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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
十章 雪魄氷姿の章
169/314

#01 愛しく狂おしい残酷なまでの未熟さに震えて

 



 永禄十二年(1569)十一月三日






 天彦は逃走こそ生物界における最も有効性の高い生存戦略の一つであることを確信している。そして自分も生物界の一員として、その法則をたたき台に生存スキームとしているので逃走は何ら恥じ入ることはない。無いのだが……。


 敗走は凄惨を極めた。


 戦国室町の厭なとこ全部詰め込んでみた。北近江撤退戦はいわばそんな惨劇であり、フィジカル・メンタル共に菊亭に暗く濃い影を落とし込んだ。

 打ち上げ信号花火を頼りに散開していた家来が続々と集まってくる中、やはりそちらでも多くの命が失われていた。


 中でも最も天彦を食らわせたのがこれ。


「米……」


 ノリよくあるいは抜けよく気兼ねなく、本当にどうでもいい会話ができる相手こそ実は一番どうでもよくない相手だった件。

 天彦は今回の一件でそのことを痛感して改めて射干党との出逢いに感謝して、そしてありがた味を噛みしめる。拭えなかった涙の行方をずっと考えながら。


 気丈な戦国の女戦士ルカの。


 射干党唯一の生き残りとして、同道した同門一人残さず失っても猶意地でも流さない、けれど実際は心中でとめどなく流しているのだろう彼女の拭えなかった涙の行方をずっと考えながら。


 三介率いる織田軍は凶賊掃討戦に入っている。その三介の応援があったからといって安全が担保されたわけではない。よって葬儀は簡易に手短に。

 ただ掘って穴に埋めるだけ。身を挺して守り抜いてくれた家来たちの手向けとしてはあまりにもお粗末で、あまりにも残酷な別れのセレモニーであった。


 そんな非常な現実と向き合いながら、けれど、


「なんだ、お殿様食らってるぞ」

「ああ、効いてるな」

「おい夜叉丸よ、あんなので大丈夫なのか」

「儂に訊くな。でもまあ大丈夫じゃないか。あの戦士たちが一党挙って命を張って守り抜いたのだし。知らんけど」

「ふーん。そんなものか」

「そんなものだろ」



 キッズさあ。



 無事だった市松と夜叉丸は天彦の深刻ムーブをまるで茶化すように酷評した。

 だがキッズたちの批判めいた言葉に返す言葉を天彦は持たない。何せキッズたちの言葉は正論だから。あるいは真理でさえあるのだから。何よりも菊亭に臣従する一族一門一党の揺るぎない総意と同じだから。

 何しろ時は戦国、次代は室町後期である。主君はいつだって試されていて、いつだって従うに足りるか考課されているのである。ずっと常に。


 つまり彼らの時として命さえ容易く放る鉄壁の臣従は、だがしかし無条件の滅私奉公なのではけっしてなく。菊亭の繁栄をマストとする双務契約の上にだけ成り立つとても際疾い雇用従属関係だったのだ。


 だから彼らはゴリゴリに干渉してくる。これちゃうやん。思ったらすぐに転職するし裏切りもする。それが氏族の繁栄に繋がるのなら躊躇いもなく。血も涙も持ち合わせながら。つまり登場人物全員、心がオニなのである。

 対する天彦はどこまで行っても甘彦である。いや甘甘の大甘彦か。

 かつて他人が言うほど干渉してこない世界線の住民だった天彦にとって、この他人がゴリゴリに干渉してくる状況と感情はちょっとこそばい。


 そんな現実もちょっと踏まえ、けれど実際は感情的になっていて。

 天彦はほんとうにらしくない態度でルカの肩に手を置いた。そっと。自分の温く甘ったるい体温をほんの少しお裾分けする感情で。


「此度の射干党の身を挺した働き。身共は生涯忘れることはないん」

「光栄です。草葉の陰で父もきっと喜んでおりましょう」



 え。



 へ。



 ああ、



 嗚呼……、まんじ。



 天彦は固まった。文字通りフリーズしてしまっていた。

 それはそう。最後まで味方を鼓舞し居残り射干党を纏めていたオジが、まさかのルカぱっぱだったのだから。

 最後はそれこそ我が身を盾として天彦を庇って、数えきれないほどの無数の矢を浴びて笑いながら逝った人としても男としても超絶イケおじが。


「……」


 天彦はさらっと告げられた特級呪物級の告白に、持ち前の軽口はもちろんのこと平然さえ装えず“はァ!?”の顔で固まってしまっていた。


 その事実を何のことはない風にさらっと告げる彼女は文句なく満点の合格点をたたき出し。対する天彦はというと、ただ現実が受け止めきれずに固まっているようではお察しである。控えめに言って終わっていた。

 ルカが気丈であればあるほどコントラスト比はエグく浮きぼられ、戦国方程式に当て嵌めるのなら紛れもなく全会一致で当主失格の烙印を押される図として周囲に間抜けを曝してしまう。


 この時代のこの世界は本当にからい。特に主従はからくてつらい。

 何なら家来こそ主君を見極めようと窮地であるほど種々試してきたと訊く。

 一族の命運を懸けて付き従うお家。そのご当主の本性を見定めないとならないとばかり試してくる。それがそのまま彼らのお家の滅亡につながるから。


 それを承知で全部まとめてひっくるめて、だが天彦は構わない。何なら要らない。嘘の感情で汚し合いその上に成り立つ関係なら願い下げ。……なのだが。

 あれ、なんか違うと気づいてしまった。気付けてしまっていたのである。

 人生など所詮は“おおきにさんと堪忍なん”を繰り返すしかないのだと、無理やり結論付けるより先に気づいてしまったのだ。ルカの策意に。



 ……に、しても、辛すぎん?



 ルカこと米は実父の死さえも試金石として天彦を試していた。あるいは確信犯的に天彦の応接を周囲の家来たちに見せつける様にして披露していた。

 ほらウチらが身命を賭して守り通したご当主さんは、こんなにちっこいのにちゃーんと道理を弁えておられますだりん、とばかりに。


 その事実に感づいた天彦は、小さく嗤う。そしてほんの一瞬前まで微熱さえ感じていた温く甘い体温を一瞬で凍えるほど冷めさせて“すんっ”となって、


「買い被りすぎやろ」


 とても冷たく、ともすると突き放すように言い放った。

 これぞいつもの天彦として。


「お点前、お見事」

「やかましいん」

「父に免じてご無礼をお許しください。信じています。我ら一族の命運を託すに値するお殿様であることを」

「急にメンヘラ!」

「めんへ、ら……?」


 メンヘラちゃんかどうかはこの際どうでもいいだろう。

 何しろルカが一方的に天彦に背負わせようとしている重荷は紛れもなく特級の重量物であることに違いはないのだから。


「二度と試すな。お前さんらは一生黙って身共の傍に居れ」

「お殿様……」

「もう知らん。もうしんどいん。身共はお茶々たちが待つ京都に帰りたいん」

「あら、急に駄々っ子におなりになって」

「身共はずーっとお子ちゃまなん」

「はい。では戻りましょう」

「うん」


 京都に向かった。




 ◇




 道中、


「それで手紙には何とあった」

「はい。……我らの敵は見定めております」

「さよか。そやけど言い方間違うな。ほな菊亭の仇敵やろ」

「はっ、感謝いたします」


 ルカ曰く、襲撃は浅井と六角左京太夫とのコラボ、あるいはジョイントベンチャーだったとのこと。

 ならば普通に考えて浅井はぱっぱ久政の暴走、または専横であろう。だからといって長政の無実が証明されたわけではないけれど。


 いずれにせよ情報提供者は、道中ルカ宛に速達を送ってきた茶々丸なので相当かなり確度は高い。なぜとは敢えて証明しないが、訊きだした手口があまりに残忍過ぎたから。茶々丸はいつだって鬼だから。

 いつだって鬼になれる茶々丸が、天彦の身に危険が及ぶと更に苛烈を極めるのだ。愛でも恋でも心でも身体でもないと嘯いて。

 そうしてもたらされた情報の、信憑性はかなり高い。天彦も天彦とて、愛でも恋でも心でも身体でもないと嘯いて、げろ吐くほど信じているので。


 きっとルカ宛にしたのも茶々丸のちょっとした配慮なのだろう。あるいは残忍な一面を仕方がなかったとはいえ、それを嫌うだろう天彦に知られたくなかったからか。いずれにせよバレているのだが。

 ルカはこう見えて天彦には忠実な僕であった。例えそれが演技含みであったとしても。例えそれが茶々丸下げの延いては射干党上げだったとしても。


「お茶々、いっつも厭なお役目を引き受けてくれておおきにさんやで」

「お言葉ですがお殿様、政所さんは元から気性が残忍だりん」

「ちゃうわ! 茶々丸は噛むと味が美味しいです!」

「お殿、様……?」

「あ、今のはなしで」

「噛むのですか。あれを。何をなさっているのですか」

「……」

「お殿様?」

「身共はナシって言ったん!」

「はぁ、だりん」


 バイオレンス小坊主に対抗する唯一の手段が噛みつきだったなんて、間違っても話せない。そんな公家は居ない上にダサい上にハズすぎて。

 だが明かさずともハチワレ風に反論するしかない時点でお察しだった。あ、はい。


 ならば無しで。

 襲撃の実行犯には六角が絡んでいた。するとやはりそこには多少なり磯良の件も絡んでくるのだろう。

 大見得を切ったはいいが手付かずの宿題の難易度の高さを思い知らされ、天彦は今から眉間に皺を寄せてしまうのだった。


「ん……?」


 半日かけて京都を目の前の距離に辿り着いた菊亭一行十数名は、すると足止めを食ってしまう。


「山科に関……、だりん? お殿様は何かお聞きで」

「いや知らん」


 下向前にはなかった関が山科郷にできていた。






 ◇◆◇






 永禄十二年(1569)十一月十日





 護衛たちの要望もあってたっぷりと安全マージンを取っての移動は、僅かな距離でもかなりの消耗を余儀なくされた。

 佐吉や是知といったイツメン諸太夫たちの無事は道中に舞い込んだ報せによって確認がとれていて、それがすべてと言っても過言ではない天彦の最大不安は解消されている。

 茶々丸たちも含めた彼らとは都にある射干の隠し茶屋で落ち合う手筈だが、なかなか上手くは運ばないそんな巳刻隅中朝四つの鐘が鳴る頃。


 関はたいてい村落を利用されていて、ここ山科関も山科郷の中にあった。

 山科を領有するのはその名の通り山科家である。現行当主は言経ときつねだが、前当主ぱっぱ言継も健在であれば影響力は無視できない。

 いずれにせよ天彦の知る情報では現在時点でこの土地は将軍家に絶賛押領され中であったはずで、するとつまりこの臨時収入は将軍義昭の沙汰なのだろうかと思いつつ、にわかに出来上がり盛り上がっている関村を町ブラすることにした。

 というのもかなり相当込み合っていて、関の通行割符を持っている天彦だが、それが通用するとも思えなかったのと仮とは言え追放を命じられている立場なので悪目立ちをしたくなかった。


 要するに急造された露店が目を引いたのだが。


「それナンボ」

「340文です」

「たかっ!」

「滅多なことを言わんといてんか。これでも相場より負けてます」

「阿呆を申せ。そんなもんに四万て。40,000あったらキャラガチャ第2天井までぶん回すから!」

「よんま……はえ?」

「こっちの話や。気にせんといてんか」

「冷やかしなら帰ってんか!」


 あ、はい。


 せめて雪之丞でも居てくれたら場はもう少し和んだだろう。あるいはラウラの軽快なツッコミでもあれば。だが無い居ない。

 すると天彦の強い拒絶感だけが浮き彫りとなり事実化されることとなる。するとどうなる。


「貴様、まさか」

「さては当家からぼったくろうとしおったな」

「なんと。三途の川で後悔いたせ」

「おのれ、死んだぞ」

「せめてひと思いに逝かせてやる」


「ひいっ」


 となる。生き残った僅かな青侍衆はちょっとではなく気が立っていた。

 だからこそほんのちょっとした出来心、げふん。場を和ませようとしたボケなのに。

 発言の粗だけが粒立てて拾われてしまう。まるで家風にそぐわない対応と寛容さを忘れた殺伐とする気配にげんなり。


 天彦は自身の天彦あるあるその3。あるあるがほとんど人と被らない。を、提案しつつご無沙汰しております。こう見えても正統派主人公です。の感情で世間との温度差に背を向けようとした。そっとね、なのだが。


「む」


 目が合った。すると彼女はハッとする間もなく叫んでいた。


「お兄ちゃん!」


 いや唐突な世界任務! 


 あれフィールド歩いてたっけ……? 生き別れた兄妹との再会を目指す唐突なテイワット設定ブッ込まれてるし歩いてたんかなー(棒)。

 だが天彦も天彦で人種は同じ。秒でノリツッコミしておきながらも思案するよりも早く感情で応接していた。


「妹よ」


 こんなのどうするか一択に決まっている。だって知らなかったんだもの。生き別れた妹が居ただなんて。←ここは各人“だってむちゃんこオモシロそうなんだもの”に置き換えてください。

 何しろ帰郷の道中、天彦はずっとシリアスで来た。正直しんどかったのだ。このくらいのお巫山戯は許してほしい。ところではある。


「ちっ」


 天彦のそんな感情を知ってか知らずか、誰だかわからない悪党ヅラした役人コーデの男たちは去っていった。

 窮地は去ったのだろう。知らんけど。本当にわからないのだ。天彦は。だって出来事に直面してまだほんの数十秒程度なのだから。


「ち、引き上げるぞ」

「よいのか逃がして」

「仕方あるまい。あれはどこぞの貴種であろう。面倒は起こせぬ」

「くっ、已む無し」


 誰かが去っていく。如何にもな台詞を残して。


 天彦には完全にハテナである。だが当事者はもちろん周囲も含めて去り行くその背を見送りながら、当面の危機は去ったと人心地ついている感じからも緊迫の場面だったのだろうことは想像できた。


 天彦は改めてぺこりと会釈をする女子を見る。年頃は手心を加えて少しお姉ちゃん年代の女子である。そしてやはりまったく覚えのない顔だった。


 その女子は警戒感無く歩み寄ってくるともう一度軽くお辞儀をして、


「初めましてお兄ちゃん」

「文脈!」

「まあ大きなお声。はしたないですよ」

「ほう、さすがに妹設定はきついと気付いたんやな」

「は?」

「初めまして妹ちゃん。身共が正統派主人公です。お名前は?」

「申し遅れましたお兄ちゃん、妹の莫牟まくもと申します」

「まくも……? キャラネーム感エグいんやが」

「きゃらね?」


 この時代ならままあるのか。ありそうだし。いいだろう。

 天彦は受け入れて善きに計らえの意味で頷いてやる。


「ですが小春とお呼びください」

「やっぱしハンドルネームかーい!」


 ははは、おもろ。


「あらまだ気づかれない。では最大の糸口を差し上げましょ。特別ですよ。莫牟、吹いていたのがお師さんですねん」

「あ」

「はい。その節はどうも」

「うん。天王寺方さんには世話なったん。いろんな意味で」

「はい。その節はいろんな意味でお世話になりましてございます」


 いろんな意味で。……ていう。会ってたん。少なくとも先方は天彦のことを承知していた。

 ならばこの出会い、単なる偶然とは思えない。


 そう彼女は竹中半兵衛の手引きで招集された天彦虐めの共犯でもある天王寺方の一員だった。

 天王寺方楽人とは高麗楽つまり右舞を伝承する立場の人たちを指し、それらの人々は三方楽所さんぽがくそに所属した。

 三方楽所とは宮中方(宮廷・京都)・南都方(興福寺・奈良)・天王寺方(四天王寺・大阪)のそれぞれの楽所を指し、これらを纏めて三方楽所と呼ぶ伝承機関である。

 また江戸初期には幕府によって正式に制度化されるのだが、この室町後期にもすでに原型あるいは輪郭はあった。

 猶、目下の書簡は治部省雅楽寮であり、この雅楽寮を名目上でも取り仕切る最高責任者はあの菊亭一の御家来さん朱雀さんである。


「どないさん」

「お願い事がございます」

「たった今、訊いてやったと認識しているが」

「その節もお世話になりましてございます」

「貸しやぞ」

「はい。確とお借りいたします」

「まあええ。ほんで別件か。なんで身共に。何やら役人に追われていたようやが、面倒ごとなら引き受けかねる」

「これも御仏の導かれた御縁かと。何よりも善行を旨とされる菊亭様を置いて他にございませんと思いたって参った次第」

「偶然やろ」

「はは、まさか。この世のすべての出来事は御仏のお導きにございますれば」

「神仏を信じるのか」

「いいえ、これっぽっちも」


 こいつ。……でもオモロイ。そういうこと。


「美味いこと申すな。まるでお前さんのお師さんが奏でる莫牟の旋律のように流暢な流れや」

「お言葉ですがわが師の技前は大したことはございません」

「ほう。己の方が技前は上やと」

「むろん」

「なるほど。ではその己惚れに免じて訊くだけは訊いたろさん」

「はい!」


 かくかくしかじか。


 訊き終えた上で訊かなければよかったと秒で後悔するまでがイベントです。

 バナナはおやつに入りません。だってバナナが存在しない世界線だから。

 バナナ大好物のバナナ彦は脳内でドナドナつぶやきながら、いつものように現場に向かうのであった。まんじ。




 ◇




「おうふ」


 戦国室町と雖も相応罰という概念は存在するし裁判所だってちゃんとある。ウソ。ちゃんとは盛った。だが奉行所はちゃんとある。なのに……。


「あれ近衛さんの家来さんやて」

「らしいなぁ、えげつない真似しはるでほんま」

「近衛も同じか」

「なんまんだぶなんまんだぶ」


 盗人か罪人か何かわからないが町民がボコられていた。役人風の男たちに。

 だが観衆の口ぶりではどうやら真面ではなさそうである。

 おそらくだが行為と罰の比例原則に反するほどの苛烈な裁きなのだろう。傍観する人々の絶句している態度から察するに。よくわかっていない天彦だが、少なくとも行為自体に眉を顰めた。

 ガバナンスどうした。の感情で。どうやら近衛の専横がエグいようである。


 近衛前久。彼は彼の生き様を貫いているだけで完璧な敵とはいいがたく然りとて味方ではけっしてない。言い換えるなら最も公家らしいお公家さんであり、故に同質であると感じられた。

 けれどこれだけは確と断言できた。相容れないと。

 形振り構わず公家身分にこだわるところまでは一緒。だが出世や支配欲に関してはまるで別物。

 天彦とは濃度が違いすぎるのだ。太平洋と大西洋の水が混じり合わないのと似て。


 混じり合わないのだ。一生平行線を辿ってくれれば問題はない。だが……。


 天彦がだがの先の結論を思い浮かべたタイミングで、すると情報収集に出ていたルカがそっと姿を見せた。装いもすっかり町人風コーデに変えて。


 さするーである。見事に別人に入れ替わって見せていた。


「ご苦労さん」

「近衛の専横です」

「らしいな。ついさっき訊いたん」

「お耳が早い。ではこちらは如何ですか。この関の徴税代行者は大神藤林氏の当主、右衛門尉綱元だりん」

「え」

「この関の徴税代行者は大神藤林氏の当主、右衛門尉綱元だりん。と申し上げました」

「訊いてる、訊いた。でかした! ルカ、お前さんにしては大手柄や」

「どこでも誰にでもゆーたはるんでっしゃろ。ウチ、そんなん厭よ?」

「急にメンヘラやめろ。あと口調も」

「だって今は町民だもん」


 あ、はい。


 だが天彦は俄然喜ぶ。何しろ分断されていた線が一瞬にして繋がったのだから嬉しいに決まっている。まさに渡りに船。地獄に仏。戦国に藤林。知らんけど。

 いずれにしても山科関を勝手に設けて通行税を徴収していたのは近衛前久だった。そして代行者は大神藤林氏の当主、右衛門尉綱元であったのだ。


 そう。今、菊亭が一番欲しい人材だった。


 近衛のネタ、ネタ、ネタ……。

 探れ掘れ、ほんで繋ぐんや。無理くりにでも。理が非でも。


 さっそく襲撃の仕返しができるクエストの発生に、珍しく鼻息荒く腕まくりして長考の闇に沈む天彦であった。直前に発生していたお願い緊急クエストの存在などすっかり失念してしまうほどに。


「あの、菊亭さま……?」

「どなた様で」


 戸惑う小春にルカがお世辞にも優しいとは言い難い言葉をかける。まったくの町人コーデの扮装のまま。


「そちらこそどなたさんで」

「道行く町民ですが」

「ああ、菊亭様の御家来様ですか。初めまして天王寺方の小春と申します」

「ふざけたことによって身バレとか何と忍びにくいお家なこと」

「お噂は兼ねがね」

「……だりん。初めまして射干のルカと申すだりん。それでご用件は」

「訊いていただけますか。はい実は――」


 かくかくしかじか。


「それはご愁傷様」

「ご愁傷!?」

「はい。こうなったお殿様はもう梃子でも動かないだりん。鉄砲の弾が頬をかすめても動かなかっただりんから」

「え、あ」

「あ」


 ルカは小春の表情から緊急性を要する事案だと理解したのだろう。

 次の瞬間にはそっと天彦を抱えていた。


「向かうだりん」

「よ、よろしいので」

「要らないの?」

「い、要ります!」

「では」

「では」


 向かうのだった。それが主人天彦の意思だと信じて。











【文中補足】

 1、右舞と左舞

 唐楽を伴奏とする左舞に対する高麗楽こまがくを伴奏とする右舞ということ。


 2、莫牟(まくも)

 高麗楽に使われた管楽器。正確な伝承は失われている。※縦笛とされているが不明。


 シーズン2菊亭主要キャストとその周辺(違っていたり抜けていたら教えてね)


 >菊亭天彦  従四位下/参議 半家菊亭家当主 数え10つ


 >朱雀雪之丞 正五位上/雅楽頭・東宮永代別当 菊亭公家侍所扶

 猶、東宮別当は従三位相当職だが現在は保留されている。それと同じ理由で雅楽頭は従五位相当職だが引き上げられている。

 >従五位上/大膳亮・樋口与六(唐名:光禄侍郎)菊亭侍所扶

 >従五位下/左近大夫将監・片岡助佐且元 菊亭侍所大従

 >正六位上/式部大丞・長野是知(唐名:李部少卿)

 >正六位上/刑部大丞・本因坊算砂(囲碁一世名人)

 >従六位上/左衛門大尉・蒲生忠三郎氏郷(唐名:威衛長史)菊亭侍所大従

 >従六位上/右衛門大尉・藤堂与吉高虎(唐名:鎮軍長史)菊亭侍所大従


 >従七位上/東市佑・射干イルダ 射干党当主代理

 >従七位下/隼人佑・射干コンスエラ 射干党副党首(当主代理の格下)菊亭吟味所扶

 >従六位下/主計助・吉田孫次郎意庵(兄弟子吉田与七了以の弟・菊亭の財務担当兼会計士)菊亭大蔵所扶

 >従六位下/大膳大進・岡村勘八郎(兄弟子吉田与七了以の従兄・薬師/菊亭医療班のリーダー)菊亭医薬所扶


 >ルカ(米)射干党連絡係(天彦の世話係・イルダの家来兼弟子・甲賀忍者?)

 >大谷紀之介吉継

 >福島市松(福島市兵衛正則)

 >加藤夜叉丸(加藤虎之介清正)

 >藤林磯良(伊賀の中忍・主家六角と実家を裏切って天彦についた抜け忍)













皆さま少しぶりでございます。お元気でしょうか、こちらはぼちぼちです。

さて如何でしたか。急遽予定を変更して原稿と向き合った次第でして。

いや、ちゃんと向き合えよ。あ、はい。絵師様に超絶素晴らしいファンアートを頂戴したり、フォロワー様に素晴らしいレビューを頂戴したりしまして。


急遽、急遽の予定変更です! いやちょっとくらい用事ありますよ?

 

ではフォロワー様方々。本格的に開始するのは一身上の都合によりもう少しかかりそうなのですが(10日くらい?)、ということでシーズン2・十章【雪魄氷姿】の章、始まります。

再開を期待されていた方もそうでない方も緩緩とお付き合いくださいませ。よろしくお願いいたします┌○ペコリ



追伸、ツイッターへの更新リンク、仕方がぜんぜんわからないので断念。もっと勉強しますー。ちょっと待ってね。


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