#10 夢を追うリアリストと合理的なロマンチストと
永禄十二年(1569)十月八日
アルバ家貿易船団御一行様と、そして招かれざる客イスパニア・ポルトガル海洋帝国勢とイエズス会のご面々の応接役は兄弟子与七とディエゴに丸投げしてお役御免の翌日。
伝え聞く話ではさっそく買い付けと買い取りの値付け双方にクレームが入ったそう。やらかしたのは海洋帝国。やれやれもっとやれ。ドンパチやればいい。
荒れたら荒れただけ収束が楽になるから。むろん他でもない天彦にとっての。他は知らん。
兄弟子ごめんなさい。の感情で天彦はホームを離れても舞い込む射干メールに目を通しつつ執務という名の雑務に追われていた。
「これはよし。次」
「はっ、こちらとなります」
「佐吉、算砂とはどないやった」
「……某は殿の御傍付きを望みます。欲張りでしょうか」
「ふえ……、そんなことないさんよ? ただ嬉しいだけやから。でも佐吉はもっと自信もって欲張って参ろ。あ、お雪ちゃんお前さんはアカンよ。自信も欲張りも加減しい」
「某なんもゆうてませんけど酷い!」
あはははは。わはははは。
「な、なんですのん! みんなして無礼やわほんま」
この会話とイツメンたちの大笑いに繋がった伏線はこうだ。
天彦は提案した。普段よく頑張ってくれているから御褒美に積荷目録からそれぞれ三品、何でもいいから記入して提出しなさい。
なんでもあげる何が欲しいかの件で、皆が遠慮がちにちまちまとした小物を記入する中、あろうことか自称控え目な菊亭一のお家来さんは、一大きいお船。二中くらいのお船。三小さいお船。を所望した。
当然こっそり要求したのは大砲搭載のガレオン船とキャラック船とキャラベル船である。真顔で。
どこに置くのそれ。個室ください!
彼はあの巨大船舶を置けるサイズの個室まで強請ったのである。ぷぷぷ。
「是知は是知でちょっとあざとすぎるけどな」
「某はお家が大事ですから!」
お前は我が身が第一やろ!
そんなヤジが方々から飛び、わはははは。
今度は別種の笑いが起きる。
是知でなくとも我が身第一で上等な天彦だけは歯を見せないが、その是知は佐吉にポジション取りで負けてるのと揶揄されたのとで今朝からずっと一日不機嫌さん。あの気概はぜんぜんまったく嫌いではないけれど。
さて、
木曽川水系揖斐川流域にある東城(桑名城の原型)が織田家伊勢攻略の拠点であり目下旗頭である三介具豊の本拠であった。
東城は河川を防衛構想に織り込んではいるが平城で、およそ守りには適さない構造の名目上は水城となっている。つまりあくまで補給拠点であり機動力重視のまさに魔王好みの近代的(室町後期的)平城と言えた。
目下天彦たち菊亭一家は、そんな東城城下町のおそらく一等いいだろうどこかの屋敷を丸借りしている。むろん提供者はこの土地の支配者たる三介くん。
普通に嬉しいし有難い。五十名もの宿泊は費用だけでも馬鹿にならない。だが反面極めて胡乱、なにか匂う。こんな気の回し方、とてもできる人物とは思えないから。
「待て」
「はっ」
「それや、それを寄越すん」
「はっ、どうぞ」
「うん」
そんな感情でけれど三介にたいしては決定的な不安視はしていない。根拠はないが人読みで。三介が友を裏切るとは思えないから。
天彦は射干党から送られてくる文の中から一通、一瞬で目を引く文を見つけてしまう。
おお……!
それは弐/伍と記されてあった。普通に考えれば同じ文を五通送った内の二通目の意味にとれるが菊亭の場合は違う。天彦と射干との間で取り決めた特殊な符丁が記されていた。伍は射干、弐はイルダを差す符丁であった。つまり伊予からのお報せメール。
しかもかなりの速達郵便。ホームに届いたのが今朝方でその日の夕方前にはこうして転送されていた。つまりとびきり特級案件を意味していて、見つけたはいいが天彦の封を切る指も思わず止まって躊躇してしまう。
最上も最悪もどちらも五分五分の確率で考え得るからだ。……まんじ。
「ずいぶんおもしろいお顔なさってどないしはったんです」
「生まれつきや。……ちゃう。今のなし」
「おい皆訊いたか。若とのさんの具合、可怪しいぞ! 薬師はどこや!」
「お雪ちゃん黙って」
「はーい」
どこで可怪しさ計っとんねん。まあええけど覚悟が決まったし。
だが礼は言わんの感情で天彦は一息に書状の封を切った。えい!
どれ、どれどれ、……ふむ。
天彦は周囲の視線と関心などすっかり彼方に忘却したのか、かなりためてじわじわ身体を震えさせ、顔をほぼ真っ赤に紅潮させて満を持して、
「ヨッシャ――ぁ!」
イツメンの側近衆でさえ目に耳にしたことのないだろうテンションとボリュームで歓喜を一気に爆発させるのだった。え、やば、嬉しい。
「若とのさん。某もそれやりたいです!」
「うんうん、やったらええさんや。ほい。まだ最後まで読んでへんからすぐに返してや」
「はい! どれどれ……、おぉ、ヨッシャぁ――っ!」
雪之丞の天彦の数倍の歓喜が叫ばれるともう天彦の願いなどどこへやら。
ちょっとした用事扱いとなって虚空に霧散してしまい文は次々と回し読まれた。
そして、
よっしゃー! ヨッシャ、よっしゃ! よっし! うっし!
イツメンたちも大なり小なりガッツポーズで喜びを表現していった。
中には複雑な心境を露わにしている若干二名ほどの負けず嫌いもいるにはいるが、総体的にそうとうかなり菊亭にとって喜ばしい内容が記された文のようであった。
「実益よかったん。おめでとう。与六もようやったん。高虎も」
天彦は一週回って手元に返ってきた文を受け取ると宝物のように胸に抱いて切実な口調でつぶやくのだった。
文には毛利の伊予出兵が記されてあった。むろん撃破。しかも圧勝で押し返し毛利家嫡男隆元の詫び状と和睦を願い出る請願書が届けられたとのことが記されてあった。
当然ライフハック的にこのことを予見していた天彦が念には念を入れた上で授けた策が炸裂したことは言うまでもないだろう。与六と高虎の参戦からの大殊勲(論功行賞第一功と第二功)はまったく予想外のことであったけれど。
その毛利だがやはり大旋風を巻き起こしていた。まず中国地方の完全制覇を達成し、名実ともに歴史の表舞台に登場してきた。
そしてやる気は満々で、ただでさえ二正面作戦など正気の沙汰とは思えないのに毛利は大友軍との全面対決を含める三正面作戦を決行していて、しかもその内の伊予を除いた二方面では圧勝するという大戦果(博多侵攻並びに豊前・筑前攻略)を挙げていたのである。
いずれにせよ西園寺破滅ルートは回避できた。伊予案件は一旦これで切り上げる。
長曾我部家が土佐東部を平定したと報せてあるがそれでいい。元親は伊予には当面来ない。土佐の統一に掛かりきりになるからだ。
菊亭は同じ公家として一条家に肩入れする心算である。すでにその布石は打ってある。よって土佐統一にはかなり難航するはずでそうであってもらわなければ不都合である。
どうだろう。天彦的には早くて十五年はかかると見込んでいるが、あれも時代の梟雄。想定を遥かに上回ってきても驚けない。
但しその頃には伊予は西園寺ががっちり固め、天下の趨勢も明らかとなっている算段なのでやはり無視とはいかないにしても、然して気にかけなくてよい存在であるQED。井戸水の毒には要注意だが。
そんなことより何よりもそれ以上は望むとどんな地雷を踏むのかたまったものではない恐ろしいので考えない。
この方針は実益にも口を酸っぱくして伝えてある。これが唯一の生存ルートであると明言した上で。
その返事として“兼続と高虎、くれとは申さん一生貸せ“と記されているあたりこれでも策の効果は十二分に感じられた。何しろあのくれと言ったら頑として譲らない実益が折れたのだから。
むろんだからと言って無期限レンタル移籍などあり得ないけれど。絶対に。
「与六取られたら公家辞めて伊予にお引っ越しするん。どれ……」
「それはあきませんからね」
「なんでよ」
「考えましょか御自分さんで。お利巧さんなんでしょ若とのさんは」
「あ、はい」
雪之丞の嫌味が冴えているときは引くに限った。
それと同時に嬉しすぎる。天彦は溢れる嬉し味を隠さず満面に咲かせる寸前の表情でニマニマ書状を読み進める。
皆の戦功が褒めたたえられる中、お前さんら……。
「ふはっ、なんで叱られとんねんっ」
イルダとコンスエラめぇ。“風紀を乱すから貴様らは主の元へ送り返すとみんなの前で怒られちゃったてへぺろ”ちゃうねん。……はは、おもろw
実益のイケメン顔に呆れ果て怒ったピキりマークが浮かんでいる様がありありと想像できてしまってなんか笑けた。何しろその顔は天彦が最もさせて最も知っている実益の顔だから。もはやトレードマーク的な。
「殿、お時間です」
「ん? もうか」
「申し訳ございません」
「なんで佐吉が謝るん」
「彼是一刻、ずっと熱心に御眺めになられておりましたのでお声をかけそびれましてございます」
「え。そらアカン!」
時刻は酉の刻、まさに丁度暮六つの鐘が鳴った。……まんじ。
天彦は佐吉に催促されて慌てて着替えに走る。
一刻(二時間)もお手紙眺めてニマニマしていたかと思うと普通にハズい。
支度完了。
「できたん」
「では馬車が参っております。そちらへ」
「うん」
三介との晩餐に向かう。猶織田領では普通に馬車が普及している。
もちろんだが京では絶対にあり得ない。洛の内外に関わらず馬以外の乗り物は何であろうと原則すべて貴族の特権とされているから。
◇◆◇
桑名東城。かつては伊藤氏が支配していた水城だが今は全伊勢攻略の拠点として織田軍の支配下にある。
その城主を務めるのはご存じなさることでお馴染みの三介具豊であり、城代を小坂雄吉が務める。小坂は三介の母方の親類でいわゆる連枝衆として三介の信を集める重鎮家来である。
北伊勢(在地土豪・国人四十八家)の完全攻略並びに鈴鹿郡の関氏・川曲郡・庵芸郡・安濃郡の長野氏を完全攻略した三介は、目下配下(与力衆)の滝川一益が攻略中である伊賀国と併せると七十万国の大名として家内に確固たる地位を築きつつあり、また織田一門としては初となる方面軍団長の地位を目前としていた(庶長子信正は方面軍団長ではなかったため)。
並みいる重鎮家老や譜代家臣を押しのけての抜擢は凄まじい功績であり、同時に嫡男信忠でさえ成しえていない快挙である。
あれほど鎬を削り常に先を競い合っていた弟三七郎(信孝)との差はもはや誰の目にも歴然であり、今や三介の家内評価はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
むろん織田家中を騒がせていることは語るまでもないだろう。善きにつけ悪しきにつけても。
なにせ此度の北伊勢侵攻作戦、結果だけを見れば歴代織田史でも類を見ない大戦果であったのだから。あれほど苦しめられていた在地国人衆も容易く寝返らせてみせての調略術に加え、戦はまさに圧巻であった。
まるで敵方の軍略評定を覗いていたかのような的確な配置と侵攻策に三介の才に天武を思わぬ者はいない。家中が色めきだって不思議ではなかった。
こうなれば三介の意図がどこにあろうとも頭一つどころかかなり突き抜けたことは紛れもなく、勝者総取りが絶対の是である戦国室町いす取りゲーム世界においては煙が立たずにはいられない。
そんな家中の熱気を知ってか知らずか。だが三介は今日も今日とて我が道を行く。
伊勢完全攻略に向け残すところ本丸である南伊勢攻略を前に、三介の下には伊勢攻略方面軍に参画する侍大将のお歴々が勢揃いしていた。
三介が覚醒した。にわかに色めき立つ家中にあって、そんなことだからこの伊勢方面侵攻軍への志願者ははちゃめちゃに多かった。
次世代の織田家統領と轡を並べ戦いたい。感情と実益を兼ねた願望を誰もが抱いて当然である。
「王道こそ覇道なり。ここは押しの一手にござる」
「然様」
「然り」
「いいや邪道こそ正道なり。ここは更なる調略の一手にこざる」
「然様」
「一理あろうな」
連枝衆あるいは譜代側近集を筆頭に並みいる侍大将が熱い議論を戦わせる評定の間は控え目に言っても熱気がエグい。
正論王道、隘路に寝技と喧々諤々、粗方意見も出揃い、さあ残すは総大将のお下知に委ねる。そんな場面で三介は、
「天彦が参ってからじゃ」
またぞろ問題を先送りすべくいつもの口上で、家臣たちとの温度差、目に見えて著しく開いた冷めた口調で言い放ち逃げ切り体制を整えた。
「若殿、御再考を」
「ならん。以上である」
はぁー……。
けっして小さくない落胆のため息が漏れ聞こえ評定はお開きとなった。
当初こそ荒れに荒れ揉めに揉めたが今は穏やかなものである。ああまたか。落胆のぼやき節とともに淡い期待は打捨てられる。
ややあって、ひっそりとした評定の間ではこれから開かれる晩餐に参加する三介直参の古参家来だけが居残っていた。
「若殿!」
「三介様!」
「若様」
「まったく呆れる」
そして余った時間で行われているのは、連枝衆であり家老であり城代であり傳役でもある津田一安(織田掃部忠寛)によるお説教タイムである。
津田一安と共に三介を激詰めするのは小坂雄吉、池尻平左衛門といった三介の母方縁者の連枝衆であり、変わったところでは曽我尚祐というのもいた。曽我は将軍義昭の祐筆である。将軍家目付け役兼スパイなのだろう。
個々に見ればいろいろと問題多い布陣だが、いずれにしても菊亭と違ってさすがに将の粒は揃っていた。
「爺、早う済ませい」
説教をいったい何だと思っているのか。三介のまるで事務手続きかのような言い様は我慢ならない。側近連枝衆がにわかに色めき立つ。
代表し、城代津田一安がぴしゃり。
「若様、今日という今日はなりませぬぞ。絶対に聞き入れて頂きまする」
「むぅ。早うせねば天彦が参るではないか」
「待たせておけばよろしい。あなた様は織田家の総領となられる御方なのですから」
「ならんぞ」
「何と仰せか」
「そのままの意である。申してもならんし望んでもならん」
「なんと覇気のないことを!」
「覇気は漲らせると死ぬ」
「またあの狐めの入れ知恵ですな。とほほ、嘆かわしや」
「そんなことより爺、あの巨大な船を見たか!」
「嫌でも目に入りまする。知りませぬぞ、大殿にお叱りを受けられても」
「大丈夫」
「またそうやって。今度の自信は何でござるのか」
「うむ。これだけの騒ぎだ。親父殿が知らぬはずあるまい。だがどうじゃ。未だに早馬の一つ寄越さぬ。そういうことじゃ」
呆れるほどの勘の良さ。それは誰もが認めるところであった。だが今回のこれはちょっと毛色が違う。言い換えるなら性質が違うのだ。
今回はあまりにも理路整然としすぎている。三介の勘働きはもっと感覚に頼った獣性の濃いもの。これも傳役を仰せつかった経験則の為せる技、直観的に閃いた津田は一瞬で出所に勘づいた。
「また狐の入れ知恵ですな」
「で、あるな」
三介はいつも潔い。むろん褒めてはいない。だが実に気持ちがよく、古いタイプの侍ほど忠誠心をくすぐられた。
だが人望で飯が食える小さな国人時代は終わった。織田家は天下へと羽ばたかなければならないのだ。
「まったく。ですがなるほど。ならば精々儲けなければなりませんな」
「戦には銭がかかる。……らしいからの」
「はぁ、ですが若様。参議卿、いつまで我らが陣営と袂を一にするかわかりませぬぞ」
「生涯じゃ」
「なん、ですと……」
迷いなく言い切った三介に津田は薄ら寒いものを感じたのか、なぜを問う言葉に詰まってしまう。
すると問われてもいないのに三介自らネタを明かした。
「我が終生の弟とする」
「へ」
「我が母上がご懐妊じゃ。妹を室にやる。な、これで兄弟であろう」
儂、天才!
皆が呆れた。ある意味で天才なのと、確率は二分の一な上にそれでは織田の一門格になってしまうではないか。それでは好手どころか真逆の悪手である。それも大のつく悪手である。いずれにせよ三介を支えるブレーンからは誰ひとり妙案の声は上がらない。
裏を返せばそれだけ菊亭は危険視されていた。それはそう。都に住まう公家のくせに武装する異端な存在であり、ましてや織田に平気な顔をして真正面から意見(唾)した上で堂々と刃向かうなど異常である。控えめに言って狂っている。
しかも家臣も同様に狂っていて、織田の殿様を煽って内裏に砲撃させている。主従揃って狂っている。
何より脅威なのは一端恨みを買ったら最後、ありとあらゆる謀略を駆使して地の果てまで追い詰められ最後には容赦なく滅亡させられるというのだから堪ったものではない。
そして極めつけはまだ誰の記憶にも新しい、背後を完全に出し抜かれてしまったこと。
織田家中漏れなく全員、生きた心地がしなかっただろう。それがいつでも可能なのだ。あれの恨みを買ったときには。そんな危険存在、危険視して排除こそすれ取り込むなど論外であった。
それが目下織田家中の菊亭、即ち天彦に対する総評であった。この親子をのぞけば。
「あっはっは! これでしつこく食い下がりおる信孝も諦めよう。のう?」
「ほう、なるほど」
「そうであろう。どうじゃこの妙案。儂もたまには冴えておろう」
「因みになぜ妹御と」
「天彦が申した。女子であると。何やら陰陽の星読みに精通しているそうじゃ」
「……なるほど。実に怪しげな参議らしい技前ですな。ですが若殿よろしいか」
「なんじゃ改まって」
「すべてが若殿の思惑通りに運んだとして、ですがそれでは御兄弟方すべての義理弟になられますぞ」
「なるがなんじゃ」
全員が呆れた。そこがこの話の核心なのに。
「若殿、ならば問いますぞ。なぜ参議を取り込もうとお考えになられた」
「策を奉じさせたいからに決まっておろう。爺もしっておるではないか。此度の北伊勢侵攻に措けるあの芸術とさえ思わせる神算鬼謀の数々を」
「むろん存じておりますぞ」
「ならばなんじゃ。勿体ぶるな」
「ではお考え下さい。なぜ大殿が取り込みを働きかけなされないかを」
考えた。一秒。一秒はさすがに盛ったかならば三秒。
「わからん。親父の考えていることなど。……嫌いだからか」
「……若殿。ならば更に問いまするぞ。即ち取り込んだ陣営が家督相続最有力となりますな」
「まあそうじゃ。儂は家督を望まぬがな」
「そこは是が非でもお望みなされ! まあよろしい。よいですかな。仮に狐に千里を見通す神通力があるとして、ならば狐の胸先三寸で織田家中いくらでも操れますな。すべての一門衆と連枝なのですからな」
「……そうとも申すな」
津田はそれ以上を詰めなかった。
三介があまりにも哀しげに瞳を揺らしたからだ。
これこそが三介の魅力であった。それこそ大殿と最も似ていて非なる最たる部分。温かみが誰よりもある。
ここに慎重さと我慢強さが加われば織田随一の殿様になることは請負なのに如何せん当人のやる気が皆目見えてこないから手を焼かされる。
「なんじゃ」
「爺もいつまでも目は黒くはござりませんぞ」
「不吉なことを申すでないぞ、天彦が申しておった。言葉には――」
と、そこに
「申し上げます」
「参ったか!」
「はっ、参議様御一行罷り越してございます」
「よし、儂も参るぞっ!」
あ。
制止の声が発されるより早く三介は評定の間を後にしていた。
お読み下さいましてありがとうございます。誤字報告やブクマ・並びに☆の高評価やいいね等で応援くださいましてありがとうございます。
文字に起こすと実に淡白な文言でまったく伝わりにくいですが、手元の原稿は滲んでおります。何でとは申しませんけれど。ポテチの油と誤解されないことだけを願いつつ。
副題の答え合わせシリーズ! わぁぱちぱちぱちぱふぱふ♪
夢を追うリアリストは三介で、合理的なロマンチストは天彦でした。
簡単すぎましたね。勝手にシリーズ化してみました。
ということでよい週末をお過ごしください。さいならばーい。