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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
九章 已己巳己の章
159/314

#06 仲裁はときの氏神ンゴ

 



 永禄十二年(1569)十月二十七日






 諸々の調整を済ませると準備期間は本日の一日間のみ。

 だが与えられた職務の評判にこだわる系男子である天彦はそれを言い訳にはできない。したくない。

 謎に謎の対抗心を燃やして独自の接待プランを練っていた三介しばく。そうと違うやろ呆け茄子! は、さて措いて、熱心に口説き落とした昨夜。

 天彦はようやく饗応の第一ステージである三介との共闘にこぎ着け三介とのランデブー場所である城下の広場に向かっていた。


 苦手な早起きを頑張った。眠い目をこすって這って起きたのだ。

 遅刻してたらコロスの感情で待ち合わせの広場に辿り着くと、なにやらちょっとした人だかりができているようである。気配が緊張をはらんでいた。


「殿」

「どないした」


 天彦の護衛当番が警戒を促した。薄目を絞っても判然とはしない。

 時期はもうほとんど冬の装い。なので明け六つの刻限ではまだほとんど真っ暗に近い視界である。本来ならば。

 ところが織田領内は夜の暗闇さえ財力に物を言わせて買収している。は盛った。

 おそらく一晩中焚かれていたのだろう松明の灯りが煌々と広がり、まるで広場から漆黒の闇夜を掃っているように映っている。


「アーメン」


 天彦の専属護衛がネイティブスピーカーの発音で十字を切った。

 そういうこと。これも信長の配慮であった。あのお人は無茶苦茶辛口もオーダーするがその分の帳尻も必ず合わせるお人であった。先だって旅立たれたトーレス司教の送り火である。

 そっと捧げられた灯がまるで二条の道筋となって、視界の許す限り延々とつづく光景はまるで未来の現代にあるライトアップのようであった。


 そんな松明の火に敬意を表していると、広場の騒ぎを調べに行った護衛当番の若集たちが戻ってきた。

 しかし可怪しい。天彦が報告を待っていても一向に上がらない。

 痺れを切らせて催促する。


「……当家の見習い小姓が織田の若様とどこかのおそらく小姓を相手取って暴れております」

「疾く止めんかい!」

「すでに勝負はついております」

「ちっ、ほな向かおう」

「はっ」


 天彦には100の確信があった。その謎の小姓はわからないが、家の小姓見習いとやらは確実にアホとボケであると。即ち市松と夜叉丸である。

 市松と夜叉丸は雪之丞と三人、彼らを側近の公家侍という役職に任命した(政所の祐筆や侍所と区別するため)。つまり武家でいうところの小姓なので家内では小姓と認識され実際そう呼ばれている。

 この公家侍所は主に天彦のスケジュール管理業務を主業務とする言わばマネージャー兼セクレタリーである。


 二人には先立って三介に触れを出せと伝えてあった。その一発目の任務での失態。まさかの織田家の実子をボコったのだ。よくて当事者たちの切腹。悪くすれば使用者責任を問われて菊亭のお家断絶も有り得る大失態である。まあそうはならないのでご安心を。

 猶、この新人事に際して長野是知は御傍御用取次役の扶として正式な部署の立ち上げ共々側近幹部に抜擢されている。それもこれも溜まっていた給金の支払いができたため。賄賂様様なのである。


「痛っっっ」

「殿、如何なされました」

「どうもない。参るん」

「はっ」


 まんじ。胃が痛んだ。まさかの神経性胃炎!? 天彦はぞっとしながら現場に向かった。




 ◇




「おうふ」


 言い逃れの余地なくボコっていた。あの三介が恨めしそうに睨んで無言でキレている。よほどの戦闘力差があったのだろう。

 そしてなぜ市松と夜叉丸は得意気なのだろうか。天彦は首を傾げる手間も惜しんでつかつかつか。近寄ってテイッ! 茶々丸御用達の折檻棒という名の訊くも恐ろしいネーミングセンス一周回って無さすぎ棒を用途通りに振り下ろした。ちゃんと二度。ゴン、ゴンと響かせて。


「ぬおおおおおおおおおお」

「ぐああああああああああ」


 阿保と呆けはちゃんと痛がりちゃんと悶絶して転げ回った。

 天彦はすかさず眉間に皺を深く刻み三介の側近たちをきつく睨みつける。わかってるやろうな。他言無用やぞの感情で。


「申し訳、ございませぬ」

「我らの管理不行き届きにござる」

「今後二度とないようきつく指導いたしまする」


 まあええさん。何かほざいているが三介は無視でいい。

 どうせ突っ掛かったのは三介に決まっている。


 問題は……。


「だれさん」


 どこかの家の小姓である。そうとう酷い目に遭っているようで、つまり裏を返せば三介と違ってとことん頑張ったことが想像できた。

 三介は行き腰だけは天下一品。だが腕っぷしは口ほどになくそれを本人も承知しているのだろう。見切りもかなり早かった。つまりお利巧さんなのだが。まあ阿呆だ。


「立てるか」

「立てん。くっ」

「話はできるようやな」

「腹を切っても主家のことは明かさんぞ。この雪辱はいずれ果たす」

「志はご立派なん。そやけどそれでは身共の都合が悪いん」


 教育上にもよろしくないし。

 天彦は小さくつぶやき謎のちびっ子侍のプロファイリングを開始した。

 

 着物はいたって質素な素材の平凡なデザインのプレタポルテ。

 髷は結っていない。おそらくだがつい最近までどこかの小坊主だったのだろう。だがこれで武家ではないと断じるのは早計である。何しろ本人の口から主家は明かせぬと明かされているのだから。

 何より気配が武士のそれ。護衛当番も漫然とだが小姓と言っていた。天彦もそう感じた。


 ならば会話で探っていくか。


「ちび侍さん」

「待て。お主にちびと言われる筋合いはない」

「でもお名前わからんと身共も呼びようないん」

「む。……虎松と申す」

「出た……!」

「何がじゃ!?」


 天彦は叫んでいた。幼名虎松。この時期のこの地域に虎松はただ一人。そんなもの井伊家の虎松くんに決まっていた。

 後の赤鬼レッドオーガの異名で恐れられる四天王の一角にして家康公に最も寵愛された井伊家の当主。次郎法師お姉ちゃんも女城主として超有名な即ち井伊直政の中の人。


 その虎松が目の前にいた。メッタメタのボッコボコ状態でリベンジを固く誓って。


 アカンやろ。怖すぎる。


 絶対に敵に回したらアカンお人。何ならノッブ自爆のときの保険候補の筆頭だったほどの逸材。そんな人物が敵意をむんむん剥き出しに市松と夜叉丸と天彦にリベンジを誓っている。


 天彦は理性より先に白旗を上げていた。


「虎松。どうすればその気は収まる」

「やつらの首を取れればよい」


 あ、はい。


 それは無理ですごめんなさい。とは言えないので対案を再度、


「他には」

「あるものか」


 デスヨネ。正論だった。腹立つわぁ。


 正論と滅法相性が悪く本人自身も大嫌いな天彦は知恵を絞る。

 どうすれば恨みを残さず奇麗に解決できるかを。それこそここが分水嶺とばかり必死になって知恵を振り絞った。


 結論、そんなものはない。あれば誰かが使っている。


 しゃーない。天彦は腹を括った。


「虎松。身共をどつくん」

「は?」

「身共はこの阿呆どもの使用者や。それはわかるな」

「わかる」

「うん。使用者とは使用人のすべての責を負う者である。よって責任の一端は身共にあるん。いや一端ではない、すべてがあるん。それはわかるか」

「わかった」

「よし。さあどつけ。お前さんの気が済むまで」


 天彦はきゅっと瞼を固く閉じ歯を食いしばって震えながら顔を差し出す。……む。だが待てど暮らせど衝撃はこない。

 

 薄目を開けて様子を探ると呆れ顔の虎松の顔があった。


「どない」

「……どないもこないも。お前なんぞ儂が気の済むまでどついたら死んでしまうだら」


 だら出ました! 違う。今はそんなときではない。


「くっ、こ、殺してはアカンのん」

「お前が勝手に死ぬんだら」

「あ、はい」


 正論だった。腹立つわぁ。


 本日二度目の正論さんにイラっとさせられる天彦だが、それが正論の性質なのだから仕方がない。

 だがこれ以上の材料はない。どうしたものかと思案していると、横やりが入った。三介である。

 天彦は更にイラっとして三介に視線を向ける。しょーもない発言やったらしばくよの感情で、


「なにさん」

「おう! 菊亭、お前の理屈ならお前の失態の責任は誰が取る」

「ん? 身共の……、そら帝や」

「……お前、怖いこと言うな。心の臓がきゅってなったぞ!」

「怖わあてもしゃーない、世はそういう仕組みで回ってるん。身共の使用者は帝なん」

「お。あの、ひょっとして」

「なに?」

「だから公卿は手出ししたらダメなのか?」

「そうゆーこと」


 むろん鼻ほじの感情で。公家を大事に扱えという願望込みで。


「まぢかぁ。なんか納得できたぞ。お前ら公家が偉そうなの」

「人によるやろ」

「いや偉そうでない公家を儂は知らんぞ」

「……かも」

「そうであろう。おう。なら儂の失態の責任は親父が取るのか。よし爺、いますぐ親父を呼んで来い」

「若様」

「行って参れ」

「ですが」



 爺、絶対にそれはダメぇ――!



 今日一番、この場の皆の心が一つになった。


 きょとんとする虎松に天彦はこそっと耳打ち。秘密を打ち明ける。

 と言っても誰も隠していない事実の開示だが。


「あの阿呆の父御前は織田弾正忠さんや」

「え」

「知ってるやろ。織田弾正忠三郎さんや」

「ひっ」


 家康の小姓である虎松が織田の名前に肝を冷やさないはずはない。

 序に、


「身共は菊亭天彦や。よろしゅうさんにおじゃりますぅ」

「ひっ、ひぃいいいいいい」


 魔王のときよりいいリアクションの気がするがきっとキノセイ。


「虎松」

「は、ははっ!」

「お詫びの印に何か与えるん。何がええさん」

「そ、そんな! 滅相もござらぬ。お、御心だけで結構にござる」

「そう。残念なん。せっかく虎松とお近づきになれたのに。身共哀しい」

「ひっ」


 おのれ、おのれ、死んだぞクソガキ、おのれ、おのれぇ……。


 虎松は悪し様につぶやく“おのれ”から続く鯉口を切るカチャカチャ音に小さな悲鳴を上げてしまう。むろんブチギレしているのは菊亭青侍衆の中でもガチ勢である。その殺意の高さは天彦をどつく数少ない内の一人である実益でさえ気後れさせたとかさせていないとか。


 だから恥じることはない。あるいはだって仕方がない。見たところ虎松はまだ八つか九つのショタキッズなのだから。

 だがそんな自分が許せないのか、虎松はしばらくするとまたぞろ闘志を瞳に灯す。そして敢然とした感情で市松と夜叉丸をきつく睨む。

 するとその反骨心が不愉快なのか、今度は冗談のほとんど通じないガチ勢(天彦の本日の護衛担当)を焚きつけてしまい結果、場に猛烈な殺気が充満してしまうという謎のスパイラルに陥っていた。


 やめとけ。一生終わらん。


「はい解散。市松と夜叉丸は謹慎や」

「え」

「そんな!」


「やかましい。口応えするなら反省文書かせるで。一人百枚ずつ」

「口応えしません!」

「わしもしません」


 それでええ。


 言って天彦は雪之丞に目配せする。雪之丞は深く頷き返してくる。

 だが彼の場合相互理解が怪しいときがあるので一応念のため確認をとる。オッケー了解です。

 こう見えて実は年下の面倒見は非常にいいお兄ちゃん弟なのである。


「某が責任を持って叱ります」

「言って訊かせるやつ?」

「はい。言って訊かせるやつです!」

「おお、それはええ。ほなお雪ちゃん頼んだで」

「はい! 某にお任せください」


 一件落着。二人はきっと地獄を見る。だって天彦も見てきたから。

 このお兄ちゃん弟のお説教の長さときたらとんでもない。どんな長説教で有名な禅寺の和尚でも可愛いものなのである。控えめに言って一生終わりません。

 しかも理屈が一ミリも論理的ではないので理解しようとすればするほど理解できずに苦しみ沼に嵌ります。それは泣いても止みません。つまりお仕舞いです。


 二人のクソガキの処遇が決まったところで、本命にもちゃんと仕込みを忘れない。


「虎松さん」

「は、はい!」

「身共とあんたさんは円満やな」

「むろんそうでござる」

「うん。ほな言葉にしてもらおうさん」

「言葉に、でござるか」

「そうや。菊亭と井伊家はずっと円満。はいどうぞ」

「菊亭と井伊家はずっと円、まん……へ!?」


 虎松は自分の家名を見抜かれていることに気づいて魂消てしまう。

 すると次の瞬間には、まるで化け物でも見るかのような吃驚眼びっくりまなこで天彦を凝視していた。いつまでも。


 天彦にとってはしてやったり。どうあれこれで何らかの印象記憶が深層に刻めたことだけは紛れもないはず。

 そしてそれはいずれ井伊家を頼ったとき発動するのだ。この魔法の呪文が天彦の思うとおりに効果を発揮することを願いながら、


「さあ参るん」


 当初の予定通り、饗応の食材を採りに山に向かうのだった。




 ◇




 キノコを狩りながら徳川のことをおさらいする。


 誰もが知る大人物だけに案外盲点も多いとしたもの。知っている風が一番危ない。天彦は教訓の中でそれを学んだ。そういうこと。

 中でもとくに踏んではいけない地雷には注意しておかなければならない。とくに徳川は普通に歴史が進行すると、偉人や英雄の中でも一番長生きするお人なので。要警戒。


 1569年現在、家康は徳川家康として最終形態を果たしている。

 すでにこのとき三河、遠江、駿河の三国を領有する大大名であり、正式な官位は従五位上左京太夫である。

 だが家康は三河守を自称している。そして信長もその自称を尊重している。つまり高度でナーバスな政治案件が絡んでいることがわかる。まあ将軍義昭なのだが、これが地雷の一つめ。


 と、天彦が二つめの地雷を掘り起こそうとしていると、


「菊亭。貴様もついに儂の位置まで上がってきたんじゃな」

「いや、ずっと身共の方がステージ高いん」

「ふふふ。遂に見せるときが来たか。来てしまったのじゃな」

「茶筅、訊いて?」


 阿呆が絶頂期を迎えていた。


「お前こそ聞くがいい! 菊亭が言葉を失う気持ちもわかる。なにせ儂は織田家一の饗応役じゃからの。言わば饗応の専業じゃ、ぬはははは、がははははは」

「身共がいつ言葉を失くしたん。いや笑ろてるで」


 この人の本職は当たり前ですが、お城のお殿様です。大事なことなので二度言います。当たり前ですがお殿様です。


 だが天彦はこの言葉を飲み込んだ。三介の目があまりにも決まっていたためこれ以上の言及を控えたのだ。

 三介の決まった目は記憶にあった。天彦のかつて育ったまちではよく見かけた逝っちゃっている人の目と決まり方だったのである。

 人はそれをギャン中と呼んだ。種族ギャン中の特徴として感情の浮き沈みが激しいというのがあり原則頭が可怪しい。だが稀に調子がいいとカモという種族にメタモルフォーゼする。種族カモ状態のときのギャン中は物凄く気前がいいので天彦は案外好きだった。形態変化の見分けも簡単につくし。――とか。


「それは食える。だって美味そうだから!」

「氏ぬ。やめとけ!」


 どこの世界に感覚でキノコを狩る阿呆が……いた!

 しかも身近にいた。闇鍋の闇を物理の深さまで掘り下げて深くするお人さんがいた。


 ぽい、ぽい、ぽい、これもポイ。


 天彦が籠からツキヨタケ、クサウラベニタケ、ニガクリタケ、テングタケといったヤバいキノコを退けて弾いていると、


「なぜ放るのじゃ」

「毒キノコなん。とくにこれは食べたら死ぬます。デコってない方の死です」

「でこ……、なぜわかる」

「身共は山菜や果実といった山の恵みを主食としていた時期があるん。そのとき身を以って危ないキノコの選別方法を学んだん」

「ウソをつくな。お前は生粋の貴種であろう」


 三介の素朴なツッコミに菊亭家人たちはそっと目を逸らす。いやあるいは顔を中には身体ごと逸らす者までいて、猟場の空気がいっぺんに悪くなってしまう。

 貴族の貧乏は三介とて承知しているはずであり、ならば同時に天彦ほどの格式の家の者がそこまで困窮しているはずがないのも知っているのであろう。


「ウソをつくなウソを」


 だから二度も言っていた。天彦の幼少期を思い起こさせる菊亭ではいつの間にか禁中の禁ワードとなっている禁句まで添えて。


「そうじゃ。今出川と言えば武田の援助とてあったはずじゃ。どうじゃ菊亭、お前の嘘を見抜いたであろう。ぬはははは」



 キンッ――。



 たった今この瞬間、真冬が到来したと言われても信じられるレベルに場が凍り付いていた。


 だが天彦には屁でもない。なんなら貧乏はステータス。とばかり平気な顔をして答えるのである。


「茶筅さん」

「な、なんじゃ真面目な顔をして」

「思ったままを口にする癖、いつか後悔すると予言したろうさん」

「……怒っているのか」

「別に。ただ茶筅さんが憐れなだけなん」

「儂が憐れ……?」

「お人柄は悪くない。いいや気持ちいい好人物やのに。その軽はずみな言動や短慮が災いし長生きしてしまうから」

「長生きが憐れ……!?」


 そう。


 三介は最終的に自身の軽率さから大失態を演じてしまい、結果父親には疎まれ兄には邪魔にされ弟には貶され、藤吉郎には対戦したにもかかわらずゴマメ扱いで許され、味方となってくれた家康には臆病者ほど救いようのない人種はいないと明言まで残されるというギャグのような人生を生きた人。


 挙句一族の皆が先に逝く中、自分だけは死にきれず最後まで生き残ってしまう心優しい三介を天彦は心底から憐れんだ。


「星を読んだろ」

「読むな! それだけは勘弁せいっ」

「なんで?」

「叔父上が、叔父上がそう申しておられた」

「ふーん」


 伊勢の海賊がなんだ。知らん知らん。

 という訳にもさすがにいかないが、だが天彦は許してやらない。案外本気の熱量で、


「茶筅さんは近々やらかします。それも父御前の逆鱗に触れるほどの大失態を演じてしまいますん。身共の星読み、100の確度で当たります。お前さんらも同様や。よう肝に銘じとくん」

「……相分かった。軽率な行動は控えると肝に銘じる」


 はっ確と。


 三介に続き三介の側近たちも改まって返事をした。場は既に別の意味で凍っていた。


 天彦としても半分は本心からの忠告でもある。史実通りなら信長はまぢギレするが命まではとらない。何よりリアルで信長に溺愛されていることを知っているのでその方面の心配は要らないのだが。しかし政治的にこれでお仕舞い。三介の評価は確定してしまうのだ。暗愚の将として。

 それはそれで三介の人生。天彦は三介がどう評価されようとも突き放すことはしないだろう。自分とて五十歩百歩のポンコツだし。


 だが織田家中の評判を敢えて好き好んで下げる必要性もないので忠告したまでである。敢えて耳目の多いこの場所を選んで。三介の迂闊な言動に紐付けて怒っていると受け取られるように。


 その方が確実に記憶に残りやすいだろうから。


「茶筅さん、ほんまにわかったん?」

「わかったぞ。菊亭がブチギレていることはようわかった。二度と申さんし二度とせん」

「ふーん。ほな何を?」

「知らん」



 ふは。くふ、きゃは、あははははははははは――!



 この場に集う八割の顔が理解不能に苦しむ中、だが天彦は一人腹を抱えて笑っていた。


「な、なんじゃ!?」


 いっそのこと一緒に暮らすか。それが天彦の第一感。どうやらこのドアホ、洗脳でもしない限りわからせることは無理っぽいから。

 見捨てるという選択肢は端からなかった。三介も天彦にとって大事な親友ずっトモの一人である。叶うなら不幸な最後は迎えてほしくない。

 自分でもわかっていないがおそらくきっと、たったそれだけの感情で、大きなお世話を焼きたいのである。知らんけど。


「茶筅さん」

「な、なんじゃ」

「身共が岐阜でお世話になっている間、一緒に暮らすん」

「ふゃ!?」

「異論は認めません」

「は!?」


 決定事項です。


 そんな決然とした言葉を最後に天彦は山菜狩りに戻るのであった。













最後までお読みくださいましてありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 天彦さん!三介さんが史実ルート行かないように! ノリでつけられたようにベッタリとひっついて守っていてください!! よろしくお頼み申します!!m(_ _)m (いや本気で!!
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