#05 赤と青、あるいは三つ紅葉と水色桔梗
永禄十二年(1569)十一月二十二日
近衛と菊亭は笑顔でがっちりと手を握り合う。ここに近菊談合が成立した。
当然だが近衛牡丹と三つ紅葉紋のコラボは非常に稀である。これまで皆無と言って過言ではない。
しかしながら申し入れた近衛はもちろんのこと、天彦としても菊亭(自分)贔屓という面での御使いの人選を考えれば、朝廷が自身に対し最大限の譲歩をしてくれていることは明らかであり、仲裁案を飲まざるを得ない状況にあった。
むろん突っぱねることもできたが、これを突っぱねればお仕舞いです。
何事にも許容範囲はあり閾値もある。このギリギリの見極めこそが頭脳戦の醍醐味の一つと考える天彦にとって、よってこの正誤や適否の的確な判断こそが自身の武器だと考えている。
単純な話、間違えれば家は滅ぶ。有罪無罰が適用される天彦自身は助かる公算が高いとしても、かわいい家来がいない世界線など虚無よりエグい。想像しただけでゲロ吐きそうになる天彦としては勝ち続ける他になく。
故に猶更、間違えることはできなかった。
もっと押せたの声は日に日に大きいが。家来は可愛いが同時に勝手としたものである。
何度でも言う。間違えれば家は滅ぶのだ。従う郎党ごと悲惨な目に遭う勝者総取り。オールオアナッシング。敗北とはまさに誰もが思う戦国史観そのものであった。
さて、
この談合の意味するところは非常に大きく、何せ近衛と菊亭の両家は天下に最も近しい両陣営(織田家と足利家)を代表する外向きの顔。言うなれば営業統括部執行役員待遇である。両陣営に与える影響力はかなり強い。
となれば、武略面はいざ知らず知略面に関しての当面の平穏は約束されたと考えて差し支えないだろう。好景気に沸く都の民は喜んでいるはずである。とくに噂好きの京雀などはワクテカしていることだろう。すでに号外くらいは飛んでいるのか。
戦争を筆頭としたネガティブ情報こそ経済に最も悪影響を与える外因とするなら、果たしてこのポジティブ情報がもたらす好影響の恩恵は……。
未来の現代なら連日のストップ高は確実である。
但し実情はまるで別物。天彦からすれば必敗に近い引き分けであり、本人評価は辛勝ですらない苦い記憶と経験が刻み込まれた結果に終わった。内心では「へぼい!」と声を大にして発狂したいところであり。
だが他方対する近衛からしてもせっかく無理して手にした戦略的城郭をサクッと奪取されたのだ。“小癪なガキめっ今に見ていろ!”ときちゃない唾を飛ばして叫んだに相違なく、少なくとも勝利したとは考えていないだろうことは請け負いである。
けれどそんな二人だからこそ、内心などおくびにも出さず朝廷の仲介者を挟んで互いの健闘を称え合うのだ。
「いやはや御手前お見事の一言。この関白、当面知恵働きは懲り懲りにおじゃりますぅ。参議、これを機に貴卿とは同じ方向を向きたいもんにあらしゃりますなぁ」
「何を仰せでおじゃりますぅ。目標、目的、方向性、いずれも同じ向きを向いておじゃりますぅ。何より此度の一連は甚だ身共こそ学びの多いことにおじゃりました。よって懲り懲り痛恨は身共の台詞。関白殿下に二度とご無礼を働かずに済めば、世は並べてこともないさんにあらしゃりますぅ」
抜け抜けとほざき、抜け抜けと返す。
「おほほほほ、殊勝な子狐さんはかわいいさんやぁ」
「おほほほほ、そないゆーてもろたら張り切り甲斐がおじゃりますん」
「そやけど何事もほどほどになぁ」
「はい誠に。ほどほどさんが一番におじゃりますぅ」
おほほほほほほ。
表面上の和解を周囲に喧伝しつつ、公家特有の薄ら寒い高笑いで幕を閉じる両者であった。
つまり二人は大ウソつき。
この二人の言動はきっと、晴ときどき曇りのち雨、不意な雷雨にはご注意ください的な稀に起こる予報アルゴリズムのバグくらいに受け取って丁度いい塩梅であろうか。
いずれにしても、となれば。満足のいく結果を手に入れたのは御使者のお二人様だけとなろう。
「妾の顔を立てる天彦は愛いさんよ。こうしてちゃんと手土産も持たせてくれはるし」
「ほんに愛いさんやわぁ。欲を申すなら欲目で爪をお伸ばしに遊ばせない天彦ならもっと愛いんやけど」
じんおわ。
天彦にとって最も頼れるお姉様方は、同時にいっちゃんおっかないフォロワーでもあった。モテようとしてごめんなさい!
菊亭奥義、違うのです弁明させてくださいを発動したところで、
「おい夜叉丸。お殿様が食らってるぞ」
「うむ市松、城を分捕ったほどのお殿様が効かされておるな」
「京の女子は」
「うむ、おっかないの」
女人侮りがたしの強烈な印象をキッズの深層心理に植え込んで、さて。
「ほな参議、これで参りますよ」
「お悪戯もほどほどにな」
「はい。ご足労おかけいたしましたん。あの、帝には……」
「皆まで申すな」
「妾らに任せておき」
「はい」
暗に出仕停止は解けないよと釘を刺されて、それでも天彦はほっと胸を撫でおろした。この戦力が整わない状態で朝廷に出仕してみろ。一日と持たずに惟任に粉砕されてお仕舞いである。出来た隙を突かない愚図ではけっしてないのだ。あの憎き宿敵は。
いずれにしても事実として天彦贔屓の御使者お二人(勾当内侍好子と新内待基子)は、今後の展開や実情はいざ知らず表面上は完全な円満和解として最高の釣果を引っ提げて、ほくほく顔でお帰りになられるのであった。
そして御使者を見送った近衛は振り返ることもなく、背中越しにぽつり。
「甲斐の大虎さんが覚醒したようにおじゃりますな」
つぶやいて会談の場を後にするのであった。
これを公家同士による利益目的の単なる恣意的な野合と取るのか、あるいは目下天下に最も近しい織田・足利両陣営を代表する超政治的判断による前向きな談合と受け取るのか。
それは後世の歴史家の判断に委ねられることだろう。とか。知らんけど。
◇◆◇
永禄十二年(1569)十一月二十四日
明けて翌々日の午後、昼九つの鐘が鳴る頃、無駄な衝突を避けるべく洛中を迂回して本拠となる予定の横大路城に辿り着いた。
横大路城は三層構造の輪郭式平城であり、三の丸、二の丸そして本丸を三層建ての天守としていた。
堀にはしっかりと水が張られ、一か所しかない正門はがっちりと門戸を閉ざし全方位からの侵入を厳に阻む。そんな中、今や総勢僅か二十有余名となってしまっている菊亭一行はその強固な防備を目前に愕然と立ち呆けていた。
「おい菊亭」
「ん」
「おい!」
「見えてるんっ」
「ほな何を呆けてるんや。シャキッとせんかい」
「あ、……うん」
城砦は固く門を閉ざし物見櫓からは数十の鉄砲の先端が天彦たちを捉え、そして渡櫓には無数の弓兵が臨戦態勢で弓を張って待機していた。
つまりしてやられた。舌の根も乾かぬ内に仕掛けられたのである。あるいは和睦など端から方便の可能性さえ感じてしまう。そんな厳重な警戒網であったのだ。
天彦は静かにけれど確固たる意志をその円らな双眸に滲ませ告げる。
「近衛、コロス」
と。
だが気勢でどうにかなるほど戦国の城盗りは楽ではない。攻め手は守り手の三から五倍を常套とするほど城攻めは割に合わないのだ。
今回ばかりはさすがの天彦の扇子も煌めきを失ったかに思えたその刹那、
ぶおおおおおお――!
陣触れの法螺貝が重低音を響き渡らせた。
菊亭イツメン(茶々丸、佐吉、是知、ルカ、紀之介(候補))を筆頭に、家人たちもハッとして音のする方を探すより早く主君である天彦の動向を目で追っていた。おそらくは無意識に。
するとその天彦はニヤリ。口角が上がっているのだか下がっているのだか、笑っているのかないているのか。結局なんだかわからないがお馴染みになりつつある薄気味悪い表情を浮かべてとある方角を見つめていた。
と、茶々丸が、
「仕込みか。さすがに儂でも驚いたぞ」
「ほな訊くけどお茶々、身共が近衛さんを信用していると思うん」
「なんやお前。いっそ舐めるなと声を張った方がお前らしいぞ。どないした」
「お茶々のあほう」
「お茶々やめい。……まぁ、お前のことや。周到にどいつもこいつも信用せんわな」
「ひどっ」
だが、そういうこと。
そこには枚方片岡勢、総勢三千猶予の軍勢が。まるで主君天彦に見て見てと言わんばかりの凄まじいまでの気炎を上げて登場した。
すると軍勢は陣中布告の法螺貝のリズムに合わせ雁行の陣形に移行しながら前進するという高度な練度を見せつけていた。
「エグいの。そりゃ足利も警戒して当然やな」
「なんでよ」
「そんな公家は居らんのよ」
「そんなってどんなよ」
「武家の心に火を点ける公家に決まっとるやないか。儂の闘志も燃え盛っとる」
「茶々丸はじっとしといて!」
「お、おう。……どないした」
恒例のイチャイチャもそこそこに切り上げ、天彦は視界の一点に感情ごと持っていかれていた。
天彦のその視線の先には顔半分顔面包帯ぐるぐる巻き姿の、よく見知ったお家来さんの姿があったからである。
「且元……、嗚呼且元。氏郷もや。身共、こんなちんけな身共なんぞに、そんな立派なお命放る、価値なんかないさんよ」
嗚咽でもはや言葉は聞き取りづらくなっているが、天彦の感情だけは確と菊亭家中に届いている。キッズたちでさえ軽口をわすれてしまうほどに。
それもそのはず、満身創痍以上にズタ襤褸のはずの且元は天彦の姿を視認するなり活力を取り戻して、その片っぽの双眸に何よりも誰よりも熱い真っ赤な焔を宿し、そして純然と真っすぐに揺るぎなく、これぞ自身の存在意義であると言わんばかりの自信に満ち溢れた武威を顕在化させて自立したのだから。
「あいつ不死身やとでも思うとるんか。人は死ぬんやぞ」
「且元ぉ」
「……これも菊亭、お前の凄味か。宿願達成のためにならあいつらは死ぬのも一興なんか」
「アカンのん。それだけはさせへんのん!」
「しよるぞ、やつらは。平気な顔して。それが侍の矜持やからな」
「……茶々丸、止めて」
「無理やろ。もはや感情の鬼になっとるもんどないして」
そうこう話し込んでいる間にも且元は、ほんとうにさっきのさっきまで自立など不可能だったのにも関わらず、同じくズタ襤褸の氏郷に肩を借りて自分の足で大地に仁王立ちして、主君天彦の指示を待っていたのだ。
びえーん。
天彦は襤褸泣き。もはや涙で目がかすんで何が何だか見えていない。
「ちゃんとせえ。あいつらは侍。命の使いどころもお役目の一つと違うんか」
「ちゃう! ちゃわへんでも無理!」
「ほな、ちゃんとせえ!」
「くっ、した」
天彦はごしごしと涙を拭う。だがとめどなく流れてきて意味をなさない。
茶々丸は慣れた手つきで天彦の頭髪を優しく撫でる。そして肩をとんとん、
「一緒や。生きるも死ぬも、儂はお前と共にある」
本人の口からは訊いたこともない台詞が天彦の耳朶を優しく叩いた。
その瞬間、天彦は甘々彦へとメタモルフォーゼして甘い甘い優しさに包まれてぽよぽよする。さしづめ癒し入りました! だろうか。
もはや思考は甘えた一色。何が何でも甘えたい。
「ずっと一緒なん? ずっと傍にいてくれるん?」
「知らん知らん」
「言った!」
「ハズいからやめい」
「お茶々はハズいん、身共がこんなずっラブやのに?」
「ちっ、ハズいやろ。あと調子のんなよ」
「身共はハズないさんやよ?」
「それがハズいんじゃ! やめいゆうたらやめんかい!」
お、おぉぉ。あっぶ。
拳が火を噴く前に撤退。それが茶々丸マニュアルです。
それでも挑発的に自身の顔を覗き込んでくるウザ彦の顔に有りっ丈の“なんじゃいボケ”の感情をぶつけて茶々丸は、
「誰が真のカリスマか。これで白黒ハッキリしたんとちゃうか」
「へへ、一筆で数十万を駆り立てるお茶々には足元も及ばんのん」
「その理屈で申すならお前の檄文なら、真宗門徒の練度数百倍の武士が命放りに馳せ参じるやろ」
「はは、そんなわけないし」
「そんなわけあるやろ。織田はお前のためなら十万を動員することを躊躇わんやろ。きっと徳川も。あるいは越後も」
「ないない、ないさん。皆さん、各々に正義を持ったはるん。故に感情論を抜きにして是々非々の利害で判断しはるん。身共にとってはとっても哀しい絆なん」
「どうせその正義もこじつけるんやろ」
「酷い!」
「その割に顔は嬉しそうやが」
「ふん、気のせいなん。身共は一生灰色どすぅ」
天彦は嘯いて、けれど心底から嬉しそうに顔をしわくちゃにして笑った。
それはそう。家康公はよくわからないが、確実に信長公と謙信公は駆けつけてくれるという確信が天彦を無性に嬉しくさせてしまう。茶筅も絶対。何なら実益だって絶対と言い切れた。
自分は一人きりじゃない。
そう思えるだけで天彦の気分はどこまでも上がっていけた。それはまるで旅先で予期せぬ出会いがあったときのように。例えばむっちゃカワのヌイと出会った瞬間にとても似て、……と、次の瞬間、
「申し上げます!」
索敵の伝令が早馬を駆って駆け込んできた。
「申せ」
「はっ敵影接近! 半里先に軍勢がこちらへと向かって接近しております。その数二万二千! 繰り返します――」
扇子を決める前でよかった。とか。思ったり思わなかったり。
というのも戦国室町は現在進行形で迷信が幅を利かせている時代である。何なら政治の王道とさえなりえるほどに人々はたいへん信心深い。
故に扇子の一閃は振るわれたら最後、マストで必勝でなければならないのである。それが延いては天彦の神格化にも起因しているので。
非常に可怪しな話だがそれが士気に直結するのだ。本当に。
「おいでなすったな」
「うん」
やはり天彦の見立て通り、二万有余の大軍勢を引き連れ駆け付けたのは小粋で目にも鮮やかな水色桔梗紋を纏う人物、ご存じ菊亭の宿敵である惟任日向守光秀であった。
横大路城を間に挟んで睨み合う両陣営。二万二千五百対五千と少々。
「菊亭、どないするんや。悩んでいる暇などないぞ」
「悩むはてさん、はて悩むさん何やろ」
天彦のお得意の煽り文句が出た瞬間、茶々丸のどこが強張っていた表情がうすら解きほぐされていた。
「そうやったな。お前はいつだって周到に十重二十重に仕込んでいた」
「そんなこと、あるん」
そしてお望みとあらばいつだって応えられる。愛する人のためになら鬼にだって狐にだって何にだってなれるのだ。
天彦は愛用の扇子を懐から取り出すと、実に頼もしい味方援軍を背にして構え扇子の先端をビシ――ッ!
「五百やそこいら。お望みとあらば致し方なく。一瞬で吹き飛ばして見せるがお如何さん」
横大路城に向かって不思議とよく通る声を凛と響かせるのであった。
すると片岡勢が天彦の言葉に即応、大袈裟でも誇張でもなく大地を揺るがす途轍もない数の連射威嚇射撃を開始した。
その数ざっと三千挺。三千挺の一斉射撃。それだけでもえげつないのに、極めつけは、
ずばばばばばばばばばばばばばばばば――、ババーン!!!
初見の者はこの世の音とは思えなかったことだろう。鼓膜を劈くガトリング砲がさながら轟炎を吐き出す龍のアギトのような射出孔から猛烈な火を噴いた。
唖然、茫然、愕然、悄然……。
それを体感したものは敵味方の区別にかかわらず誰彼ともなく恐怖させる。
すると周囲の野鳥が一斉に飛び立ち、辺り一帯から音という音すべてを消し去ってしまっていた。
ややあって、
「開門! かいもーん――!」
大方の予測を裏切って、二万二千の援軍を擁しながら横大路城大神藤林家は白旗を上げて降参した。
そして白旗を上げると同時に降伏の使者をさっそく送り込んできたのか。天彦の目に城内から早馬を飛ばして叫ぶ姿が飛び込んでくるのであった。
むろん天彦にとってはいいこと尽くめ。血の惨劇は確実にメンタルゲージを削ってくる。
「……菊亭、あの化け物砲はどないした」
「ガトリングさん? むろん身共の愛すべきギークの開発やで。どやぁ」
「お前という男は。あれひとつで天下取れるんと違うのか」
「ははは、おもろ。天下さんってそんなチョロいんや。知らんかったん」
「呆れたが同時に思い出した。お前はずっとそんなやつやったとな」
「どんなん」
「大ウソつきの大ボラ吹き屋や」
「ひどっ」
だが事実の側面も否めないので抗議の手は緩めておく。
ふぅ……、しんど。
天彦はどっと疲れを感じて眩暈を覚える。
「殿、肩をお使いくださいませ」
「おおきにさん。佐吉はよう気が付くさんやなぁ。そんな佐吉が大スキよ?」
「……!? こ、光栄至極にぞんじゅり、あわわわ」
キョドる佐吉。そしてそれを見て殺意塗れに地団太を踏む是知。といういつもに近しい光景がたとえ一瞬とはいえ天彦から疲れを拭ったことは事実である。
だがここから先が天彦の役目。緩んだ感情にネジを巻く。
何しろ相手はあの惟任。大軍勢を動かした彼が何の手土産もなしに無料で帰ってくれるとは到底思えない。ましてや天彦は貴種。理由なく攻めかかるには少々お高くつくだろう。それでもやると決めれば殺る男。それが惟任なのだけれど。
いずれにしても血を見るかは定かではないが、最低でもタフな交渉は控えているはず。早急な休息が求められた。
天彦は疲れきっていた。メンタル・フィジカルの両面から。あるいは自己診断だがメディカル的にも相当危うい状態にあった。
「ええか者ども、ゆっくり進軍せえ!」
いずれにしても一件落着。茶々丸の指示が飛び、背後の片岡勢が無血開城された横大路城に進入していく。むろんまだ事態が飲み込めず愕然として前にも後ろにも進めずにいる惟任軍の目の前で。
惟任の視線を感じつつ、煽ってやろうかとも考えたが自重した。
戦国辛すぎん!? もう少しくらい主人公補正効いてくれていてもええんちゃいますのん。の感情で。
天彦にしては珍しく正当性100の真面な愚痴をこぼすのだった。
◇
人員総入れ替えの終わった横大路城の天守に、天彦・且元・氏郷の主従は余人を交えずに久方ぶりの面会を果たす。
「殿、無様をここにお詫びいたしまする」
「殿。同じく、某も生き恥を晒してしまいましてござる」
天彦は言葉なく何度も頷いては氏郷の深く肉を削がれて抉れた肩を撫でさすり、そして且元の光を失ってしまった箇所に恐る恐るそっと指を這わせるのだった。
失って初めて実在性が証明されることはままある。そしてそれと同じくらい死力の生還は人を何倍もの高みに運ぶようであった。
「大きいなって。頼もしいなって。もっとゆっくりでもええんやで」
「殿はもっとお食べくだされ」
「誠にですな」
がはははは。わはははは。
且元と氏郷。天彦の曇った目にさえ二人の風格は変わって見えた。
それはともすると少年どころかもはや青年の面影さえ消し飛ばし、今やすっかり一角の武将に見せる。
やはり戦国は少年少女たちから貴重な青春の頁を早捲りさせるようで。
同時に、
「頼りないお殿様で堪忍なん」
天彦をいつになく激凹ませるのであった。
と、
「申し上げます!」
「どないさん」
「惟任勢彼の地に陣を張ってございます。しかも更に軍営の数を増やしているとの由ございます!」
「数は。……あ、やっぱし要らんのん」
どうせ同じだ。確キル情報入りました!
に違いないのだし。
いや違う。ゆっくり凹むこともできないこんな戦国にポイズン。それも違う。
霞がかかったようなキレの悪い思考。自覚があるのは天彦にとって違和感を超えた異常なことであった。
だからかどうか。
疲れ切った天彦は思考にとって唯一の栄養ベースとなる甘味を与えるべく、脳内で“クルクルー、クルリン”癒しの台詞を口ずさみ現実から逃避するのだった。
逃げろ。
感情的にはこれ一択。実行可能かどうかはさて措いても。
最後までお読みくださいましてありがとうございます。
感想や誤字報告、あるいはその他でのご声援等々、本当に励みになっております。
その立場に相応しい人間かはかなり相当怪しいですがちゃんとします! 素敵な嘘で騙してほしい。たとえば愛とか。の感情で原稿と向き合いますので何卒引き続きの応援よろしくお願いいたします! お雪ちゃんいなくともガンバリマス! ありがとうございました┌○ペコリ