#11 だいたいぜんぶまっまのせい
永禄十二年(1569)十日二十九日
天彦が連れ去られた後、切り立った祠前に一つの影が。
その影が言う。
「真に恐ろしきはこの発想か。いったい何から着想を得ているのか。あるいはそれともこの発想を実態化させる技術力にこそ……」
影がつぶやく。するとそのつぶやきにレスがついた。
「う゛ぅぅぅ、十八発十八中。発想も技術力もそうだが、砲手の練度もあなどれぬぞ」
「無理するでない。しかし咄嗟にもかかわらず即座に砲手を把握している鹿殿も十分化け物なのだがな」
「お褒めに預かり光栄至極。だがあれしきのこと三河武士ならばできて当然」
「褒めてはおらぬが、……お主、それは暗に儂を揶揄しておるのか」
「まさか」
影の主は獣のような呻き声をあげて目覚めた平八郎の頭を支えてやると、腰の竹筒の栓を口できゅぽんと外し口移しに飲ませてやろうとしてはたと一瞬思案してやめた。
「なぜやめる。揶揄は誤解じゃ」
「貴様の顔が思いのほか下種いからじゃ」
「我が親への悪口なら聞き捨てならぬぞ」
「死んでみるか」
「あ、いや。拾った命、有意義に使いたい。しかし我が身の不覚を呪うわ。もう少し芝居が上手ければ彼の女地頭次郎法師の唇を貪れたものを」
「ほう鹿が抜かすか、面白い。ならば試してみよ。ん、どうした」
「いやよそう。今からでは食い千切られる」
「ふん、頭は無事なようであるな」
そのようだ。言って平八郎は腰を起こす。
すると素早く自分の身体を視認して次に触診、念入りにダメージの把握や機能の調整といった自己診断をしていった。
猶、平八郎は生粋の古参家来。対する影の主は成りたての外様家来。
格の上なら平八郎の方が上。だが平八郎は彼にしては非常に丁寧に影の主を扱った。
それは彼我の関係性が家柄や家格にだけないということの表れであり、裏を返せば影の主の人格が平八郎より高いことも意味していた。
ややあって、
「どうやらまだ奉公はできそうじゃな」
「まあ貴様は死なんわ」
「それは重畳。……して、若侍は」
「どこにおった」
「あそこじゃ」
二人して丁度木々の切れ間の銀光が差し込み十分視覚が取れる箇所、つまり長可の推定遺体があったと思しき場所に視線を落とす。
だがそこには何もなく血だまりどころか血痕すらない。あるいは足跡すらもないではないか。つまりそこに若武者がいた痕跡そのものが消されていた。
だが影の主は平八郎の頭を疑わない。平八郎のも己の目を疑わない。
二人はそこに確と人がいたことを前提として会話を進めていった。
すると影の主が言う。
「誰じゃ。誰がおった」
「わからぬ。だが相当の槍の使い手であったな」
「儂の方がすれ違った人物は森家の嫡男殿であった。用人が誰かを担いでおったな」
なるほど。
平八郎は言って自身の気を失わせた都合十八発の弾丸の内の一発を分厚い指で転がしながら、
「……こいつを含めて、どう考えればよい」
「木製か」
「ああ、ご丁寧に活殺自在と刻んでおる」
「ははは、洒落が効いておるではないか」
「笑いごとではないぞ。儂は遊ばれたんじゃからな」
「いい気になるなと言う善き教訓になったな」
「……なった」
どうやら本当に効いているようである。しかしあの鹿が不気味なほどに殊勝とは。これは三河者にとってある意味で異常事態、大事件であった。
直虎は半分以上煽った心算であったのだろう。しかしどうやら彼女自身も思うところを感じたのか、更に引き締まった表情で深刻ぶってしまっていた。
「捻らねば織田と菊亭。いや森と狐殿は結託していたのであろうな。だがなにぶん狐殿のこと。我ら程度が考えるだけ徒労に終わるであろうがな」
「じゃの」
同意を取り付け直虎は、して如何すると平八郎に問うた。
平八郎は怪訝な顔を浮かべて、何をじゃと率直に応じる。
「やはり鹿じゃな。仮死して猶、その愚直一本調子の考えは改まらぬか」
「改まらぬなぁ」
直虎は平八郎にとっては半ばご褒美であろうジト目をくれてやると、
「あちらは奇麗さっぱり痕跡さえ消す念の入れよう。即ち我らへの他言無用を託したのであろうよ」
「なるほど! うむ。ならば倣うべきにござるな。如何」
「然様に思う」
「ではそのように」
「口を滑らせるなよ。殿のお耳に入ると大事じゃぞ」
「相分かった」
一件落着。この件は徳川織田双方で歴史の闇に封印されることが決定した。
残すは菊亭サイドだがおそらくは菊亭の意向だろうから、そこは危惧せずともよいだろう。何しろ口から先に生まれたようなお人だし。
こと天彦問題にかんしてだけは二人の見解は面白いほど息が合った。
「次郎法師殿、一つ訊きたい」
「なんじゃ」
「貴殿はなぜ儂の後を付けたのか。よもや儂に懸想しておるのか」
「はは、お主、案外愉快なのだな」
「何が面白いのかさっ……、こ、小太刀を収めてほしい。ご無礼仕った」
「ふん。儂は狐殿を張っておった」
「天様を」
「なんじゃ貴様、お主もすでに籠絡されておったか」
「違う。儂は許可を。いやそんなことはどうでもよい。お前も、とは」
「……我が養子が狐殿に夢中での。頻りに男同士の約定じゃ円満じゃと抜かしおるので何事かと気になって探りを入れておったのじゃ」
「虎松か」
「うむ」
事情はわかった。二人はそっと息を吐き、優しく差し込まれる一条の銀の月明りに視線を落とす。
ややあって直虎がぽつり、
「結局、何をなされたかったんじゃ」
「お遊び召されたかったのであろう」
「遊び、とな。それはまた随分と豪儀で手の込んだお遊びじゃの」
「然り。織田と徳川がきりきり舞いじゃ。はは」
ふふ、はは、あはははははは――。
二人の快活な笑い声が祠の広場に響くのだった。
◇◆◇
「お迎え遅いやろ! ほんであのガキ好き放題どつき回しおって。ぐぬぬぬいつか絶対シバいたるから!」
天彦は痛みに顔を歪ませながらも、ルカこと米に抱えられるその胸の中で精いっぱいぶーたれる。
「お殿様には逆立ちしたって無理だりん」
「一言余分! で、ルカ。あのお芝居設定なんや。いったんか」
「要っただりん」
「そっかぁ。いったんかぁ。とはならんやろ。おい、勝手な真似して余計な設定増やすなめんどい」
「お言葉を返すようで恐縮ですけど」
「ほな返さんといてんか」
「返します。お殿様だってずいぶん勝手をなさったのでは? 示し合わせもなく本多某を急にキャストに加えないで欲しかっただりん。何より決闘なさるなど一言も訊いておりませんでしたが」
「存在がギャグのくせに真面目ぶるな。ギャグにはいつでも臨機応変対応せい」
「あ」
「なんやその顔は」
「ご自分の方がもっと存在自体がギャグのくせによく言うよ、の顔だりん」
あ、はい。
「身共も生きるのに精いっぱいなん」
「全力でおふざけになっていることは承知しております。ですがお殿様のことがしょっちゅうわかりません。それはとても不安です」
「たまににして?」
「ご自分がなさってくださいよ」
抑揚のないAI口調が気になるが、だが天彦自身自分でもよくわかっていないので“だろうねー”の感情で続ける。
「あれは止むにやまれぬ状況が生み出した悪意のないアドリブなん。でも当家にとってマイナスにはならへんよ?」
「それは信じていますけど、本当に焦ったりん。だからご褒美もらっただりん」
「何のや」
「だって調整役に走り回らされたりん。とてもタフな交渉だったりん」
「だから何のや」
「お殿様の意地悪!」
「逆ギレしてもアカンもんはアカン。で、何の褒美や。あ。ウソの顔してるん」
「ぎく」
「そやろな、知ってたん。で、本音はなんや」
「む。……これは内緒ですよ?」
「うん。誰にという問題はこの際にして、ナイショ」
「実はですね、お姉さまのお手紙にオモシロエピ書かなきゃだりん」
「おいて」
はははは、おもろ。
だが彼女は彼女でまぢなのだろう。イルダもああ見えて熱血にして鉄血の血を継ぐ系図のお人さんなので。
故にらしいのでルカこと米は無視していい。彼女は所詮あのイルダに引き立てられた生粋の射干党である。つまり何をするにも根底には愉快犯魂がある。
もちろんそんな射干党が大好き大好物な天彦だが、土壇場の勝負どこで訊かされていない設定を盛られるとかなりしんどい。よって笑いとばしながらも釘だけはちゃんと刺しておく。そういうこと。
一連の鬼武蔵討伐という名のデキレはわからせであったのだ。菊亭と森家との談合済みの。
鬼君にオニ手を焼かされていた嫡男可隆は詫びとお礼と相談もかねて天彦に打診していた。次男坊なんとか躾けられませんかと。
その結果が件のいっぺん死んどく?の巻に繋がっていた。
だがただの芝居では終わっていないはず。期待値込みで効果は絶大なのである。あるいは絶大であれと願う。
まず空砲を実弾に変えるだけでいつでも始末可能なことを示せたことが一つ、次に技術力も示せた。そして何より射干党の射撃の必中精度を誇示できたのはデカい。
天彦のターゲットに一連の結果のその先に暗殺の容易さを連想しないものはおらず、暗示されるだけで多くの敵性勢力は天彦の暗殺に躊躇するだろうから。延いては信長の暗殺も。なにせこの時代、仇討は美談だから。そういうこと。
信長は近々暗殺される。むろん未遂に終わるのだが何が災いするかわかったものではないので念のため。保険を打っておいたのだ。人は死ぬときは死ぬ。当たり前だが簡単にコロッと。
だから先手を打って保険を利かせたのだ。むろん木っ端悪党の功名心には歯止めを掛けられないだろうけど。それでも抑止力にはなる。きっと。
名付けて、ずっラブのために悪名さえ物ともせず、一肌脱ぐ身共かっちょええのんの巻。
きっと誰も褒めてはくれないだろうから。せめて作戦ネームくらいはね。
「お宿に着くだりん。どうします、五月蠅いのが湧くよ?」
「お外には発熱で休むと公表せえ」
「お熱くらいならお見舞い絶えないと思うけど」
「魔王さんか」
「うん」
「……確かに。他にも五月蠅いのが想像できたん。ほな感冒や。感冒なら寄ってこれんやろ。ルカは引きつづき森家と繋がっておくん」
「畏まり~。で、本多は」
「ええのん居てるか」
「射干に?」
「そや」
「あんまし重用されるとピキり坊主がおっかないんだけど」
「身共から申しとくん」
「ほんとかなぁ。まあでも、うちの手下なら使えるだりん」
「イルダ派に偏ってコンスエラ拗ねへんか」
「さあ。他所を気遣う余裕はないかな」
「口調。設定って大事やで」
「りん」
「まあええさん。ほなそのお人さんを担当に充てたって」
「畏まりだりん」
逗留先の禅寺に到着。
「殿! 殿がお怪我をなされているぞ」
「救護班! 至急参れ」
「殿!」
想定通り五月蠅くなった。
◇◆◇
永禄十二年(1569)十一月朔日
急造で拵えた病室兼私室にて、
「若とのさんまで不細工なってどないしますのん」
「その割に嬉しそうやん」
「だってぇ」
「だってなん」
「だって若とのさんが某のために敵討ってくれはったって、家内で専らの噂ですもの。そりゃ生真面目な某かて放っておいてもニヤケてしまいますやん」
まあ。ですか。知らんけど。
その前にむちゃんこ気になる件だけは片しとこ。
「生真面目とは!」
「なんですのん」
「なんもないけども」
「ほならなんで言いますのん」
「なんとなく」
「もう」
天彦はテレテレしながらいつものように素っ気なく自然を装って偽悪的に振舞う。それが自らのアイデンティティであると言わんばかりに。
「そんなことよりお雪ちゃんは大丈夫なんか」
「はい。寝て起きたら目は見えるようになってました」
「さよか。そんで肝心の体さんは」
「あちこち痛むんで悲鳴あげてる以外はどうもありません」
「あ、うん」
それを世間ではどうもあるというのだが、メンタル侍にはどうもないらしい。果たしてそうかな。
つんつん。
「ん、ぎゃっあ! い、痛いですやろ、なにしはりますのんっ」
「肩をツンツンしただけやで」
「だから何でツンツンしはりますのん。むちゃんこ痛いですやんか!」
「だって強がるから」
「そら強がりますやろ、某かて侍ですもの」
「知ってるよ。そやししたん。こうでもせんと今にもお布団から抜け出しそうやったもん」
「ぎく」
「図星かいっ。アカンよ?」
「えー、でもでも」
「アカンよ?」
「む」
「アカンよ。お返事は」
「はーい……」
アカンもんはアカン。きっぱりはっきり申し付けないと本当に無茶をしでかすのだ。この自称菊亭一のお家来さんは。子供か! ……子供やな。
天彦は脳内でやんちゃする弟お兄ちゃんの愚かしさに苦笑いを浮かべて、
「こっちおいで。むちゃんこ面白い鬼退治のお話訊かせたろ」
「ほんまですか! いきます」
天彦は入ってきた雪之丞をむぎゅ。すかさずすーはー。やはり雪之丞からはお陽様の香りがした。大好きなやつです。
これをダニの死骸の匂いだとか抜かすやつ、コロシマスヨ。
ほんの一年前まではよくこうして薪代をけちって日中から二人でお布団に包まっていたことを思い出しながら武勇伝を語って訊かせる。
但し事実は一発もお見舞いできなかったほとんど悲劇かよくて喜劇を。
盛りに盛って盛ってデコって然も大活躍した大活劇かのように訊かせるのであった。
ややあって、
チビ太郎彦は愛する家来の仇を討ち、見事大鬼を退治したのであった。めでたしめでたし。
「凄いです! なんや知らん胸がすーっと透きましたん」
「そやろ、そやろ」
「若とのさん、おおきに」
「ええよ、そんなん」
「はい。で、誰ですのん。そのカッコいいお人さんは」
「身共やろ」
「ははは、ないない」
「おいコラシバく」
「だってそんなわけないですよね。若とのさんが主役さんみたいとか。絶対ありえませんもん」
「絶対なん?」
「はい絶対です」
「あ、うん」
天彦は割と深刻に食らって小さく凹む。
「それで、どこまでがホンマですやろ」
「待たんかい!」
「はい、待ちますけど」
「いや、待たんでもええかも。何なら待たんといて?」
「いいえ待ちますけど。何なら一生待ちますけど」
「一生は長いなー」
「あ」
「う」
「まさか」
「つ、つつつ、なんや知らん急に痛いん。ほらここ見て」
「あきませんよ、急に痛ならはっても」
…………。
アカンらしい。ゼロ距離詰められは正直効く……!
いくらなんでもほとんど全部。とは胸が痛すぎて言えないウソ松彦であった。
するとそこに、
「殿、よろしいでしょうか」
「おお! 是知。ええよええさんやよ、おいで」
「はっ、ご無礼仕りまする」
お取次ぎ役の是知が入ってきた。
いつもなら白い眼を向けているはずの是知の目線が妙に優しい。
これは可怪しい。天彦こそ胡乱な目を向けて是知をしげしげと観察した。
「ホンモンなん?」
「え」
「頬っぺたびよーん」
「いふぁいへす」
だが異変などない。天彦は知らないが、影武者として主役の座に座らされ天彦が日々感じているだろうその重圧の一端を僅かにでも身を以って感じ取ってしまった是知の心境の変化の見える化であった。
ただでさえ天彦絶対マンであった是知はこれを機に天彦への尊敬の念を更に一段引き上げていたのである。
「まあええさんや。どないしたん」
「はっ、徳川様から病気お見舞いが参っております。名代として井伊殿が。参られておりますが如何なさいましょう」
「……井伊?」
「はい。何やら直虎と申す旗本らしく、声の感じから女性のようにございました」
「次郎法師さんか」
「ご存じで」
「家のアホたれどもがボコった小姓の養母さんや」
「あ、嗚呼……」
是知も責任の一端を感じているのだろう。やや罰悪そうに目を伏せる。
「会うてみよ。支度するん」
「いえ、なりませぬ」
「なんで」
「殿、殿は非常にうつりやすい流行り病におかかりでは」
「あ。そうやったん」
設定忘れていた。よくあることです。
だがとても大事な設定だった。これに襤褸が出ると次々と面会に応じなければならなくなり延いては信長の詰問にも応じなければならなくなってしまう。
それは天彦にとって不都合だった。実際にダメじゃんの状態であることは本当なので。あちこちが悲鳴をあげている。
つまり心身ともに充実した状態でないと魔王城へは行けなかった。
「身共の顔色どないさん」
「至ってご健勝にあらせられまする」
「あ、うん」
「お会い召されるので」
「その心算や」
「噂が立ちますが」
「いや、おそらくは立たんと思う」
「……なるほど。では殿のご炯眼を信じまする」
「そうしい」
名代直虎が天彦の思う次郎法師なら噂は立たない。彼女は非力な女性という身にありながら見事城主を務めているのだ。智謀に長けていなければ間尺が合わない。よってきっとそう仕込んでいるだろうから。人読みの典型である。
この戦国室町では未来の現代と違って、噂や為人が実際以上に判断材料となりえたのである。つまり実戦に応用が利いたのである。
ならばお化粧。白粉を塗りたくって血色の良さは隠そう。
大慌てで射干と用人を呼び寄せ病人扮装するのであった。
ややあって、
「お呼びだら」
「新キャラ、と見せかけて米かい!」
「ルカだりん」
「ルカなん」
「違うだら」
「ややこい」
「ややこいのはお殿様だら」
「なにがや」
「伴天連の姫様対応をルカに押し付けて、毎日五月蠅くってしんどいだら」
「あ、それで」
「変装して姫様から逃げ回っているだら」
「あ、はい」
ああ。あれ。
かつてはコスメ・デ・トーレス司教の養子にしてジョバンニ・ロルテスの養子となったオルカ嬢である。彼女の凸は控えめに言ってまんじであった。
これは天彦のしくじりである。ああも懐かれるとは想定外のことだった。
そもそも自分が好かれるとか(笑)。我ながら天彦とてさすがに想定外である。
曰く成功はアートで失敗はサイエンスらしいのだ。再現性のロジックとして。
つまり多くの成功は天才が生み出した芸術性が高いその場限りの創作であるという意味であり、再現性という観点では学ぶべきものではないととれる。
逆に失敗は論理立てることができて理論である以上学ぶべき点があると受け取れるレトリック的な例えである。
天彦は学んだ。主に義母から。
「いっそ剥製にするか。ヌイならおとなしいてかわいいん」
五月蠅い女は生かしておいては厄介だと。←絶対違います。人によります。
義理まっま菊御料人という名の天彦向けの生き辞典はちょっとエッヂが利きすぎていた。
だがそんな天彦の本気とも冗句ともつかない何の気なしのつぶやきは、
「なんや」
「……」
「……」
「……」
「……」
「だからなんなん。お前さんまでなんなんや」
「……」
「……」
「……」
「……」
腹立つわぁ。
あまりに真に迫っていたのか。ゼロ距離の雪之丞を始めとして聞き耳を立てていた本日の護衛担当を含める周囲の者を、際限なくどこまでもドン引きさせてしまうのであった。
いざとなれば躊躇なく本当にしそうという伏された猟奇性という名の行き切った覚悟も含めて。
【文中補足】
1、空砲
よく空弾と誤解混同されがちだが、空砲とは火薬の入った実弾である。但し鉛や鉄でない。今回の場合は木で作ってあるのだが、殺傷能力は十分にあった。
つまり射干の狙撃手の練度の高い技前と、相手方の肉体強度に依存した実に危うい賭けだったのである。
最後までお読みくださいましてありがとうございます。