#16 コットンキャンディとホットドッグと
永禄十二年(1569)十月十二日
結論、人間は一生わかりあえない。
だからこそ極力対立軸は立ててはならないのだし、お腹が減っていてはいけないのだ。
コーラを薬と言い出したらお仕舞いなように。あるいはカラムーチョを完全食と言い切ったらお仕舞いなように、赤裸々に。
心をマットカラーに染めたつよ彦は思う。この時代の対立の可視化とはこれら例えと同じくらいお仕舞いであると。むろんロジックとしての。
故に議論なんて以っての外。意見や主義や思想は一生主張せずに心の片隅に仕舞い込んで人生を終えればいい。……とか。
この考え自体がすでに未来現代人のそれなのだと気づかずに、今日も今日とて数センチどこかズレているズレ彦は渋い顔をしてとろとろ歩く。
「あ。若とのさん、またそのお顔したはるわ」
「どの」
「そのですやん」
ぐぬうう、無自覚天然のコソアド使いめ。
まあいいだろう。きっと難しい顔をしていたことだろうから。にぃーっと顔体操をして凝り固まった表情筋を解きほぐす。
そんな雪之丞にさえ図星を突かれる天彦は、己で結論を出しておきながら妙にくさくさした感情で岐阜の城下に繰り出していた。おそらく日本でも有数の治安のいい大都市岐阜探索に。
庶人扮装二度目のポンコツお家来さん二人と、新メンバー佐吉を新たに加えた新生市井探索チームとして四人で。逗留先の禅寺からこっそりと抜け出してこれぞ楽市楽座の恩恵であると言わんばかりの好況に沸く岐阜城下の目抜き通りに繰り出しているのであった。
且元と氏郷にはごめりんこごめんなさい。いずれ帳尻を合わせるので許せ。
さて光宣問題、天彦は壁にあたっていた。自分一人だけの検討会にはやはり限界がある。なぜなら主観が過ぎるから。それはそう。天彦は光宣と一生お歌を作って歌って評価してされて、一生いちゃいちゃしていたいだけなのだから。判断も鈍れば目も曇るとしたものである。
ということで菊亭が誇る文官衆(佐吉・是知・雪之丞)に知恵を拝借したのだが、やはり結果は自分が出す結論とは違っていた。
結論、彼らは光宣も悪いと言った。はっきりと。予め予測されたことではあったが、非常に残念なことながら彼らは光宣も悪いと言ったのだ。弁護する価値すらないと言い切って。吐き捨てて。
理由としてはいつまで親の言いなりになるつもりなのだとはっきりと強く糾弾したのである。家のお殿様なんや思うてるん。舐めるな! とまで吠えて怒ってくれたのだ。
痛みと痒みは半々で、結果ちょっと嬉しいテレテレ彦は買いモン行こ。身共奢ったるさかい。
光宣の婚姻祝いを口実に四人でこっそり禅寺を抜け出し城下に繰り出しているのであった←今ココ。
「光宣さんも空気読んでほしいですわ」
「おまゆう」
「なんですのん」
え。そのままですけど。の感情で天彦は、
「ほんまお人さん同士ってわかりあえへんよね。ってことなん」
「ほんまですわ!」
「怒ってくれるん?」
「当り前ですやろ。若とのさんのお気持ち、なんやおもてけつかんねん」
「お下品よ」
「はーい」
自称菊亭一の御家来さんに向けて申すのであった。ずっとニマニマしながら。
だが一理ある。
光宣はちょっとぱっぱ光康の顔色を窺いすぎ問題を抱えていた。小さい頃からその傾向が強かった。だから光宣にも問題はある。それは正しい。
だがどうだろう。烏丸家は家格名家の旧家で内々。これほどの名門ならば多少仕方ない部分もあるのでは。比較が自分では可哀そう。
天彦はやはり光宣を贔屓目に見てしまう。親友だから。……が、反面。
たしかに歴史を重んじるには十分な設定だが、父は父、子は子。その大原則は有効のはず。光宣には早くこの原則を理解してほしい。己の人生を生きる。というたった一つの意味合いだけで。けっして他を蔑ろにするという意味ではなく。
そんなことも思ったり思わなかったり。親友だけに。やはりいい方に向いて欲しい一心で。あ、はい。大きなお世話さんでしたね。
と、ここで天彦は視点を切り替える。セオリーに則って子がダメならば父親を攻略する。秒で……無理じゃね。
何しろ光宣ぱっぱ光康は親足利派の筆頭格で彼自身足利義晴に仕えていたほどの筋金入り足利将軍家信者なのである。よってその御子(義昭)に仕えたとて不思議はなく、むしろどちらかというなら今更主義を変えろと迫る方が無理がある。
それは承知している。だからこそ天彦はずっと将軍家のネガティブキャンペーンを張っていたのだ。
光宣と遊ぶときは毎度必ず足利下げを忘れずに行っていた。そのおかげですっかり光宣ぱっぱにはオニ嫌われてしまっているが。
だが光宣には浸透しているはずなのだ。だって天彦には実益と三人で足利将軍家の大悪口大会で大盛り上がりした愉快な記憶があるのだから。一度や二度ではなく。
むろん洗脳など不可能で光宣もあれで芯はオニ強い。あるいは天彦などよりよほど覚悟は決まっている。だからこそ翻意に苦労しているのだから。
だから単に天彦の思想を宣伝しているだけ。身共のこと好きなら少しは考慮してと下から下から希っているだけである。
いずれにしても決めるのは光宣。天彦も実益も将軍家に付くことはできないから。
公家大名となった実益が将軍家の下に付くことはできない。それをするとすべてが歪む。足利家の指図で戦をするなど実益には死んでもできない相談だろう。
天彦も似たようなもの。尤も理由はもっとテクニカルでシニカルだが。
史実を知る天彦には義昭に付くなど半笑いなのである。それを決断してしまったらさすがにバカ。自分があまりにも憐れすぎるし愚か者すぎるから。
従一位・権大納言烏丸光康めぇ……。
仮にも一位、ちゃんとせえ!
天彦を苦しめるのはいつだってこれら親世代の公卿たちだった。
大して飛び出てもいない釘なのに、いつだって頭をぶん殴られる。
だがやはり光宣への文句も尽きない。九条家の血が入った足利の娘など娶ったら自分が地獄を見るだけなのに光宣のアホたれ。身共は光宣のためならいつだって銭ドブ上等なのに……、くそ、くそ、くそ、お歌バカ、馬鹿お歌!
いやお歌さんは悪くない。と、天彦がぐちぐち脳内で愚痴っていると、
「殿、本当によろしいのでしょうか」
「佐吉はもう少しこの二人の柔軟性を学ぼうな」
先読みをしてちょっときつめの嫌味を返す。一秒後に猛省するが。
「いえ。お言葉ですがこの馬鹿らしい催しのことではございませぬ」
「バカらしい!」
「はい。僭越なれどご聡明な殿なればすでにご承知とは思いまするが、やはり某のような至らぬ者はどうしても危惧せずにはおられぬのでございまする」
「……あ、うん」
佐吉の立場なら言い分も尤もで、佐吉の指摘はこのことが発端となっていた。
実は今朝方早く陣屋から射干党による転送メールが送られてきた。
メールの送り主は東宮御所。知らぬ祐筆の名前だったがおそらくは東宮様の御内意であろう。
内容はというと朝廷の庇護者(実際は殿下の支持者と読み解ける語句であった)である織田が相模国の不届き物(実際は左京太夫のアホたれと読み取れる、いやもはや書いてあった)と係争中であり、そんな穏やかならぬ情勢下、帝の御傍(洛中)に居らぬのは如何なものか。加えて関白の通達を反故にしたと噂には聞こえてくるではないか。万一にも事実ならば何事か。コラっ! という内容のメールが舞い込んでいたのである。
そして佐吉が危惧している指摘とは罰について。
参議菊亭はしばらく京を離れよと事実上の短期追放刑に処されていたのである。
思いあたる節はあり過ぎるくらいにある。よっておそらく本気で叱られているはずで、だが罰はあくまで形式上。つまり安全な岐阜にいなさいというお達しであろう。よほど京は不穏と見える。
と、天彦的には行間と裏を読むまでもなくその通りの御内意なのだが、佐吉たちには何とも厳しく薄情な沙汰に映ってしまっているようであった。故の佐吉の危惧であり故の憤りである。
むろん天彦とて愉快ではない。逃げるようで嫌だから。ずっと京を離れなかったのもこのなにくそという感情が大きかったくらいである。
だが物は考えよう。少しの間なら歓迎ではないだろうか。ここにきてそんなことを思ったり思ったり。しているのだ。何しろ天彦、見知らぬ土地の無意味な街ブラが間食のおやつよりも大好物なので。しかも庶人に扮装できるおもしろまで付いてくるのだし。満喫するしかないよね。そういうこと。
閑話休題、
佐吉はまだ行間を読めない系男子なので。あるいは一生読む気ない系男子なので、いたく心配してしまっているのだ。菊亭のことを。天彦のことを。
それは是知もむろん雪之丞も同じなのだが、この二人は生粋の楽天家と生粋の天彦絶対信者なので度外視していい。真面なのは佐吉だけ。
佐吉はちゃんと真面な感性と思考で考えて、大丈夫なのかと心配し、お殿様可哀そう。朝廷酷い! と憤ってくれているのだ。おおきにさん。
「佐吉、心配なんはようわかる。そやけどこれは高度な政治的判断なんや。東宮さんも身共がそれを承知していると御理解なさった上で、あのような表面上厳しい文言のお手紙をくださったんやで」
「そう、なのですか。あ、いや。殿を勘繰ってはございませぬ。……某、驚きなのでございます」
目は一ミリも信じてないけどね。まあわかる。
「それを証拠に、ほなら待っててみ。見事身共の判断が正しかったと言わせて見せたろ」
「はっ。……ですがいったい何をお待ちすれば」
「んっふふ、うふ、くふふふふふ」
ひっ――! ひいっ、ひゃあ、ぎょ、うげ、きゃっ、ひっ。
思いついちゃた天彦の感情の吐露があまりに薄気味悪すぎて、あるいは不気味すぎたのだろう。たまたま出くわしたりすれ違ったりした周囲の通行人が足を止め、たまらず悲鳴を上げていた。シバく。
だがむろんイツメンたちは慣れたもの。それでも若干引いてはいるが、三人は三様の表情でどうにか踏みとどまり天彦の感情の裏を懸命に読み解いている。えらい。
天彦はじっと待つ。正解を導き出した者が偉いのではない。こうしてじっくりと考えることそのものが偉いのだと言外に伝えるように懇々と待つ。タイパタイパ五月蠅い風潮にふーん(鼻ほじ)の感情で。
たっぷり十数分、ややあって各々答えが出揃ったよう。
「では格付け順に、佐吉くん」
「ちょっと待った! なんでですのん」
「お待ちください!」
秒で二人から物言いが入った。むろんエンジェル雪之丞とホワイトデビル是知である。
気持ちはわかるが天彦は敢然と無視をする。なぜなら一生話が前を向いて進まないから。
時は戦国室町時代。家は半家菊亭である。独断と偏見で決めて何がいけないの心境で、「佐吉くん。答えるん」堂々と宣告した。
つねるな! な、泣くな……。ごめんて! ちょっとではなく食らいながら。
「はっ。某思いまするに殿は何かを仕込まれたのか。某には殿の偉大なる叡智には及びませんのでそれが如何なる策であるかは見当もつきませぬが、権大納言様が慌てふためく一策を講じらるのだと推察いたします。如何でしょうか」
「うーん。佐吉は頑張ったん。でも惜しい。と65点かな。お次は是知」
「若とのさん。某拗ねますよ?」
「それはアカン。じゃあお雪ちゃん!」
「じゃあも厭です」
「ちっ、めんどいな」
「あ」
「それではお雪ちゃん! 満を持してどうぞ」
「えと、某も賢い言葉でゆおーかな。どーしようかな。賢い言葉、知ってるのは知ってますけど、あんまし知らんからなぁ、どーしよっかなぁー」
ちらちらこっち見んなし。ぷぷぷ、お腹よじれて氏ぬ。
何の対抗心やねん。無理やろ、賢言葉なんか。使ったこと無いのに。
が、なんこの無敵かわいい生物は。天彦の最終ジャッジはいつもここに落着する。だから採点も評価もゆるゆるの甘々であった。
「お雪ちゃんはお雪ちゃん。自分の言葉でええと身共は思うで」
「はい! ほなら遠慮なく。某思いますに若とのさんはまたズルを考え付いたと思います。それもむちゃんこ飛び切りズルいやつを」
「おいコラ言い方! その言い方やめて」
「正解やのにやめるんですか」
「不正解やから直して再提出してくださいゼロ点です。次、是知」
「ひどっ! ゼロはやめてくださいよ。一所懸命考えたのに」
「じゃあ1点で。いつかその無駄なお努力さんが報われるとええねぇ。お次さんが立て込んでいるので1点の人は退いてください。直ちに即刻、どけ」
「若とのさんのイジワル!」
雪之丞はむっとしてけれど渋々是知に場を譲った。
「はっ。まず大前提、烏丸家は当家にとって延いては西園寺一門にとって必要な盟友と仮定いたしますがいかがでしょうか」
「間違いない。名家閥に烏丸は必要や。本来なら将軍家との緩衝役として機能してくれるとありがたいんやが、そうはならんのが惜しまれる」
「はっ。ならば某思いますに殿は権大納言さまを攻略なされるのではと推測いたしまする。例えば殿の風聞を生かし烏丸家の菩提寺を攻めて搦手に絡み取るだとか。あるいは義理より実の位討ちの計をお仕掛けになられますとか。如何にございましょう。これ即ち金蝉脱殻の計に打って付けかと存じまする」
拗ねてる!
是知の口調と発言自体は至極真面だが感情が終わっていた。特に目が死んでいて、完璧に出会った頃の拗ねともである。親に言いつけられ菊亭に出向させられて不貞腐れていたときの是知の顔のまんまであった。……はは、ジワる。
だが正解。さす是知。次代の菊亭政所を背負って立つ期待の逸材だけはある。ホワイトデビルはやめてあげよう。デスマスクかしこ?
「是知満点! 花丸をあげるん。ようやったん。よしよし」
「う。……光栄至極にござりまする」
「うんうん。さすが身共が見込む是知や」
「見込む……!? あ、ご無礼仕りました」
「なんで驚くんや。ずっとそう申してるん」
「は、はっ! 長野是知は今以上に殿の御為に働きまする!」
一応の懐柔はできたよう。果たしていつまで通じることやら。
だが是知が冴えているのはいつものこと。
正解を待っている佐吉のためにも天彦は自身の練った策の一端を開示してやることにした。
「烏丸の菩提寺は常盤法雲院さんや。身共が三日ほど常盤法雲院さんに通ったら住職もお話をちゃんと訊いてくれはると思う。それはもう懇切丁寧さんに。
また烏丸は名家。どうしたって今の官位が天辺や。ほならどうする。例えばそうやな、……頭打ちのはずの官位が頭を打っていなかったら。誰かさんの推挙によって家格を超えた位を得るとか。あるいは名誉や。勲章や特別な地位が与えられたらどうなるやろ。ぱっぱは靡かんでも光宣はどうやろか。あの義理堅い男が悩まずにおられようか。きっと歌も歌わずに唸るはずやで、どうすれば恩義に応えられるのかと」
ぱっぱ光康には准大臣を。光宣は同格の参議にでも推挙したろ。
菩提寺住職は徹底的に脅しつける。それこそ破却さえチラつかせることも辞さない構えで。
たった今限定だが、天彦にはそれを実行できるだけの条件が揃っていた。目下天彦の手にはガレオン船という名の強力無敵で素敵な切り札があるから。
チラつかせるだけで魔王さんは交渉のテーブルに着いてくれる。着いた以上は落とせる自信がある。何しろ天彦の提案は信長にとって喉から手の出る条件ばかりなのだから。
これぞ上屋抽梯の計なり。
「光宣、ここが正念場なん。一緒に乗り越えよ」
「殿……」
「殿」
「若とのさん」
天彦の心の声の聞こえる化は、陽気なお気楽家来たちをして実に身につまされる切実さが込められているのであった。
だがそれはそれ。この件は長期戦が予想される。思い悩んでもしんどいだけ。よし。
「さあ参るん! 今日は一日楽しむぞ」
おお――!
湿っぽいのはこれまでの感情で天彦は景気づけに声を張るのだった。
◇
「……どないさん」
秒で取っ捕まっていた。恨めしい視線を実に目立つ衣装のDQN侍に向けて言う。
「何ではござらぬ。参議にもしもの事あらば、我ら母衣衆、揃って打ち首にてござる」
「あ、そう。さいなら」
「待ってくだされ。まだ某の問いにお答えくださってはおりませぬ。如何なりや」
「しつこいお人さん。自分で考え。それとも信長さんにも同じようにくれくれと強請らはるんか」
「くっ」
五月蠅いのに見つかった。声デカワンちゃん(利家)とその友達、コワコワ禿ネズミ氏の久しぶりのご登場であった。
犬と鼠の登場はともすると歴史好きにはたまらないご褒美なのかもしれないが、天彦にとってはただウザ。迷惑以外の何物でもなかった。
「藤吉郎からも何か申してくれ。儂はどうしても知りたいのだ」
「まあ無理だと思うぞ。だがやるだけはやってやる」
「恩に着る」
藤吉郎が前にでた。チェンジで。
「長らく御前をお暇し、たいへんご無礼仕っておりまする」
「ん。大儀である。ほな参るん、ご機嫌さん」
「随分と嫌われたようで」
「お待ちくだされ――!」
耳、いった。痛っお耳。痛いん、ぐすん。
あり得んくらいのクソデカ声は目抜き通り中に響き渡り、天彦の足を物理的に止めさせた。あまりに注目を集めすぎて。お忍び町ブラとは。
腹立つわぁ。
足を止めると藤吉郎が顔色を窺うように上からのぞき込んでくる。
天彦は不快感を隠さず言う。
「腹たつん」
「お立場を考えられよ」
「藤吉郎さんのくせに普通なん」
「……某のくせにとは、これまた随分と高く買って頂けておりますようで」
「意外?」
「はい。正直申さば、参議には疎まれておると思っておりますので」
「それは誤解なん」
やば。肝が冷えた。えと、えと……、そうや。
「ほなお土産あげよ」
「ほう。それは是非とも頂戴したく」
「うん、ほな……、そうや! 近江と伊賀をお押さえさん。一日も早く」
「またいつでも背後を突かれるから。にございまするか。ふむ……それが土産と申されますか。よろしいでしょう。又左、この通り儂は買収されただぎゃ」
「おい藤吉郎、おまっ!」
天彦は敢えて回答をぼかして伏せた。まさか義理弟が寝返るなどと口が裂けても予言はできない。しかも結果大々的な包囲網を敷かれるなど、……言えるがそれをやってしまうと今後二度と自由は失われるだろう。なぜなら的中してしまうから。すべての動線はもちろんのこと思惑や動機までズバピタで。
それはもう星読みの域を出ている。そんなことになってみろ。おそらく菊亭も解散させられることになるだろう。さすがの魔王様でも狐っぽいのとまぢ狐は分別するはずだから。
いつか滅びゆくとしてもその滅び方だけは御免だった。どうせなら敵諸共もっとばちクソ痛いヤツがいい。それだけが天彦の望みである。
閑話休題、
さて、経済活動を停滞させないために織田領内ではたとえ主君信長であろうと足と手を止めての跪拝は無用のお達しが行き届いている。
よって利家の存在に気づいたところで膝をつけて尊意を示す領民はいないが、けれどやはり耳目は集めてしまっている。それもむちゃんこ。
それはそう。前田又左衛門利家と言えば泣く子も黙る武辺者。桶狭間での武勇を始めとして多くの戦での逸話を轟かせていて、領民人気はエグかった。
「前田殿がご来臨なん。みーんなさん、日頃の感謝を申し述べるまたとない機会やでぇ――!」
「あ」
っという間に人だかり。天彦はまんまと逃げおおせた。
「やられたの、又左」
「なんと……、しかし呆れるほど見事なお点前にござったの」
「ああいうお人じゃ。此度は譲っておけ。真に怒らせると怖いでは済まん」
「それほどか」
「それほどじゃ」
「藤吉郎、ならば手を貸せ」
藤吉郎は実に憎めない顔で破顔すると、まるで人が入れ替わったかのようにやんちゃな顔を浮かべて言う。
「この手間賃はちぃと高いだがね」
「銭はない」
「おみゃあ、こっすいのう」
「何とでも申せ。ないものはない。どうしてもせがむならお松に訊け」
「たあけ、お松殿を泣かせたらうちのかかあがどえりゃ五月蠅いだがね」
「ねねか。そいつはいかんな」
「ああいかん。そんなことより又左、こいつらを捌かにゃならんだがや」
「……ちっ、面倒な」
藤吉郎の言葉通り、天彦の誘い文句に乗った民衆はたちまち利家たちを取り囲むと熱狂的なまでの謝意を示して感謝の言葉を贈り続けた。
◇
二人が群衆にもみくちゃにされているその隙にまんまと逃げおおせた天彦は、
「殿、お見事にございました」
「お見事にございました」
「すごっ」
三人にべた褒めされ満更でもない感情で通りを変えて町ブラを続行する。
自らが演出した喧騒から遠ざかることそこそこ。
三つほど筋を変えればもうそこは別世界。露店が扱う品もすっかり様変わりしていて、
「ここ」
天彦が食いしん坊彦に早変わりしてしまうほどいい匂いのする通りであった。
「某名づけました。ここは良い匂いのする小路さんです!」
おお。ぱちぱちぱち。
天彦が先導して雪之丞に賞賛を贈る。佐吉は感心しているがむろん是知の目は継続中で死んでいる。
「何でもお食べ。身共が買うたろ」
はい!
元気いっぱいのお返事気持ちいい。
四人で笑顔の花を咲かせていると、天彦は見つけてしまった。
「コットンキャンディや。すごっ――!」
あったのだ。綿飴が。
むろんモーターなど存在しないので厳密には糸飴だが加熱した砂糖を竹串に紡いだ極細の砂糖細工があったのだ。嬉しい! 秒で駆けていく。
「綿飴おくれ」
「糸飴だよ」
「なるほど。ほなそれおくれ」
「ふふ、おいくつだい」
「四つ」
「六十文。僕に六十文がわかるかなぁ。おっ母はどこだい」
露店の女商人、舐めすぎである。
だが天彦は改めて認識した。自分は(家来含めて)世間一般では親の同行を確信される年代なのだと。
すると四人の中で一番体格のいい雪之丞がすっと支払い役に回った。
「はい六十文ちょうど。あんたさん侍をバカにするもんやない。いつか痛い目を見るよ」
「……これはお侍様。ご無礼を申し上げました」
「ええの。でも以降は気を付けて」
「はは! 二度といたしません。御容赦いただきまして――」
糸飴屋を離れた。
解せん。なぜ雪之丞は大人扱いをされ身共は。の感情で天彦は雪之丞にジト目を送る。
が、
「やば、これむちゃんこ美味しいん」
「うわぁ」
「なんと」
「すごっ」
秒で忘れる。糸飴は怒りを霧散させ語彙が崩壊するほどの美味しさだった。ごちそう様。
「若とのさん、某岐阜に越したいです!」
「わかるー」
「某も本音を申せば」
「はい! 同じくにござる」
意気投合。
「あれどない?」
「参りましょう!」
おおー!
手と口の周りのありとあらゆる箇所をねちょねちょにした天彦と家来たちが次に目をつけたのは推定ザビエル伝来だろうホットドッグ屋であった。匂いがヤバい。宝箱に匂いがあったらきっとこんな匂いだろう匂いを周囲にまき散らす。容赦ない飯テロである。
ネーミングはもちろん違っているだろう。だが見た目は長パンに具(酢漬けキャベツと謎肉の細切れ)が挟まったホットドッグである。
四人で向かう。
そこそこの行列ができていた。天彦たちも並ぶ。100不満顔を浮かべて何なら先頭に付くよう順番飛ばしを進言する是知を目で優しく説得して最後尾に付く。
是知が不道徳なのではない。倫理観も狂っていない。むしろ庶人の列に並ぶ天彦の感性の方がどうかしている。
いやもっと言うなら天彦ほどの貴種ともなると代金さえ支払わない。銭は不浄としたものなので原則絶対に持ち歩かないし、名を名乗り取り立てようとする露天商もまずいない。食べていただきましてありがとうございます。そのくらいの時代である。
ここで打ち切り。のお報せ板を持ってきた壮年の用人が数を勘定している。
天彦はハラハラドキドキしながら息を凝らす。
「29、30。はいここまでです。こちらのお客さんで本日分は仕舞いです。悪しからずご容赦ください」
セーフ。天彦たちの二人後ろで打ち切られた。
「おっちゃん、これなに」
「よくぞお聞きくだすった。うちは挟みぱんと言って、遠くは天竺でお釈迦さまが召し上がられたありがたい料理を提供しております」
「ほな天竺パンなん?」
「いま、……なんと」
「天竺パン」
「……おお! そうです。それです。これは天竺ぱんと申しますのです」
ウソだね。そんなたった今それになりました見たいな顔で言われても。だがまあ妥当なところか。
天彦としてはホットドッグあるいはサンドイッチがどんな料理名に変換されて売られているのか興味があっただけで由来などどうでもいい。
と、
「おい用人、なぜ我らに売らぬ」
「これはお侍様。売り切れてしまいして。申し訳ございません」
「申し訳ないで済むと思うてか。貴様、よもやこの儂を愚弄するきではあるまいの」
「ひっ、まさか! 滅相もございません。お助けをぉ」
DQN侍の登場で楽しかった町ブラが一転、実に不愉快な気分となる。
天彦はどうだろう。この場合は50の確率で言ったり言わなかったりする。
だが家来を見渡す。佐吉、目に激情を宿している。是知、瞳に氷雪を描き出している。雪之丞、あ。
「行ったろ」
言うや否や突貫していた。
「あんたさんら皆さん並んだはるん。ややこしいこと申さんと明日また参ってならばはったらどないですか」
「なんじゃ小童。儂に物申すとは生意気な。事と次第によっては容赦せんぞ」
「容赦はしてほしいです! でも並んでは欲しいです」
「貴っさま……」
「一緒に考えませんか。どうすれば解決するかを。ね」
するとどうだ。まったく静観していた外野から盛大な拍手喝采が巻き起こったではないか。
野次馬たちは“いいぞ兄ちゃん! その通りっ!”煽り半分感心半分の声を投げかける。
「貴様、覚えておれよ。名は。ここまで虚仮にしたのだ。名ぐらい名乗れるであろうな」
「お名前。お耳を拝借。ごにょごにょ」
「……!」
侍は目を剥いて固まった。ややあって雪之丞が指さす先、即ち天彦に視線を向けると“ひいっ”。けっして小さくない悲鳴を上げてたちまち走り去ってしまうのだった。
「あ。お名前がまだなん」
「酷い」
あはははは。
雪之丞のマジレスと天彦のマジレスに、歯を見せて笑う是知と佐吉。
だが周囲の野次馬たちはさすがに機敏。具体性などなくとも十分といわんばかりの反応を示していた。
つまり潮が引くように天彦の周囲から遠ざかっていくのだった。
ひどっ。
天彦は能天気に与えられた道化の役割を演じる。
そんな自分たちを、一筋先の辻からじっと息を凝らし覗き見ている怪しい集団がいることなどまるで気づかずに。
托鉢の怪しげな禅僧姿の集団は、
「磯良、あれに相違ないのだな」
「ああ、あれじゃ。ワシが見た小童に相違ない」
「しくじりは許されんぞ。本当に間違いないのだな」
「くどい。それに見てみよ。あのような童、世に二人と居ろうものか」
袈裟を目深に被った尼僧姿の女は謎の自信を浮かべて請け負う。
僧形の男たちはなるほど納得の表情を浮かべ、
「然り」
「たしかに」
「一理ある」
「よし。我らにも追い風が吹いてきたぞ」
応。
こうして不穏極まりない会話を仕舞うのであった。
【文中補足】
1、金蝉脱殻の計
あたかも現在地にとどまっているように見せかけ、主力を撤退させる計略
2、上屋抽梯の計
巧みな宣伝や計略によって屋根に上らせてから梯子を外せば敵は上ることも降りることもできない計略
余裕の万文字超え! お読み下さいましてありがとうございました。そしてお疲れさまでした。
さあ明日以降の展開、どうなりますことやら。果たしてキッズ市井探検隊たちはどうなるのか!?無事に済むのでしょうか。それとも……((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
続きが気になる方もそうでない方も引き続きよろしくお願いいたします。
どうか面白くなれ!(嗚呼懇願)