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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
九章 已己巳己の章
154/314

#01 キミの悪いところ、気味の悪いところ

 



 永禄十二年(1569)十月二十五日






 雪之丞がガレオン船で大砲をぶっぱしてから十日余りほど経った冬と秋の丁度境目の、けれど麗かな午後。昼八つの鐘が鳴る前頃。


 岐阜金華山にある禅寺の禅堂では今日も今日とてリサイタルが開催されていた。


 厳かなお堂の雰囲気にそぐわない雅楽管絃ががくのかんげん合奏リサイタルなのでちょっとした演奏会という趣ではけっしてなく。

 何よりも聴衆の雰囲気があまりに殺伐としすぎていて、仮に楽しい演奏会リサイタルであっても台無しにしていただろうことは請け負いである。


 猶、雅楽の演奏において楽器だけでおこなわれる合奏を管絃といい舞楽と区別している。

 篳篥ひちりき神楽笛かぐらぶえ鳳笙ほうしょう楽筝がくそう/琴、鞨鼓かっこ三の鼓さんのつづみ、それぞれの名人奏者が技術の粋を持ち寄って禅堂に外因的な禅の境地をもたらしていた。


 その中には琵琶を受け持つ菊亭ご当主の姿もあって、何を隠そうこの禅堂の空気の極悪さの原因こそが彼、菊亭初代ご当主天彦さんにあったのだ(棒)。

 この合奏リサイタルは本日で三日目。つまり本番合奏リサイタルではなく本番前の練習演奏なのだが、むろん天彦の意思ではない。天彦はむしろぶっつけ本番で臨むタイプなので。ましてや演奏会に出たい系男子ではぜんぜんまったくないのである。自主的には120出ない。そういうこと。

 リサイタルの開催を宣言し天彦の参加を打診してきたのは織田家のご当主、ご存じ弾正忠信長公である。信長公達ての依頼である。滅多なことでは否とは言えない。お腹を下していても言えないだろう。だから天彦も渋々ながら了承した。一宿一飯の恩義もあって。


 だがこれが思わぬ方向へと進んでしまう。

 これ。即ち本番に備え雅楽管絃ががくのかんげん合奏リサイタルを提案したのは織田の腹黒陰険策士であった。正しくは木下家の腹黒陰険策士どもであった。

 その名を腹黒・陰険・策士という。違う。竹中半兵衛重治という。もう一人の名を腹黒・陰険、あ、はい。木下小一郎長秀といった。藤吉郎おとうとである。


 この二人がまあ悪い。天彦を徹底的にイジメ倒すのだ。しかも如何にも尤もらしい理由を付けて。周到に陰湿に。これでもかとメンタルをバチクソにオニ削ってくるのだ。天彦の主観などではけっしてなく。


 天彦を懲らしめる意図があるのは明白であり、事実として天彦は多くの観覧者の前で醜態を晒す羽目となり、連日、即ちこの演奏会の公開練習会が開かれている間中ずっと赤っ恥を掻かされているのである。雅楽家として。延いては公家として。


 というのも彼ら奏者もよくなかった。彼ら奏者は二重の意味で天彦を敵視していたからである。

 天彦に対抗心剥き出しで掛かってきていたのだ。彼らの勝手に覚えているらしい劣等感を燃料にして。あるいは庇護者の感情をくみ取って。


 彼ら奏者は半兵衛もしくは長秀(藤吉郎弟)が招聘した雅楽奏者であり、天王寺方と呼ばれる民間雅楽奏者であった。

 天王寺方とは楽人・伶人・楽師などとも呼ばれる出身系統を指す呼称であり。つまり民間雅楽家である。主に諸大寺社に庇護された者たちであり、言ってしまえば没落者。公家の成れの果てである。


 つまり彼らにとって天彦は二重の意味での加害者だった。寺社を窮する諸悪の狐としての敵性であり、あるいは自分たちを踏み台にして存続している名門貴家としての敵性存在なのだろう。

 それが天彦憎し。公家界憎しで目を吊り上げて向かってくるものだから天彦としてはたまらない。講師役も兼ねているくせに教える気など一ミリもなく、ただひたすらに天彦のしくじりを咎めて恥を掻かせ菊亭下げに自分たちの留飲を下げるという愚かしくも憐れな非生産的行為に嬉々としていた。


 だからと言って天彦は“知らん知らん”なのである。


 だが現実は知らんでは済まされないレベルの状況にまで追い込まれていた。

 家中が爆発寸前なのだ。天彦の場合“ぐぬううう”ですら半分面白がっているみたいなところがあるので問題ではないのだが、ところが家来たちはそうもいかない。

 彼らには命よりも重たい面目がある。しかも菊亭の場合ほとんどが天彦ガチ勢なのでこの手の洒落はまったく通じないといっても過言ではなかった。


 この極寒より凍てつく状況は偏に、図に乗った阿呆の仕業。本当にたったさっき、しょうの和音に乗らなかった(乗れなかった)天彦の手の甲をピシャリ。と、やったど阿呆のせい。

 伝統雅楽にコード進行などという禁則事項はありもしないのに。天彦の演奏が自由ロックすぎるという意味合いだけで天彦を物理的に咎めたのだ。衆人環視の環境で。

 それはけっして許せるものではなかった。殿様への侮辱とは彼らへの侮辱に等しく、菊亭家人にとって御家断絶にも匹敵する最大級の恥辱であった。


 何が起こったかはもはやこの際問題ではない。誰にされたかが問題であった。

 そして木下家の菊亭に対する処遇もあって、菊亭家人たちの怒りはピークに達していた。


「家令代理殿、なぜお止めなさるのか」

「無礼に無礼で合わせるのは愚の骨頂やからや。三下は黙ってえ。四の五の抜かすと己を先に血祭に上げたるぞ」

「くっ……、ご無礼、仕った」


 数日前に合流している家令代理こと茶々丸が飛び切り低い声で、熱り立つ青侍共をとどめてみせた。


 猶、菊亭に家令代理などという家政役職はない。当主が頑なに設置しようとしないからである。茶々丸はあくまで政所の扶である。与六が拝命している侍所扶と同格の。これは家人たちが勝手に呼び出した言わば家内の異名である。

 裏を返せばそれほどに茶々丸の家内における影響力が絶大であることを意味している。



 閑話休題、

 本日で五日目。ここに至るそれまではここまで酷くはなかった。まだ辛うじて天彦という名の堤防は家来たちの感情の渦を上手く飲み込み決壊を防いでいたのだ。

 だが今となってはそれも厳しい。あろうことかおそらく弟子の教育指導用の鞭なのだろう。それをしならせて振るった阿呆がいたのでは。

 天彦は半家とはいえ血統としては皇統にも通じる大清華家を継ぐ正統嫡子。

 事実として本家今出川継承の打診も来ているほどの血筋である。むろん継ぐ気はないので保留(嫌がらせの意味だけで)しているが、その気になれば清華家でさえ射程距離に納めているのだ。

 ましてや現役の太政官参議。ときの大宰相閣下である。それを……。


「ぐぎぎぎ、おのれコロス」

「ぐぬううう、鞭で打つとかコロス」

「何があろうとコロス」

「確実に仕留めてコロス」

「氏郷、やつらに腹など切らせてはならんぞ。確実に首級を揚げて我らの意思を示すのじゃ」

「何を当り前のことを。絶対に許さん。確実にコロス」


 震えながら物騒極まりない殺人予告をしているのは氏郷、且元の侍所の重臣であり、そしてその感情に一億%寄り添っている、あるいは更にオンしている彼らの直臣である蒲生党と片岡党の侍たちであった。


 そして腹を切らさぬとまで激怒されている相手こそ、目下菊亭青侍衆から熱いより熱い視線を送られ続けている腹黒陰険策士こと竹中半兵衛である。

 因みにもう一人の腹黒さんはとっくに途中退席している。タイミング的には天彦の手の甲がピシャリとやられた時と合致するのだが、気のせいだろう。


 いずれにせよ彼ら菊亭青侍は初日から申し入れていたのである。この無礼な催しを即刻中止するか非公開にするようにと。

 だが一切聞き入れられずに今日に至っている。つまりこれは意思なのだ。且元も氏郷も果たして誰の策意なのかは意に介していない。窓口となった半兵衛を斬る。その一心だけで演奏の終了を待ちわびている。


 この通りもはや双方、話し合いの段階にないことは火を見るよりも明らかであった。


 このように菊亭の家人たちは表現上烈火などでは生易しい壮絶な気配を纏い、演奏終了を今か今かと待ち受けていて。

 むろん一番のターゲットは向かって左、天彦の右隣に配置されている琵琶奏者、太秦知宇うずまさ・ともいえである。


 対する木下勢はその意気があまりにも突き抜け凄まじいのでいったい何事かと息を飲んでいるまさにそんな状況である。

 だが但しここは金華山。魔王城のまさにひざ元。よもや刃傷沙汰など起こらない。起こせないと高を括っている温さを纏って。


 こうして禅堂は観覧者である菊亭の武辺家人と一部織田家家臣の混じった木下家とで一種異様な雰囲気に包まれていた。




 ◇




 ぱちぱちぱち……、ぱち、ぱち、ぱち……、ぱち……。


 

 ややあって禅堂の左側半分から拍手が起こった。しかし右側半分の静謐よりまだ静かな無が広がっている気配に気づいたのかそれとも気圧されたのか、いずれにせよ拍手はやがて散発的となり遂には消えて無くなってしまう。

 それをさせたのは菊亭家人。その無言の威圧感たるや。五月蠅いでは済まない静けさであり、もはやいっそ痛みすら伴ってこれ以上ないほどの緊張感を強いている。禅堂に最もそぐわない雑念をまき散らして。


 と、


「あ。逃げよったん。はは、さす半やりおる」


 そんな針の筵のような禅堂で、天彦だけは嗤っていた。

 皮肉ではなく心底愉快気に。敵の敗走を面白がって嗤っていた。


 天彦自身不思議だった。なぜ許せてしまうのか。だから演奏中もずっと考えこんでいたのだ。そこで気づいた。煮え湯を飲まされたような感情はなかったので許せるのだと。

 信頼している者から裏切られたのではない。元々疑っていた者から手酷い仕打ちをされただけ。だから腹も立たなかった。むろん行為としての物理的な腹立たしさはあったし今も感じている。

 だがメンタル的な腹立たしさはほとんどない。そういうこと。


 木下家はそもそも論、信長公(金主)亡き後の仮想敵性存在筆頭なのである。現敵性存在(惟任・近衛・九条・朝廷)含めても上位に食い込むウザさがある。

 それらを勘案すると天彦にとって何なら積極的に排除しなければならないまであるお家筆頭である。

 だから竹中半兵衛が失態をして青侍に斬られてもそれはそれでよかったのだ。だから放置していたし何ならちょっと煽っていた。


 藤吉郎の戦力を削ぐという意味だけで。丸に九枚笹は目下最も目障りだった。


「やりおる」


 だからこそ賛辞を贈る。半兵衛はもう岐阜から姿を消すだろう。

 且元や氏郷の殺意はそれほどのものだったし。ごめんなさいをするには遅きに失しているし。筋もぜんぜん通らないし。


 藤吉郎の指示なのだろうか。お土産を持たせたところなので違うと信じたいが正直わかっていない。やるときは躊躇しなさそうだし。あの御サル様。

 天彦は敵ながら俊敏な応接に感心しながら、けれど自分自身の行動にも反省点を論う。

 物事の可否、理非を問うた時、やはり自分にも瑕疵はあった。

 具体的には割愛するが半兵衛との討論で徹底的に論破したことがこの天彦虐めに通じている。と、天彦は確信しているのであった。今頃自分で気づいたがつい勝ってしまうのは天彦の一番悪い癖だった。

 この場合、無邪気では済んでいないので改善すべき悪癖だろう。なにせ最悪はその足で越後上杉領へとbダッシュかまさなければならないところであったのだから。あるいは今も。


 と、


「何を笑とんねん。そもそも己の自覚の低さが招いた失態やぞ」

「笑てるか。見てみほら、怒りすぎて震えているうちにお腹へこまったん」

「心配すな。真ん丸ぽっこりと出とる」

「ひどっ」


 感情のごった煮が沸点に到達せずに止まっている一番の理由さんが軽妙な話術を駆使して近寄ってきて天彦の隣に並び立つ。

 菊亭青侍たちが暴走しないのも偏に彼の存在のおかげである。一部暴走して飛び出してしまった者もいるにはいるが、そんな輩は今後二度と菊亭では姿をみることはないだろう。それほどに茶々丸の意向は絶対だった。


 こういったとき天彦ではやや弱い。知性がどうしても邪魔をしてw。

 思わず半笑いになってしまうが実際で。知性を計算高さと言い換えてもいい。

 そういった冷静な判断力などこういった場合むしろ邪魔であり、感情のまま沸騰する血に任せ血気盛んに荒れ狂う武辺者どもを押さえつけるには圧倒的な腕力と胆力。それしかない。それだけが物を言った。

 とくに天彦の優しさに触れて救われた侍であればあるほど、その狂信性のグラデーションは如実に色濃い。そんな彼らを抑え込むのは並大抵のことではなかった。


「ちっ、相変わらずお気楽でええの。ほんであのクソ呆けはどないするんじゃ」

「あのクソ呆け? ……ああ。どないもこないもあらへんわ」


 茶々丸に促されてあのクソ呆けとやらを見る。ふーん。まだ息をしていたのかの感情で。

 天彦の手に鞭を打ったのだ。打擲刑が妥当であろう。伝統的な罰則トラディショナル・パニッシュメントとして。


「無罰では収まらんぞ」

「はは、おもろ。茶々丸もたまには冗談ゆうんやね」

「……お、おう」

「この際や、きっちり使用者責任も問うたろか。通らんとは思うけど一応要求はしておくん。おい筆を持て」

「持たんでええ。……菊亭、お前どないした。変やぞ」


 用人が右往左往。だが茶々丸がきつい視線で咎めて最後には静止させた。


「ん? なんで止めるん」

「まあ落ち着け。へんや」

「何が。どこが。むちゃんこ普通やし」

「いや、可怪しい」


 いや明らかに可怪しい。茶々丸は確信したのだろう。目で強く咎めて依然として右往左往する用人を制止した。

 今この場に文官はいない。不穏な空気は当然だが家内中に広まっていて、皆の気になるところであった。だが雪之丞が茶々丸に万事任せておけばよいと請け負ったこと。また佐吉と是知、そして算砂がそれに賛同したことも大きく影響して主要な文官のすべてが出払っていた。つまり血を見ると予見しての回避策であったのだ。


「まあええさんや。茶々丸、ロルテス呼んでんか」

「まさか打擲を羅馬人にやらすんか」

「そやけど。なんで?」

「なんでて、死ぬやろ、普通に」

伝統的な罰則トラディショナル・パニッシュメントと身共は申したん」

「……」

「茶々丸ええか。神は言った。罰で死ぬなら反省をしていないと。たかだか棒きれさんで百遍どつかれたくらいで死ぬようなら、そもそも生まれてこんかったらええんと違う」

「あかん。ばちくそキレとる」


 たしかに天彦は切れていた。それもばちギレ。

 言葉の端々に、コロシマスヨ。53万パワーの感情が見え隠れしているから。


 こうなったらお仕舞いである。茶々丸はよく知っていた。

 天彦の状態にはハズレか大ハズレのときがあることを。

 こうなったらほとんど聞かない。いやまったく聞き入りえない。唯一この状態の天彦を制御できた人物は今は遠く伊予にいる。


 茶々丸はそれが自分でないことに猛然と悔しがる。と、同時進行で非常に珍しく深刻ぶって頭を捻る。

 勝負は天彦お抱えの専属小姓、ジョバンニ・ロルテスが来るまでである。

 あれは鬼に金棒であった。あれの戦闘力は単体ではおそらく敵う者はいないだろうとさえ既に大いに噂の的。実際にその技前はお披露目済み。信長公から金の扇を頂戴しているほどであった。ついた異名が鬼火である。

 肉体がオーガのようであることもそうだが、ロルテスが天彦に臣従を誓い騎士の礼を取ったとき「あなたの願いのともしびを私はけっして消させはしない。そのためにはオーガにもなろう」と誓いを立てたからだと実しやかに噂されている。


 そのロルテスは天彦の究極のイエスマン。やれと言えば炎の中にも飛び込むだろう。天彦が理想とする理念(笑)を語っただけで教会の尖兵は天彦個人の守護神となり替わった。

 それ自体は珍しいことでもない。天彦は生粋の人たらしなので。

 茶々丸が問題視しているのはロルテスの猟奇性である。狂気性が適当か。いずれにせよそれら異常熱量にこそ菊亭の危うさを感じ取っていた。

 何しろ茶々丸から言わせれば菊亭家中のほとんどがロルテスと五十歩百歩の狂人揃いなのである。

 今日のこともそうだがいつ暴走するかわからない家来の管理の難しさたるや。

 茶々丸は管理する立場から危うさと隣り合わせの毎日を危惧していた。茶々丸は案外真面なのである。頼もしい。


 ややあって閃いたのだろう。茶々丸がいい顔で切り込んだ。


「おい菊亭、そういや納屋が参っとるぞ」

「あ……! 忘れてたん。よう申してくれた」

「そやろ。吉田屋との間に立ったるんと違うんか。珍しく了以がちょっと劣勢らしいやないか」

「そうなん。さすがは時代の傑物やね。茶々丸……」

「行ってこい。ここは儂が預かったろ」

「おおきに! ほな兄弟子のためにひと肌脱いでくるん。あいつら五月蠅いから頼んだで」

「お、おう」


 天彦は来客の元へと向かった。




 ◇




 客人は今井彦衛門。堺の豪商であり茶人でもある宗久である。

 魔王の鶴の一声で堺湊の管理責任者(代官)に抜擢された角倉了以との間に入って欲しいという依頼は数日前から後を絶たない。

 それは逆も同様でさすがに兄弟子了以でも堺衆は手に余るのか。ちょっと助けてとヘルプ要請が入っていた。なので天彦は元締めを呼びつけて今に至る。


 あー忙しい。


 天彦が言うと冗談のように聞こえるがこれで案外まぢで忙しかった。

 磯良の婿取りの件も進めなければならないし、近衛を切り崩す策も仕込まなければならない。何より……。


 え。


 と、天彦がショートカットの抜け道階段に足を掛けたとき、勝手知ったる抜け道を使ったのが仇となった。あるいは煩わしさに感けて護衛を伴わなかったことが裏目った。

 いずれにしましても大失態で大失策。まさか魔王城でという気持ちは今もあるが。あるいはこの状態さえ手の内かもしれないけれど。


 雑木林の陰から痩身細面の病弱そうな見知った顔が姿を見せた。


「今孔明さん。こんなとこで待ち伏せとは、……あんまし褒められたもんと違うん。ファンの人なら列に並ぶんが礼儀やで」

「参議。あなたは居てはいけないお人だ」

「それを決めるのは――」

「某である」


 あ、はい。


「何を企む。いや何を目指しておられるのだ」

「策意など――」

「黙れ」

「黙ってええのん」

「斬る」


 ひえぇ、もう気難しいやん。やはり見た目は裏切らないか。


 天彦は腹を括った。


「待った。何を……、訊きたいん?」

「申せ。含むところをすべて吐き出せ」

「すべて? 身共の願いはただ一つ、目指すはクリーンな天下統一におじゃりますぅ」

「くりんとは……、奇麗なことにござるな」

「そう。それ」

「しゃらくさい」

「ほう。それが本性か。あっぱれな擬態やね」


 誰が無欲のお人さんなんやろぉ(棒)


 才気あれば野心有り。天彦は確信した。竹中半兵衛重治。けっして世に言われるような浮世離れしたお人さんではないことを。

 欲に塗れているかどうかは知らない。だが少なくとも出世欲も野心も野望も抱けるちゃんとしたお侍さんであることはこの瞬間に確信できた。


 ならば説得の言葉は何がええやろ……、おうふ。おっかなすぎて無理かもしらん。


「なぜ我が殿を策に嵌めようとした」

「何のことさんにおじゃりますかぁ」

「芝居は下手だな。大殿への進言、一見聞こえはよいがじっくり煮ると猛毒が染み込ませてあったではないか」


 ちっ、要らんわぁ切れ者。

 絶対にしくじるとお墨付の別天地にちょっとお招きしただけさんやのにぃ。


「誤解なん。身共は藤吉郎さんに善かれと思って――」

「囀るな。この期に及んで言い逃れはさせぬぞ化け狐め」

「口調、さすがに無礼やと存じますけど」

「某は日ノ本の武士、悪意に塗れた化け狐に払う礼など毛頭持たぬ。ましてや主家木下家に仇なす狐とあれば、礼など払う道理もあるまい。如何」


 デスヨネ。


 天彦は実は目がガン極まっている人に掛ける言葉をあまり知らない。

 だからできることはただ一つ。

 痛いのだけはお願いやめてねの感情で、果たして何度目だろう運を天に任せるのであった。















お久しぶりで。お元気でした……、あ、はい。一昨日ぶりでしたね。てへぺろ。


さあ新章、已己巳己いこみき、訳わかりませんよね。はい。わかっておりません。何となく字面がカッコよくてこれに決めました。

意味は互いに似ているもの同士らしいです。知らんけど。よく見ると三種類も別の文字が使われているのです。

どうせなら四つすべて別文字にしてほしかった。というこの中途半端感が腹立たしくて採用しました。


さて、字義通りなら何となく似ている人が登場するのでしょう。してくれないと困りますのできっとします。断言はしませんけれど。

誰と誰が似ているのでしょうか。フォロワー様も是非ご一緒にご想像してみてくださいませ。追放中ですので舞台は岐阜です。


と、いうことで新章、已己巳己の章開幕いたします。お待ちいただいた方もそうでない方も引き続きよろしくお願いいたします。



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