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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
八章 友愛神楽の章
144/314

#09 矜持と使命と強かさと

 



 永禄十二年(1569)十月七日






 天彦たちの視線の先、水平線の彼方には圧巻の光景が広がる。

 船影は次第にその全容を露わにしていく。


「三隻とは」


 天彦は遠回しに船隊の過少申告を揶揄して陽気なイスパニアンを睨む。

 対する睨まれたイスパニアンは生え放題だった無精ひげを奇麗にそり上げた顎を右手で撫でると、然も尤もらしい表情で大げさに謝意を示した。

 むろんそこにはまったく一ミリも自分のせいではないという確固たる責任逃れの意思を感じさせて。


 常ならゴングが鳴らされ舌戦開始のところである。だが天彦はそれ以上の追及はせずに視線をそっと水平線に戻した。

 天彦がそうであるように天彦の周囲も同様、誰もが言葉を失っていた。ただでさえ一隻一隻が巨大すぎる船体なのに、それが都合七隻も出現したとあっては度肝を抜かれて尤もである。

 何しろ1,000トン~1,500トン級(載貨重量)の化け物めいた巨大キャラック船やキャラベル船や、中には最新鋭の推定軍船であろう巨大ガレオン船までもが出現したのだから。

 最新鋭ガレオン船は軍船でいいはず。何しろ側面に大砲五門も搭載しているのだから。船籍はポルトガル海洋帝国で間違いないだろう。盾の周囲に城が描かれる緑枠に赤が鮮やかなお馴染みの海洋帝国軍用旗だから。


 だが、


「訊いてへん」

「っ――」


 ディエゴを咎める口調は今度こそ冗談めかされていなかった。

 ディエゴは本気で謝意を示す。ディエゴ以外の無関係な者まで巻き込んで天彦のもろに不愉快そうな感情は場に緊張感を強いていた。

 天彦の本気の不快感の表明は怖いのだ。誰にとっても。後にいったいどんな報復が待ち受けているのか。あるいはどんな形で巻き添えを食うのか、たまったものではないのであった。


 と、


「お前さんらここが正念場やで、気張りや」


 へい――。


 天彦の気配にあてられたのか察したのか。

 大問屋吉田屋を率いる与七こと門倉了以も気を引き締めたのだろう。率いる問屋衆や直の配下である番頭連中に向けて檄を飛ばして心構えを薫陶している。


 だが本心は自分自身への鼓舞なのだろう。ここに至るまでに天彦とは密なブリーフィングを何度となく繰り返していた。それこそ果たしてそこまで必要なのだろうかと感じるほど綿密かつ周到な幾重にもわたる設定を設けられて。

 だが現実は想定するあらゆるパターンを超えてきた。思考が飛ぶほどの圧倒的威容を突き付けられ、当代きっての大商才をしてもとても平常心ではいられないようであった。


 閑話休題、


 皆の目には大船団すごっ。に見えている光景も天彦には明確な目的意識を感じる政治的かつ思想的な一種の社会現象に見えていた。

 大原則ポルトガルはハプスブルク家のスペイン帝国に併呑されている。この史実よりやや早い流れの現象が鍵であり、これを起点とすればおよその図面は描けるはず。天彦は確信する。


 でなければ旧海洋帝国の介入などあり得ず、そしておそらくキリスト教(イエズス会)の介入もあるのだろう。あの船団(旧型キャラベル船二隻、巨大キャラック船三隻、最新鋭ガレオン軍船二隻)の構成はそう紐解けば間尺が合うからだ。

 つまりディエゴは特大のとんでもない爆弾あるいは地雷を押し付けてきたのであった。彼が意図しているかどうかとは無関係に。



 …………。



 不意に空気が凍った。むろん比喩だが本当にそれに近しい空気感に変わったのだ。天彦を起点として周囲すべてが。

 それを証拠に直前までの騒然がまる嘘のように静まり返り、誰もが身動ぎもせず息を凝らして突然の変化に戸惑っていた。


 その静けさを強要している元凶はともすると沈痛を感じさせる悲痛を浮かべ、だがあるいは見る者が見れば凶悪無比を彷彿とさせる凄惨な表情を浮かべて深い思考の闇に落ち込んでいた。


「ラウラ」


 やはり旧海洋帝国が絡んできた。むろん想定はしていた。だが実際に直面すると乱れるバイタルを操ることは容易ではなかった。

 旧海洋帝国が絡むとなると必ずそこにはカピタン・モールは外せない。カピタン・モールとは海洋帝国在外総領事の管理職名。そう。

 天彦の命の大恩人であり最愛の家来を奪い去っていった宿敵であるフェルナンド・メネゼス総督のことを思い出さずにはいられないのであった。


 彼を思うとき天彦の感情は複雑になる。最終的には複雑すぎてぶっ壊れる。

 命の恩人には当たり前だが絶対の義理がある。彼がいなければ天彦は確実に絶命していただろうから。けれど……。

 最愛の家来を強奪していった者は何となろう。やはり恨むべく宿敵ではないだろうか。

 事実は闇の中。だがラウラが事情を明かさずに天彦の許を去る不義理など犯すはずはなく、つまり交換条件に我が身を差し出したに決まっていた。誰がなんと言おうと鉄板の絶対に決まっていた。フェルナンドコロス……!


 だがこの場での直接対決は叶わない。

 射干党調べではフェルナンド・メネゼスは勇退し後任アントニオ・デ・ソウザに提督兼総領事の席を譲っているから。が、それでも無関係ではないはずで、かりに無関係でも繋がりは確実にある。この時代の役職は勇退復帰を繰り返す。旧職が現職など日常茶飯事なのである。


 勝たなければ。


 天彦の思いが想いへ。そして意気込みはメイビーからマストへと格上げされた瞬間だった。

 ラウラに届くと信じているから。あるいは届けたいその一心で。


 天彦が闘志を静かに燃やせば燃やすほど、相対的に場の空気は冷えていく。

 静謐より厳かな静けさの帳が降りる中、あるいは戦国一空気を読まない代表格の侍大将がぼそっとつぶやく。


「で、二割も負けてやったのだ。入港税はいかほど支払う」


 すると体感ゼロ度だった空気感がにわかに温かみを持ち始めた。


 こいつ……。


 天彦は二重の意味で舌を巻いた。場をかき乱す突破力と、そして果たしてどちらが化け狐であるのかの二つで。

 やはり三介は愚か者ではない。ならばたわけ者であるはずがない。

 天彦は遂に確信する。あるいは再認識なのかもしれないが、このとき確実に織田三介を視界と脳裏のど真ん中に入れて確と存在を認識していた。


「五百。で、どうさん」

「寝言は寝て申せ。これだけの船だ。二千貫が始まりであろうよ」

「アホな、百貫文が相場やろ!」

「相場にあのような船はあったのか」


 あ、はい。


 結果三千貫文。即ち3億6千万円徴収という名のぼったくられた。

 未来の現代JPYに換算する意味はないけれど。なんかね。小市民はついしたくなっちゃうから。


 とほほの天彦を元気づけるべく動きをみせたのはやはり頼れる一門ファミリア筆頭格である兄弟子与七であった。


「参議」

「はい」

「参議は少し入れ込みすぎです。ここは某にお任せください」

「……でも」

「お任せください」


 あ、はい。


 久しぶりに見た兄弟子渾身の気迫に気圧され一番槍の栄は譲ることにした。

 やはりあの大船団を目の前にすると商人としての血が騒ぐ、あるいは矜持が疼くのだろう。天彦にも少しその感情が理解できた。


「好ー候ー、好ー候ー!」



 よーそろー――! 



 二十石積みの淀船およそ百艘が先導船の船頭の掛け声に呼応し、一斉によーそろーの大合唱を始めて船着き場を離れていった。




 ◇




 人員を乗せた淀船が船着き場につくと続々と人が上陸してくる。

 やはり目立つのは軍服の軍人である。だが軍服に負けず劣らず人目を惹くのは漆黒の礼服でお馴染みの修道着である。


 出迎え側は吉田屋を軸とした二十名ほどとディエゴ、そしてポルトガル・イスパニア領事館(商館兼務)の面々と、各々の通訳がおよそ二名ずつ。天彦の出番はない。臨機応変対応ではなく当初から予定されていた手順通りである。

 天彦の出番はもっと密で濃厚な終盤戦までお預けである。名付けて言いたいことを言わせようの巻作戦である。言語スキルは取って置く。


「ようこそお越し下さった。私はこの交易を取り仕切る吉田屋の店主、与七と申します。よろしくお願いいたします。長旅でお疲れでしたでしょう。まずはごゆるりと旅の垢でも流されるがよろしいと存じます」


 代表で与七が如才なく歓迎の意を表明し手厚く来賓を迎え入れていく。

 軍人、商人と次々と紹介され挨拶を交わしていく中、やはりいた。

 ポルトガル・イスパニア貿易では必ずと言っていいほどセットで紐づけられてきたキリスト教(イエズス会)のご登場に、出迎え側の三列目最後列に控える天彦の表情は思いの外硬くなっていた。


 だいたいこの時期前後から正常だった交易が怪しく可怪しくなっていく。というのが天彦の見解であった。

 というのもイエズス会の財務担当役職であるプロクラドールが設置され、イエズス会が貿易に本格参入してきた時期と被るのだ。

 毎年50ピタの生糸を取り分とする片務契約を締結しての教会参入は、宗教という概念に対する印象をどう考えても悪くさせた。何より天彦の思想とはどう頑張っても相容れず結果的に潮目の変化と結び付けさせてしまうのである。


「ワタシ、ハ、プロクラドール、ノ、ミゲル・ヴァス、デス」

「おおこれはご丁寧に。ようこそお越しくださいました。ささ、どうぞあちらへ」

「オブリガード」


 ハグをして頬キス。与七は相手方の作法に従い応じられるまま挨拶を交わして事務的に送り出す。

 ミゲル・ヴァスは自らをプロクラドール(財務担当責任者)と名乗った。

 だが十名ほどの中では一番の若者でありどちらかと言えば雑用係が似合う青年修道士イルマンであったのだ。


 一人また一人と名乗って挨拶を交わしていく、残り二名となったとき、


「ワタシ、ハ、ルイス・デ・アルメイダ、デス」

「ようこそお越しくださいました。ささ、どうぞあちらへ」

「グラシアス」


 いた。


 ルイス・デ・アルメイダ。天彦でも知るビッグネームが紛れていた。つまり彼方も天彦と同じ戦術をとってきている証である。

 アルメイダ病院の元ネタの人。彼こそ真実のプロクラドール。肩書は違ってもきっとそう。天彦は確信する。

 何しろ彼はコスメ・デ・トーレス日本支部長の秘蔵っ子であり、改宗が難しいあるいは難しそうな土地に率先して派遣された期待のエリート伝道師であったのだ。

 彼は医師でもあったためかなりの民の命を救った。その功績は率直に称えられるべき偉業である。だが惜しむらくは宗教人であることか。

 この時代のキリスト教はかなり原理的傾向が強く他の教義を一切まったく一ミリも認めていない。存在自体認めていない。つまり地球上から排除一択という実に血生臭い強硬な教義であった。



 閑話休題、

 そうこうしてると交易使節団は出迎えの馬車十台に便乗して乗り込み、会談場所に指定された宿泊先でもある桑名の地場問屋屋敷へと送り届けられていく。

 競取り兼仲介役のディエゴもホスト役として共に馬車に乗り込んでいた。


 一団が砂塵を巻き上げる馬車の最後尾を見送り届けると、一旦役目を終え人心地ついた与七が天彦のもとへと向かってきた。


「お役目ご苦労さん。カッコよかったん」

「お褒めに預かり光栄です。しかし逐一参議の予想通りでしたね。さすがの知見にございました。改めて感服しその底の見えぬ叡智に脱帽いたします」

「兄弟子はいっつも大げさなん。身共はしがない参議なん」

「あはは、まさかにございます。これでかなり控え目で通っておりますよ。しかししがない参議とは雅なことで。某も上を目指すべく更に精進いたしまする」


 あはははは。


 二人して朗らかに笑い合う。

 大げさではなく相手陣容は天彦の想定と寸分違わぬズバビタであった。


「さあ五百万石の大事業、参議の腕の見せ所です」

「全部押し付けはひどい!」

「ならば微力ながら一割合力いたしましょ」

「焼け石に水!」



 あははは。



 与七は天彦の気配がいくらか和らいでいることに勘づいているのだろう。

 ならば腕の見せ所とばかり殊更笑いを提供する。それはともすると不甲斐ない菊亭家中に発破をかけるかのような気概にも思え、しかし反面。

 あるいはこれこそ正しい参議の操り方であるといわんばかりの技術を逐一伝授しているかのような丁寧な手順を踏んでいるようにも思えるのであった。


 対する天彦も知ってか知らずか兄弟子与七の見せるすべての応対に対し丁寧に応接してみせた。むろん終始穏やかに決まってにこやかに。

 しかしそれは他には適わない兄弟子だけにできる技前であり、それも偏に人徳のなせる業ですよと、こちらもこちらで敢えてわかるように振舞っているように見えるのだった。


 お互いが優しさを押し売りしあって、ややあって、


「こちらが目録です。お改めください」

「たしかに預かったん。どれ……」


 積荷目録、

 珊瑚、辰砂、鉛、明礬みょうばん、水銀、鈴、生糸(白糸と撚糸)、ガラス工芸品、眼鏡、天鵞絨ビロード、鏡、鉄砲、大砲……と、あった。


 細やかな物ではもっと無数に。どれ一つとっても高値で取り引きされる爆売れ必至の品々である。それが1,500トン級のキャラック船に三隻。満載されているのだ。力まない方がどうかしていた。


「兄弟子」

「はい。ここにおります」


 天彦の変化を機敏に感じ取った与七は背筋をしゃんと直立して応じる。


「うん。こたびの交渉。かなり厳しいものとなろう。それは本国の事情が複雑に絡んでいるからなのと、日ノ本の情勢が複雑に絡んでのことである」

「はい」

「ポルトガル海洋帝国はそうとう押し込んでくるやろう。不均衡な値付けの金・銀を寄越せと。そしてイエズス会の布教浸透と合わせて」

「……ですか」

「そやけど押されたらアカン。最悪はすべて送り返したったらええさん」

「え」


 与七は固まる。天彦の言葉が誇張や豪語ではないと感じたからだろう。

 天彦は与七の予見の正しさを裏付けるように、更に言葉を重ねて訴える。


「今後日ノ本は交易ラッシュに突入する」


 天彦は自身でしまったと思った。発言自体にではない。目で捕捉してくれるはずのラウラを探してしまっていたから。じんおわ。

 だが居るはずもない。天彦は瞳ぜんぶに哀しみをにじませて続ける。


「世界中の列強と呼ばれる国が日ノ本に殺到する。そやからイスパニアや海洋帝国にせっつかれても焦ることはないさん。まして武力で脅されようものなら徹底抗戦するべきなん。なぜならネーデルランド(オランダ)やイギリスといった後発組の帝国勢は、先発組とちごて会社と呼ばれる民間方式を採用して我が国との貿易に参入してくるのやから」


 与七にはわかったのだろう。大きく目を瞠ってすぐに考えこみ始めたから。だが他はポカンである。理解できている者もいるがかなり訝しんでいる。


 だが天彦は知っている。これはすべて事実であると。

 チートではない。ライフハック。

 この後すぐ列強の民間会社が乗り込んでくる。黄金の国ジパング伝説を信じて夢見て。

 実際は付き合ってみないとわからない。だがイギリスやオランダの南蛮貿易はかなり好意的であることは伝え聞いている。なにせ船団のすべての乗り組み員が非軍人の商務員で占められているのだから。軍艦外交しかなかったこれまでを思えばそれだけで十分真面と言えるはず。


「金・銀は相場のこの金額で。生糸はカルテルを赦したらアカン」

「はい。確と肝に銘じます」


 与七はこれで十分だ。なにせ戦国一の大商才マンなのだから。

 問題は自分自身。自分が勝てなければすべて無意味。逝ってヨシ。

 こうしている今もラウラの笑顔が曇っていると思うと気が狂いそうになる。


「ほな参ろうさん」

「はい」


 天彦はマクロはすべて与七に預け、自身はミクロ即ち当りをつけた本星攻略に全集中。いざ会談の場へと場所を移すのだった。













お読みいただきましてありがとうございます。


では副題の答え合わせです。矜持は大問屋角倉了以、使命は教会財務担当プロクラドール、強かさは領事館(商館)職員でした。天彦はなんでしょう。ちょっと掛かっている感じかな。


というよりも! 左右の肩にロキソニン張って腰にバンテリンコルセット巻いてイブ飲んで書いてる。アホなん氏ぬ。

もう満身創痍。こうなればフォロワーの愛でしか治りません。ということでインターネットハグ募金しろ。☆で最上、ブクマで上々、いいねで感涙いたしますのでお願いします。

内容はさて措き頑張ってるでしょ┌○ペコリの感情で。あの大谷君が電撃的に結婚したんです。御祝儀相場があるのでは。ほなら身共にかて奇跡おこれ。四年に一度の軌跡を信じて。


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― 新着の感想 ―
[一言] 無理はあかんのよ
[気になる点] とりあえず、、作品にではなく筆者様ご自身に奏上いたします、、 書かなくていいから寝てください!! [一言] いやマジで、菊亭さん見たいけど、筆者様がじんおわしたら続き誰が書くん…
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