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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
七章 八面玲瓏の章
114/314

#01 ぼろ負け、もしくは戦略的あいまい性

 



 永禄十二年(1569)七月二十七日






 実益は思い立ったが吉日を体現してみせた。沙汰が下された即日に決意を固め翌々日には伊予へと発つべく公家町西園寺屋敷を後にしていた。

 むろんそのあまりに早い行動に周囲は異論を唱えたが、尚武の気風ここにありでお馴染みのあの実益である。余程でもないかぎり発言を曲げはしない。こうして伊予国西園寺家領への下向は独断で決定されここに決行されるに至る。


 下向当日朝早く。明け六つの鐘さえまだ鳴っていない静かな鴨川沿いに、実益率いる西園寺家先発隊家臣団は百騎ばかりの徒党を組んでまだ仮設段階の五条大橋東詰袂で足を止め、しばしの別れを惜しんでいた。

 しめやかにけれど厳かに別れの挨拶を交わすお互いの家人たちを対岸に臨む実益と天彦は、一門の総領であり一党の筆頭格である互いの立場を超えた感情と感慨に耽っているのか。

 長らくどちらからも声らしい声をかけられずに黙りこくり、お互いがお互いに対岸で行われている両家の微笑ましい交流の光景をじっと眺めてしまっていた。


 刻一刻と別れのときは迫ってくる。

 いったい何をしているのか。近場からそっと見守る両家の側近衆のやきもきする感情が伝播してくる中、彼らはまるで素知らぬ顔で、対岸に視線を預けて沈黙を貫いている。


 駆け引き無用の関係性である。何も間合いを計っているわけではないだろうに。むろん張る意地など今更ない場面。いったい何をしておいでか。いよいよ側近たちの苛々がピークに達しようとしたまさにそのとき、


「うおっ――どうどう。これ落ち着かぬか」

「実益!?」


 すると唐突に前触れなく、実益の騎乗する駿馬が前足を大きく蹴り上げ同時にひひんと嘶いた。どうどう。

 巧みな手綱捌きとはいかないまでも実益は周囲の心配を横目に見事に荒れる駿馬を操ってみせた。


 実益は鞍上から飛び降り地上の人となった。すぐさま駆け付けた家人に手綱を受け渡すと、


「なんやその顔は。舐めるな麿を誰やと思うとる」

「帝の勅勘を被った不良公卿で在野の公家や。あ、全部元か」

「誰のせいでこうなった誰のせいで」


 天彦は詫びない。だが実益も謝罪を求めているわけではない。

 この一件はすでに二人の中で何らかの折り合いがついている、あるいは解決済みなのであろう。双方共に涼しい顔で見合っている。


「おい子龍。こたびの下向、都落ちとは違うからな」

「何もゆーてませんやん」

「顔がゆうとる」

「ゆうてないし。身共がゆうはずないん。だって実益にはこのせせこましい都は似合うてませんもん」

「お、おう」


 実益の予想に反したのか天彦の言葉はクリティカルにヒットした。

 思わぬ角度から食らった実益は明らかに気恥ずかしそうにテレテレしながらも気合で嬉し味を跳ねのけるべくそっぽを向いて誤魔化すと、今度は一転イケメンを台無しにする鬼の形相で苦し紛れに反撃の言葉を探し始めた。


 天彦にしてやられどうにか一矢報いようとうんうん唸る実益こそ、これぞまさしくいつもの実益の絵面であった。

 だがしかし相応しい言葉も妙案も妙手も何も浮かばないまでがワンセット。実益はいつものようにムッとしたまま憮然と黙りこくってしまう。これはパターンBである。因みにパターンAは苦し紛れにオニ暴力をふるうである。


 天彦はパターンAでなくてよかったと内心で胸を撫で下ろすが、そこから先の応接がいつもの実益ではまるでなかった。

 いつもなら煽っていると誤解され鉄拳ロケットパンチが飛んでくる。

 ところが今日はパンチどころか悪し様な言葉さえ飛んでこず、妙にニマニマしている脂下がった実益の姿があった。


「拾い食いしたらあかんと教えましたよね」

「しばく」

「あ、嘘です。シバかんといてください」

「ほなやめといたろ。偽物ちゃうぞ」

「ほな誰です」

「何者でもない。そう申したんはお前や子龍」

「う」


 今度は天彦が有効打に顔を歪める番だった。天彦が地味に食らっている姿を見て実益はいつものように勝ち誇るでもなく得意がるとも違う、けれど明らかな嬉し味の気配を漫然とその身に纏って天彦を静かに見守るだけにとどめていた。

 そして実益は天彦の感情切り替えのタイミングを見計らい、天彦にもハッキリと伝わる風に“子龍はようわかっとる”のご満悦な表情をしてみせた。


 意図はまるでわからない。見方によってはキモいまである実益の柔和な応接にやや警戒の色を深める天彦だが、実益はこれもお構いなしに上機嫌そのままの表情で対面に鎮座する音羽山の天辺にある清水寺を指さした。そして高らかに告げるのだった。


「子龍、清水さんの舞台からやったら伊予は見えるんか」

「見えたらええね」

「さよか。ほなこの陰気臭い町でぼーっと見とれ。よいか子龍。麿が天下を取ってあっと言わせたるからな」

「アホか。それは無理や」

「おいこら」

「ほな魔王に勝てます?」

「か、勝てるわっ! ……子龍が本気出したら。献策せえ」

「厭やし無理やろ」

「何を」

「落ち着いて地に足付けて。実益はそんなんちゃうねんから」

「どんなんやねんっ! 舐めるなっオラぁ」


 ぐすん。痛いん。


 でもこれでいい。湿っぽい別れなど実益には似合わない。感情を制御して大人ぶるなんて真似はもっと似合わない。だからこれでいい。

 天彦はさして痛くもないお腹を大袈裟にさすって痛がった。

 きっと実益もそれに気づいたのだろう。本気で拳をふるわれたのなら全治三日はかたいので。


 西園寺家は一条家と並んで公家では珍しく尚武の気風をその血に宿す血脈である。

 今更のようにつくづく感じる実感を噛みしめながら、天彦はさして痛まない腹をさすった。系譜をたどれば自分にだってその血の一滴くらいは流れているはずなのにと思ってもいない嫉妬の感情を言葉にしながら。


 いずれにしても本意は無意味。実益の決意は固く何より敬愛して已まない帝に見限られてしまった今、あらゆる状況が実益の背中を押してしまっている。もはやとどめ置く言葉はない。これ以上は酷であり未練でしかない。実益には前に出る道しか残されていないのだから。


 これはなるべくしてなった別離である。むちゃんこ淋しくはあるけれど。

 天彦は小さな拳をぎゅっと握り込むと得意のど下手な笑顔を振りまく。


「選別の魔除けか」

「ひどっ」

「あははは! 子龍でかした。花道へ向かう景気づけには申し分なし。褒めて遣わす、子龍大儀であるぞ」

「おおきにさんにおじゃります」


 ほんの僅かな間だが二人は視線で熱く語った。そして西園寺と菊亭の永劫変わらぬ友誼と関係性は、いつのまにやらわらわらと集まっていた多くの観衆の目と耳に確と届いたはずである。

 むろんすべては天彦の策意術中悪巧み。あの天彦が意味もなくサヨナラ演出に付き合うはずもないのである。むちゃんこハズいん。絶対ムリやし。そういうこと。


「うむ。ほな子龍、麿は参るぞ」

「うん」

「最後くらい泣くなよ」

「泣かへんよ」

「泣け」

「いやや」

「ふん。元気でな」

「実益も」

「呼び捨ておって」

「都落ちの元公卿が偉そうにゆう! 身共の方がずっと格上やし」

「……今後ずっとそれでええ」

「あ。そんな感じ」

「そんな感じや」

「うんわかったさん。でもずっとは厭かな。ほな間とって実益が復官するまではそうしとく」

「さよか。そうせえ」

「うん。するん」


 言うと西園寺家の俊英は言うとあっさり騎乗の人となってしまい、実に素っ気なく馬首を翻して家臣が待つ集団に溶け込んでいった。

 西園寺家は一条家と並んで公家では珍しく尚武の気風をその血に宿す。これは本心。衒いなく二心ない本心である。だからこそ、なるべくしてなった別離である。むちゃんこ淋しくはあるけれど。


 だが天彦にだって決意はある。思いなら人一倍と自負している。

 たとえばベクトル指標ではなく絶対値として存在し、関わる者すべての笑顔を守るのが究極的な身共の夢なん。……とか。


 だから涙は流してやらない。あれは弱さの象徴だから。


「あっはっはっは。目の上のでっかいタンコブ居らんなって、これでせーせーしたったん。わっはっはっは」


 見通しは果てしなく暗い。だが燦燦と輝く行く先を照らされた緩やかな道を行けるものが果たしてこの世にどれくらいいるのか。いない。いてもそれはごく僅かだろう。

 だったら条件は誰にとっても五分である。むろん有利不利は少なからずあるだろうけど逆転不可能判定が下されるほどではけっしてない。よってこの別離になんら俯く要素はないQ、E、D。


 天彦は論拠のない希望的観測を証明に見立てて笑った。

 大いに歯を見せ快活に、ちょっと発育に難のある薄い胸を張って親友の門出を得意で苦手な笑顔で見送るのであった。痛々しくも頬を目一杯に引きつらせて。


 いつぶりだろう孤独感に苛まれるも、だが今の天彦はけっして一人ではない。

 多くの家来があるいは友が今では天彦を陰に日向にと支えてくれる。支えずともそっと傍で寄り添ってくれる。もうダイジョブなん。

 あの頃の自分ではない。実益がいなくなっても大丈夫。作業的に感情的に自らにきつく言い聞かせていると。


 はたと気付けばそんな支えの大黒柱的人材が一人、そっと傍に寄ってきて、


「儂が居てる。泣くな菊亭」

「ぜんぜん泣いてへんけど」

「ほな泣かんかい」

「みんな身共を泣き虫に仕立てる。おもろいんかな、わからんわ」

「お前が泣き虫なだけやんけ。ほら、こっちこい」


 天彦は茶々丸の胸を借りた。珍しく素直に。


「とくとくゆうてる」

「そらゆうやろ」

「そうかな。身共のんはゆうてへんかも」

「お前は世間が言うような冷たい男やけっしてない。それは儂がよう知っとる」

「はは。……でも、うん。おおきにさん。茶々丸はいっつも優しいさんやなぁ。ずっと好きやで。茶々丸はずっと身共の傍におってな」

「お、おう」


 ちょろ。有能な人材ろはでゲットだぜ!


 天彦のそんな心の声が聞こえたとか聞こえないとか。

 いずれにしても実益同様茶々丸もクリティカルに食らうのだった。




 ◇◆◇




 永禄十二年(1569)七月二十八日






「参議さん、よう参った。今は可否の議論に能わず。そのことはわかってます。たいへんな折り、妾にできることあれば何なりと申すがよい」

「お気持ちだけで嬉しくお思いさんにあらしゃります」

「さよか。ほんに大丈夫なんか。亜将はどないやった」

「はい。ご心配には及びません。実益も身共も至って何も変わりなく」

「それは気丈でよろしいこと。……しかし後ろ盾なら土台から崩れ去るぞ」

「百も承知にて」

「なるほど。さすがは参議である。では妾は後宮にてそっと成り行きを見守っておじゃる」

「はい。お力になれず堪忍さん。この一件はいずれ清算しますよって。ほな参りますん」

「うむ。達者でな」


 天彦は目々典侍の御前を辞した。


 近衛家対策は当面実質不可能となった。快いかどうかは判断の苦しむところだが表面上は至って穏やかに、こうして目々典侍へのお詫びを済ませて天彦は束の間の身軽な身の上を味わいつつ情報収集行脚に勤しんでいる。


 内裏を出てすぐ、


「目々典侍さん、見た目と違てお優しいお人ですね」

「某も大楽殿に同じく思いましてございまする」


 雪之丞と是知が言う。この日は天彦を除くこの三名が同室を許されていた。おそらくかなり異例のこと。いずれにしても彼らにしては直にお声を聴ける実質初めての機会であった。

 だから興奮気味なのも理解できる。だが天彦は自身の回答は避け、この日の護衛当番氏郷に視線で意見を促した。



「はっ。某は同意しかねまする」

「なんで」

「はい。あのお言葉が本意ならあれほどの御方、各方面にもっと本気で働きかけておられるはず。ですが仄めかすばかりでその素振りはなし。即ち御味方にあらず。好意的に受け止めても態度は保留なされておいででござりましょうな」

「あかんか」

「いいえ。現状では御の字にござる」

「うん、さすがやね。氏郷、いっそ武官辞めて文官せえへんか」

「あ、いや。こればかりは如何な殿のお言葉でも……」

「そうやんなぁ。残念さん」

「も、申し訳ござりませぬ。ですが命に代えても御守りして進ぜまする」

「頼みにしてるん。よろしゅうに」

「はっ!」


 断腸の思いで固辞する氏郷だが引き受けられたら困ってしまうのは天彦の方であった。氏郷では確実に佐吉とぶつかってしまうから。史実であったように几帳面な水と豪放磊落な油が反発し……。

 その未来が容易に想像できてしまって天彦は言っておきながら内心でほっ。


 武功ばかり際立つが実は氏郷は相当に切れ者でも知られている。何せ太閤秀吉その能力を警戒したあまり毒殺した説が実しやかに囁かれるほど、内外にその有能さを知られる政の逸材にして策謀の天才である。

 だが氏郷の実直な性質が災いしてか、または家康ほどに利口ではなかったために若くして生涯の幕を閉じざるを得なかった不運の人でもあった。


「若とのさん、目々典侍さんゆうたはった約束のご褒美ってなんでしたん」

「ほんまお雪ちゃんは訊きにくいことさらっと訊くなぁ」

「訊きにくいってなんでですのん」

「さあなんでやろうなぁ」

「それで」

「さあなあ」

「吝嗇んぼ! 若とのさんのど吝嗇んぼ」

「あ、っそう」

「むっかぁ」


 事実なので天彦にはまったく効かない。むしろ褒め言葉であった。


 ご褒美はお家の昇格だった。半家から名家への。いずれ清華家への復位復格を目論んでいる天彦にとって、実に惜しい感情はあるものの現実から目は背けられない。

 西園寺家追放によって派閥は他家の手に渡った。実益の下向に付き従う家を除いて延長される旧西園寺閥はもはや別物。いわば近衛家の属閥である。よって西園寺閥としては事実上の消滅であった。


 そんな状況で朝廷工作などできるはずもなく、無能を誹られたところで天彦のナンバー2ポストはそもそも実益ありきの地位だった。しかもむしろ積極的に西園寺一門からは遠ざかっていたので個人的な関係性はほとんどない。

 後ろ盾のない天彦などしょせんはただの柴イヌ眉彦であり、派閥を維持できるだけの実力も家格も何より眉毛もなかったので当然の結果である。


 織田が顕在ならここまで惨憺たる結果には終わっていなかったはず。だが織田もほとんど終わっている。正確には終わってはいないが天下布武の道のりは遠のいてしまっている。それはそうとうかなり遠くに。

 何しろ織田は朝廷権威を虚仮にしすぎた。今回の近衛の乱(仮称)は武力ではなく政治戦。そういう筋書きのシナリオである。

 すべては織田家に依存せずに立ちゆく朝廷の経済基盤があったればこそ。何を悔いたところで後の祭りだとしても、発展させて何が悪い。天彦にそんな強がりは吐けなくなっている程度には効いているのだ。地味にではなく相当かなり。


 むろんすべてをお得意の火力をぶっ放して引っ繰り返す手もあるがそれは相当悪手であろう。

 こうも挙党一致で反織田シフトを敷かれては、如何な織田でも手は出せない。

 魔王が掲げる天下布武マップが再現性でないのなら話は別だが、それはあり得ない仮定である。

 なぜなら魔王の主義に反するから。志向性の問題と言い換えても同じである。

 あれ程の合理主義者が朝廷をぶっ潰して制度ごと日ノ本をガラガラポンして土台から作り直す愚策をするはずがなく、その気があるならそもそも論、将軍家を立てて上洛などしなかったはず。ましてやあんなに熱心に宮廷作法や流儀のレクは受けなかったはずだろうから。だから遠のく。そういうこと。

 

 但し、

 魔王信長が魔王であることを天下に知らしめ恐怖で支配するその日まで。


「じんおわ」


 終ったのは天彦の人生ではなく信長の。


 天彦はここで思う。つまり信長も自分と同じではないかと。望む望まざるは別にして、天意に従い進んでみればあら不思議。気付けばそう仕組まれて望まれて魔王役を強いられているではないか。魔王の着ぐるみを着せられている説が濃厚なのではないだろうかと思ってしまった。


 だとしたら哀しい。むちゃんこ憐れ。単なる家族思いおじさんがちょっと有能だったのとそこそこ野心家だったことも手伝って背伸びしてみたらまあ大変。

 世界は辛く冷たかった。お前なんか三流の血筋あかんよとか何とか言って阻害され、殿上人世界から拒絶されたがばっかりに。……ふーん。あ、そう。

 ブチ切れてしまい結果、おっそろしい大魔王の着ぐるみ着せられてるとか。

 この推論を他責思考と切り捨てることは簡単にできる。だが天彦は不可抗力だと判断した。


 天彦はこれいったいどんな罰ゲームやねんと深く同情してしまっていた。

 推論を重ねれば重ねるほどすっかり当たっている予感しかしなくっていて、同情を禁じ得ないのであったのだった。


 と、菊亭一行が公家町から出て朱雀大路(烏丸通)を羅生門へ向かい六条小路に差し掛かったとき、


「おい菊亭。久しぶりやな」


 身形の整った集団の先頭をゆく貴人に声をかけられる。

 だが誰何は無用。天彦も家人もよく知る人物だったから。


「……お久しぶりさんにおじゃります、尊意さん」

「頭が高いんと違うんか、――あ゛?」

「こんなチビさんやのにそれはないわ」

「やかましいっ。屁理屈をこねるな! 貴様の親やぞ儂は」


 親、おや? おや、親……? はてはて。


 洒落で済めば容易く聞き流せるのだが。そこには存在自体が滑ってしまっている人物、離島の鉱山に追放されたはずの祇園社の元都維那・尊意がいた。

 剃髪ではなく法衣も着ず、さりとて見すぼらしくはけっしてなく。しっかりと貴族らしい狩衣を着て貴族っぽく複数の従者を引き連れてそこにいた。

 相変わらずの権高く鼻持ちならない顔をして。あるいはすっかり輪をかけて磨きをかけてそこにいた。


 なるほど二寧坂家は近衛の遠縁。そういうことか。実益の後釜がこれとか何枚落ちの手合いやねん。元居た閥だ。少なからず思い入れはある。

 とんだ格落ち感にうんざりげんなりしながらも、天彦は一瞬で事情を理解し今後置かれるだろう状況を飲み込んだ。これが当面の敵であると。


「おい菊亭、貴様よくもやってくれたの」

「さあ何のことやら」

「ほざくなっ! 儂は血反吐吐いたんやぞ」

「それは往生しましたん」

「舐め腐る。だが今に見ておれ貴様など……、ぺっ――」


 ちっ、汚ぁ……。


 天彦は無言でハンカチを取り出すと吐きかけられた唾を無表情に拭う。

 氏郷や護衛班の面々がすぐにでも激怒しそうなものなのに、声を荒げるどころか誰ひとりとして声を発するものがいない。


 彼らはよく知っていた。天彦にあの貌をさせた者に未来などないことを。


「ひぃっ」


 二寧坂家側の誰かが小さく漏らす悲鳴に場が凍った。だが天彦はそんなことなどお構いなしに再会の言葉をすっと被せた。


「どないしはりましたんみんなさん怖いお顔さんしはって。お帰りさん。尊意に逢えんで身共、淋しかったん」

「貴様……」

「仲ようして。この通りなん」

「どんな通りじゃ! コロス」


 武者は犬ともいえ畜生ともいえ勝つことが本にて候ならば、天彦は公家。

 柴イヌ眉ともいえ麻呂眉ともいえ、生き残ることが本にておじゃるの巻。と言ったところか。


 天彦はぬけぬけとほざいた。かつては痛いほど剥きだしていた敵意の感情さえまんまと潜ませ、何なら本心とさえ思わせる弾むような口調で朗らかに、ワル天彦は言ってのけるのであった。












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新章こっそり始まります。いやぁブレス期間欲しかったですけど、なんとなく皆様にお届けしたくって。とか。あざとく可愛い子ぶってアピりつつ人気で愛される新編だと嬉しいのですが。

ということで七章・八面玲瓏の章が始まります。果たしてどうなりますことやら根気強く合付き合いくださいよろしくお願いいたします。


追伸、全国的にむちゃんこ冷えるらしいですね。作品フォロワーの皆さまにおかれましてはぬくぬくと防寒対策抜かりなくお過ごしください。それではまたバイバイキン。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんでしょうか!どうなるんでしょうか! 天彦さんの領袖さんの実益さん、実質の庇護者信長さんやらが次々と政治闘争に敗れて権力がガリガリと削られていく!Σ(・□・;) 、、このまま行く…
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