#13 フェスタビタス・ナタリス(聖夜の祭典)1569、秋
永禄十二年(1569)十月十日
「勝った、勝ったぉぞ――!」
おぉおおおおおおおおおおおおおおお――っ!
ほとんどすべてが自陣営の大勝利に湧きたち歓喜する中、ただ一人天彦だけは表情を強張らせていた。むろん誰にも覚られないように。
あの優しい優しい家来たちに覚られ気遣わせるなど男子としてハズすぎる。
だからこそちょけたしふざけた。照れ隠しとかそんな感情ではまったくなく。
寧ろ心の弱さを隠すために必要な儀式として敢えて偽悪的に振舞った。それでしか心のバランスを保てる術を知らないから。
勝敗が決すること。それ自体は喜ばしい。天彦にとって勝敗は時の運では済まされないから。性質上勝負は一生勝ちを積み上げるだけの義務を負っているある種の作業であり、反面敗北はただの負けでは済まされない。
確実に一敗地に塗れるのだ。一敗地に塗れるだけならまだいい。最悪は儚くも多くの大切なものを失って、この世とおさらばバイバイしなければならなくなるのだ。宿命の演出として。
ならば喜べばいい。だが素直には喜べない。哀しいかな天彦にはこの狂った世界に生まれ落ちて猶、正常性が残っていた。
つまり戦の勝利。それ即ち人の生命が失われることを意味する現象に対し、無邪気に喜べるほど狂ってはいなかった。
だが家人たち皆の無邪気な笑顔や喜びの感情が穢れているとも思えず、すると逆説的に自分だけが穢れているように思えてならない。必然的に天彦はどうしようもない孤独に苛まれてしまうのである。
……?
気づくと周囲の静寂が五月蠅かった。五月蠅いはずのない静寂が文字通り五月蠅いのだ。
天彦はハッとして顔をあげた。やはり……。言葉も出ない。
「……こんな不甲斐ないミジンコダメダメポンコツお殿様は、一生お一人様でええのに、お前さんらは」
おおきに。ほんまにおおきにさん。また明日も生きてええ気がする。
言葉さえない十つの優し味に見守られていると、震えが少し収まった。
震えの収まった手をぐーぱーしていると、それを受け、ようやく発された言葉は、
「殿」
「殿」
「殿」
「殿」
「もう若とのさんは」
自分を100気遣うだけの優しい言葉たちだった。
天彦はツン。言葉では何も応じずに虚勢を張ってしんみりする。
イツメンたちの優しさに包まれながら甘えたをしてつんけんしんみりしていると、不意に気配が変わった。
え……。
本物の静寂が訪れたのだ。まるで音を失ったかのような。
天彦の視界が急に開けた。唐突に背が伸びたとかいう奇跡は起こらない。ならば答えは周囲が縮んだ。それしかない。
天彦の周囲にいたイツメンを除く大人たち全員が地に膝を屈していた。
「おい狐、貴様は騒がずにはおられぬ病でも患っておるのか」
そう。魔王様のご降臨によって。
魔王は言うと鞍上から飛び降りた。慌てて小姓の誰かが手綱を拾う。漆黒の巨馬は面白くなさそうにふんすと一度、鼻を鳴らした。
つかつかつか。歩数にしておよそ十歩。魔王が自ら天彦に向けて歩み寄った。
ただでさえ存在感がえげつないのに。背後に漆黒の闇を纏っての魔王の登場シーンは控えめに言って迫力満点。天彦の目にも怖すぎた。
天彦は見た目ピキっている下目使いの魔王の顔を、上目使いにのぞき込む。そっと。
近頃ではすっかり感情の機微が読めるようになっていた。確度はどうだろう85といったところか。……ほっ。セーフ。
「たわけが。あからさまに安堵しおって」
「だっておっかないん」
「喧しい! 怒られるような真似をするから恐れるのであろうが」
「あ、はい」
「ふん。まあよい。おい狐、伴天連相手に戦を仕掛けたのだ。落着も考えておるのだろうな」
「それはもう」
「……それはもう何である」
「それはもう、……抱っこ」
天彦は言うと両手を広げて信長の胸めがけて飛び上がった。
「おっと」
「おおきにさん。信長さん、華奢に見えてがっちりさんなん」
「……儂の胸に飛び込んできたのはお前で二人目である」
「どなたさん?」
「あそこで側近を壁に頭だけ隠して、隠れられている心算の阿呆ガキじゃ」
茶筅さあ。台無しだよ。
「信長さん。お説教って長くなるん」
「貴様……、だがまあ積もる話はある」
「身共、もう眠たいん。明日にして」
「で、あるか。……で、あろうの。天彦、大儀であった」
信長のつぶやき声はおそらく天彦の耳には届いていない。
信じられないほど優しい目で愛でられそっと髪を撫でられたことも、頬をつんつん突かれたことも。きっと気付けていないはず。
すでに実に心地よさそうに寝息を立てているから。世間様には第六天の魔王と恐れられる覇王の胸の中ですやすやと。
イツメン家来たちの呆れ返るクソデカため息を子守唄に。
◇◆◇
伊勢湾に向かって広がる肥沃な濃尾平野の頂点に君臨する岐阜城。
楽市楽座政策で賑わう城下は長良川水運の要衝としてあるいは織田経済圏の基幹都市として最盛期を迎えようとしていた。
目抜き通りは諸国から集まった物資や商人たちで溢れかえり、それを目当てに多くの買い物客でごった返すその凄まじい賑わいっぷりは後に来訪するポルトガル宣教師をして、大いなる都市バビロンのようであると形容したとか。
いくらなんでも盛りすぎだろうけど。
だとしても、天彦はこの遥か高台にある天守からでも確かに感じる人々の逞しくも精力的な生活感に舌を巻く。この盛況さは本物であるいは都にさえ引けをとらないのではと感じる。
そうこう眺めていると、頭が冴えてきてやっと家来たちの行方が気になる。あと桑名⇔岐阜間40数キロを一夜にして走破した魔王軍の移動力も少し。
きっと誰かが泣かされているのだろうと苦笑を浮かべつつ、根拠はないが皆の安全を確信してようやくほっと一息付けた。
あとまたしても後始末を兄弟子に押し付けてしまった苦みがあって、欲しいものリストを渡しそびれた後悔もほんのちょっと。あるとかないとか。
いずれにしても奇妙な感覚だった。不思議なのだが実家にいる以上に実家に居るような安らぎを感じてしまうのだ。この天守の間は。
小姓らしき美麗な侍を一瞥する。市若ではない。あちらからは会釈だけで何もない。ならば空気として扱う。
「ふぁー。……よう寝たん」
寝過ぎである。お日様がちょっとオコな感じで中天に差し掛かっていた。
南蛮船との一戦を交えた一夜明けた翌日の正午、その天守で目覚めた天彦は贅沢な大パノラマを独り占めしながら、城下から感じられるあまりの活況に目を白黒させていた。
天彦の記憶が正しければ美濃井ノ口攻略は僅か三年半前である。それがこれ。
しかもこの城も土地も何もかも。あと数年もすれば放り投げるのだから恐れ入る。やはり天下人とは斯くあるものなのか。まさに拘りこそ敗着を地でゆく信長の生き様に感心させられるばかりである。
「身共には無理なん」
天彦は自分にはとうてい出来そうにもない信長の徹底的に無駄を排除した一本調子の志向性に、改めて天下人の何たるかを思い知らされるのであった。
と、
「何が無理である。ようやっと起きたのだな、寝坊すけめ」
「あ、はい。おはようさんにおじゃります」
天彦の独り言を拾う地獄耳が姿を見せた。この天守閣の住民である。
「何が早いものか。だが説教をするとまた眠りこけられても敵わん。召し物を着替え飯にせえ。……貴様に詫びたいと虚け共が待っておる」
秒でピンとくる。すると穏やかだった感情にこれまた秒で火が付いた。
「戯けではないん。大戯けなん」
「怒っておるな」
「当り前なん。ほなら聞くけど信長さん。家来を南蛮人に売られて平気でいられますのんか!」
なんじゃ、と。
魔王のつぶやきに乗じて空気が凍った。だが次の瞬間には焦げ付くほど熱く感じる。
寒すぎて熱く感じたのではない。単純に信長の怒気にあてられたのだ。
気づけば信長は愛刀を手に烈火の表情で天彦を睨みつけていた。
だが天彦も踏ん張った。ここで気圧されたら怒りの感情が単なるパフォーマンスに成り下がってしまう。気圧されてなるものか。
裂帛は盛りすぎだがそれくらいの感情で持てる目一杯の気合いでぶつかり返してみた。……まあ無理なのだが。怖いンゴ。
「意地悪なん。織田さんはみーんなイジワル」
「あ」
「意地悪なんっ!」
「天彦、それは誤解であるぞ。だが誤解させたのはこちらの咎。許せ。余に一切の他意はない」
「でも不都合さんにあらしゃりましょう」
「……で、あるか」
天彦の口調の変化は即応されそれ相応の態度で返ってきた。
つまり身内の叔父さんムーブからビジネスパートナーのそれに変貌して。
天彦は脳裏に思い浮かべる。昨日のメンツを。
連枝衆津田一安を筆頭に織田掃部助、小坂雄吉、池尻平左衛門、曽我尚祐、津川義冬、義近、蜂屋兼入、岡田重孝、天野雄光、今枝重直、真野政次、久保勝正、吉田家隆、沢井雄重、中川忠勝、森雄成、川口宗勝、村瀬重治、赤羽新之丞、三瀬左京進、加藤甚五郎……、他多数。
すると答えは自ずと出た。これは解決してはいけない業務ソリューションズであると。
事を荒立てると必然、三介の家臣たちは腹を切らなければならなくなる。連枝衆はそれが仕事みたいなところがあるのでいいとして、問題は別口。
それも積極的に天彦の排除を訴えたのであろう面々の沙汰が拙かった。
そう。三介の配下には攻略を目前に控えた南伊勢宗の寝返り国人と足利幕府のスパイもいた。
「天彦、ここは貸しておけ。余は借りた恩をけっして忘れぬ」
「さて何のことにおじゃりますか。身共、なーんも知りませんのん」
「で、あるか」
「けどお一つ。貸しはとても大きいん」
「抜かせたわけが。貴様には一生返しきらぬほどの貸し付けをしておるわ」
「ひどっ」
「ふん。ならばいつでも取り立てるがいい。何倍にもして返してやる」
枕にはきっと“できるものなら”と付くのだろうけど。
デスヨネ。知らんけど。
すっ呆けつつ天彦は話題を変えた。ミルクに興奮したあまりがっついて飼い主の手に噛みついてしまって“あっ”てなった子猫の感情で。
「お言葉に甘えさせてもろてお着替えしたいん」
「おい」
「はっ、こちらへどうぞ」
「うん」
小姓の案内に従い奥のスペースに向かう。そこには二名の朗らかとは真逆の表情の女性が待ち受けていた。
きっと間違えると氏ぬ。くらいの感情でこの役目に就いているのだろう。天彦には手に取るように二人の感情が想像できていた。何しろ天彦を取り巻く噂は控え目言ってエゲツナイものばかりだから。
推定御味方にさえ、この機に乗じて売り払ってしまえと巧まれ疎まれる程度には恐れられている。
加えてしかも彼女たちは望む望まざるは別として、さっきの会話も聞いてしまっていたことだろうし。恐れ戦慄いて不思議はない。
天彦は感情を無に着せ替え人形役に徹して着替えた。むろん少し切ない。いや少しは逆に盛った。そうとうかなり哀しかった。……が、それも束の間、
「おお……! むちゃんこかっこええん」
「で、あろう。気に召したか」
「はい! でもなんで」
「ふはは、数年前にあの頭隠して尻隠さずの戯けたクソガキが着ておった衣装じゃ」
「あ。……なるほど」
数年前というワードには引っかかりを覚えたが意匠には不満はない。
不満ないどころか逸品すぎて恐縮してしまうほどむちゃんこカッコよかった。映えー。
「そうじゃ。貴様のところの五月蠅いのがほとほとやかましいて敵わんと苦情が上がっておった。早う顔を見せてやれ。しかしあれほどの気難し屋の狂犬揃いをよう手懐けておるの。感心致す」
「うん!」
褒め言葉と受け取って、急ぎ階下に向かうのだった。
◇
「若とのさん!」
「お雪ちゃん!」
雪之丞がたったった。いの一番に天彦を発見し自慢の逃げ足の速さを転用させて駆けてきた。がしっ。
天彦は突き飛ばされる勢いで抱き着かれて、やっぱり吹き飛ばされて二人してこけ転がる。
「あははは。もう若とのさんは。ちゃんと受け止めてくださいよ」
「あははちゃう! 痛いねん。飛びつかんといてんか。痛いん」
「ごつんゆうてましたもんね。あははは」
「人の痛がるのんで笑う! さすがにそれはないと思う」
「なんでですのん。むちゃんこ面白いのに! あはははは」
天彦呆れ果てる。雪之丞笑いこける。だが結局は二人して大笑いする。
いつもの感じで再会を喜び合って人心地つけて。
「且元、氏郷も。昨夜に続いてやきもきさせて堪忍な」
「まさか。某は殿の御傍に仕えられてこそ武士としての天命を全うできると信じておりまする。御無事で何よりでござった」
「同じく。殿のご無事こそ何にも代えがたい褒美にてお構いなく」
多くの侍が戦手柄を上げる中、二人は天彦の護衛に終始してこれといった戦功を挙げられていないことへの気遣いだった。だが御覧の通り。逆に気遣われてしまう始末ではまだまだ殿様役も一流には程遠かった。
「佐吉、是知も。心配かけたな」
「滅相もございません。殿の御無事なお帰り。心より安堵致しましてございまする」
「是知も同じく! 某は寝ずに夜通し氏神様に殿のご無事をお祈りしておりました」
是知がいつものようにスタンドプレーで他に先んじようとすると、
「長野と申したな」
「……はっ。長野是知にござる」
「貴様、我が織田家が菊亭に対し不穏だと、そう申すのか。如何」
「う」
まさかの魔王ツッコミに場の全員が凍り付いた。
だが凍り付いたのは菊亭ご家来衆を除く場の全員。あるいは是知も凍り付いてしまっているが、当事者なのでノーカンで。
「それが如何いたしたか」
「然り。然様そう申した」
「我らから引き離すとはそう捉えられて然るべき」
佐吉を筆頭に、且元、氏郷が何でもない風に言い放った。
この破滅的応接を受けて周囲は更に凍り付く。……が、
「魔王さん。本当はお優しいのにお口が悪いです。家の若とのさんと一緒やわ。二人して反省してください」
信長は唖然とし、けれど片膝を着いてまさかの拝聴。
信長の反応に織田家家中も挙って倣う。そういうこと。
そう。お雪ちゃんこと意外性の塊さんは知ってか知らずか、自身の持ちうる最大限の権能を誇示していた。
扇を広げ掲げ、さきほどの説教染みた言葉を発したのだ。東宮から下賜された十六八重表菊紋がでかでかと描かれた、朝家一族にしか所持の許されない菊花紋章入り扇子を。
「のう雪之丞よ。いや別当朱雀殿か」
「は、はい」
「そろそろ仕舞わんか。その大そうな逸品を」
「え。……あ! あー」
もはや“きゃあああああああ”のレベルの“あー”だった。
やはり意図したわけではなさそう。うん知ってた。少なくとも菊亭家中は漏れなく皆さん。
だが天彦は確信する。信長が東宮を敬っていることを。少なくとも表立っては周囲に対して辞を低く見せる程度には東宮を立てていることは確実で、しかも合理的なリアリストがそうしていることの意味合いは現象以上にそうとうかなり重たい現実を突き付ける。
それを証拠に家臣の重臣ほど驚嘆していて、あるいは切れ者ほど思案顔を浮かべてしまっているではないか。
それはそう。織田家は朝廷を乗っ取る。あるいは皇家を破滅させるというのが世間での専らの風評であったから。
だがどうだ。これではその噂も噂に過ぎないのでは。多くがそう受け取ったことだろう。空く悪ともそう受け取られて尤もなシーンであった。
雪之丞があたふた扇を仕舞い込み、場に一瞬の平穏が訪れた。
雪之丞はまったく思いもしないだろうが、菊亭の誰もが感謝の感情を贈っていた。むろん天彦も。当然是知も。
すると信長が、
「詫び代わりではないが今宵、城下で面白い催しを開催する。余も初めてでな。大そう楽しみにしておった。どうじゃ天彦、参加せぬか。むろん主賓で迎えようぞ」
「するん! おおきにさん」
やったぁー。
お祭り大好きマンは大いに喜び夕方を待つことにした。
そんな天彦の耳に、
「一言くらい掛けてくれてもいいじゃんね」
「そうだりん。お殿様は薄情だりん」
ダメダメだった二人のぼやき声が届くのであった。
◇◆◇
駄馬100頭。荷物持ちの人足五・六十人。及び乗馬の者も同数程度あり、乗馬する騎士には各々雑用係の奴隷らしき用人が従っている。
但し清貧を旨とするイエズス会宣教師は誰ひとりとして奴隷を従えておらず身なり姿も随分と見すぼらしく厳かな表情で聖火をそっと掲げ持つ。
それを一目見ようと集まった観衆の数は見渡す限り人、人、人。
少し高い位置から鑑賞している天彦の目には群衆がまるで黒山の人だかりに見えてちょっと、いやかなり気色悪かった。言い換えるならこの祭典。それほどに期待と関心を集めていることになるのだが……。
必ずしも肯定的ばかりとも言い切れない。
「己の国へ帰れ毛唐!」
「呪いでもまき散らすつもりか!」
「塩を撒け塩を!」
「切支丹の分際で生意気に紋章を掲げておるぞ」
だが行列の左右には千成大瓢箪を掲げる足軽部隊が列をなし、織田家の好意なのだろう護衛の二本差しの侍までもが配置されていては、さすがの群衆も無茶はできないのだろう。石を放る者は誰ひとりしていなかった。
「すごっ!」
「で、あるか」
「信長さんもビックリしてるん」
「で、あるな」
そう。これは聖なる祭典。フェスタビタス・ナタリス。聖夜に行われる聖典が遥か遠く海を越えここ岐阜の城下で執り行われようとしていたのであった。
夕暮れ刻、蝋燭で照らされた聖像を先頭に、紋章旗を掲げた騎士が先導する。
その後に凛とした美しい圧巻のソプラノボイスを響き渡らせる聖歌隊の少年たちが、その美しい旋律の讃美歌を絶唱し観衆の度肝を抜いて通過する。
そう、まさに絶唱。天彦も、そして信長までもが口をあんぐりと開けて魅入られていた。
そしてその聖歌隊に先導される形で本体である鞍上の宣教師たちが続いて行く。
中には天彦の既知の顔もあった。あのコスメ・デ・トーレス宣教師である。
司教を筆頭に彼ら宣教師は聖遺物である十字架を携えて行進していた。熱心にそれこそ必死の形相で。ともするとまるで狼男や吸血鬼の群れにでも向かうバウンティハンターの様相を呈して。
感情はわかる。彼らにすればここは未開の蛮地。何が起こってもけっして可怪しくないのだから。
そんな鬼気迫る表情を加味しても、あるいは加味すればこそなのか。天彦の目には控え目に言ってあざやかな素晴らしい聖典行列に映っていた。
まるでピカピカした眩い何かのように。そうピカピカ眩い。まあ明るいのだ。ルクス的に。
「いや明るすぎん!?」
「……伴天連産のガラスか」
「はい。それも鏡というガラスなん」
「鏡、であるか」
鏡、特にガラス製品は戦略商品である。どこの。ベネチア大公国の。
硝酸銀溶液を用いたガラス面に定着させる技法はまだ百五十年は先のはず。ところがどうだ。目の前には正しく天彦の記憶にあるガラス製の鏡が顕現していたのである。
普通驚く。だが天彦はもうどんなフェーズにあろうと驚かない。すべて今更であるからと割り切って。天彦は文化面にだけは適切で素早い対応力を見せる系男子であった。
だが高価であることは紛れもなく、その無駄に高価な工芸品を惜しみなく盾と馬飾りに使用するバカっぷりたるやちょっとおもろい。いやかなりおもろい。
天彦は直観的に欲しいと思ってしまっている自分に気づく。
「無駄こそ富の象徴であるな」
「はい。一歩間違えたら喧嘩売ってますぅ」
「間違いもなにもあれは確と売っておろう。……どれ、望みとあらば高値で買ってやるとするか」
「待つん。待ってほしいのん」
「ん? なんじゃ申せ」
信長に猶予のお強請り。失うには余りにも惜しい逸材だからと。
ならば彼は誰なのか。天彦は知識と記憶を総動員して、あの金ぴかに悪目立ちしている騎士の情報を呼び起こした。
「ジョバンニ・ロルテス」
「ほう。存じておるのか」
「はい。お名前だけは」
「ふん。相変わらずの博識よな。まあよい。ならばその首、預けておく」
「おおきにさんにおじゃります。イエズス会京都支部にはヨーロッパ人兵士も訪れておりますのん」
「よろっぱとな」
「欧州はご存じですやろ。明から地続きの端っこのお国さん」
「存じておる。なるほどの」
地球儀を保有している信長とは天彦の思う常識的な会話がかなり成立する。その意味でも偉大な存在だったのだ。
さてジョバンニ・ロルテス。ローマ人の彼はマルタ騎士団の騎士であり、史実では目下天彦の直臣家来である蒲生氏郷に仕えていた外国人侍。その名を山科羅久呂左衛門勝成と言った。
嗚呼、欲しい。絶対に。余計に欲しい。
切支丹繋がりとはいえ自分と気の合う氏郷が重用した侍なんか絶対欲しいに決まっていた。
それも外国ローマ人の。何が何でも欲しいに決まっていた。
どないしよ。そや、ゆーたろ。
「信長さん、欲しいん。あれが」
「……ほう、天彦が強請るとは珍しいな。ならば交渉してみるがいい」
「うん、はい」
「うむ。ならば儂も強請ってみるか」
おお、こわ。
どうやら信長の感情をくすぐってしまったよう。このお強請り、控えめに言って怖すぎた。何しろイエスor首ちょんぱなのだから。
イエズス会に恨まれるかもしれないが、彼らの本懐。即ち布教が約束されるならどんな対価もお安い御用、のはずである。
何しろ信長はキリスト上げではないのだから。単に仏教、いや抵抗する仏教下げなだけで、けっしてキリスト推しではない。
だから布教は許されない。大義名分ならある。朝廷と将軍家が禁じるから。正しくは近く切支丹宣教師追放令、並びにキリスト教御法度が発布される。
信長は危険を押して無理はしない。彼の第一義は天下布武だから。ならば猶更のこと、天彦のアシストがなければ絶対に宣教師の願いは成就しない。
その事実を知る天彦は勝手に宣教師たちの感情を斟酌し、身共協力的なん。抜けぬけとすっ呆けて嘯くのであった。
「信長さん。身共、お願いありますのん」
「貴様、ほんに呆れ返るほどの性悪よの」
「申してみいとは仰せにならはらへんの?」
「申さぬ。余に損しかないからの」
「あ、そうなんや。身共哀しいん。あまりに哀しすぎて昨日のこと不意に思い出して騒ぎ立てるかもしらへんのん、しくしくおよよ」
「おのれ……」
「おおこわ」
果たしていったい誰が怖いのか。少なくともこの会話にこっそりと聞き耳を立てていた小姓たちは人知れず戦慄していることであろう。どの口が、と。
と、ヨーロッパキッズが歌う聖なる旋律が鳴りやんだ。戦慄だけに。
「オダサマ二ハイエツイタシマース」
「大儀である」
視線を横に向けるとひょこりはんが。違う。裏切者の三介が謎に親指を立てて手信号を送っていた。その次は人差し指を額に角。親指は怒っているか。
「ひっ」
あははは。親指を横にして首を掻き切るジェスチャーで返してやると、小さな悲鳴を上げて退散した。ははは、おもろ。
どうせ給仕役を仰せつかっているはず。後でもっと弄ったろ。楽しみが一つ増えて嬉しい天彦であった。
無理して大真面目にふざけてんだから、そうカリカリすんなって。な。
とか。低評価をくれはったお人、おもくそブロックしたいができん。出禁だけに。ぐぬううう仕様め。仕事しろ。
きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ
という感情で一日半過ごしておりました。心あるフォロワーの皆様は如何お過ごしでしょうか。低評価食らったマンはまんまと思い通り食らってメンタル終わってますぅ。
意地悪さん、おめでとうございます。あなたの意地悪はまんまと炸裂しておりますよ。ぱちぱちぱち拍手ー。
ということで、では新編をぽちぽち始めて参りますので引きつづきお付き合いよろしくお願いいたします。
追伸、
体調優れない上に評価オニなので当面一拍子か二拍子のリズムで投稿する予定です。まぢで厭。まぢで無理。本心で言うと拗ねて書きたくない。でも書かないと自分でも読めない。のーん、何たるジレンマ。というご報告でした。さようならお仕舞いです。