#13 音楽が止まったとき椅子が残っていればいいのです
永禄十二年(1569)十一月朔日
次郎法師が立ち去った禅堂控の間では、天彦の前にイツメンたちが膝をつき合わせていつになく深刻な表情で天彦の話に聞き入っている。
「――という訳さんや」
内容はフラついているがまだツキがある。
京を短期とはいえ追放されておいて何をという意見には、京に居れば知らずに嵐に巻き込まれていたかもしれない。それを思うとツキはあると即答で返していた。
それが天彦による一連の出来事への総評であった。
それとは別に問題の地雷を持ち込んだ井伊次郎直虎だが、話を100鵜呑みにもできない。彼女にはちょっとした曰くがある。
昨年(永禄十一年1568年)、直虎は居城である井伊谷城(浜松市)を奪われている。それも自家の井伊家家老小野道好の専横によって。
裏には徳政令が絡んでいるとみるのが見解の専らであり、その背後には今川家の影があったのだ。
だが今川から寝返った井伊三人衆(近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久)らが立ち上がり、そこに三河の徳川が加担して井伊の実権は無事に回復されることとなったのだが……。
そもそも論、ここに至るまでの道程に問題はあったと天彦は見ている。
というのも井伊家の舵取りを任された直虎は、今川家から再三にわたって実施せよとのお達しを何年にも亘って無視し続けたという事実があった。
つまり直虎は銭主側の徳政拒否派(寺社や豪商)と結託し、今川氏真の行おうとしたどちらかと言うと領民に阿った善政をはね付け続けていたのである。
言葉を選べば非常にクレバーな為政者であり、言葉を飾らず言うなら血も涙もない極悪非道の領主である。それはもう多くの民が泣かされたことだろうから。
その結果とんでもない暴動が起こり領内が悲惨なことになっての謀反なので言い換えるならマッチポンプの自業自得。隙を突かれ家康に絡めとられても尤もであろう。
だが一方で未来史を知る天彦からすれば、それこそが直政へとつづく井伊家栄達繁栄の叩き台となっているのだから何とも言えない。結果がすべてだとするのなら紛れもなく正着手だろうから。
ましてやそれも含めての策謀だとするならそれはもう恐怖でしかない。
何せそんな化け物相手に太刀打ちできる気がしないので。自称凡人のポンコツ雑魚なめくじさんは。
つまり結論としてやはり次郎法師の一方的な話を鵜呑みにはできない。お利巧さんすぎる彼女は信用ならないから。そういうこと。
そして同時に関東は地獄も生温い混乱期に突入するだろう予見を伝えた。極力私情は省いて。……の心算で。
推定死亡者数は控えめに言って数百万は下らないはず。あの残酷無比な虎が戦線に復帰したのだ。多く見積もっても過大すぎるということはないはずであろうから。
そして虎さんがどう打って出るかは予測不能。実子を結果的に葬った菊亭に対する感情も不明。そこはわからない。
わからないが天彦は最大限敵視しているしされているだろうと考えている。その公算は相当高いと踏んでいる。つまりこの件に有識者がいるとするなら五人に四人は天彦に同意すると考えていた。80%。
「――と、身共は思うん」
天彦は茶々丸を始めとした評定衆のそれも極一部とだけは、得ている情報を自身の私見を交えて伝え共有することにした。
「……なるほどのう。どいつもこいつもまあ粘り気の強いことで」
「なんと、そのようなことが。ですが某は誰も彼もが胡散臭く思いまする。皆が少しずつ企んでいるように思いまする」
「然り。ですが某は井伊家の言を信じたくございまする。はい、いいえ……根拠はとくには。強いて挙げるなら、侍としての勘所にございまする」
「天彦は朝廷を始めとした将軍家や惟任といった都勢の介入はないとみているのだな。ならば天彦の思う可能性としては1、徳川が企んでいる。2、井伊が企んでいる。3、信じている。の、どれなんだい」
天彦に名指しで指名された一部の評定衆である茶々丸、是知、佐吉、算砂は各々思い思いの発言をする。
名指しで指名されたが発言を控えている新参者・大谷紀之介吉継は、だが目だけを爛々と輝かせ熱心に食い入るように他人の言葉に耳を傾け頻りに何事かをつぶやいている。
敢えて青侍衆を外しての招集にはかなりの異論が噴出したが、これも天彦は力で捩じ伏せ意思を押し通した。
血の気の多い彼らには邪念を交えてほしくなかったのと文官諸太夫である側近たちを育てたいのともう一つ、複雑な局面を自力で考える楽しさや醍醐味を知ってもらいたかったのとでこうなった。
またその表向きな理由とは別に、むろんそこには天彦の意図的な狙いもある。
天彦はこれまで菊亭は公家。どんなときも雅を愛する諸太夫が偉いという刷り込みをずっと密かにやってきた。
武士でなければならない。あるいは侍でなければならない理由を間接的に問うているのだ。というのも菊亭は若い。青いのだ。若い者はすぐ武士に憧れた。阿保かと言いたいくらい簡単に。つまり死にたがりが多すぎた。
だから天彦は苦肉の策として諸太夫上げを行っていて、武士でなければ死ぬ覚悟を決められないというのならその懸命さは明らかな欺瞞である。侍でなければ殺す覚悟が揺らぐと言うのならその決意はまやかしである。という天彦なりの遠回しな問い掛けも含めて、菊亭での青侍の地位はかなり低い仕様としていた。
むろん武士を下に見ているわけではなく、むしろメンタル的にはかなり依存しているくらい。何しろ武力を伴わない粋り散らかした自尊心などとうのとっくに木っ端微塵にされているので。死にかけたことも一度や二度では利かないし。
よってこれは武力その物を忌避するような意図はなく、単に菊亭の大題目を叶える大方針として武士に憧れられると不都合なだけ。言い換えるなら長期を見据えた文民統制の一環である。故の諸太夫上げ、青侍下げであったのだ。
そんな天彦の意思と根気もあって徐々にその意識は浸透しつつあった。
むろん依然として青侍人気に陰りは見えないが、少なくともかつてのような諸太夫いびりや文官侮りは見られなくなっていた。
紀之介は時期尚早かとも考えたが早きに失するという言葉がない以上、きっとそういうことなのだろうと招集した。猶、当面は雪之丞の公家侍としてやんちゃな二人と共に小姓を務めさせることに決めた。
能力は証明せずとも他と同様、素晴らしいに決まっているので。
閑話休題、
天彦はその上で今回は結論を評定衆に委ねると決めた。
天彦の意思を訊いた彼らも本気の目をして取りくんだ。むろん誰もが嬉し味をその胸の内に秘めるか噛みしめながら。
ありそうでなかった評定会議、始まって以来の大出来だったのだ。
「で、あろう」
「同意いたしまする」
「某は反対にござる!」
「何故じゃ」
「殿のお考えとは違うように思えるからにござる」
「是知は癖強のくせにしょーもないの。却下や」
「何とっ! 横暴であろう」
「喧しい。おい算砂、決を採れ」
「賛成多数ですね」
「ええいさせるか! 佐吉、なぜ、うわあ離せっ」
喧々諤々の議論が交わされる中、が、そこに、なぜか呼ばれている意外性の塊のお人が痛ましい姿で発言すると、場の空気を一変させた。
「若とのさん、なんで某を混ぜてくれはりますのん?」
「ん、不満かお雪ちゃんは」
「それはまあ嬉しいのですけどね」
「口では殊勝さんいいながら、実はテレテレしたはるでこのお人さん」
「もう! ほな一言だけ。えーと某は家康さんと同じくらい藤吉郎さん怪しいに一票です!」
え……!?
雪之丞の話のどこにも出てこない藤吉郎推し発言によって場が固まった。
やはり彼は善きにつけ悪しきにつけ、いつも問題提起のオニである。
本心から忌々しそうな顔をして、先ずフリーズから溶けた茶々丸が発言する。
「待て。その可能性は訊いてへんぞ。おい菊亭、そんな情報があったんか。ないんやな。よし朱雀、お前は外れろややこしい」
「え。でもあり得るの。じゃあ一から練り直しだね。朱雀さま。一旦退席をお願いしてもよろしいかな」
「朱雀殿、そういう可能性に気づかれていたなら先に申すべきであろう。某も席を外すが得策かと存じる」
「ぐぬううう、勿体ぶりおって。お前はずっとここに居れ!」
えええぇ――。
雪之丞の不満の声は会議の熱に溶けていくのであった。
だが意地悪で言っていないことは明らかで、雪之丞は控えめに言って満身創痍である。
良い仲間たちなのだろう。いずれにしても長い夜になりそうだった。
「ほなお雪ちゃんは身共と一緒に病室で休んどこな」
「はーい」
◇
日付が変わるほとんど深夜。夜四つの鐘がなってしばらく経って。
「菊亭」
「ん。茶々丸」
「決まったぞ」
「ほな訊こう」
茶々丸は勿体ぶらずに結論だけを端的に告げる。
「撤退や。帰るぞ京都へ」
「ほう。思いもよらん斬新な結論やね」
「危険度の比較は検討した」
「やろうね」
「その上で井伊が信用ならん以上は危険を冒せん。それが儂ら評定衆の総意や」
「現場不在証明と証拠の曖昧性に比重を置いたんか。面白味は欠片もないけど慎重で丁寧な決断やと思う」
「……菊亭。お前はときどきほんまもんの賢になるの」
「失敬な、いつもやし」
「抜かせ。それで異論は」
「ないさん」
「うむ、ほなもう一つ。お前の策に不都合はないか」
「策がないん」
「ほざけ」
「ほざいたん」
じっと見つめあうことしばらく。折れたのは天彦の方だった。
というより知り合ってこの方、意地の張り合いで勝てた試しがないのである。ぐぬううう。
「身共、椅子取りゲームの達人なん」
「椅子? なんやそれ」
「ぷぷぷ、茶々丸知らんねや。オクラホマミキサー」
「おくらなんじゃい。知るかっ! どうせしょーもないことやろ」
はい。しょーもないことでした。とびっきりのジト目を頂戴して、
「ならば善は急げやな」
「うん、急ご」
「ナンボなんでも陽が昇ってからやぞ」
「あ、うん」
こうして撤退が決まった。関東戦局からの完全離脱と言い換えてもいい。
兄弟子に死ぬほど大損をさせてしまうという問題を筆頭に問題は山ほどあるが総合的には次善策ではあるので問題はない。ないとする。
やや戸惑っているは事実。何せ天彦は結果を誘導していないし結果に対する感想も作ってはいないのだから。本当に本心から意外な結末だったのだ。
◇◆◇
永禄十二年(1569)十一月二日
禅堂中庭。その日の午後、昼四つの鐘がなってしばらく。
召集を掛けたすべての家人を前にして。
「紀之介」
「はっ、ここにおります」
「己の道は己で決めたらええんやで」
「死ねと仰せならいつでも」
「ちゃう」
「殿に頂いたこの命。ならば善い使い所で奇麗さっぱり放りまする」
「あ、うん」
ぜんぜん違うが今はいい。どうせ言っても訊かなそうだし。
そやから侍気質嫌いやねん。天彦は半分呆れてけれど半分は感心して新加入した即戦力ルーキーをそっと見つめる。
だが子狼はちゃんと狼だったよう。大小を差した途端、顔つきまで違っていた。
さて大谷紀之介吉継だが、抗生剤の投与で劇的なほど容態の改善が見られた。半年もすれば完治できるだろうとは菊亭が誇る医療班のお墨付きである。
しかし紀之介。青侍衆に紛れてもすでに遜色ないように映る。むろん体格はまだまだぜんぜんまったくだが、存在感とでも言うのか。命の存在値で不足分を補って余りある存在感を放っている。頼り甲斐の鬼である。僅か一つ上のお兄ちゃん侍との差に“ぐぬううう”とはなるが家来なのでノーカンです。
何よりそんな口惜しさなど物ともしない事実がある。紀之介は史実で明智光秀を討った人。天彦には欠かせない心のゆとり君だった。
それらを踏まえて天彦はつくづく思う。やはり史実に名を刻んだ英雄は別格であると。
閑話休題、
これが狼の群れならさしずめアルファ個体は……やはり且元か。氏郷では総合力で少し見劣りしてしまう。個人の武だけを競うなら互角以上の勝ち目はあるが、取り組む姿勢、人柄、充実度、生き様、それらを基にした人望といった総合力では少しずつ全部足りない。全部が明らかに劣っている。ガンバレ。
「殿、お声を下さいませ」
「身共が?」
「はっ、是非とも!」
実は天彦こそアルファ個体だった件。
そして何度だって言うがやはり公家と武家の人種は違っている。もはや通訳を入れてもらっていいですかレベルで違うと痛感する。
「これといってとくに無いさんやが、みんなさんのこと信頼してるん。程々に勝ってちゃちゃっと京に舞い戻るん」
おおおおおおおおお――!
エイオウ! 鋭、応、鋭、応、鋭鋭応――!
うるさっ。お、お耳さん痛いん……。
大袈裟でも比喩でもなく中庭が揺れている。菊亭青侍衆は木々さえ揺さぶる雄叫びを挙げた。これでテンションマックスに上げられる彼ら、控えめに言って阿呆である。
ならば大事なことなので二度言う他あるまい。やはり公家と武家の人種は違っている。もはや通訳を入れてもらっていいですかレベルで違うと痛感する。
と、視線を脇にやると今にも突貫して混ざりたそうなキッズが二人、尻尾をぶんぶんに振って待てを実行している。
「市松、夜叉丸。どないさんや、羨ましいか」
「羨ましいぞ! です」
「ぜんぜん余裕です」
なにを? なにが? ……ははおもろ。
と、意気軒高な青侍たちに釘付けの目で言う夜叉丸かわいい。
むろん直球な市松もアホかわいいけれど。
ならば
「生き残って無事京に舞い戻れた暁には、お二人さんの元服式挙げたろさん」
……!?
二人はいい顔で吃驚する。天彦の大好きな顔の一つである。
何事も程々がいいとされている。仕事も遊びも博打も恋愛も、あるいは理論だってそう。きっと何だって突き詰めてしまうと究極的には無に還り空しくなるからだと思われる。
だから天彦は大人にならざるを得ない哀しいキッズを見て思う。明日死んでしまうかもしれない日々にある彼らを見て猶更思う。
「死ぬ気でやり。程々なんかしょーもないん。必死の先にある自分だけの活路を見出すんや」
応――!
天彦は二人の息の合った生意気な、けれど実に彼らの応接らしい返事に満足すると更に続ける。
「うんうん、ええお返事や。ほなもう一つ、ええかよう訊き」
「はい」
「はっ」
「けれど絶対死んだらアカン。死ぬことは裏切ることと同じであると身共は考える。ええかお前さんら。菊亭は公家や。武家やあらへんで。即ち死に様に価値などひとつもないんやで。ヤバいと思たらいつでも逃げ。この言葉をその分厚いお胸さんに確と刻んで欲しいん」
「あ、え!?」
「は……?」
二人からは明らかな困惑が見て取れた。周囲の青侍衆は失笑を堪えている。
生粋の武士でもないくせに、やはり血に何らかの侍DNAが混入しているのだろう。相克する二つの指示に明らかな動揺と困惑の色を浮かべて呆けている。
だがそれでいい。この菊亭風薫陶はそういう作りの話だから。死ぬ気と実際の死との違いを認識させる狙いがある。
そんなアホな。言わんでもわかるやろ。お思いの方は正しいが彼らはまぢに正真正銘の阿呆である。阿保のルビにはDQNがいいだろう。知った上で嬉々として突っ込んで逝くのだ。死に向かって。
故にそんなバカなが通用しない。そのアホなまま突っ走ってしまうのである。
天彦は今度こそ本当に二人のその反応に満足すると、そっと中庭を後に……、しようとしたのだが、
「申し上げます!」
取次の頭ごなしに急使が声を張った。すでに厭な予感しかしない。
恐る恐る、
「なんや」
「はっ、武田家より先触れの御使者が参っております!」
まんじ。
久しぶりに訊いたその家名に天彦の心臓が鼓動を早める。
「逃げろ」
「あ」
有言実行とはまさにこのこと。
使者の唖然を置き去りにして、天彦は本気の敗走で中庭から逃げ去った。
「絶対めんどい話になるに決まってるん」
この時代、公家と武家の慣習はまったく異なっていた。それ以外にも、例えば言語を始めとして行儀作法から食べる物、あるいは規格にいたるまですべて、まったくの別物であったのだ。
それと同様に京と地方との慣習も違っていた。更には国ごとにも違っていて、とてもではないが同じ国とは思えない統一感の無さである。
それが室町時代の真実の姿なので少々毛色の違う外国人がやってきたところで然程慌てふためかないのも道理である。
そしてそんな違いの中でも特に顕著なのが言語である。
更に言うならその言語も女性言葉と男性言葉は別物で、しかも使い分けには貴賤があった。それが国や勢力ごとの文化圏によって完全に分断されて独自の発展を遂げているのだ。先ず以って会話はまったく通じないと考えていい。
つまり通じないのである。何度でも言う。通じないのだ。すると通訳でもいないかぎり真面な意思疎通など図れっこなく、故にだからこそコミュニケーションツールとしての専門職が求められた。マストで。
その専門家が言語にも礼儀にも外国の事情にも長けた外交官であり、それこそが僧侶や神官が重宝され重用された最大にして絶対の理由であった。
つまり何を言いたいのかというと、そこで武田家と言えばこのお人さんなのである。
「外交官など梅雪さんの中の人に決まってるん」
天彦は誰に訊かせるでもなくひとりつぶやく。
即ち穴山左衛門太夫信君である。そして穴山左衛門太夫は天彦の苦手とする有名武将のひとりであり、言葉を飾らずに言うなら反吐が出るほど嫌いな武将の一人であった。
猶、天彦の拒絶の陰には必ず裏切りというキーワードが見え隠れするのだがそれはこの際置いておくとして。
さあ京都に帰ろう。そういうこと。
◇
ならば信長にこの事実を報せるのか。大前提、天彦は自らの意思で歴史を触るつもりはない。自分の進行方向に巨大な石ころが転がっていればそれは退けもするが、原則除けて通ることを旨としている。
それは道義的にだとか尤もらしい意味ではなく、思想だとか倫理観とかそんな奇麗ごとではもっとなく。ほんとうに何となく。
つまり、
「武田の件、何か申し付けておく仕儀はないのか」
「ございません」
「で、あるか」
あの信長が知らないはずがないとは思った。手間が省けて何よりです。
「これで謙信はしばらく釘付けじゃの」
「……はい」
「なんじゃ残念そうであるな」
「いいえまったく。むしろ信長さんの天下布武に大きく近づいたかに思われますので喜ばしいことかと存じますぅ」
「ではなんであるか。その浮かない顔は」
「え。してます? そんなお顔さん」
「しておるな」
「へー。意識はしておりませんけれど、強いて言うならやはり史実には何らかの揺り戻しや強制力があるんやなぁと。そんなお顔と違いますやろか」
「……ふん。わかるように伝える気はなさそうじゃの」
天彦は曖昧な薄笑いにとどめてこの話題を切り上げた。
以降はとくに込み入った話はせずに茶飲み話に終始して、
「お世話になりましておじゃりますぅ」
「うむ。こちらこそ馳走になった。次はいつになることやら。達者での」
「おおきにさん。信長さんもご健勝にあらしゃりませ」
「うむ。で、あるか」
お互いに手紙好きの難儀なお人さんの顔を思い浮かべているのだろう。苦笑いの系統がとてもよく似た顔をして会釈を交わす。
おそらく次に会えるのは早くても五月以降になるだろう。つまり年明け改元後の朝廷儀式での再会までである。どちらかが退場していなければだが。
天彦は最後の最後に父親の脇でふんぞり返るチビ魔王、またの名を拗ね三介に視線を向ける。そしてちょんちょんと指先で手招き。
「なんぞ」
「まだ怒ってるん」
「儂は怒ってなどないぞ!」
「むちゃんこ怒ってるやん。機嫌直して?」
「厭じゃ。菊亭、お前が儂を裏切った」
「ほら怒ってるん」
「怒ってなどないわっ!」
耳、痛いん。あ、はい。
天彦は信長に何とか致せの視線で咎められ態度を翻す。
こう見えて天彦は譲れない一線さえ踏み込まれないかぎり、何やかんや信長には従順な姿勢を徹底してきた。
「そんな大そうな。身共は茶筅さんのこと裏切るはずがないさんやん。それとも身共との間柄はその程度のもんなんやろかぁ。身共の一方的な想いやったんやろかぁ。身共、哀しいん。およよよ」
「う」
「なんやろかぁ」
「くっ」
「あれ、あれれ。なんやろかぁ」
「ぐはっ」
す、すまん。ええさんよ。
チョロ介はぼそっと詫びて右手を差し出す。天彦はがばっとハグをして仲直りの過剰演出をする。いずれも天彦の圧勝である。
「で、あるか」
それをぱっぱが締めて家中への報告と代えて終える。菊亭と織田は次代もずっと円満であると。
友誼を可視化させるなど未来の現代感覚ならきっと馬鹿げているだろう。だが戦国室町には欠かせない必要不可欠の儀式である。
それでもさすがは三介である。ただではけっして転ばない。
「なんかくれ。儂は負けられぬ宿命の下に生まれた」
「負けられる宿命って逆になんやねん!」
「む」
「あれ、ツッコミ違てた? ひょっとして、それ何星雲やねん! やったとか」
「儂の目を見よ」
「話を訊こうね? ……で、本気やね。呆れることに」
「で、あろう。くれ」
「茶筅さん、身共に強請ってばっかしなん」
「おいコラ。それは人聞きが悪すぎじゃぞくれ」
「人聞きの字義! ふふ、まったく。絶対に勝って終わりたいお人さんなんやから」
「誰だってそうであろう」
「ちゃうさんよ?」
天彦は違うよを切実な自分の声で言った。つまり思想であり哲学である。
だが不思議な顔をされて終わる。室町では親の顔より見た光景だった。あ、はい。
そして三介は抵抗をつづけた。憎たらしいほど根気強く。
それはきっと無駄骨に終わる。戦う前から勝敗は決しているのでほとんど意味のない抵抗だと思われるから。が、しかし。
この三介の必死の抵抗も強ち無駄ではなかったという奇跡が起こる。
天彦は何を思ったのか思わなかったのか。三介の耳元に顔を寄せてごにょごにょごにょ。何かをそっとつぶやいた。
「……! そ、それは誠であるのかっ」
「つ、唾!」
「す、すまぬ。で、如何」
「これまで身共がウソついたことある?」
「そういえば……! いや待て。あるじゃろ。むしろお前は口を開けば嘘ばっかしついておろう。直近では昨日つかれた。それも二度も」
「あ、はい」
「だが違うのじゃな」
「いやそれで逆によく信じられるな、お前アホやろ」
「おいコラ待て」
「うん。今回は紛れもなくホンマなん」
うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!
三介は不意に息を吹き返し、髪を金髪にして逆立てる勢いで気炎を上げるのであった。
そしてぱっぱ信長の“こいつらまた何か企んでいるな”という実に訝しくも胡乱げな視線を一身に浴びていることにも気づかずに。
むろんその元凶にも同様の視線は向けられるのだが、
「何ですのん。そのお目目さんは」
「ふん。我が陣営に狐、貴様がおるのじゃ。儂は何一つとして心配などしておらぬぞ。の目である。ふは、あはははは」
信用が痛いん。
裏切る心算など毛頭ないが過度な信頼はやはり重荷には違いなかった。
こうして菊亭一行の長いようで短かった岐阜金華山逗留記はこれにてお仕舞いとなるのであった。
さあ帰ろ。追放刑は解けていないけれど。