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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
八章 友愛神楽の章
143/314

#08 足し算の巧、引き算の妙

 



 永禄十二年(1569)十月七日






 ディエゴとの会談を終えて十日余り。天彦は妹ちゃん大好きだお同盟を締結した盟友の面目を立てるため、それこそ寝食を忘れて方々を駆けずり回った。

 太政官参議権限を使わず裏から手を回すという姑息な手段を用いて朝廷から港を管轄する官吏を招聘に始まり、ありとあらゆる手立てを駆使して聞き取りをおこなった。結果やはり封鎖令が布かれていた。それもかなり強硬な文言のやつが。

 だが勅ではなかった。即ち朝廷は表立って介入しておらず将軍家と関白近衛との連名による封鎖指令であったのだ。


 どうも訝しい。だが意味合いが違ったことは天彦にとって追い風であった。

 さすがに帝の勅なら面と向かっては歯向かえず、打つ手もそうとう限られていただろうから。

 ということで表立って太政官参議の権能を行使して、真正面から堂々と少納言局から話の分かる(賄賂が効く)侍従を呼びつけて更なる聞き取り調査を行った。

 するとどうだ。やはり帝の御内意は内々に下達されていたようで幕府下達書簡としては最上位の格式の半ば勅(宣旨)と同等の御扱いとのことであった。うむ納得。


 しかし実に舌の滑らかな少納言曰く、御内意とはいいつつも何やら近衛のごり押しらしいのだ。下達に箔をつけるための。内裏では専らその噂でもちきりとのこと。実に興味深い少納言リークであった。

 天彦は脈絡だけで直感した。ひょっとすると東宮さん頑張ったんとちゃいますのん、と。きっと頑張ってくれた。この日ノ本の発展のために。何かにつけてセンスのある世情に明るいお人だから。


 むろん天彦の事情とは無関係だがやはり嬉しい。トップがトップとしてちゃんと機能しトップにトップたるセンスがあると下は戦いやすいので。

 そしてすると東宮周りのブレーンである未来の親戚筋も頑張ったのだろうと予測できる、ちょっといやかなり嬉しくなるのだった。

 天彦は噛みしめる。頼れる仲間が果たして同時に頼もしい身内としてもいてくれる感情を。そしておそらくこの世界に生まれ落ちて始めてだろう感激を切に感じながら余韻に浸った。


 ありがてー。


 だが何もかもは上手くいかない。いやそこは行けよ。いつも思う。だが現実は何やかや躓きが付き物であった。

 いくつかあったが中でも特大急に飛び切り蹴躓いた一番のトラブルは何といっても越後と尾張のVSだろうか。いや痛恨――!

 今が最も戦国ぽいかも。天彦がそう感じてしまうほど緊張感は特大で、かつてないほど高まっていた。都を占める俗人の感情もやめとけ氏ぬ。まぢで無事では済まないから。ほとんどがそんな意見で占められているとかいないとか。


 まああるのだろう。その代表格の天彦はおそらく両陣営に向け合算百通では下らぬ仲裁の書状を送っているが今のところ梨の礫。あるいは音沙汰なし。音信不通ともいう。

 きっと途中で大量の黒ヤギに襲撃されたとしか思えない返事の無さだけが気がかりだが、現状ではまだ直接の戦火は交えていないので、天彦の焦り度もまだ50を行ったり来たりしている感じ。猶レッドラインは70です。

 但し局所的な代理戦争はすでに勃発していて、ドラゴン謙信公率いる越後勢は相模後北条家を。魔王信長公率いる尾張勢は三河徳川家を自陣に見立ててどんぱちおっぱじめてしまっていた。


 それもこれも越後が強大化しすぎたため。中世重要な港町は三津七湊と言われているが、越後はこの内すでに三つを掌握あるいは実効支配に置いている。

 これはとんでもないことで、やはり謙信公が航路の重要性と経済の本質を見抜いていることの表れであり、その導線上には必ず天下布武へとつづく道が開けているように思えてならない。いやいるのだろう。

 そんな可能性を示唆されて黙っている魔王ではない。そうでなくとも経済を誰よりも重視する経済大名の筆頭格である信長が超超・超危険視しても可怪しくはない。むしろ必然の流れであった。

 猶、三津は安納津(伊勢)・博多津(筑前)・堺津(和泉)であり、七湊は三国湊(越前)・元吉湊(加賀)・輪島湊(能登)・岩瀬湊(越中)・直江津湊(越後)


 困った。あてにしていた直江津も保険を打っていた堺湊も使えないとなると天彦の人脈では手詰まり……! ではなかった。

 天彦は閃いたその瞬間には手紙をしこしこと認めていた。ディアフレンドお兄ちゃんさんへ、と。

 なさることよでお馴染みの大親友ずっトモ一歩手前という名の一生届かないだろう寸前の知り合い以上友だち未満の三介(織田具豊)さんこと茶筅丸くんに熱のこもったラブレターを認めて今に至る。←今ココ。


 天彦は北伊勢(三重県)にある桑名湊にやってきていた。

 兄弟子与七こと角倉了以パイセンと競取りのディエゴ子爵と共に、スペイン領事館の数名を主賓として。

 菊亭からは与六・高虎の遠征組を除くイツメン(雪之丞・佐吉・是知・且元・氏郷)とリンちゃんルカちゃんと野生の海賊姫じゃんも同行させてやって来ていた。


 むろん魔王にバレたらガチギレされること必至である。ガチギレで済めば御の字であろう。いずれにしてもガン詰めされることは請け負いで、されるのは三介だ。天彦は痛くも痒くもないのである(棒)。わっる。

 戦争なんて非経済的なことをやっているノッブが悪い論法で逃げ切る心算の天彦は、けれどちゃんと逃げの保険も打っている。当たり前。


 魔王は自身の出世には慎重である。それは事実。未だに弾正忠であることからも明らかで、だがしかし身内や臣下の出世栄達となると事情は違った。

 あまり知られていないが信長の家臣待遇は悪くなく反対に非常に熱心。実は事あるごとに家臣の猟官活動を推奨していたのである。天彦にもよく零していたくらいだし。家の者は欲がないと。

 その観点から今回の保留となっている三介の祝賀を兼ねて、昇爵と昇位を担保に未来の鯛を釣り上げてという寸法である。尾張の内府は鯛であろう。知らんけど。


 即ち餌は三介の官職と例の切り札。命名するなら叡智貸し券wか。これはwまでちゃんと入っていて正しい表記。なければ誤用。これは試験に必ず出ます。

 北伊勢侵攻の際ピンチで一回だけ有効としてアドバイスをくれてやった例のやつである。彼にはピンチが多いから。草。


「桑名は実に良い湊やね。お日柄も絶好にええし後は無事船がお着きにならはるだけやなぁ」

「ほんに。加えてあとは大型船(1,000トン級)が乗りつけられれば、この港さんもゆうことなしさんなんやけど」

「あはは、天彦さんは本当に剛毅や」


 了以が朗らかに笑って場を和ませた。たしかに剛毅。それを可能とするには果たしてどれほどの銭を必要とするのか。この場の誰もが目算で算盤を弾いているはず。

 そんな彼らの目前には木曽川と長良川、そして揖斐川の三大河川が合流する良港が広がっていて、港には二十石船(淀船)が無数に今か今かと手薬煉ならぬオールを休めてガレオン船の到着を待ち受けていた。


「信濃を地方経済圏の基幹都市にしはるんや。きっと港くらい容易に改修しはるんやろねぇ」

「なんぼ兄弟子でも京都ミームやめろし」

「……京都、みーむ?」

「陣屋の女将が“あら菊亭さんずいぶんお達者にならはってようおすなぁ”や」

「ああなるほど。五月蠅いから雅楽もほどほどにしいの言い換えとな。ではまさに某の意図するところを押さえているなぁ。みーみ、覚えた」

「おいて!」


 ほんでミームや。


 あははは。


 またぞろ和む。しかし会話を交わしているのは天彦と了以ばかり。しかも会話としては実に幼稚で中身の薄いものばかり。

 というのも皆これから登場する三介こと織田具豊を知らないので、そうとうガチガチに緊張していた。それはそう。

 何しろ武力でこの地を分捕ったばかりの侍大将なのだから。しかも飛ぶ鳥を落とす勢いで版図を広げている今最も注目される織田家の直系の。

 するとやはり天彦、茶筅さんと幼名で呼び合うほどの中である天彦とその天彦の尊敬を集める大金主が頼りとなる。


 三介(織田具豊)はまだ北畠も継いでおらず伊勢国司も拝命していない。

 その裏には織田家と将軍家とのまだ見える化していないけれど何らかの形での確執があるのだろうが、天彦にはわからない。

 信長が将軍義昭と朝廷の調停案(北畠を生かし和睦する)を受け入れていない時点で歴史はかなり変質してしまっていた。


 変わっている繋がりでこちらも一つ。ディエゴに話を訊くと、イギリス・ネーデルランド連邦共和国オランダも貿易競争に参入。これは史実にない現象である。イギリスの参入もネーデルランドの独立も早まっている。あるかもしれないが天彦の記憶にはなかった。

 猶、属領ネーデルランドの総督を長く務めていたのが生前のディエゴ伯父さんフェルナンド・アルバ公であるらしい。


 猶、更に余談だが荷を捌かせる商人をあたるのが一番難航した。というのも吉田屋を頼れないと冒頭から可能性を消去していたから。とんだ無駄足である。

 天彦からすれば尤もで、吉田屋と直接取り引きのあるディエゴが捌いているのだ。吉田屋は情勢を鑑みて降りたのだと考えるのが判断としては妥当である。

 ところが実際は違っていた。ディエゴは吉田屋と直接的な取り引きはしていなかった。とんだ見栄っ張りであった。

 気持ちはわかるがその要らん情報のおかげで天彦の数日間が徒労に終わったことを思うとまあまあの重罪であった。


「ギルティ」

「くっ……、ごめんねアマヒコボーイ」

「そんなお馬鹿で見栄っ張りなお前さんにはこの言葉を送ったろ。御免で済んだら弾正台は要らんのよ」

「ジーザス」


 くくく。


 兄弟子与七こと角倉了以の笑い声が小さく響く。

 終始和やかなムードで天彦と吉田屋とディエゴの三人が緊張の面持ちのポルトガル領事館の職員を交えて最終打ち合わせを行っていると、


「いや派手! 360度バカ! ぽいじゃなくバカ丸出しっ!」


 唐突に天彦のツッコミが炸裂する。だが炸裂しても猶ツッコミが霞んでしまうとんでもおバカな馬車が出現したのである。


「儂、ちごた麻呂登場!」


 くっは。


 三介が姿を見せた。バカ殿風のメイクと衣装を施して。まぢでおもろい!


「天彦!」

「茶筅さん!」


 二人はがっちりと手を取り合い、久方ぶりの再会を祝う。


「よう来たな。迷わずこれたか」

「うん。参れたん。茶筅さんのお顔見れて嬉しいさんやわぁ」

「そうやろ、そうやろ。わ、麻呂も嬉しく思うぞ、おじゃる」


 じっくり旧交を温める。真顔やめろし。くっころ氏ぬ。

 三介のバカ殿メイクは真顔になればなるほどキラーコンテンツであった。


「そうだ。今日は何か珍しい物を見せてくれるとか。儂、ちごた麻呂は期待しておるぞおじゃる。……これどうだ」

「やめとき」

「やめとくか」


 あっさり。きっと挑戦中だったのあろう公家言葉を秒で放棄し、化粧臭い顔もお高そうな着物の袖でゴシゴシ。それだけでは当然落ちっこないので小姓に濡れた布を持ってこさせて完全に白粉を落として再登場。どや。


「白粉はやめた方がええん」

「わかった。そうする。儂もちまちまと煩わしく嫌いであったから丁度良い」


 意味は違うが結果は同じ。話を進める。上手いこと。


「そうだ。今日は何か珍しい物を見せてくれるとか」

「そうや。茶筅さんは見たことある。1,000トンのお船さんを」

「せん、とん……?」

「ああ、そうやね6,500石船や」

「ろくせん!?」

「そう」


 三介は首を猛然と振った。むろん左右に。

 この時点で策は十中十はなったのも同然。


「見せたろ」

「ほんとうか! ……いや拙いぞ。見たいのは山々だが、親父がきっと止めにきよる。何やら厳戒令とのことなのでな」

「ダイジョブ。だってもうすぐに参るから」

「おお……! おぉ? お前、本当に大丈夫か。儂、どつかれるのは厭じゃぞ」

「ちっ、だる」

「あ?」

「ははは、ダイジョブ、ダイジョブ」

「ならばよい。見せよ天彦、6,000石の大船とやらを!」

「任せとけ!」


 しめしめ。が、三助も少しは成長の兆しを見せるのだった。


「天彦。但し対価は支払ってもらうからな」

「まんじ」


 バレてーら。てへぺろ。


 野生の勘が働いたのか。あるいは元から聡明なのか。

 天彦はおそらくどちらもだと踏んでいるのだが、三介は実にらしくない怜悧な表情をほんの一瞬だけ覗かせると、それも束の間いつもの人付きのするやんちゃな小僧の顔に戻ってぽつり。

 天彦にだけ聞こえる声までボリュームを絞り、おいワルガキ泥船に乗ってやるから危険手当三割寄越せ。とつぶやくのだった。


 やりおる。やはり血筋は侮れないか。天彦は素直に感心してギブアップ。

 元から用意していた対価をさも降参した今この場で拵えたと言わんばかりのキツネっぷりで持ち掛ける。


「……官位は嬉しい。だが本当か。当家への風当たりは相当に厳しいと聞き及んでいるが」

「ほんまなん。信じて?」

「まあお前は信じられるな。なら二割に負けてやる」

「おおきに! ほな叡智貸し券wもつけたろ」

「おお! 北伊勢では随分とお前の策に助けられた。その節は世話になったな。その礼もまだ済んでおらぬ。では一割にしてやろう。……ところで語尾の不穏な感じは何か」

「些事に気を取られるな。小物で終えるぞ」

「お、おう」


 やはり勘が鋭いのか。だが予め都合していた餌で二割もせしめられたこの収穫は途轍もでかい。何しろ二割と一口に言っても500万石に対する20%はとんでももでかいのである。

 現状なら陸奥や相模やそのレベルの大大名の領地から上がる収益一年分相当額が20%なのだから。そういうこと。


 三介はやはり抜けていた。総体数に思い至らない時点でゼロ点なのである。

 だが同時に確信もする。

 三介は愛すべき大親友ずっトモ一生一歩手前の優秀な養分人材どまりなどではなく、すでに大親友ずっトモなのであると。


 あちら側がお断りであろうとも。一方的にね。


 と、


「な、何じゃ!?」

「あれさんなん」

「なに」


 巨大な汽笛が耳を劈き、反響して響き渡った。

 すると水平線の遠くに一隻、また一隻と巨大な船影が姿を見せた。


「おお、いよいよ参ったん。かっこええさん」

「でかっ」

「すごっ」

「なんと」

「やばっ」

「ほえー」

「なん、じゃん」

「ひょえーだりん」



 なんじゃあれはああああああああああああああああ――!



 イツメン語彙死滅のち三介の大絶叫の巻。


 初見ではないはずの天彦でさえその威容に度肝を抜かれたほどだ。それは凄まじいに決まっていた。


 そして、


「Wow。This lady is amazing……!」


 送り出した実家の子息が魂消ていたのでこの世界線での最新鋭大型船舶なのだろう。おそらくきっと。

 大型船を臨む者たちはまだ見ぬお宝を思い、今か今かとガレオン船の到着を待ち受けるのだった。


 だが天彦だけは少し趣が違うのか。

 いつものように薄ら笑いの顔はしている。だがその薄ら笑いは何かの予備動作のようで。さしずめ車でいうところのアイドリングでエンジンを温めているかのように秘めた闘志を燃やしている。

 絵に描いた餅をちゃんとたべられる餅に仕上げるのが天彦の領分であり本領発揮なのである。


 久々燃えるん。


 ちょっと失態つづきもあったので。いつになく気合が乗る。


 腰の入った読み合い化かし合いになることは確実で、やや緊張しているのだろう。掌をぐーぱー。息を凝らしてガレオン船を凝視するのだった。











【文中補足】

 1、湊と港

 機能だけなら港であり、町もひっくるめた都市機構となると湊の表記となるらしい。











お読み下さいましてありがとうございます。



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