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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
八章 友愛神楽の章
139/314

#04 知識が天に羽ばたかせる翼なら、ずっトモは

 



 永禄十二年(1569)九月七日






 茶々丸を捕まえた天彦は一階食堂で射干党の持ち帰る一報を待つことにした。

 射干党の持ち帰る情報は二種。茶々丸の送り出した指示班と、天彦の報せを受けてから数時間遅れで出した別班の二手の情報が持ち帰られる手はずとなっているのだが。

 どちらもまだ戻っていないところを見るに調査がそうとう難航してることを予見させた。あと調査員の質問題も少し。

 だがこれは射干党の落ち度ではない。すべては天彦の判断によるところ。主力を伊予に送ってしまったばっかりに。いくらなんでもやはり主力を総動員させたのは痛恨の判断ミスだった。


「菊亭、お前でもしくじるんやな」

「ミスってへん」

「それはさすがに無理筋やろ」

「なんで。主家たる西園寺が生きればそれでええ。この策のいったいどこにしくじりがあると申すん。ゆうてみ訊いたろ」

「……さよか」


 茶々丸はそれ以上を追求しなかった。できなかったからだろう。

 それほどに天彦の表情と気配はマンキンで張り詰めていて、有無を言わせぬ迫力があった。そしてその気配はこうして集う食堂にも波及していて、その緊迫感たるや戦場さながら。おいそれと無駄口を叩ける雰囲気ではない。

 何しろ兄弟同然の一の家来でさえ見た目に変調をきたしているのだ。一般家来や用人や旅籠の丁稚など普通の感情でいられるはずもない。


 それを証拠に普段なら笑いと軽口の絶えない大食堂が半ば静寂に包まれていて、軽口と無駄口と笑顔の権化であろう雪之丞でさえ空気を察して表情を律し白い歯一つ零さずじっと黙しているし。

 他も同様。食堂にはお喋り好きの給仕たちも大勢挙っているが誰ひとりとして無駄口どころか会話一つ交わしておらず粛々と己の務めに励んでいる。あるいは緊迫の面持ちで直立している。


 そんな中には野生の海賊姫主従やりんりん女子を始めとした射干党の諜報部員見習いたちも含まれるのだが、お喋り好きそうな彼女たちも同様に口を真一文字に結び真剣モードでじっと押し黙っている。

 但し野生の海賊姫だけは少し趣が違っていて、菊亭チョロ。そんな目論見がまんまと外れてしまったのか。目をあんぐりと見開き、訊いてたんと違う。

 今にもそんな不満を零しそうな不満たらたらな表情で、見当違いの不満を顔面すべてで訴えてはいるが。


 いずれにせよ天彦には、ときにこうして意識せず凛然として周囲を完璧に黙らせ支配するいわゆる一つの貴族的な一面があった。あるいは見方によっては大いに片りんを覗かせてはいるが。

 なぜなら本人はまったく認めないだろうけど、ともするとこうして他人を寄せ付けないこのヒリつく状態こそが天彦の最たる本質を映し出しているのであろうと思われるから。


 この説を主張するのはこの世に四人。第六天魔王と越後のドラゴンと本因坊算砂とそして教如光寿、即ち茶々丸である。

 そういうこと。茶々丸はこの誰よりも貴族である天彦のこの一面にこそ本質を見抜き惹かれているのだ。もはややられている。完全に参っていた。

 だから天彦に賭けられた。人生のすべてを。肉親を捨ててでも。

 茶々丸には天彦の時折り見せる神がかった神秘性と相俟って茶々丸には半ば神格化されて見えていた。草www


 むろん草を猛烈に生やしまくる場面だが、茶々丸からすればこのモードの天彦が一番好きな天彦なので歓迎こそすれ不満など一ミリもなかった。だから黙って意見を取り下げられたのだ。

 そして家人や用人はたまらない。うんざりだ。何しろこの状態に入った天彦はまるで別人。甘彦ではなく激辛彦へと豹変する。感情、判断、応接の一々すべてに外連味がなくなってしまうのだ。

 唐突にレイオフされた家人や用人も十や二十では利かない数いるだろう。

 故にこのギャップは萌える類のギャップではぜんぜんなく、単に熱くてしんどいだけの燃えるギャップなのであった。



 閑話休題、

 一刻も早く現地に向かいたい逸る気持ちはあるものの、天彦が参戦したところで籠城戦には何の役にもたたない。役に立たないどころか前線に負担を強いてしまうだろう。

 いざ戦が始まってしまえば無用。認めたくはないがそれが天彦の現実だった。


 だからといって手をこまねいている天彦ではない。

 都に居てもできることを虱潰しにあたっていく。むしろこの都で坐して勝負をつけてやるという意気込みで。


「茶々丸、お願いさん」

「……またか。同じ話を何べんさす気や」

「突破口が開けるまで何遍でも」

「与六、殺すか」

「あ?」

「こっちの話や。ええか」

「うん。お願いさん」



【茶々丸レク】


 四大寺社勢力と支持母体(箇条書きの場合は信者獲得数順となり図形に起こすと菱型トライアングルとなる)


 ◇上 本願寺⇔庶人(一揆・信仰)

 ◇右 興福寺・延暦寺⇔朝廷・公家(信仰・供物)

 ◇左 京都五山禅寺⇔室町幕府・武家(信仰・武力供与・出資)

 ◇下 キリスト教⇔大名・武家・庶人(信仰・南蛮貿易・文化)


 ※京都五山禅寺内訳、南禅寺(別格) 天龍寺(第一位) 相国寺(二位) 建仁寺(三位) 東福寺(四位) 万寿寺(五位)


 猶、矢印⇔には右()内に記された相互を結びつける双務的な関係性が嵌め込める。

 菱形のトライアングル図形の頂点に本願寺が鎮座するのは無視していい。何しろレクチャーしているのが真宗(本願寺)の申し子茶々丸なので。

 だが信者数基準の羅列なら正確な統計こそないものの確かにこの順になるのだろう納得の配置ではある。人々の認識との乖離がないという意味で。


 但しこれが資金力を基準とした序列に並べ替えられるとどうだろう。かなり入れ替わるように思えるが、天彦も茶々丸もその正確なデータを持っていないので興味にとどめる。


 ――以上、


 このように相互の関係性が明らかになったところで、天彦は次に個別の関係性を紐解いていく。

 まず特に注目したいのが五山禅寺(臨済宗寺格)と室町幕府との関係である。

 そもそも臨済宗が室町幕府オフィシャル教義となっている時点でお察しなのだが、両者の関係性は密接である。但し信仰と供物などという高尚・清廉な間柄ではなくもっと生臭くどろどろした人の血が通う関係性である。


 主だったところでは五山が主導する座の収益と同じく土倉・酒屋が生み出す巨額利益が幕府に環流されている点が挙げられる。が、そんなものは氷山の一角。

 五山が運営する商売は多種多様。それこそ近代財閥が裸足で逃げ出すほどの多角経営であり、それらを可能とするのも偏に幕府の権威と武力の賜物である。

 今や五山と言えば自治都市堺も真っ青なほど各所に様々なビジネスを展開していて、これらを総じて五山ビジネスモデルと言った。


 但し世間で広く言われているわけはなく、むろん菊亭内部のそれも極めて天彦に近しい筋だけで使われている用語である。

 そしてあくまで楽市楽座・減税政策を推進する織田モデルの対比検討材料として使われているだけで、菊亭はどちらサイドにも軸足を置いていない。

 ともすると座を残したい勢なので魔王からは五山禅寺派と誤解されているが、それは違う。何しろ天彦、減税が極めて波及効果の高い一流の経済政策だと知っているから。座や関を廃する規制緩和こそが自由競争の原理に適った冴えた施策だとしっているから。


 上記の構図を踏まえると天彦は規制派なのだが、どうしても誤解されてしまうだろう。すると菊亭のあるところやはり幕府の介入は避けられず、延いては近衛・鷹司もチャチャを入れるに決まっていた。

 このように宗教を紐解くだけでもありとあらゆる場面で室町幕府と織田家の政策はガッチャンコぶつかり対立することがよくわかる。ならば他も交えればそれこそ無数に挙がるだろう。何なら天彦との方がいくらか折り合えるまである対立軸が出来上がっていた。


 よって将軍義昭の織田排除はやはり必然である。視点を変えればマストでもあるだろうから。すると織田家の天下統一を下支えする菊亭との対立も必然か。本心では公武を横断的に柔軟に渡っていたい。風見鶏よと揶揄されても上等だから。だが……。

 天彦はそう遠くない未来、都からの追放を予感しながらも公家として矜持を全うするにはそうならないよう必死に立ち回ることを念頭に置き、やはり水と油の思いを強くしたところで、


「申し上げます。殿、射干の一陣戻った由にございます。ですが……」

「そうか。家族へは」

「未だ」

「ほならそっちが先や。あんじょう弔うたって」

「はっ」


 死は悼む。だが徒に哀しんではいられない。今は戦時中なのだから。

 だがやはり状況は芳しくないよう。十名ワンチームで送り出した先遣隊で無事帰還を果たしたのは僅か一名。その一名も這う這うの体でたどり着くなり果てたのだった。


「菊亭。ひょっとすると罠、張られたんと違うか」

「……かな」

「手強いの」

「ん? 茶々丸にしては珍しい。この程度で弱音なん」

「舐めるな」

「うん。やっぱし頼もしいお兄ちゃんや」

「ふんっ。……この仕掛け、亡霊復活の九条やな」

「どうかな。身共は違うと踏んでるけど」

「ほな惟任か」


 天彦は敢えて言及を避けた。式を解き答えを出すと茶々丸を責めているような空気感に必ずなるから。そう。

 天彦はすでに当たりを付けていた。たしかにどうやら仕掛けられていた模様。迂闊だがこればっかしは仕方がない。咲き誇れば刈り取られるのが菊の定めなのだから。とか。


 思ってもいない上手いことを言いながらも、天彦も当初からずっと九条を本命視して疑っていたがどうやら違う。

 ならば幕府か。だが室町幕府にこの周到さはない。与六を引くという運もないだろうから。何より一番臭い容疑者惟任は陰湿で策士だが大前提武士である。この時点で天彦の捜査線上からは除外されていた。

 武家と公家は同じ人間でも人種が違う。人種が違えば物事の捉え方も切り口も違って当然。そしてこの敵ながらまんまとしてやられた感にはどう考えても同質の公家の強かさを感じてしまう。


 だから近衛となるのだが、近衛も違うと勘が言う。何しろ近衛に戦力はない。ましてや表立って菊亭を攻撃できるはずがない。いみじくも近衛は太政官を司る長であり菊亭の直属の上司なのだから。


 だから違和感が拭えなかった。だがすべての条件だけを単純に満たしてやればどうなるのか。答えはそこにあったのだ。

 寺領、敵性、公家、それらが合致する存在。……そう。それはとても哀しい答えである。

 少なくとも天彦にはこの場で言葉にはしたくない仮説であった。そして限りなく否定のしにくい仮説でもあった。なぜならそれが正解だから。


「まさか……」


 さすがは茶々丸。野生の天才は自力で解にたどり着いていた。

 すると茶々丸はらしくない肩をすとんと落とし、常は自信に満ち溢れている好戦的な瞳を不安に揺らし、天彦の答え合わせをじっと待った。


 天彦はすぐにうんと頷く。それは哀しい以心伝心だった。


「……親父。そんな」


 ほんとうにそんな、である。茶々丸はもちろんだが天彦にとってみても酷だった。

 何しろこの仮説が証明されたあかつきには、晴れて菊亭、全寺社勢力の敵対化をコンプリートし正真正銘の仏敵へとランクアップを果たすのだから。やめて氏ぬ。


 たいていのことは受け流せる天彦でも、さすがにこればっかりはきつかった。真宗のきつさは他とはちょっと訳が違う。

 ならば予感がぽんこつ外れてくれればいいのだが。けれどそうはならなそう。そう考えると妙にピースが嵌るのだ。外れてほしいときほど妙に冴える勘どころだし。


 状況的にも黒である。

 茶々丸を通じて菊亭の動きは丸見えであり、おそらく茶々丸も近しい者には内情を伝えているだろうから。

 特別な悪感情や迂闊などではなく敢えて部分的に内情を明かすことによって敵ではないという態度を示す逆説的な策を採用して。天彦が茶々丸でもきっとそうしただろうから。但し今のままの条件の天彦ならぱっぱなど余裕でブッコロだが。


 本願寺は一向一揆ばかりがフィーチャーされがちだが歴とした寺領を持つこの時代に君臨する最大寺社の一角である。戦力面ではむしろ比叡山に負けず劣らず自前の戦力を保有している。

 ましてやそのポテンシャルたるや。本気を出した本願寺は絶頂期の魔王率いる最盛期のあの織田軍と互角に渡り合える武力並びに経済力を有し、何より十年にも渡る長期戦にも耐えうる強靭なメンタルを持つ勢力なのだから。


 そしてそこには確実に近衛家も関与しているはず。表立っては共闘できずともやりようはいくらでもある。

 天彦の仮説が正しいのなら今にもやってくるだろう。朝廷から誰のとは言わないが遺憾の意を表明する御遣い便が。


「儂、最悪やんけ。……すまん菊亭。お前の力になるはずがお前の足を――」

「ぜんぜんダイジョブ。余裕綽々や」

「何の、心算や」

「身共がしたいん、放っといてんか」

「放っといてってお前、……ほなしゃーない。好きにせえ」

「うん。好きにするん」


 天彦は震える茶々丸にぴと。ぴったりとひっついて全身で信頼を表現する。

 今の茶々丸はあまりにも危うすぎた。こうしてお気持ちを表明でもしておかないとすぐにでも飛んで消えて無くなりそうなほどに。


「子供の成長、見せたろや」

「お前」

「なに」

「……むちゃんこ頼もしいやんけ。さては偽物やな。おい者ども、ホンモン探すぞ! この偽物をひっ捕らえい」

「ひどっ」


 茶々丸が空元気でも意地を張ってくれるなら甲斐があるというもの。

 茶々丸のためならいくらでも出汁役買って出るマンな天彦は嬉しいと哀しいの表裏一体の感情を、やはり結局持て余し切なく思ってしまうのである。

 自分がいなければ少なくとも茶々丸がこの感情に苦しむ世界線は十年先なのにと。それでも結局回避できない茶々丸の宿命を憐れんで。


 そして本願寺光佐。この世で最も対戦したくなかった筆頭格のお一人さんである茶々丸ぱっぱ顕如が、初めて表立って天彦の前に立ちはだかるのであった。


「ゆうて身共、一ミリも勝てる気せんけど」

「奇遇やな菊亭。実は儂もや」


 天彦の人生訓と志向性的にあんな生ける厄災の処し方は二択である。懐に入るか遠ざけるかの。控えめに言って敵対するなどあり得ない。

 冷静な自分なら正気を失っていると笑うしかない。天彦はそれほどの愚かな行為であると言いきれた。


 一ミリも退く気も死ぬ気もない感情で。


 この仕掛けられた戦。敗北はもっとない。敗北すれば確実に与六を失うことになるからだ。フィジカルの与六ではなく与六のメンタルを奪ってしまう、ある意味での大敗を喫するだろうから。

 与六の気性と為人を考えて損得など勘定しない。彼の行く道は一本道。その道に天彦が乗らないのなら主君である資格はない。


 自分にも主君にも辛い辛いお家来さんなのである。樋口与六兼続というお侍さんは。


 此度の一戦、だから一時でも負けてやる道筋はない。拾えもしないし譲れもしない。狭い活路を抉じ開けるように、複雑な絡みを根気よく解きほぐしていくように、慎重に慎重をきして勝利をもぎ取らなければならないのだ。そうなる策を練っていかなければならないのだ。


「はは。身共、しんどすぎん」


 弱音も一瞬、天彦は脳裏にたった一人の人物を思い浮かべる。

 それは最先端技術で他を圧倒するチート大魔王でもなく、そのチート魔王を恐怖させるドラゴン毘沙門天でもなく、あるいは自身を凌駕する策士算砂でも心の支柱、大親友ずっトモ実益でもなく、ただ一人の顔を思い浮かべて、


「菊亭一のお家来さん。さあ満を持して出番やで」

「え。厭すぎるんですけど」

「ですけど?」

「しゃーなしですよ。貸しですからね。ほんま若とのさんは困らはったらいっつも某に頼らはる仕方ない癖、いったいいつ抜けますんやろ。ほんまアカンたれなんやから」

「……」

「なんですのん」

「嬉しそうやな」

「嬉しいわけありませんやん。どうせ面倒ごとやのに」

「うん。おおきにやで。弟お兄ちゃん」

「それずっと気になってましたんやけど、一々捻くれなあきませんのん」

「あきませんのん」

「はぁ。めんどいお人。ほな参りましょか。……で、どこに参りますのん」

「あそこ」

「……まさかやけど、東宮御所と違いますやろね」

「そのまさかさんやでぇ」

「う」


 天彦が正解を告げると雪之丞は背を向けた。そして次の瞬間には目にも止まらぬ速さで逃走を試みていた。むろん秒で茶々丸に捕獲されるのだが。襟首を掴まれる乱暴な抑え方で。


「死にますやろ! 首捥げたらどないしはる心算ですのん」

「飾る」

「ひっ、ごめんなさい。もうしません」

「そうせえ」


 茶々丸は雪之丞には案外シビアに接していた。雪之丞の男っぷりを認めているだけに元の評価が辛いのだ。

 そして雪之丞はこう見えて誰より恥を知るお侍さんだった。恥を凝縮して具現化させたような存在なのに。


「お雪ちゃん、東宮さんに合わせる顔がないんやろ」

「……みっとも無いですやん。東宮さんを家人扱いしたんですよ。阿茶局さんに至っては用人扱いしたんですから。どこに合わせる顔がおますのん」

「それが刺さったみたいやけど。ほなその件も詫びたらええさん。それとも一生逃げ回るんか。天下のお雪ちゃんともあろうお侍さんが」

「舐めんといてんか!」

「これは失敬さん」


 ふんす。雪之丞は鼻息荒くうんと頷き天彦を赦す。一番いい時のお雪ちゃんの顔をして。つまり弟お兄ちゃんの顔。


 煽ればこの通り。秒で態度を翻す。これぞ朱雀雪之丞である。

 雪之丞は曲者の多い菊亭にあって、こういう観点からも天彦にとって愛すべき稀有で貴重な人材だった。好き。


「ほな一緒にお着替えしよ」

「はい。あの若とのさん……」

「どないしたん不細工な顔して」

「はは、面白い冗句ですね。菊亭一の不細工がゆうと」

「おい。まあええ。で、なんや」

「若とのさん、一緒に謝ってくれますか」

「甘えたやなぁお兄ちゃん弟は。ええよ」

「やった! ん? 弟、お兄ちゃん、あれれ……?」


 念のため、


「是知」

「はっ、ここに」

「東宮御所へご様子伺いの先ぶれを。それと大炊御門へ遣いに参ってくれるか」

「ご当主経頼様でしょうか」

「そや」

「承ってございます」

「ほなこれを持っていってほしいん」


 その場でさっと文を認め是知に預け渡し、天彦の策は始動した。

 東宮に甘えるだけの策とも言えない策なのだが、この場合はとびきり効くだろう策であるはず。

 何しろ国に内外に次代の帝が菊亭推しであることを知らしめることになるのだから。但し……、


「魔王様にはごめりんこごめんなさい、やけど」


 許してくれはるよね。身共のこと好きやし。大好きやし。


 勝手な言い草だがこれも本心。何しろ信長の心算と都合を全面的に無視してしまう策となることだけが唯一の気懸りであるため、自分自身を勇気づけ鼓舞する言い草でもあるのだから。

 

 そして何でもないことのように振舞ってはいるが、相手さまは東宮である。立太子をお済ませになった皇太子であり次代の帝。お願い事が通る保証などどこにもなく、むしろ聞き入れていただけないことの方が自然な難しい立場のお相手なのである。御自身でさえずっと擬態をなさっておいでなほど難しいお立場でもあるのだし。


 だからこそ天彦はそれを承知で敢えて何でもない風に振舞っていた。一流かどうかはこの場にある多くの目が判断することだろうけど、心情的には一流のペテン師の気分で余裕の姿勢を崩さなかった。願いが届くように願を掛けて。




















お読み下さいましてありがとうございます。


うーんタイムアップ。どこかで区切らないと時間は……時間て何で有限なんやろね。展開にあまり納得いってませんけれど、どうにかこれでいこうかと思います。フォロワーの皆様の評価もそれほど悪くないようですし。

それでも展開おもんなかったらその時はごめんなさいします。よろしくお願いいたします。

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