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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
六章 天衣無縫の章
106/314

#09 好き嫌いではなく必要性の問題で

 



 永禄十二年(1569)七月二十三日






 民主主義が自然的に発生した概念ではないことがよくわかる件。


 家来たちを見ていると天彦の脳裏にはついそんな言葉が浮かんでは消える。

 たった一人で決断し、叱られて撤回し、大失態だと承知しながらも策とは真逆の行動に落着させて得意顔で帰還する主。普通に考えて無能の阿呆である。

 あるいは狂っていると言って大袈裟ではない。一貫性という部分では最低の旗印であろうから。


 意に介さない強靭な精神(棒)。


 心情的にはエクスクラメーションマークを三つほど付けて粋り散らかしたいところじっと自重して。

 天彦はこの戦乱の世を生き抜く秘訣、いつしか意味が変貌してしまった自分の座右の銘の一つを思い浮かべ、己がしでかした大失態をそっと正当化した。


「深謀遠慮な殿のお考えだ。きっと先に意味があろう」

「単なる思い付きですね」

「算砂、控えおれ」

「何故です。当主が放言を推奨しているのに」

「そんな勝手な解釈が存在するものか!」

「市井では勝手気ままこそ菊亭の最大流儀だと専らの評判でしたが、はて」

「その不遜な口上を控えろと申しておる! 貴様、反省の色が覗えんようだな」

「呆れた。反省すべきはあなた方であるとまだ気づいておられない」

「なにを」

「あなた方も同じ穴の貉です。あなた方と殿との違いは、直衣のおし素襖すおうくらいの違いしかないとお知りなさい」

「何を! ……お?」


 なに、を……? お? お? お? お? お……?



 氏郷を筆頭に氏郷に合力しようと馬首を寄せた青侍たちの感情も同じく空転して行き場を失う。

 直衣のおし即ち公家の平服と素襖すおう即ち武家の常服くらいしか違いがないと言われてしまっては困惑も深まろうもの。何しろ服だ。形状以外はほとんど同じ。つまり親愛なる殿と同じと指摘され、怒れる道理を失っていた。


「お、おう。そうでもある」

「善きかな」

「それはよいことだ」

「意外にいいヤツかも知れんぞ」

「儂は保留じゃ」


 気を良くする青侍衆だが、


「はは、類トモとはまさに金言。文字通りの馬鹿者どもですね。これの梃入れとはなるほど骨が折れそうだ」


 天彦は悪算砂の心情の吐露を聞き逃さなかった。



 くそ算砂め。舐めるな身共を。歴とした行動経済学に基づく戦略や。

 内心で毒づくも、だが天彦は家来同士の論戦には基本口を挟まない。この場合は別の事情が作用してけっして介入しないのだが。目下理が非でも喋ってやらない作戦は続行中なのである。それの解禁がまんまと算砂の策略にはまることを知っているから。ダテに長い付き合いではないのである。


 だから思いは内心だけにとどめ、天彦は顔を強張らせて嘯いた。

 強張っている時点で諸々お察しだが、問題はそんなところにはない。問題は果たして結果は手段を正当化できるのか否か。そこに尽きた。算砂の匂わせとは無関係に天彦にとっての永遠の課題である。


 あるいは人類にとっての課題かもしれないこの難題を前に、即答できる者がどのくらい居るだろうか。むろん良識ある大人で。

 相当少ないはずである。この倫理観さえ突き付けて問われた人物の善悪適否を占ってくる哲学的難問は、けれど天彦にとっては楽勝のイージーイグザム。


 結果は手段を正当化できるのか。できる。但し命を救えるなら。


 このときばかりは優柔不断な天彦だって断言できた。証明不要の確信的自信を担保にして。

 結論が出れば迷いはない。天彦はぶれぶれの信念に打ちのめされながらも、それでも少し誇らし気にレンタルポニーの首を叩いた。数馬身離れて追随しているだろう一騎に鞍上する主従に思いを馳せて。


 時代のうねりに飲み込まれ歴史の闇に消えて無くなるはずの命を救う。これに勝る贅沢はない。これに勝る無駄もないけれど。

 むろん命の価値が等価でないことなど百も承知の上で。等価であってたまるものかと嘯きつつ。

 だからこそそんな至上の自己満足が心に薄っすら溶けていくときの快感たるや何物にも代えがたく。そして心のどこかに溶け込んだキラッキラの何かは、けっして触れることのできない感情のどこかをこのときばかりはくすぐってくれる。これでもかと。優しく耳朶を叩く祇園囃子の音色とともに。


「京都です!」


 こんこんちきちんこんちきちんの打楽器の奏でる音色に耳を傾けていると、背後から黄色い声がこれでもかと歓喜を弾ませた声で言う。

 天彦もうんと頷きそっと相好を崩して心を弾ませるのだった。帰ったん。




 ◇




 綾部出城から突貫の強行軍で帰還を果たした戌刻黄昏、宵五つの鐘がなる頃。

 京の都は祇園さん最後のイベント神幸祭を明後日に控えた宵山後夜祭の山鉾巡業がしめやかに行われ、遅くまで観光客の群れが通りを埋め尽くしている。


 そんな中に目下の都を語る上で欠かせない風物詩的人物とその超有名ご家来衆が漏れなく帰洛してきたとあって、祭りの見物人で埋め尽くされていた烏丸通はちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。


「なんや物凄い歓声ですね。あ、お早うございます」

「知ってたけど! ……うん、お早うさん」

「もう。某、起き抜けに大きい声聞かされるん好きちゃいますん」

「みーんなそうなんやで」

「某はとくに嫌いです」

「あ、うん。堪忍な」

「はい」


 こんのぉ……っ。まあええけど。


 天彦のタンデムでまさかの爆睡をかましていた雪之丞が目覚めるほどの歓声が菊亭行列に降り注がれる。

 尤も洛外全体がお祭りテンションなので三割は値引かなければならないが、だとしてもなるほど菊亭は知名度を含めたある種の支持は得ているようである。むろん天彦を除く。


「おっ母、お狐さんやぞ」

「これ、見たらアカン。目玉えぐられるで」

「え、見ただけで目玉えぐられるんか」

「そうや。ほんでぐつぐつと鍋で煮て――」

「ひゃあああ!」


 や、あるかいっ! くそあの婆、じゃないご婦人さんめ。いつか覚えとれ。


 だが天彦は耐えた。監視の目と耳が多すぎるのと持論が冷静さを保たたせた。

 直るバカとは違い単に頭が悪いことはどうしようもないと知っているから。

 馬鹿は直る。努力すれば。これは本当。だが地頭が悪いど阿呆は一生阿保のまま。絶対に治らないと経験則で知っていた。何しろそれをDQNと呼ぶから。


 よって案外すんなり割り切れた。……な、わけあるかい。


「止まれ」

「全体止まれ!」


 天彦の言葉に即応した左衛門大尉氏郷の下知により隊列が機敏に反応する。

 三十騎とその倍ほどの足軽や文官が見守る中、天彦は颯爽と馬首を翻した。結果的にけっして離れないと勝手に誓ってしまっている護衛の三騎を引き連れて。


 かぽかぽかぽ。


 五メートルほど引き戻ると鞍上から、


「ぼんさん」


 天彦の声は昔から、そこがどんな状況にあろうと不思議とよく通った。

 透き通るほど淡い夜だったことも手伝ってか、そのよく通る声は烏丸通の南北に響き渡らせた。

 あるいはそうでなかったとしてもすると途端、通り南北見渡す限り、あれほどのざわつき以上の喧騒が瞬間的にやんでいた。

 まるで真夏の夜の魔法にでもかけられたかのように烏丸通に不気味過ぎる静寂の帳を降ろして。


 その中心人物に鞍上から凝視されている者の心境たるや。母親は完全に怯えてしまい、頻りになんまんだぶを唱え始める。

 他方そんな半ば錯乱状態の母親とは対照的に、ぽかんと大口を開けて今ひとつ状況が飲み込めていない息子に向かって天彦は言う。


「ぼんさん」

「はあ」

「ええか。よう覚えとき。身共は目玉なんか不味いもん喰わへんよ。食うんは心の臓さんや。あれは美味しいさんなん。そう言えばぼんさんにも一個あったな美味しいさんが。にま。頂戴さん」



 ひぃっ――。



 結果は語るまでもないだろう。だが群衆の多くが自分の胸を押さえ震えていたことだけは確かである。

 そして静寂以上に凍てついた烏丸通には母親から乞われたなんまいだの権現さんの忍び笑いだけが小さく木霊するのであった。



 ぽっかぽっかぽっか、かっぽかっぽかっぽ。



 天彦が知る者には得意げに見える表情ですっかり愛着が湧きつつある木曽馬の駿馬であるレンタルポニーを駆っていると、袈裟を目深に被った足軽が身体をそっと寄せてきた。


「おい菊亭」

「ん」

「今度はどんな魂胆や。知らんとは言わせんぞ。さっきのは然ながらお前の申す悪い人キャンペーンのはずやからな」


 さすがカリスマ。阿呆だが勘だけは天下一品。感心したご褒美に天彦はヒントをやる。


「愚人が過去を、狂人が未来を語るなら、さて。賢人はいつを語るんやろ」

「今やと言いたいんか」

「さあどないさんやろぉ。そやけどお利巧さんな身共は現在いましか語る言葉を持ち得てへんさんなん」

「ゆーとけど阿呆。ほんでそれがどないしたんじゃ」


 このネタのオチは“今でしょ”と突っ込まれてはじめて成立するボケであり、得意技、後悔と妄想きらりんっのお人さんが抜け抜けとほざくからの可笑し味が上乗せされてあるのだが、茶々丸には理解いや受けが悪かったようだ。ぐぬぅぅぅ。


 ん、待てよ。


 だが冷静になると違和感がえぐい。茶々丸は大前提むちゃんこ賢い。作麼生説破の頓智合戦では誰ひとり勝てた試しがないほどに。というより咄嗟の閃きだけなら当代一の天才の類である。

 なのに天彦を滑らせた。するとそこには必ず意図がある。しゃーない乗ったろうやん。貸しやで。

 天彦は内心で茶々丸のくせに生意気なっと罵りながら、けれどけっして滑ってはいないことを自身の名誉のために証明すべく、もう一歩だけ踏み込んでやる。


 と、そのとき。


「きゃー、茶々丸様ぁ――!」


 隠し切れないカリスマ性が滲み出ていたのか。身バレした茶々丸がたちまち群衆という名の門徒たちに取り囲まれ大騒動に巻き込まれてしまっていた。


 ぺっ、け。けっぺっ。


 天彦はリアルで唾棄と怨嗟を一往復させた。そして有りっ丈の不貞顔をする。

 茶々丸を取り巻くそのほとんどが女子だったからなのとは無関係にという前詞を付けて。如何にも困り顔をしている風の、けれど実際は天彦に得意がっている茶々丸に向けて。


「参ろうさん」

「殿、茶々丸殿はよろしいので」

「ふん、放っておけばええさんや。あれら群衆はあのボケナスを神と崇める者どもやぞ。何が起こるということもない。くそ、むしろ起れっ」

「ははは、では参りまする。おい」

「はっ、全体進め」


 容姿とか財力だとか性格の善し悪しなど問題ではない。単に女性を攻略するアルゴリズムが正確な者ほどモテるだけ。それが仕組み、それが仕様。

 常日頃から散々っぱら異性など問題ではないと口にしておきながらの言い訳は、控えめに言ってクソダサかった。

 だが天彦はそれでも嘯く。これは私情ではない。冷酷な社会へのささやかな反逆ですと。


 この業腹な感情はもはや何でも収まらない。はずだった。


「お公家さん、うちの瓜は美味しいよっ! 天下一品のお味をこの際お一ついかがです」

「ほう。そうと訊いたら捨て置けん。どれ食したろ」


 秒で不機嫌は直っていた。轡取りがレンタルポニーの轡を取ると天彦は鞍上から滑り降りるようにして勇み足で屋台の呼び込み丁稚の許へと向かう。むろん瞬時に即応する護衛を引き連れ。


「おお美味そうな瓜や。喰うたろ、どこさんの瓜や」

「おおきに! さあどこのやろ。織田さんのとしか?」

「ほう織田の。すると……どこや知らんな」

「どうでもよろしいやん。うちは真桑瓜です」

「よし、物は試しや。ほな四つおくれ」

「はい。四つで十五文になります」

「おい待て、四つで割り切れんやろ」

「おまけです」

「なるほど感心さんや。おい一両放ったれ。ぼんさん釣りは要らん」

「おおきに!」


 かぷり。ざく。はむはむむしゃむしゃ。


 うっま! 世辞抜きで口の中で季節が躍った。うまうまと


 果実の正体は真桑瓜。だがその実はメロンだった。甘味は乏しいものの瓜よりかは確実に糖度の増した。しかも激冷え状態の。

 天彦はつくづく時間の歪みを実感しながら、だが恥じ入ることなく更に五つを追加する。視界の端に入ってきた大小の主従に視線を向けて。


「熊千代も食べるやろ」

「はい! 頂戴いたします」

「そうしい。お前さんは」

「ではお言葉に甘えて御相伴に預かりまする」

「ぼん、四つ追加や」


 毎度あり――!


 丁稚のご機嫌で景気のいい声が辺りに響く。

 すぐさま黄色い個体が切り分けられ伊勢主従に真桑瓜が運ばれた。


「冷たい。そしてなんて、なんて美味しいんだ。京にはこんな馳走があるんですね。爺は知ってた?」

「いいえ存じません。これほどの果実の味は……」


 美味いを超えて戦慄さえしてしまっている主従をしり目に、うんうん我がことのように得意顔をしていると、殿。

 至近から右衛門大尉高虎の野太い声が警戒を叫んでいた。背が誰よりも高い高虎ならではの危機察知の速度であった。


 天彦は右衛門大尉高虎の視線の先を追っていく。そこには、


「……」


 野蛮とはまるで質の異なるおっかなさを顕在化させた侍の姿があった。

 その侍も天彦たちの存在に気づいたのか、物見遊山だった足取りにはっきりとそれとわかる警戒心を潜ませて、けれどそれでも歩みはとめずに向かってくる。

 今や都の一番人気、時代の象徴ともいえる艶やかな水色桔梗を身に纏って。


 天彦は率直に感心した。と同時に、時代とは人の偉大な芸術であるとはよくぞ言ったものであると感心しながら水色桔梗紋御一行の到着を待ち受けた。


「久しいの御曹司。いやご無礼、今や太政官参議殿にあらせられるか」

「お久しぶりにおじゃりますぅ。そうは申せどはて、どちらさんにあらしゃいましたか。生憎とこの宰相菊亭、小物の顔を覚えておくほど暇やないさんなん」

「……ほう。少しは男らしゅうなったかと聞いておったので期待しておったが、なんじゃ。相変わらず口先ばかりの乳臭いツラをしておるの」

「おおきにさん。そちらこそ相変わらず傍迷惑な悪意と醜悪な息を吐き散らかしてはりますさんで」


 邂逅のご挨拶はドロー。互いは互いの立ち位置を改めて認識しそっと第二ラウンドの鐘を鳴らした。


「ほう。おもしろい。愛宕山では世話になったな」

「そう言えば氏神さんで賊に襲撃なされ、恥ずかしくも立て籠もっておらしゃったとか。なんや命大事な御武家さんやと世間では専らの噂とか。ぷぷぷ」

「賊はこの手で必ず成敗いたす。何よりそのような醜聞、我が耳には届いておらぬ、御心配ご無用にて候。そんなことよりお狐殿も場を弁えず誰ぞに仕掛けられた罠にかからぬようご注意めされい」

「罠と。それは宜しいさんにあらしゃりますなぁ。小物の阿呆ほど貴種たる公卿に噛みつきたがるとしたものですよって。万一そんなことがあらしゃりましたら惟任コンと鳴いて噛みついて進ぜましょ」

「貴様」

「はて、何でおじゃりましょう」


 手数では天彦優位か。天彦と惟任は互いに峻烈な視線をぶつけあう。対する双方は七対七。数字上なら戦力は互角。

 だがこの状況化にあっていまだ瓜を貪っている雪之丞はノーカンで、伊勢主従は戦力外。よって菊亭の圧倒的劣勢である。そもそも存在を知られたらかなりよろしくない人物がいては単純な勝敗は競えない。


 そして目聡く耳聡い惟任日向守が見逃すはずもなく。


「伊勢家の子倅か。どうやらまたぞろ善からぬ悪事を企んでおられるご様子。いい加減になされませ。いつまで我ら足利の天下を乱すお心算か」

「ほう、ほうほうほうほう。あれれ、いつからこの天下は足利さんのものにならしゃったんやろ。学も教養もない愚かしい身共にもわかるようきっちり教えてくれはるやろか」

「……口が滑り申した。帝から天下の軍配を預かる足利家の治世にござった。これにてよろしいか。朝廷の飼い戌殿。あいや買い狐、あるいは魔王の愛玩狐殿であったか。これは重ね重ねご無礼を。あははは――」


 あはははは――。


 惟任に追従する惟任陣営の嘲り笑う声が大きく響く。


「貴様ぁ、我が殿に向かって僭越なるぞ!」


 天彦の反論はその余地を与えられず、たまらず激情を叫んでしまった氏郷の声にかき消された。

 だが天彦は涼しい顔で受け流す。菊亭と惟任。双方共に時代を象徴する大家。決着にはいずれ必ず相応しい場面が用意されるはずである。そんな確信めいた思いを胸に。


 そしてその感情はどうやら共有できているよう。天彦と惟任、お互いはお互いにそれを承知と言わんばかりにそっと背を向け合って場を離れる。

 場面としては粋である。だが登場人物は場を掻き乱す達人天彦。言わずにはおれない言葉はけして少なくない。


「ええか惟任、銀の仇は絶対にとる。お前さんの息の根を止めてでも」


 聞き捨てならなかったのだろう。惟任は天彦の言葉に振り返った。

 そしてそれまでの余裕綽々に涼し気だった表情はどこへやら。感情を剥き出しに真正面から本性を曝け出して受けて立った。


「はっはっは。小童が意気込んで何を申すのかと思えば、これは愉快。ではそのときを我は首を長く愉しみに待っておろう。だが魔王の愛玩狐殿、果たしてそのときは参るのか。あるいは参ったとてそのときはいずれが格上であるのか。実に愉しみにございますな」

「その心配はご無用さん。未来永劫、名門菊亭が惟任ごとき出自怪しからぬ三下雑兵武家の風下に立つことはないさんや」

「ふっ、頼るはお血筋ばかりなり、か。出自怪しからぬは果たしていずれか。違いますかな五山の妖殿。ふむ、さすがに大人げなかったか。ならば系譜だけが頼りの三流公家公は精々ほざくが御宜しかろう。あははは、公家の魅力、甚だ実に滑稽なり。者ども参ろうぞ」


 ギラン。


 咄嗟的なのだろう。且元、氏郷、高虎の護衛三名が完全に腰の得物を抜き放ち虚空に銀閃を煌めかせた。憤怒の先にある無の表情を張り付けて。


「気持ちだけ受けとっとこ。だが手出しは無用。これは身共の戦である」


 はっ――、ご無礼仕りましてござる。


 天彦の滅多と見せない決然とした口調に意を唱える家来はいない。


 この久方ぶりの邂逅は当然のように殺伐として。真夏の夜にあって凍てつくほどの冷たさの中、お互いから吐きだされ語れらた会話は端々まで一言一句悪意に黒く染められていて、三つ紅葉紋と水色桔梗紋の相性の悪さを浮き彫りに双方の陣営共に確信させただけに終わる。


「惟任日向守十兵衛、あんたさんの偉大さを後世さんが語ることはあるんやろかぁ」


 あらはったらよろしのになぁ、知らんけど。


 惟任の邪気にあてられたのか。あるいはそれが本性なのか。

 言葉と裏腹に天彦は惟任に勝るとも劣らない獰猛な獣性を剥き出しにして、極めて感情的に吐き捨てるのだった。


 そこには多くの民衆の耳と目が。即ちただでさえ積み上げている悪評をこれでもかと上積みすると承知しながら。













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― 新着の感想 ―
[一言] なんかこう、なんとかして金柑ハゲの意識の隙から寝首をかっさばいてやりたいですね。半端なく難しいですけど。
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