#03 アットホームな職場です
永禄十二年(1569)十月二十五日
不逞のキッズが二匹、天彦たちが休む経堂の控室に裏庭から忍び込んできた。
いったいどうやって忍び込んだのか。素朴な疑問は尽きないが、二人のちびっ子ギャングは姿を見せるなり堂々と叫んだ。
「ちび侍、わしを家来にしてくれ!」
「おちび殿、わしらはきっとお役にたてるぞ。そこにいるガキどもより何倍も」
「そうだ!」
「どうだ」
まさかの天彦をちび呼ばわりして。
こいつらさあ……。
天彦の感情を咄嗟に忖度したのかさすがにチビすぎたのか。警護の者たちも殺意まではまき散らさないがキレている。
天彦もさすがに子供の虐待は目にしたくない。この闖入者ども、いったいどうしたものかと思案していると、思わぬところから声が上がった。天彦の知らない誰かの家来が声を荒げたようであった。
「貴様らどこから紛れ込んできた!」
「そこ」
「あそこ」
「ぐぬううう、外回りの警備は何をしておるのかっ! 急ぎ捕えぬか」
いの一番に声を上げた誰かの家来はガキどもでは話にならないとばかり怒りの矛先を変えて中庭の警護班を攻め立てた。
おそらくは氏郷の家来なのだろう。その尋常ではない必死さから伝わってくる感じからすると。何となくだが且元の家来ではないような気がする。
氏郷の家来に対する厳しさは尋常ではないのだ。いずれにせよ射干党でないことだけは明らかだった。彼らは彼らでラフすぎるけれどあの切羽詰まった悲壮感100の切実さはない。
「おいガキ、とっとと失せろ!」
「痛い目に遭いたいのか失せろ」
「喰らわすぞ失せろ」
次第に皆が怒り始める。
怒りたいのは天彦の方だった。考えてもみてほしい。やっと家のDQNども(主に氏郷と且元)の激情を沈めたばかりだというのに。
彼ら青侍衆は天彦の下した沙汰にキレ散らかして拗ね散らかした。沙汰とは半兵衛の無礼の不問である(猶、半兵衛一人が悪役を請け負っているが天彦はむしろ藤吉郎弟くんの方が罪は重いと考えている)。
いずれにしても天彦は半兵衛の沙汰を文書による遺憾の意を表明するにとどめていた。この判断には甘い舐められると文官からも多くのクレームが寄せられるほどであったのである。
常の天彦なら速攻で翻意したことだろう。だが今回は妙に突っ張り意見を固持した。
だがこちらも考えてみて欲しい。今孔明と呼ばれるほどの大策士があんな感情的になって殺意を剥き出しにしてくるだろうかと。しかも何の策も講じずに。
結論、あり得ない。
あり得たら逆に驚く。故に天彦はあれが釜底抽薪の策と借屍還魂の策との合わせ技であると確信していた。要するに最悪は自らの命を糧に大義名分を演出する犠打策である。
そこまでするのかという率直な感情もあってさっきのさっきまで判断に苦しんでいたのだが状況的に紛れもなく、すると史実の人物評価的にも違和感のない結論となってしまう。
あともう一つの可能性として、あるいはすでに肺結核の兆候がでているのかもしれなかった。あくまで勘だが、ちょっと白さが幽鬼的で大そう薄気味悪かったから。
半兵衛の決死の決意が天彦の目にそう見えさせたのかもしれないが、いずれにしても天彦にとっては狂気の沙汰には違いなかった。
頭の可怪しいお人さんとは極力関わり合いになりたくない系男子である天彦の選択肢はあまり多くない。そういうこと。半兵衛はぽいっと他所に措いておき、キレ散らかし拗ね散らかす家来の説得に注力した。
何をしてもええけどキレて拗ねるな。という菊亭一門で一番キレて拗ねるヤツが言うという単純な可笑し味と首を傾げる矛盾とで呆れ果てさせて冷静さを取り戻させる、という荒業で荒れ狂う青侍衆を強引に捩じ伏せるという高等技術まで駆使したというのに。ぬぐぐぐ、こんの、クソガキども……。
何を燃料焚べてくれとんねんコロス。
天彦は心底まぢギレ5秒前の感情で薄汚い野良のキッズをきつく見る。
「うへ。夜叉丸、あいつむちゃんこ睨んどんぞ」
「う゛……市松、ここが正念場。気合で押し切れ、押されるなよ」
「お前、なんでわしばっかし押し出すん」
「お前やったらいけるじゃろ」
「いける! ……いや、ムリじゃろ」
「そこを踏ん張るのんが男じゃろ」
「そういうもんか」
「そういうもんじゃ」
「いや普通にムリじゃぞ。あれはアカン」
「うん。無理じゃな。知ってた」
天彦的には睨んではいないのだろうが受け取り手の感情は別物。
キッズの会話がすべてを物語っている上に側近ではない家人たちでさえ数歩引き下がっているのは気のせいではないのかも。
だが天彦オコの感情も尤もである。身の丈を超えるハードな会談が終わりやっとこさ人心地。つけると思った矢先の襲撃だった。
お茶とお菓子の時間だけがこの狂った時代に産み落とされた天彦に許された唯一の憩いの時間なのである。
「ちっ。で、お前さんら売り込みか」
「そ、そうじゃ!」
「その通り!」
ツーアウト。
次の粗忽な口調は本格的にボコられるだろう。善悪でも適否でもなくただ事実として無礼であるというその一点で。あるいは不愉快だというそれだけの感情で死んでしまうかもしれないほど徹底的に躾けられる。それほどに中庭の熱が膨張していた。
この戦国室町時代、未来の現代である令和とは違って何者でもないお人が出しゃばれる世界ではないのである。
何者でもないお人さんは間違えるとその瞬間お仕舞いなのだ。待ったは利かない。大抵の場面で有効手である奥義ごめんなさいももちろん無効。勝負は常に土壇場の一度きりなのである。何者でもないパンピー庶人とはそういう種族と割り切るしかない。
閑話休題、
菊亭は名が売れている。むろん悪い方にだが中には奇矯な者もいて、あるいはこの戦国室町、酔狂な者の方が多いのかも。そう感じるほどこのキッズと似たような売り込みは後を絶たなかった。
何なら武骨さなら彼らよりもっと上の者もいただろうし、断然鼻高さんも溢れるほどいたはずである。よって天彦に限らず菊亭家人はこの手の押し売りには慣れっこであった。
だがそれでもここまで酷いのは記憶にないほど。口調と態度はままあるが、身なりが飛び切り酷かった。匂いまでヤバい上にしかも無謀とくれば数えで文句なく役満である。侍の本気の殺意を身に浴びてあそこまで無関心なのも珍しい。
それほどにキッズの置かれている状況は際どかった。一歩間違えれば斬り捨てられていても文句は言えないシチュエーションだったのだ。誰の目にも。
何しろ本当に家中の感情は文武に限らず滾っていて、多くの侍どもは血を滾らせているのだから。
なんで身共が。
「家、一応公卿家なんやが」
思わず愚痴もこぼれてしまう。だからこそ虚をついて忍び込めたのかもしれないが、警備体制いったいどないなっとんねんおいコラの感情で天彦は本日の護衛責任者である氏郷をきつく睨みつけて八つ当たりした。
「言い訳はいたしませぬ。すべては某の落ち度。不始末の始末をつけて腹を召しまする」
言いたいだけのことは言った。ならば阿呆は無視する。あるいは本当に一遍腹を斬らせてみるか、の感情で。
というのも最近わかってきたことだが、何やら氏郷の残機。どうやら最低でも100機はあるらしいと気付いたのだ。
むろん現実世界なので誰しも一機。つまり彼は案外ああ見えてお命大事マンさんだった。つまりするする詐欺マンである。本当の腹黒とは実は氏郷みたいなヤツのことを言うのだろうと天彦も薄々察し始めていたのだった。
だから言わせておけばいい。どれだけ失態を犯してもどれだけ叱りつけられても、最終的に自分の体面さえ守られれば世は事もなく、しれっと職場に復帰してくるから。
そんなことより何よりも。さて、如何したものか。この汚いストリートキッズの処遇を。
むろん通常対応ならどこへなりと放ってこいで済む話である。
だが済まないだろう。この感じでは。この気迫では。
どうやら彼ら、この機会にすべてを懸けて挑んでいるようであった。あるいはではなく命を賭して。
「実にめんどい……」
状況である。
天彦は少しの休憩を挟んでこれから更に個別面談が控えている。式次第に記されている予定人員だけでざっと二十五名にも及んでいる。当然予定は未定とばかり面談予定者は増えていくこと請け合いである。何しろ事は既得権を扱う超超ナーバスな案件である。既得権とはそうしたものだから。
むろん数日に分けての面談となるがいずれの人物もいずれ劣らぬ凄腕のやり手揃い。手ぶらでは帰ってくれない。
交渉はそうとうハードなものとなるだろうことが予想され、少なくともガキと遊んでいる暇はない。そんな気分でもないし。
と、天彦がギリギリ理性を保たせ“おい、どこかへ捨ててこい”と言わないだけ立派だと断言できる状況が積み上げられていく中、
ん……?
何を思ったのか躾のなっていなさそうなキッズをじっと見つめる。
むろん近寄らない。近寄らせもしない。安全面ではない。単にキッズの体のあちこちでぴょんぴょん跳ねている謎生物がキモ厭すぎるので。
跳ねているからまだ安心とか。さすがにこの時代の感覚には慣れる気がないあるいは慣れたくもない天彦は、十分な安全マージンをとった上でじっくりと観察した。
「殿」
「黙って」
「しかし!」
「シバくよ。黙り」
「くっ」
天彦は顔を引きつらせながらも冷静を装って、がるると吠えて今にも噛みつこうとしている氏郷を手でしっしと追い払い、ちょっと待てと頭を捻る。
あ……!
来るの。来ちゃいますのね。天彦は何かを閃いてしまっていた。
そしてしばらく口をぱくぱくしていたが、程なくするとようやく声を絞って捻り出した。
「直言を許そ。お前さんら名を名乗り」
「おう! わしは二つ寺村の桶屋の倅、福島市松じゃ!」
「中村の刀鍛冶清忠の倅、加藤夜叉丸!」
まんじ。
予感的中。やはり目の前のキッズは市松くんと夜叉丸くんだった。即ち福島正則の中の人と加藤清正の中の人。あるいはタイプヴァージョン・ショタだった。
ショタとはいえ、まあ眼光の鋭いこと。あと生命力に長けていそう。
なるほどこれが偉人の幼生体かと感心もするが一方で、けれどどこかこの程度かと肩落ちしてしまう自分がいた。
期待感が大きすぎたのか。いや違う。このがっかり感の正体に勘づいたらなるほど納得。彼らが悪いわけではない。やはり経験は大きかった。
天彦にはすでに物凄い漢たちと過ごしてきた掛け替えのない経験値があったのだ。
与六とか氏郷、且元、茶々丸に算砂、そして謎の雪之丞とか。極めつけは第六天の魔王様。あんなのと日常的に接していればこの程度の偉人、しかもショタともなれば如何ほどのこともなく。
あれらを超えてこなければ今後物凄い逸材とは感じないだろう。他愛無いことだがちょっと不安にも感じる、そんな感情だったのである。だから、
「腕っぷしに自信がありそうやな」
「おう!」
「あたぼーじゃ!」
天彦はにやり。
「ほな相撲を取るん。どちらかが優勝したら考えたろ」
「任せとけ、約束じゃぞ! 何を隠そうわしは村で一番じゃった。あっはっは」
「絶対じゃな。どっちかとゆーたぞ!」
「おう。公家に二言はないさんや」
「くげ……?」
「え……、なんて」
だろうな。公家なんて人種、知ってそうには見えないもの。
天彦は更にいい(悪い)顔でニヤリと嗤って。
「なんぞ不都合でもあらしゃりますかぁ」
「あら、あら、……う」
「う゛」
お得意の嫌味100の勝ち誇った台詞を残し。
氏郷に目配せして揉んでやれ。家来たちも相撲でガス抜きの一石二鳥を指示するのであった。
◇
茶を啜りながら羊羹をぱく。さすがに板張りが厳しい季節になってきた。
特に岐阜の山の上。お陽さんが中天を過ぎると吹き抜ける風が震えるほど冷たい。
さて、市松と夜叉丸。さすがに佐吉に直接印象を訊ねるのは意味深すぎる。何かが決定的になるまでは余計な情報は入れたくないし。
しかも佐吉は勘がいい。特に天彦の胡乱な態度には敏感で異変があれば秒で感づく。
ならば、
「茶々丸、どない思う」
「お前のアホはいくら儂でも治せんぞ」
「酷い!」
「ふふ、どうせさっきの野良犬どものことやろ」
「うん」
「目に適ったんか」
「まあ、うん」
「鍛冶屋と桶屋が欲しかったとは知らんかったな」
「意地悪なん」
「ははは、そう拗ねるな。あの気性や。まあ物にはならんやろ。儂の下では使いモンにならんし、何より与六とあれらは合わんやろしな」
「やっぱし」
「というのは建前で、お前の方にこそ他にも危惧があるんやろ。申してみい」
ある。だが抜かりなくその気配は薄める。佐吉をちらっ。セーフ。感づかれてはいないようである。
やはり一番は佐吉との未来に発生する確執が気懸り。特に夜叉丸(清正)は三成大キライガチ勢だったと訊く。史実では天下分け目の一戦で家康を選んだのではなく三成に敵対しただけとさえ言われるほどの反三成ガチ勢だった。
二人の間に何があったのかはわからない。だが現場主義で行政手腕に長けた実戦的な指導者という属性も佐吉とキャラが被っていて、どちらが上位かは断言しないがいずれも劣らぬ逸材である。衝突するのに不思議はない。男子とはそうした生き物だから。
女子も同じかもしれないが特にこの時代の男子の獣性はとても激しくとても濃い。意味なく敵視し縄張り争いしていたとて然して驚くことはない。
天彦のそんな危惧が顔色と口調に隠し切れずに出ていたのだろう。
茶々丸は敏感に感じ取って鋭く目を尖らせた。
「言えんのか。まあええやろ。しかし菊亭自慢の人物鑑定眼には適ったと。なるほどの……」
「いや、そこまでではないん」
「ふん。嘘が下手すぎやぞ。使い捨てる心算なら仕込んだってもええ。お前にそれができるのなら」
天彦は答えない。今度は茶々丸も答えを求めない。そういうこと。
だが暗黙の了解を許さない家来やあるいは理解しない阿呆もこの場にはいて、前者は数日前から合流している算砂であり双眸鋭く含意しかない目で天彦を見つめる。
そして後者は悪気なくそして勢いそのままに、はい! 挙手しては意図せずして存在感をこれでもかと誇示する人。
「某、預かりますけど」
「おいて」
「はは、おもろいやっちゃ」
ご存じ我らが雪之丞であった。まさかの場所から、意外性の塊さんが手を挙げて名乗りを上げたのである。やめとけ!
の感情通り天彦は秒で難色を示した。茶々丸に至っては半笑いで聞き流す。
というのも雪之丞には悪い実績があったのだ。付いた家来はこれまで三人。いずれも途中で逃げ出していた。間違いではない。この時代に侍志望の武官が逃げ出しているのだ。あり得るのだろうか。あり得たのだが。
「あ。お二人さんともなんですのん、そのお顔」
天彦と茶々丸は以心伝心、世の中にはいろんな人がいるのよ。目を合わせちゃダメ。の感情で雪之丞を黙殺した。できるかどうかは別物として。
「近い! そんで痛いん! どこの世界にゼロ距離で殿様の頬っぺた抓る家来がいてるん」
「居てますやん、ここに」
「痛いやろ」
「ほなお口びろーんします」
「ほっほやふぇふぇ」
「ぷぷ。言えてへんからあきません」
「やふぇふぉ!」
いや、やめて?
真顔で懇願。するとややあって思いは通じる。
「ほんまにやめて?」
「だって」
「だってやないの。ここには他所様もいてるんよ」
「いてませんけど」
「あ。口応えしたん」
「あ。……でもだってありませんもん」
「目があるという意味や。耳があるという意味やで」
「ありませんけど」
あ、はい。物理、ね。
天彦は雪之丞の説得を秒で諦める。感覚派の説得には骨が折れること以外に収穫がないことを承知しているから。むろん120のジト目は向けるのだが。
だが張り詰める以上に張り詰めていた空気だけは和らいでいた。不思議。
「や、あるかい! あかんよ」
「だってぇ」
「だってやない。甘えるな。あれらは逆に食いよるで」
「食う?」
「そうや。人を食いよる」
「比喩、ですよね」
「当り前やろ」
「はい。……でもでも、某にも家来さんが欲しいです。逃げ出さんとちゃんと務まるちゃんとした家来さんが」
雪之丞が駄々をこねる、あるいは強情を張るときは決まって実家が関係している。
ならば問い質すのは酷。実は父御前が実は兄御前がと辛そうな表情で告白されても“あ、うん”としか答えようがないから。
直感で覚った天彦は、渋い顔をしながらも譲歩案を脳内で探った。
「ほならお雪ちゃんの直臣はしんどいやろうから、お試しで直属の部下にしたらどないさんやろ」
「部下、ですか」
「そう」
「某、なんか預かってましたっけ」
「ん? ……はは、あはははは」
「あ」
「あ」
預けていない。危なっかしくて預けられないが正しいのだが、この宣言はとんでもなくダルいことがわかってしまう。部署設置から始まるいろはであった。
ダルいがしゃーない。お兄ちゃん弟の雪之丞のことともなれば。天彦に脱げない一肌はないのである。知らんけど。
いずれにしてもそれも一興。天彦は思い直す。その方が責任の所在が明確であり天彦的には扱いやすい。いくら家来とはいえ陪臣はやはり気を遣う。
その点直臣に遠慮はいらない。主従関係とはそういう仕様になっているので。そういう仕様とはつまりお互いがお互いに命を預け合うという意味で。
またそれとは無関係に、おまけに奴らは傑物である。どうせ放っておいても頭角は現すだろうから案外気分は楽だった。
「ほなそないしよ」
おお――!
天彦の決定を受けて小さい歓声が沸き上がった。
「よかったの朱雀。これでお前も菊亭の歴とした扶や。気張れよ」
「はい! 茶々丸さんのおかげです。これからもよろしくお願いいたします」
「おう。そやけどあまり張り切るなよ」
「なんでですのん。たった今気張れと仰せやったばかりなのに」
「アホ、お前が張り切ると皆がビビるやろ。織田の荒武者も越後の侍も七つの海を制覇したあの伴天連どもまで震えあがる。ひょっとするとあの朝廷までも震え上がっとるかもしらんなぁ。むろん儂もや。そやから程々にせえと申した」
「酷いです!」
あはははははは――!
控えの間に大笑いが起きて雪之丞が憮然として場が収まる。
茶々丸はとある一軒以来雪之丞を高く買っていた。それは菊亭でも広く知られるところ。
そしてその事実が実は雪之丞の家内高評価に繋がっていることを当人の雪之丞だけが知らないことを家人皆が知っていた。
アットホームな職場です。ちょっとピカピカと眩いだけで。
未来の現代である令和の時代で耳にすれば最も疑わしい誘い文句も、こと戦国室町に限っては……、いやいやいや、この上なく怪しすぎるん。
そういうこと。やはり時代を超えても不変は普遍であったとか。
と、是知が定位置からスケジュールの予告を告げた。
「殿、お時間です」
「さよか。で、どなたさんから」
「はっ。先陣を切るのは小西隆佐殿にございまする」
「……濃いな」
「ご存じで」
「まあな」
「さすがは殿にございます!」
「お、おう。是知、もう一遍訊かせてくれる?」
「はっ! さすがは殿にございます!」
セラトニンがどばどば出た。気持ち免疫力も上がった気がする。
是知のこういうのもたまには効くの好例である。持ち上げられてモチベーションアップしたいときなどは特に効く。お勧めです。
さて小西隆佐。堺の豪商にして薬種問屋を営む傍ら天彦と縁のあるガスパル・ヴィレラ司教に洗礼を受けた熱心な切支丹として広く知られる人物である。
秀吉恩顧の武将小西行長の父親であることで知られているが、彼は彼で中々の策士である。
当地キリスト教布教の中心人物として、堺の南蛮貿易をほとんど一手に牛耳っていて史実では豊臣政権下で堺奉行に抜擢されている文字通り野心にあふれた切支丹商人であった。
そんな人物の面会要請。控えめに言って難題に決まっていた。
「ほな参るん」
「はっ」
「はっ」
「おう」
天彦は氏郷を露払いに先行させ、右に茶々丸を左に佐吉を従えて以下祐筆たちをぞろぞろと引き連れ面談の間に向かうのだった。
最後までお読みくださいましてありがとうございます。