは、むぎゅう、いちゃいちゃいちゃ。


「ぼしゅー」

「わふぅ」


 アクティブショタモードに切り替えた天彦は、こそばゆい微温湯に浸かるように遠慮なく佐吉と是知成分を補填するだけ。それだけで天彦のメンタルは急速充電されていくのだ。

 だがけっしてお安くはない。むしろべりーエクスペンシブ。

 何しろ菊亭切っての気難し屋のこの二人が、ここまで気を許す存在など天下広しといえども天彦を置いて他にはないのである。


「身共、なんか可怪しいなったん。あんまし覚えてないけど、どないなった」

「……」

「……」


 佐吉と是知の沈痛な表情でおよその事情はうかがい知れた。

 控えめに言ってじんおわである。


「……まあそやけど、夕星ゆうづつは無事やろな」

「はい」

「すでに裏をとってございます」


 考えるまでもなくあの生き馬の目を射貫くだろう婚約者ファミリーが抜かるはずがなかったのだ。なんて愚か者なのか。

 何よりこんな状況はずっと早くに想定していたはずなのに。言っても聞かない妹ちゃんの自由を奪うことなどできるはずもなく。ならば万一のときはすべてを清算した後、共に逝こうではないかの覚悟で放置していたはずなのに。


 気づけば天彦には守るべきものがたくさんあった。こんなはずではなかったのに。

 猛省しても後のお祭り。だから意識は切り替える。


「おおきにさん。ほんまにおおきに」

「滅相も」

「ございませぬ」


 食い気味に佐吉の言葉に重ねた是知がちょっとおもろい。

 クス笑いを頂戴してさて、何度でも言う。不覚であった。ちょっと考えればわかることを。あれは釣り。おそらく死亡要員だろう。あれはそうなれば上等な人員。惟任凄い。身共ダサい。


 それをひっくるめて天彦の脳裏には敗北の文字がちらついていた。


 夕星、あるいは撫子という人物。

 これで明確となっただろう。天彦にとって安定不安定パラドックスそのものであることが。

 即ち相互に破滅する何かがあった場合、そのレッドラインさえ越えなければ何でも出来てしまう状態に陥らせてしまう危険な存在。


 少なくとも天彦を支え従う者たちにとっては禁忌以上に腫れ物な存在が菊亭撫子という人物であった。

 むろん天彦にその自覚はない。何しろキモ痛い重度のシスコンの自覚さえないのだ。周囲に大迷惑を被らせている自覚などあるはずがないのである。


「で、うちの愛すべきDQNどもは」

「城代の指揮の下、籠城戦の御仕度に奔走なさっておいでにございまする」

「阿呆なりにそれなりに。お家のために励んでおりまする」


 是知口、わっる。だいぶ嫌いやん。


 が、どうやら籠城を選択した模様。すると咄嗟に天彦の脳裏に原状回復してご返却くださいの文字が躍る。――ひっ。……ほっ。

 が、自前だったことを思い出し本心から安堵する。どこまでもかつての貧乏性は付き纏うようである。


 頭を左右に三度ふりふり、

 つまり交渉は決裂した。あるいは死人が出たまである。


 天彦は再三の意識を切り替え集中して、脳内で想定を重ねていきやがて一つの解を導き出した。

 導き出された結果が最悪なのかあるいは織り込み済みなのか。それは誰にもわからない。

 だがおちょぼ口から吐き出された息が白い煙となって霧散した。天彦の体温の上昇を敏感に察知して。


「痛恨やったん」


 おまけにゲロ吐きそうなほど不快でもある。それはまるで好きな女子の気を引きたいだけの、あるいは会いたいカレシに構ってほしいだけの幼稚な芝居にいいねを押した気分だった。

 だいたいからして恋愛のゴールにハッピーエンドかバッドエンドの二択しかない設計が悪い。愛ってそんな浅いのか。とか。思考を取っ散らかせながらも徐々に形を付けていく。


「是知ぉ」

「はっ、ここにおりまする」


「佐吉ぃ」

「はっここに」


 かくかくしかじか。


 そんな得意だか苦手なタスクに腐心しながらも、アサイン(任命・割り当て)だけはちゃっかり熟すのだから、すっかり当主役も板についてきた天彦であった。


「社交シーズンの到来なん。支度を頼むん」

「はっ、さっそく」

「はっ。おい貴様、殿の正装をお持ちいたせ!」


 機は熟し(ついさっきのこと)蕩減条件は満たされた(これっぽっちも満たしていない)。

 だが当人はその気満満。乗り気ばちばち。これぞまさしくネッ友しかいない隠れ陰キャの本領発揮の瞬間であろう。

 いずれにせよ思い込み激しい彦はこれが最善策だと固く信じ、命を賭けたデイリーミッションへと臨むのであった。


 そして天彦にしては珍しく消費カロリー高めのテンションで、


「キノコ料理を食べようかぁ」

「はっ!」

「仰せのままに! おいキノコ料理をご所望である。疾く用意いたせ」

「は、はい」


 何故とは問われない。それが菊亭、天彦だから。


 そしてここは黄金の国ジパングである。パワーアップアイテムはキノコ一択に決まっていた。あまり得意ではないけれど。むしろキライまであるけれど。











【文中補足】

 1、カタストロフィ

 概念としての大きな破滅、演劇的大団円。


 2、サレンダー

 降伏、屈服、放棄する

 カジノ行かれる方ならよくご存じですよね。絶対に使いませんけれど。















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― 新着の感想 ―
[良い点] ふぁぁぁ、、、惟任さん、自殺願望でもあらしゃいますのやろうか? と、言うくらいに見事に核弾頭並みの地雷踏んではる、、 その核弾頭爆発しても、共に行ける(逝ける)青侍さん達の嬉しそうな事…
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