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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
八章 友愛神楽の章
152/314

#17 表を見せ裏をも見せて誑かす三つ紅葉、字余り

 



 永禄十二年(1569)十月十二日






磯良いそら、本当に間違いないのだな」

「くどいぞ植田殿、ないと言っておろう。貴殿も見ていただろ。織田の侍どもの慌てふためく無様な様を。きっと織田は交渉に乗ってくるに違いない」

「ならばよいが。しかしさぶいの。今夜はよっぽど冷えそうじゃ」

「ガキがいるのじゃ、暖がいるの」

「ちっ、面倒な。おい、そろそろ火をとぼせ」



 籠の外ではそんな会話がなされていた。


 籠の担ぎ手も当然一味。一味の主犯格に指示されると籠に備え付けの灯りに火を灯した。つまりこの誘拐が予め計画されていたことになる。目的が誰であれ。


 そういうこと。天彦たちはすでに囚われの人となり一味のアジトに連れ去られている道中であった。

 それは見事な誘拐されっぷりで咄嗟に逃げられたのは雪之丞くらいのもの。

 だがその雪之丞にしても天彦が捕まったとわかった瞬間、Uターンをかまして悪党一味に突貫していたのでやはり取っ捕まってしまっている。


「なんで戻るん。アホお雪! お雪アホっ!」

「そ、そんなこと言われても某ぃー」

「なんなんそのお顔、身共が悪いとでも申したいん」

「え。100悪いですやん。むちゃんこ鈍臭かったですし」

「あ」

「う」

「ふーん、それゆーんや」

「はぁ、それ申してしまいましたん」


 天彦の顔面ゼロ距離からの猛烈な愚痴の波状攻撃がようやく止んだかと思うと、からの是知、からの佐吉のちくちくお説教が雪之丞に降りかかる。


「本当に役に立たん。朱雀殿はいったいどの場面でお役にたつのか。もう腹を召されよ。それが良いと某は思うぞ」

「腹を召さねばならぬかどうかはさて措き。朱雀殿、あの場面は一旦身体をかわし、助けを呼ぶことこそ唯一の正着であったと某も思う」

「ぐぬううう。……次はそうするん」


「次があればいいがな。そもそも日頃の心がけがなっていないのだ」

「然り。勝負は常に一瞬の判断が趨勢を決する。だからこそ我ら武士もののふは常在戦場の心構えでなければならぬのだ」

「そもそも大菊亭家の序列三位を何と心得ておるのか。この際だ。殿にお暇を乞うてみるのも手であるぞ」

「いやここは一旦要職から離れられ、一から性根を叩きなおされるが肝要かと某は思う」

「もうわかったから!」


 狭い籠に押し込められ、ずっと文句を垂れられていた雪之丞は遂にキレた。三人に向けて同時に反撃を開始する。あろうことか物理的に。


「痛っ! 痛いやろお雪ちゃん、何するん」

「抓るな!」

「何たる姑息な」


 雪之丞からすれば自分たちは勘づくこともできずに秒で引っ掴まっていたくせに。である。それは腹も立つだろう。自分は判断を間違えただけで、そもそも文句を一生垂れているこいつらはその土俵にも上がれていないのだから。


 だが発散できたからなのかそれとも、


「やかましいぞ! おとなしくせぬなら当身をあてる」


 それともの方で四人はスンっと気配を殺しておとなしくなった。

 おちゃらけながらも彼らはちゃんと図っている。あるいは計っている。籠の移動時間と周囲から漏れ聞こえる喧騒の数々を。むろん目の前のことだけガチ勢である雪之丞を除くだが。


 どうやら籠は城下を抜け出て山林に入った模様。時折りすれ違う旅人が悪党に向けてお辞儀したり念仏を唱えたりする音だけしか聞こえなくなったから。

 まさに痛恨の事態だがこれこそ経済の自由化に伴う税関(関所)が取り払われた弊害、あるいは不運であった。

 織田領内では誘拐家業がしやすくなった。凶賊や山賊の間で専ら噂される裏稼業専門情報であるとかないとか。だが実際に富裕層の間では噂されているのだ。女子供の誘拐率は京よりも断然岐阜の方が高いのではないかと。


 因みにだが貴種の誘拐はあまり訊かない。巷で流行っていないと言い換えてもいい。あるいは事業性に難ありでも可。即ち単純に金目にならないのだ。貴種という商材は。貧乏だから。

 なのにその割に危険度が高い。加えて100%懸賞金が掛けられて犯人探しが始まってしまい、同業者から刺される率も高くなるといった風にまったく割に合わないのが貴種誘拐という商売であった。



 閑話休題、

 天彦はそれらの風聞に今日の今まで半笑いだった。惟任のプロパガンダもしくは朝廷の織田下げ印象操作、あるいはその両方であると決めつけていたから。

 だがその噂も強ちそうでもないのかも。あるいはそればかりでもないのかもと疑い始めていた。

 というのも彼ら、寒い→さぶい、灯す→とぼす、~やさかい→~やさけ、といった風にどこか京風ではないいわゆる地方鈍りが強く出ていた。


 結論から先に述べると、実行犯をとある地域に限定すると強ち誘拐も増えているのではと勘繰り始めているのである。


 その裏付けとして、外から漏れ聞こえてくる会話で使用されている言語、天彦の知識が正しければこれは江州弁である。主に近江地方淡海周辺で話される。

 大阪弁(この時代では河内)を関西弁と大きく括る人には気づけない微差だが大阪弁ネイティブスピーカーの天彦にとってこの僅かな差は大きなノイズとなって聞こえてくる、決定的な特徴であった。


 但しピンポイントでの地域は特定できない。伊賀でも甲賀でも使われる訛りだから。そう。天彦はこの手際の良さと周到な技前からいずれかの忍びの実行もしくは関与を確信していたのである。

 可能性としては伊賀が濃厚。北伊勢侵攻に伴い、彼らには織田の脅威がすぐそこに迫る明日の危機へとなっているから。要するに危機感の塊さんなのである。

 むろん甲賀もゼロではないが、いまのところ織田と甲賀の関係性は悪くない。と訊いている。甲賀出身の上忍・滝川一益の存在も少なからず影響して。


 と、いったことを踏まえて天彦は伊賀の犯行を軸に、むろん他の僅かに残された可能性も完全には消し去らずに仮説を練り対策を立てていく。文字通り命を懸けて。しくじればオサラバばいばいだろうから。


 上田と言った。あるいは植田。武士には少なくない家名である。雪之丞の実家旧名も植田なように。

 だが伊賀十二評定衆にも植田はいた。植田光次。最後の最後まで織田徹底抗戦を訴えて討ち死にした伊賀上忍の猛者である。この他に徹底抗戦を訴えているのは家成右近、音羽半六、富岡忠兵衛の三名であり、他は中立派と訊いている。


 むろんすべて伊賀調略策に措ける三介調べなので抜けはあると思っておいた方が無難ではあるのだけれど。今のところそこからしか入ってこないので信用するしかないのが辛いところではあるのだが……、いずれにしても。


「佐吉、是知。おおきにさん。もうええよ」

「はっ」

「下手人を解き明かされたので」


「伊賀や」

「なんと」

「畏まってございまする」

「へー」


 小声で事実だけを端的に伝えて置く。雪之丞の誘いめいた“煽りへー”にもノリ悪で。

 万が一の時に家来たちが敵を討つ先がないと惨いので。の感情で。


 むろん彼ら悪党どもの失策はすべて油断してのことだと思われる。意識的に会話をするときは敢えて織田領内標準語である三河弁で通していたから。

 だからこそ天彦はあえて児戯的に振舞った。油断を誘うために。

 100%の信頼感で訳もわからず合わせてくれる佐吉と、100%の信頼と事情を察して合わせてくれる是知の協力もあって、実に子供っぽいお遊戯会に仕上がっていた。



 んふ、くふふふ。むふふふふ、……見ぃーつけた。



 だがそれもお仕舞い。天彦はほんの僅かなヒントを巧妙につなぎ合わせ見事回答にたどり着いたのだ。


 伊賀は守護仁木派と六角派と北畠派に分断されている。そうなるように天彦が仕向けたから。正しくは仕向けているのは織田の滝川だが策を授けたのは天彦である。

 そして強硬派はすべて六角派。その事実に着目すればこの犯行もどの勢力の手によるものかは自ずと導き出されるのではないだろうか。される。

 故に天彦は思いをはせる。ならば中でも特に最も織田恨み遺恨あるお家さんはどなたさんやろと。ゾーンに入って組み立ていく。パズルのピースを埋め込むように一つ一つを丁寧に掘り下げ読み解いていく作業は嫌いではなかった。


 そう。居たではないか。六角に妹を召しだし妾に差し出してまで臣従の意を表明していた伊賀の名士である上忍家が。


 そうと決まれば天彦は俄然力んでいた。この思いがけない不運があるいは幸運の懸け橋へとつながるかもしれないから。

 即ちこれから確実に起こるであろう友の大失態を事前に阻止できる可能性を大いに感じ取っていたのである。

 そういうこと。三介は数年内に伊賀侵攻でやらかすのだ。それこそ廃嫡も辞さないほど烈火の如く激怒される大失態を演じてみせて。



 三介さあ……。



 閑話休題、

 呆れ果てちょっと笑って。そうと決まれば、ならばもう擬態は無用。

 ならば狙いはお一つだから。彼方さんもむろん此方も。


 と、


「さすがは我が殿! 某、今日ほど感服したことは他に――、あ」


 思わず興奮した是知が自ら手で口を塞ぎ、泳がせた二つの目で反省の弁を申し述べる。だが天彦は叱らない。もう解禁されたのだ。

 となると佐吉のターンである。ずっと気になっていて言わずにおれない弁を吐く。


「長野殿、いくら何でも落ち着きすぎではござらぬか」

「うむ石田、某は存じておったのだ。だいたい捕まるとな。そしてだいたい殿が何とかしてくださることも存じておるのだ。故にでんと構えていればよい。じたばたするな」

「そうそう。若とのさんと町に繰り出したらだいたいこうなる。牢ははこれで三度目なん」

「……お主ら、少しは恥じられよ」


 同意の見解を被せてきた雪之丞を横目で睨み、佐吉は心底の愚痴をこぼす。


 が、


「ムリムリ、佐吉もすぐに慣れるん」

「然り。お前も殿に仕えれば即刻慣れる。慣れねば持たんぞ」

「いい加減にいたせよ。朱雀殿はまだしも長野殿まで何といたす」


 真逆の反論が返ってきて憮然とさせられるのであった。


 天彦ははぁ? である。


「ちょい待つん。今回は一歩譲って身共が原因やとして、前回は100お雪ちゃんのせいやからね! そこで頷いている是知。お前さんもクソの役にも立たんかったん。ちょっとは侍として反省しいっ!」

「な、何でですのん」

「くぅ」


 口答えする雪之丞も、萎れて小さくなってしまった是知も、いずれも威勢は弱かった。


「貴様ら何をぐちぐちとくっちゃべっておるか。ほら着いたぞ、降りろ」

「はーい」


 アジトに着いたようである。




 ◇




 籠から出される。久しぶりの外の空気は相当かなりひんやりと冷えていた。

 だからなのか、視界はおよそ7メートルといったところか。あって10メートル程度の不良視界の原因は霧。霧が濃く出ていて夕日はもはや役に立っていない。


 天彦は軽く伸びをして観察する。担ぎ手の用人除いて男三名。女一名。いずれも僧形だが擬態であることは紛れもない。


「わあ」


 天彦は予め狙いをつけていた尼僧コーデの女目掛けて、足を躓いたテイで思い切りつんのめってダイブする。

 むろん当然だがジェンダーで選んではいない。この時代、むしろ女性の方が腹を括ると怖かった。あるいは未来の現代も同様なのかもしれないが、いずれにしても天彦は性別ではなく状況から察して尼僧コーデの女を攻略ターゲットに仕立てていた。

 というのも彼女だけどこか消極的だったのだ。参加する姿勢や会話の端々から他が切実なのに比べ、どこか感情にグラデーションを感じさせるある種のじゃないシグナルを発していたのである。


 お見事。


 天彦はがっつりキャッチされて睨まれる。笠の下から覗いた目は凛と知性を伺わせ張り艶のある顔肌は思っていたより若かった。

 また日に焼けた肌色から貴種や武家の姫ではないことも露見した。厳密には箱入りではないと判然としたのだった。

 だからといってこの座った目性は庶人ではない。商人でも職人でもきっとないはず。天彦の目にはやはり忍びとなるのだが、それは追々紐解かれていくだろう。


 いずれにしても母性本能くすぐるんの巻はどうやら予定変更を余儀なくされたようである。数え15・6歳の彼女に利得に勝る母性本能があれば無用な計らいだが、賭けに出るには危険が過ぎた。


 天彦は方針を転換させようとしたその時、


「立てるのか」

「え、あ、痛いん。むちゃんこ痛いん!」

「声を張らんでも聞こえておる。どれ、肩を貸してやろう」


 転換せずともよさそうであった。ならば。とばかり天彦の二つの瞳はキラリンと幻聴オノマトペが聞こえてくるほど怪しく鈍い輝きを放つ。


「抱っこ」

「……お前、その顔で甘えたか」

「ひどっ」

「くふ。顔は関係なかったな。それは失礼申し上げた」

「お詫びの抱っこ。身共、抱っこしてほしいん」

「ったく。ほらよ」


 まんまとであった。むぎゅう。さぞや小さく軽いことだろう。ましてや小さく震える迫真の演技を添えているのだ。ふふ、勝ったったん。

 天彦の勝利宣言を証明するかのように尼僧コーデの女は天彦を抱きかかえるやほーっと小さく息を吐き、次いで自慢の手入れが行き届いた(家人のおかげで)長い髪を優しく撫でつけるのであった。


「ちゃんと食べておるのか」

「体質なん」

「訊くと見るとでは大違いじゃの」

「虎も喰らう化け狐?」

「じゃの」


 と、


「貴様らは薪拾いだ」

「えー」

「凍えるぞ。それでよいなら構わぬが」

「行きまーす」


 雪之丞たちは男衆に連れられ薪を取りに向かった。


 アジトに入る。


 そこは何の変哲もない山小屋であった。長良川を超えた形跡はなかったので山ではなく森なのだろうと当たりをつける。

 つまり渡船場手前の森である。これをスムーズに進行させるとさすがにヤバいかもしれない。天彦の脳裏にはデンジャーコーションとしてのラベルストライプが魚群のように流れていた。三介邪魔。


 天彦は尼僧コーデの女の手から降ろされ、囲炉裏に向かっておっちん。

 フィジカル距離が離れるとメンタル距離も離れてしまう。すかさず隣に呼び寄せる。尼僧コーデの女は一瞬躊躇したものの、策意もあるのだろう。さほど難色を示さず天彦の誘いに応じてすぐ隣におっちんした。


 手をぎゅっ。案の定、冷えていた。


 ここからが勝負どこ。天彦は全開モードで口説きにかかる。


「女、名は何と申すのか」

「名は明かせん」

「身共は太政官参議であるぞ」

「知っておる」

「ならば名乗れ。それが日ノ本の民、延いては帝の臣たる礼儀であるぞ。それとも違うと申すのか」

「舐めるなよ。ワシは……磯良、じゃ」

「磯良か。よい名である。さて磯良、身共は茶が欲しいん。持て成す栄を授けたろ」

「小癪なガキめ。おい三吉、茶を淹れたれ」

「藤林の姉御、茶なんぞありませんぞ」

「ならば白湯を入れてやれ。どうせガキに味などわからぬ。凍えた身体を温めたいだけじゃろうて」


 聞こえてんゾ!


 だが天彦は終始穏やか。何ならむしろご褒美を揚げてもいいくらいのご機嫌さんだった。誰に。下男の三吉さんに。


 藤林磯良。藤林家とは伊賀の名門。服部、百地と併せて上忍御三家として有名であり、忍術書・万川集海を編纂したことでも広く世に知られている生粋の忍者家系である。

 そしてこの実行犯はやはり六角と昵懇の者たちで構成されている線が濃厚となった。つまり天彦の誘拐は六角左京太夫義賢が裏で糸を引いていると考えるのが妥当となった。たしか観音寺城を落ち延びた六角左京太夫義賢は目下伊賀のどこかに匿われているはずである。整合性に無理はない。


 さて、

 天彦が犯行は伊賀衆それも六角昵懇勢だと確定したところで、外で薪を拾ってきた男衆が戻ってきた。佐吉たち菊亭の家人を従えて。


 さあ夜が更ける前に仕掛けるか。天彦は実に悪い悪巧みの顔でこれでもかと薄気味悪い表情で嗤うのだった。




 ◇





「植田光次、家成右近、音羽半六、富岡忠兵衛。そして藤林磯良大儀である」

「え」


 名を呼ばれていない者も含めて、全員分の六つの鍵カッコつきの“え”が山小屋の狭い居間に鳴り響いた。


「何を驚いておるのか。身共にとって容易いこと。何しろこの叡智と口先だけであの甲斐の猛虎を狩ったのだからな」


 男衆は口をあんぐりとおっぴろげたまま、半ば放心状態で魂消てしまう。

 だがここでも尼僧コーデの女だけは反応が違った。

 放心するどころか関心を寄せ、頻りに何度も頷き始めた。


「なんや磯良」

「思い出した。甲斐の素破や乱破どもが血眼になってお前のことを探しているとな」

「おー……、まんじ」

「その反応、どうやら知らんかったようじゃな。何が千里を見通す炯眼か。ワシの目は誤魔化せんぞ。お前はただ凄まじく利口なだけのただの小童じゃ」

「そういうお前さんはただの下忍であろう」

「舐めるな小僧、ワシは歴とした中忍じゃ」


 しくった。フィジカル距離近づけすぎて畏怖の心薄れさせてしもたんの巻。

 天彦が図星を突かれた上に咄嗟の問答でも押し返されてしまって猛然と後悔していると、


「じゃが安心せえ。その血眼になっている素破どもを越後の龍が血眼になって狩り尽くしておる。戦神恐るべし。上方では専らその噂で持ち切りじゃ」

「お、おお……!」


 さす謙。ダテに毘沙門天の化身は背負っていなかった。やはり持つべきものは頼れる軍神さんか。

 天彦は、北東に向かってご拝謁。言葉に出して故実の礼で謝意を示す。


 すると、


「そっちは真北じゃ」


 少し呆れる風の、けれど妙に優しさを覚える穏やかな声の訂正が磯良から入った。と、すかさず、


「滅多なことを申すな。もう今後はその化け物に少しでも情報を与えること罷りならんぞ」


 男衆から叱責の声が上がった。さすがに復活がお早いようで。

 だがもう遅い。欲しいものはすでにもう貰った。天彦は悪意を隠さずにやりと嗤う。


「さて磯良」

「なんじゃ狐。ワシはもう誑かされんぞ」

「果たしてそうかな」

「申してみろ」

「お前、国は要らぬか」

「国……、じゃと」


 完全にハートを鷲掴み。磯良、意外にチョロかった。

 天彦は畳みかける。


「その前にお一つ。近衛の家人である大神藤林家とは縁戚関係にあるのか」

「むろんある。当家は庶流。だがそれもかつての話。今はないであろうの。当家の凋落にもまるで素知らぬふりで手を貸してはくれんのだから」

「で、あるか。さて磯良。身共なら手を貸し拾い上げてやれるぞ。お前さんだけでなく一門ごと遍くすべてを」


 囲炉裏の薪が大きく爆ぜた。だから室温が上がったわけではないだろうが。

 気づけばどうだ。磯良はもちろん、誰も彼もが天彦の言葉に聞き入っているではないか。

 まるでキャンペーン期間中、早く無料100連ガチャを引かせろ! と鼻息の荒いガチ勢の真剣な眼差しで。


 緊迫の帳が降りる中、すると一瞬、ふっと空気が和らいだ。その間隙を縫って言葉を発したのはやはりと言うべきか磯良であった。


「大きく出たの」

「知らんかったん。菊亭は大きいん」

「ふっ、ちっこい形をして抜かしおる」

「そうやで、身共はいっつも抜かすん。どないさん」


 磯良と天彦。まるで裏で手を握り合っていたかのような以心伝心模様で語らい合う。


「訊こう。こうまで申されれば訊かねばなるまいよ。訊かせてみよ。五山の化け狐の悪巧みとやらを」


 天彦はその半ば煽り文句の言葉を買った。

 扇子を懐から抜き出して、ばさっ。慣れた手つきで広げ掲げる。

 そして我こそが太政官参議・菊亭天彦であるぞと申さんばかりに権高く、ともすると鼻高さんに顎をツンと逸らしてみせ、


「御本家大神藤林家が居城、山城横大路城。五千石の御料地ごと見事身共が分捕ったろさん」

「……」

「但し磯良。お前さんが身共の側に付くことが条件さんにおじゃりますぅ。その代わりやないが、身共はこの三つ紅葉紋に誓って懸けて、嘘偽りないと申し置く所存にあらしゃりますぅ」



 …………。



 痛いほどの沈黙が意味するところは果たして如何に。


「ほら」

「な」

「……承知」


 だがこの狐はただの子狐ではない。むちゃんこ悪巧みのキツネである。

 そしてその悪巧み狐を主と仰ぐこのキッズもただのキッズではない。むちゃんこ頑張り屋さんのむちゃんこ極まったキッズである。

 即ち天彦が仕掛けた瞬間から、すでに命は放っている。その覚悟のほどは二つのまなこにありありと浮かんでいるのである。その内に秘めたる闘志と共に。


 いずれにせよ天彦は誰もがまったくこれっぽっちも、思いもしない角度から切り込んで見せ磯良攻略の糸口とするのであった。表と裏の顔を駆使して。












最後までお読みくださいましてありがとうございます。


如何でしたか。こいついっつも捕まってるじゃん。ピーチ姫かよ! 

そう思われた方、もしくは声を出して突っ込まれた方はいずれも正解です。

正解が大げさなら正しいツッコミです。あるいはツッコミとして正しいです。

いやどうでもいい! それも世界。あ、はい。

さあどうなりますことやら。今からうんうん唸って考えまーす。候補は三案。どないしよ。先の展開が気になる方もそうでない方も引き続きよろしくお願いいたします┌○ペコリ


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 、、天彦さんがピーチ姫なら、マリオは、、魔王様? (、、クッパ勢じんおわ、、) [一言] 捕まった方がいろんなもの釣れるのは天彦さん、菊亭のお家芸になるのでしょうか(苦笑 とりあえず…
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