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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
七章 八面玲瓏の章
116/314

#03 妖精王オベロンと妖精女王ティターニアと

どうぞ

 



 永禄十二年(1569)七月二十九日






 籠さんどこ、どこさん籠。


 お遣いさん曰く、ないとのこと。東宮との謁見にもかかわらず迎えの籠がない。この違和感たるや。

 急な招きはまだいい。そういうこともあるだろう。お相手はお偉いお人なのだから。だが籠が無いのは筋が違う。

 それに対する不満を抱いているのは天彦だけではない。むしろ自分たちの殿さまを籠もなく迎えを寄越された家来たちこそが大いに不満で不愉快だった。ただ言葉にしないだけで。


「舐められてる気がするんは某だけですやろか」

「ちゃうやろ」

「ほな怒ってくださいよ。菊亭を虚仮にされたら腹立ちますやん」

「偉いお人さんには下々にはわからんお考えがあらはるんや。堪忍な」

「若とのさんに謝らせるつもりやなかったんです。某の方こそごめんなさい」

「うん、ええよ」


 だが菊亭には権威を権威と思いながらも考えなしに見える化させてしまう人もいて、けれどほとんどの場面で彼は格好のいいガス抜き剤になるのであった。

 だがこのガス抜き剤は唐突に自身がガスとなって周囲を巻き込む猛毒を撒き散らせるので油断ならない。


「ねえ若とのさん、皇太子さんって変わり者なんですやろか」

「吝嗇なだけやろ」


 嗚呼、なんてことを……!


 そして巻き散らかされた猛毒は笑気ガスなことがほとんどで、主人から正気を奪い去ってしまうのだ。笑気だけに、とか。

 実際はゲラな天彦を面白がらせ周囲を失意のどん底に突き落としてしまうのだが、このときばかりは扱う題材がデカすぎて誰も何も触れられずにいた。

 それが至極真面な感覚である。しかしツッコミがないことをいいことに主従はどこまでも突っ走って暴走する。いつものノリで。


 そんな阿保すぎる主従に向けられる有りっ丈の白い目と本日二度目の痛切な“嗚呼”の声が漏れ聞こえた。

 だがいずれも主従に自重を促すまでには至らず際疾い会話は淡々と進められていくのである。


「ほな変わり者の吝嗇なんですね」

「そういうこっちゃ」

「それって若とのさんと一緒ですやん」

「アホ抜かせ。あんな引き籠りのボンボン御曹司と身共を同じにすんな。畏れ多いさんや」

「あ、畏れ多いと言うとけばだいたいええやつ使いましたね」

「うん、使こたよ。でも“の巻”は抜かしたらアカンよ。のにアクセントをつけるんや。あれがミソやし」

「の巻、ですね。はい。でもそれゆうてええんですか」

「ええやろ。ほんまなんやし」

「オニの形相でオニ怒ったはってもですか」

「誰さんが」

「あちらさんが」

「あ。……お雪ちゃん、そういう大事なんは早よ言おうな」

「そやし今言いましたやん」


 おい聞こえておるぞ、慎まんかっ――。


 遣いに叱られごめりんこ。慎むで済むなら御の字であった。


「お雪ちゃんのせいで怒られたやん」

「ええ」


 雪之丞は心底から戦慄いた。知ってはいたがここまでまぢもんの阿呆とは思っていなかったみたいな顔で。


 だが天彦は涼しい表情で受け流す。すべてだいたい事実だから。

 むろん表面上ではそれなりに対処はするのだが、天彦にはそれとはまったく別の意図があった。天彦は阿保だがただの阿保ではないのである。

 というのも皇太子は皇太子となる以前の親王だった頃からずっと隠されるように一切まったく外に向けてお披露目されてこなかった。まったくである。

 それが御意志なのかはわからないが、完全に対外的な行事事からは隔離されてきた皇太子は自身の立太子の儀でもごく一部の者にしかそのお姿を見せなかったほどの徹底ぶりで今日まできている。


 つまり何が言いたいのかというと、人が何かを隠したがるとき決まってそこには意味があるとしたもので。無いとむしろ訳が分からないのである。


 その皇太子が動いたのだ。隠密とはいえ然して隠さず。

 天彦は御前に就くその前にその意図を読み解くため適役である阿呆を演出し遣いを揺さぶってみたのだが、なるほどよく教育されている。まったく襤褸を出さなかった。


 だが家来たちの苛立ちは本気なのでそれなりに手当してやらなければよろしくない禍根を残すこととなる。案外これで当主稼業もそれほど楽ではないのであった。


「氏郷、そう色めき立つもんやない。お遣いさんが気の毒やで」

「はっ……、ですが」

「それもぜーんぶ掌や」

「あ、いや、まさか」

「ほんま。どうやら怖いお人さんのようやな」

「なんと……、しからばご無礼仕りましてございまする」

「うん、他も頼めるか」

「むろん。承ってござる」


 氏郷は感情型だが筋はけっして悪くない。後世の評価を基準にすればむしろいい部類なのだろう。説得には大した言葉はいらなかった。


 史実にはほとんど名を残さない皇太子がその後ろ髪を見せたのだ。これもきっと巧妙の一つなのだろう。そう予感する。天彦の当たらない方の予感だが。

 そんな予感の導きのせいか。この流れは天彦にとっていいばかりの流れでもなかった。

 悪いとも限ってはいないが、想定を外れてしまっていることは事実である。


 だからこそ天彦は残念とほほの感情を隠せない。善悪があるとすれば勝手にいい風が吹いたのだと感じて期待した天彦だけが悪いのだ。

 想定を外してしまった天彦はペナルティのつもりであまり得意ではないマルチタスクに挑んでみた。なぜ迎えの籠がないのかの謎を若干ではなく苛つきながら解き明かしつつ、東宮御所に向かう道すがら今後の営業方針を整理する。


 菊亭相関関係図はさほどややこしくない。それなら菊亭諸表か分限帳を作った方がよほど難解にもなるはずである。



 味方勢

 >西園寺家 >織田家 >上杉家 >武田家 >持明院家(新内待基子) >葉室家


 中立勢

 >朝廷(常に勝者の味方という観点での中立/但し反織田派) >目々典侍 >庭田重通(竜胆中将) >烏丸家 >山科家 >その他の公家


 敵勢

 >近衛家 >近衛家の麾下貴家 >足利将軍家 >惟任家を筆頭とした将軍家奉公衆 >九条家 >二条家・一条家・花山院家 >久我家(堂上源氏家) >あらゆる寺社勢力 >競合する座 >堺会合衆 >藤吉郎(潜在的に)



 ポジション取りの微妙な違いや漏れもあるだろうが大筋では違っていない。

 天彦は脳裏にそんな相関関係図を思い浮かべると思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 菊亭の御味方のなんと武門によった構成なことか。さしずめそんな感情で。


 近衛・九条の藤氏切り崩しは実質不可能である。家の同質性の高さもさることながら血の同一性が高すぎてどうしたって反発は避けられない。すると消去法的に自ずと見えてくる攻略ポイント。

 天彦は源氏に着目した。奇しくも源氏には気をかけてくれる人は多い。そこを頼れるという強みは大きい。そして何より源氏閥は数が多い。しかも血筋を頼れば武門に通じる家も少なくない。ここの攻略は確実に今後の流れを左右するだろう。


 当たりをつけた天彦は目下その方針で外交活動に腐心している。

 むろん源氏長者直の攻略は無理である。何しろ久我のご当主通堅は我こそが殿上人であり勅の遂行者であると豪語する痛いお人さんなので。

 そうでなくともあれと関わると帝の勅勘を食らってしまうという特大の地雷付きなので危なっかしくて迂闊には触れない問題があったので視界の中には入れていない。要するに場と相手を弁えないあぽーんは相手にしていないのである。


 よって源氏長者攻略は無理でもその郎党ならどうにかなるのではの巻。

 そう考えた天彦は攻略対象を大炊御門経頼に絞っていた。彼は実益の宿敵である。だが実益が宿敵と書いてトモと内心で呼んでいただけあって性格も為人も悪くなかった。実益とタメを張るだけあって痛いDQNには違いないのだが、悪い性質の人物ではない、らしい。ここ数日の聞き取り調査の結果では。


 天彦とは年齢も近く何よりまったくの同格である。今後まじめに出仕すればなにせ同僚参議である。出会う機会も増えるだろう。

 いずれにせよ自分に争う意志がないことを伝え、まずは敵愾心を解くことから始める。共通点の多さはこれから探ればきっと手繰り寄せられるはず。同じ男子なのだから。


 と、同じ性別どころか同じ生物ともあまり共感できない人物がほざいている時点でお察しである。そういうこと。正攻法では会ってもらえないことは確認済み。天彦は自分が思う百倍は公家町の住民を警戒させていたのである。じんおわ。


 と泣き言を吐いていると、内裏と通りを一本挟んだ場所にある東宮御所にたどり着いた。

 かがり火が焚かれた門扉をくぐろうとすると、ちょっとお待ちと足止めされる。


「参議さん、道中の無礼には目を瞑ります。そやけど御所内ではくれぐれもご無礼のなきよう頼みましたで」

「まだ分別もつかん小僧やから?」

「そない言うて欲しいのなら言いましょか」

「結構です。身共もそうお願いさん」

「……貴卿は切れる。それはわかった。そやけどそういう軽口こそが災いの元とお知りなされ。殿下は難しいお人さんや」

「御忠告おおきにさんにおじゃります。そやけど難しいかどうかは自分の目で確かめます」

「だまらっしゃい」

「あ、はい」


 やはり不機嫌。彼ら密使がなぜ徒歩なのかは訊かずにおこう。これで不機嫌になられても困るし不満の捌け口にされてももっと困るので。

 という推測が立ってしまうほど新皇太子の評判はよろしくなかった。遣いの使った難しいという言葉はそうとう修飾されていると考えていいだろう。


 天彦は東宮御所を見上げる。


 この御所の粗末な感じからも容易に想像がついてしまうが、あまり大事にされている印象を抱けない次代の天皇であらせられる東宮御所は、仙洞御所の隅っこにポツンと建つ粗末な一軒家のお屋敷の住民であらせられた。

 仙洞御所とは隠居なされた皇族の住居。少なくとも現役のそれも皇太子の住居ではない。


 質素といえば聞こえはいいが家臣より門構えの狭いお殿様のお家ってどうなんやろぉ。九条邸の跡地に入った史実にはない近衛家の一万坪の大邸宅を横切ってきた今なら強く思ってしまうのだが。


 そんないろいろと違和感だらけで腹落ちしない天彦はすっかり陽が落ち切った公家町にひっそりと佇む東宮御所を見上げながら、よし。

 一旦一切合切を忘れて臨む。案内に従って東宮御在所に上がっていく。




 ◇◆◇




「よう参った。まあ楽にいたせ」


 まさかの皇太子からのお言葉、お声掛けという想定外の事態。加えてまさかの事態がつづきすぎて出端を挫かれた天彦は大いに焦る。


「ご尊顔を拝し奉り――」

「そういうのは要らん。おい茶や。ええのん出したってくれ」

「はい、しばしお待ちを」


 あ、そういう……。


 そこには何とも評価の分かれる人物がいた。お二人並んで。

 推論を立てていたあれやこれやはみーんな間違い。それがわかった。

 誰も彼も、こちらに御座す皇太子でさえ自分が思う最適解を駆使して生き残りに必死なのだとわかってしまった。


 つまり噂のすべては嘘。嘘でなくとも事実ではない。そう見えるのはきっと擬態。

 そう確信できる人物が天彦の目の前にいた。


 そして横に並んでおっちんなさっている女性はきっと勧修寺晴右の娘、新上東門院晴子であろう。いわゆる阿茶局あちゃのつぼねである。

 そのお二人がまったく何も介さず天彦の目の前に座っていた。姿を隠す簾も人も介さずに。


 お人払いが信用の裏返しなのはわかる。実父が家令だしその実父を押し込んだのも天彦だから。よってそれなりの信を置いているというパフォーマンスの一環であることにも理解は及ぶ。

 だがせめて護衛くらいは付けて頂きたい。何かあったらどうするのだろう。何かあって困るのは御本人だけではないのだから。


 そんな皇太子夫妻は天彦が逆に不安になってしまうほど無防備に出迎えた。

 椅子に座って。洋風の脚が四つある魔王の私室には必ず備えられているあの洋風アンティーク調の椅子におっちん。丸テーブルの上には銀製の紅茶カップを置いて。つまり……、


「殿下は信長さんと……」

「うむ。弾正忠にはようしてもろてる。それで此度は呼び寄せた。許せよ」

「あ、いや、滅相もございません」


 真夏の夜の夢かな。


 天彦が一瞬お二人を妖精王オベロンと妖精女王ティターニアかと見間違えても不思議はないほどお二人の衣装は煌びやかで華やかだった。質素さんどこ、どこさん質素。

 天彦の困惑も尤もである。それほどにお二人の醸す世界観は維持するだけで銭を食いそうな気配がむんむんしていたのである。

 そしてその衣装の華やかさに負けず劣らず周囲の雰囲気が際立っていたのである。すべてが洋風に。


 被れてますやん。


 いや魔王に毒されたのか。それでもその素養があったのだろうけど。

 そう。招かれた室内はまるでシェークスピアのそんな世界線にでも紛れ込んでしまった錯覚に見舞われるほど、盛り盛りの大盛りに盛ったこの時代の最高峰に仕上げられたロマネスク調にデコられていたのである。


「参議、お前は招いてもよいと朕が判断した。意味はわかるな」

「はい」


 そう仰せの皇太子殿下は見た目十代半ばから後半の実に溌剌とした人物であった。未来の現代ならまだ高校生と呼ばれるお年頃だろうか。女房(実質的な室)であろうお隣の御方も同様に。


 そして天彦を見る目に少しの偏見や侮蔑と僅かな特権意識を覗かせつつも大いなる好奇心を隠せていない感じからもお察しのように、存在の秘匿された状況は御自身のご意志によるところではないことが明らかとなった。


 掌の上なんは……。


「何を深刻ぶっとるんや。お前ちんまいの。ちゃんと食べておるのんか」

「う゛」

「なんやその顔は。それは味方に向けてええ顔と違うぞ」

「放っといてんか」


 条件反射的に思わず口をつく悪態に、天彦はハッとした。だが、


「くははは! 訊いておった通りではないか。のう阿茶」

「ほんに歯に衣着せぬ、実にかいらしいお人さんなことであらしゃりますなぁ」

「くく、らしいぞ狐。いや待て。お前がかわいい? 朕はそれだけには同意しかねるぞ」

「う。……面目次第もおじゃりません」


 ボロクソ言われて謝らされる。これ何のご褒美かなコロス。


「おうおう一丁前に怒りおって。そうじゃチビ狐。忘れる前に申しておく。確と訊け」

「はっ、ありがたく拝聴いたします」

「うむ。弾正忠はもう帰らん。以上である」

「え」

「何を惚けておる。弾正忠はもう都を引き払い岐阜と申したか。美濃に戻ると申しておったぞ。朕に申したということはお前に伝えよとの言外の意志であろう。だから伝えた。以上である」



 のおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお――。



「待て、落ち着け。すーはー。すーはーはー、げふげほんげほん」

「どないした咽せて。茶、飲み」

「あ、ダイジョブです」

「大丈夫には見えんけど、さよか」


 くっ、誰のせいで。……うそーん。


 のっぶぱっぱ帰るとかワロス。何なら草を生やしたっていい。

 何しろ気付けば笑けるほどピンチになっていたのだから。むろんぜんぜんまったくこれっぽっちも可笑し味などないけれど。

 天彦は必死になって史実を掘り起こす。果たしてそんな世界線はあったのかなかったのか。それによって行動方針が大きく変わってきてしまう。


 嗚呼、なんてこったい。


 あったん……。まんじ、ほっ。


 北伊勢完全攻略を果たした史実の魔王信長は将軍に戦勝報告をすると祝宴も固辞して母国に帰った。

 おそらくここで後に引き摺る因縁めいたイベントが発生したと思われる。

 だがこの世界線ではそのイベントを踏む必要性がなかった。将軍義昭とその一党はすでに敵意を剥いているから。

 そして岐阜城に引き籠った信長を再度上洛させたのが、再三に亘って勅使を送り続けた朝廷である。つまり帝のご意志であった。

 だがこの世界線にそのイベントは起こりそうもない。ああも明確にお気持ちをご表明なされては。


 しかし思い出せたことは収穫である。じんおわ五秒前からの見事な生還を果たした天彦は本心からほっとした。そしてすぐさま記憶との整合性を補完していく。汗びっしょりの額を拭って。

 よかった。厳密にはよくはないがストーリー性としては一貫性があったのだ。間違っていなかったというだけでよかったと心から思えた。

 この上げ眉の柴イヌヘタレブサキモ彦は史実という名の絶対的教材がなければ一秒とこの血生臭い戦国時代を生き残れない弱っちい生物なのである。


 己が何者であろうとこんなサプライズは厭だ。その典型であろう予測しない事実の開示に寿命を縮める思いをさせられるのは二度と御免である。

 天彦は記憶の掘り起こし作業を喫緊の課題とした上で、まだ完全には油断できない。そっと探りを入れてみる。


「つかぬ事をお伺いいたしまするが、織田さんお帰りになられますのんは短期間でありましょうか」

「訊いてどうする。また悪巧みの種にでも使うか」

「殿下は御味方では」

「ほな味方にする態度と顔で会話をせえ」

「ひどっ。目性が虚無的なんは身共のせいやあらへんのん、およよ」


 くっくっく。おほほほほ。


 皇太子ややウケ。阿茶局大ウケ。ボケた甲斐があったん、ゆーてる場合か。


 散々な事実に加えて散々な言われようである。だがこれでハッキリした。

 天彦は確信する。皇太子と魔王は表面上の付き合いではない。それどころかもっと深いところで密接に繋がっていると。善悪ではなく事実として。


 だがどうやら皇太子が魔王に被れているのは趣味だけではなく、態度や仕草つまり志向性全般にまで及んですっかり毒されているようだった。


「おい狐。朕にも愉快な話を訊かせよ」

「ええ」

「なんや背くんか」

「背くとかそんなちゃいますん」

「口答えは背くのと同じやぞ」

「あ、はい」

「それでええ。おいチビすけ。外の話を訊かせえ」

「え」

「訊かせえと申したぞ」


 漠然としすぎ! もはや役職でさえないし。


 この通りダル絡みの仕方まで魔王そっくり。これ絶対に師匠間違えてるやつ。天彦はげんなりする。


「なんや渋りおって。最近あったおもしろい話せえ。越後に下向して龍退治した話がええ。あれせえ。越後の龍はどないやった」


 今度は限定しすぎ! しかも魔王には聞かれたくない際疾い話題やし。


 訂正。特権意識は僅かではなかった。壊滅的に偉そうだった。おそらく今後何かの拍子に致命的になるだろうレベルで。

 天彦はそうでもないがあるいは人を選ぶ偉そうさだった。今はまだ若いので人を不快にさせるだけですんでいるが、年齢を重ねるとお仕舞いです系の偉そうさである。

 それでも天皇とさえなってしまえば問題はないのだろうが、誠仁皇太子にはそれさえも確約されていないのである。なにせ史実ではもう十年もすればお隠れになってしまわれるのだから。


 だが……。


 天彦はここで閃いた。媚びを売って取り入ってしまえと。

 このそこはかとなくせこい考えを閃きといってしまう時点でそうとう弱っているのだが、いずれにしても取り入ることは決めていた。

 ただでさえ寝耳に水の魔王がいなくなるのだ。味方は一人でも多いに越したことはないのである。話題、話題……。


「殿下、真夏の夜の夢はご存じでしょうか」

「今やないか。暑いのうしかし。夢か、夢なぁ」

「いいえそうではございません」

「ほななんや。市井で流行っているんか。阿茶は知っておるか」

「いいえ。存じ上げません」

「おいチビ。疾く申さんか」


 シバく。いつか。


「真夏の夜の夢とはイギリスの戯曲、いや歌劇におじゃります」

「エゲレスなら存じておるぞ。これもエゲレス製や。その国の歌劇とな、なんぞそれ」


 食いついた。


「はい、それでは。昔あるところにアテネという――」



 ……………………、

 ………………、

 …………、

 ……、


 氏ぬ。


 

 お強請りは皇太子が睡魔に襲われるまでつづき、ゲロを吐きながら適当なあらすじを語らされる天彦であった。むろん喜劇らしくオチではパックの物真似までさせられて。


「はぁしんど」


 完全に寝落ちしてしまった皇太子が寝室へと下がると、代わって阿茶局が応接役を請け負った。


「参議、よう根気よう付きおうてくれた。大儀におじゃった。殿下のこのような笑顔ここ最近妾は目にしたこともない。なんぞ褒美を遣わそう」

「光栄至極に存じまする。新上東門院さんにおかれましては――」

「阿茶でええ。儀礼口上も余計や」

「はい。阿茶さん。身共も天彦とお呼び下されば嬉しく思います」

「それでええ。みな畏まってようゆわんのや。お前はええなあ、遠慮も知らんし」

「うへ」

「ふっ今のは冗談じゃ。気にはしとき。それで天彦、何を望む」


 果たしてどっちが歯に衣着せぬんやろ。まあええ。

 よし本題。お強請りは一択。攻略対象との面会権である。


「ではお言葉に甘えまして。大炊御門家との橋渡しをお願い致したくおじゃります」

「経頼か。なんや容易い。そんなんでええんか」

「はい!」

「……お前、同僚やないか」

「はは、あははは」

「まあええ。ほなゆうといたろ。今日は夜も更けた。泊っていくがええさんや」

「え。よろしいので」

「童が気を遣うもんやない。その顔はなんや。天彦お前、子ども扱いされたら途端にあかんな」

「そんなことおじゃりません」

「ほほ、まあそうやって不貞腐れていられるなら自覚はあるんやな。ほなお利巧さんな天彦に妾からは何も申さんことにしとこ」


 すると阿茶局は立ち上がりさっとお召し物の裾を払いあろうことか天彦に向かって一礼した。そして、


「一遍だけお願いしとこ。参議菊亭、今後とも皇太子を盛り立てたってや」

「はっ! 必ずや」

「うん、ええ返事やった。お前のことが好きになった」

「身共も好きです。妖精女王ティターニア様が!」

「おほほほ。ほんに愉快なお公家さんや。ほな好きなもん同士、またいずれ」

「御前失礼さんにあらしゃりますぅ」


 攻略手順書ゲットだぜ!


 そんなものはないがそんなテンションで天彦はルンルン御前を辞した。

 そしてここでも確信する。ほらね、やっぱり政治は女性やろと。














お読みいただきましてありがとうございます。誤字報告、連日大助かり感謝ありがとうございます。ブクマとポイントも徐々に伸びているようなので嬉しいです。ありがとうございます。


さて色々と糸が絡み始め、一方別の場面では絡んでいた糸が徐々に解れ始めた回でしたがいかがでしたか。京都が地獄の一丁目一番地になっとるやんけっ! と天彦の不遇にお怒りに方は乾燥欄にて対戦お待ちしております。

寒い日がしばらくつづくようですが作品フォロワーの皆さまにおかれましてはぬくぬくとお過ごしください。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お偉いお方さん(帝)に嫌われたなら、次世代のお方さん(皇太子)に好かれれば良いじゃない!(某ロココ調の女王様風) [一言] やった!一発逆転になるかはわかりませんが!祝!!攻略の糸口見つけ…
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