#08 そういう解釈も何かの哲学ならあり得るのかも
永禄十二年(1569)七月二十三日
案内されたのは綾部城ではなく出城。ほとんど関に毛が生えた程度の手薄い防御力の出城だった。
そしてそこに江田兵庫頭行範はおらず、けれど目当ての人物はいた。
「連れて参ります。しばしお待ちを」
あちらもあっさりなら天彦も淡白にうんと頷き聞き入れる。話が違うとはごねなかった。むしろ心境的には合理的であると褒めたいくらいの感覚で。
だが側近たちにはそうとは映っていなかったのだろう。多くの者の目が天彦に対する胡乱を訴えていた。
この応接からもわかるように天彦は上擦っている。言葉を飾らず言うのならテンパっていた。これから行う、ともすると非道と誹られても尤もな決断を下してしまったばっかりに。
そんな天彦の感情を知ってか知らずか。世界を敵に回しても傍に置いておきたかった家来さんが言葉をかけた。持ち前の凛々しくも柔和な笑みを芯の強そうな顔に浮かべて。
「殿、よろしいのですか」
「なんや与六わざわざ改まって」
「はい。いえ、行かせてもよろしいのですかと問いましてございます」
「ああ、ええさんや。好きにさせたり」
「ですが謀られましたぞ」
「相手さんも必死なんやろ。弱小国人のすることに一々目くじら立ててたら身が持たん」
「殿がよろしいなら某に異論はございませんが」
「越後流ではないんやな」
「はい」
「謙信殿はそういうことに厳しいおひとやからなぁ。身共からは馴れてくれとしか。まあ様子を見てからでも遅うはない。左近太夫がどうしても心配なんやったら手勢を率いて見張りに立ってもかまわへんよ」
天彦は与六の指摘に完全シンクロの表情で頻りに同意の頷きをしている且元を弄って言う。
「……いえ。某は御傍を離れませぬ。殿。よろしければこれまで通り且元とお呼び下さい。何やら落ちつきませぬので。……少々淋しくもございます」
「ははは、なんや尚武のお人さんがけったいな。でもうん、相分かった。おおきにさん」
「勿体なきお言葉。こちらの方こそありがたく存じまする」
左近太夫且元は持ち場に戻った。その分厚い背中で雄弁に嬉しいと語って。
且元の自信の通り青侍衆に油断は無い。心情もそうだが事実として周囲に潜める場所はないのだ。小高い丘の尾根沿いにある完全な山頂砦だから。
すると且元に入れ替わって与六が主導権を取り戻す。
「殿、解答をお聞かせいただけておりませぬが」
「何のことやろ」
「お人が悪い」
「うん? お人が善いと言い直さへんのんか」
「はい。本日の殿は意地悪にござる」
「あははは。さすがの与六も参ったんさんか」
「はっ。この通り完敗にござる」
「さよか」
与六は昨夜出された設問の表向きでない方の答えを強請った。むろん本心ではあるのだろう。だが天彦は与六の本当の狙いが別にあるように思えてならない。
探るように目の奥の本心を覗き込んでみる。当たり前だがわからない。だから感覚に頼った。天彦の勘は与六が優しいと訴えていた。
優しいさんやなぁ。ふっと嬉し味が隠し切れず目尻に哀愁を見える化させてしまうが数舜でキリッ。役目を果たすべく殿様の顔を張り付ける。
この意図に気づけただけでも相当の切れ者である。但し本当の切れ者はすでに自力で答えにたどり着きすっかり得意満面で発言の機会を今か今かと待ち受けているのだが。なので天彦は終始ずっと可能な限りおもクソ無視している。算砂うざ、うざ算砂。
「ご褒美にいくつかヒントをやろ。自力で考えてみぃさん」
「褒美とな。某、褒美を頂戴するような――」
「ええよ、与六」
「はっ。では有難く頂戴仕りまする。して“ひんと”にござるか」
「ああ、堪忍さん。諷示をやろとゆうたんや」
「なるほど。ひんととは諷示にござるか。はっ是非ともご教授くだされ」
「うん。突破口は正統性や」
「正統性にございますか。……予想だにせぬ諷示にござった。してどのようにして正統性から切り込むのでござろうか。うーん……」
与六は考え込むようにうーんと唸るが顔が微塵も思考に耽っていないのでバレバレである。天彦はまだ気遣われていることに少しだけムッとして、
「答えが参るまで考えてみ」
「……!」
「あ、口が滑ったん」
「なるほど。答えがあちらからやってくる。即ち伊勢家をお召上げになられるのですな。そして将軍家評定衆の楔としてぶつける。故の正統性にございますか。如何にござろう」
「ええ線や。さすがは与六」
「滅相もござらぬ。ほとんど答えを頂いたようなもの、某大口を叩いておきながら面目次第もござりませぬ。……ですが同時に納得も致しました。殿の健やかなるご自慢の顔が何故そうも曇っておられるのかを」
「顔の美辞麗句に健やかはどうなんやろ。仮に正しかったとして自慢やった時代なんか一秒もあらへんさん」
「殿のお顔は我らの自慢にございますれば。紛うことなき誇りにござる」
「うへ。ハズいからやめろし。こんなん自慢やないよ。でも、うん」
おおきに。
天彦は最後まで言い切らずにうにゅうにゅ誤魔化して有耶無耶に流す。有耶無耶に誤魔化せているかは問題とせずに思考を切り替え真顔に戻す。
結論、正統性こそ正義である。
それこそが天彦が自由気ままに振舞えている本質だから。日本人としてアイデンティティに刻まれているDNAの構成遺伝子と言って過言ではない。
裏を返せば鉄強の足利将軍家奉公衆に楔を打ち込めるとするなら。あるいは勝機を見出すとするなら正統性の一点のみ。正統性ならゴリ押せる。信長もきっと後押しするはず。何しろ魔王様、その正統性に屈服させられ地団太を踏んでいる真っ最中なのだから。
天彦はそう結論づけて政所執事の正統性を担保に名門伊勢氏の当主を歴史の表舞台に引っ張り出しに催促に来た。むろん手は他にもあるのかもしれないがこの短時間で導き出した回答の割には出来映えには自信があった。
時代に愛されていないことはわかった。多くの民から蛇蝎の如く嫌われていることも重々承知した。しかしそれが何だ。雪之丞がその答えを教えてくれたではないか。百人力でも千人力でもない。一人力が無敵だった。
何があってもこれ以上地に落ちる悪名は無い。どれほど救われる言葉であったか。伊勢家など滅ぼしたところで僅かにいる縁者が泣く程度のこと。
果たしてそうだろうかという現実問題は一旦さて措いて、これは居直りではけっしてない。自棄クソでもむろんない。
天彦は自らに言い聞かせる。愛する家族のため、自分を慕う家来のため、延いては自分の為に。それがいずれ御家のためになるかどうかは知らんけど。
一意専心勝ち筋一点に集中し己のやるべきことを粛々とやっていくのみであると。心をオニ冷酷に徹して。
なのに。
「伊勢、参りましてございます」
「通したり」
「はっ。伊勢通せ」
ややあって、
え……、訊いてへんけど。知らんねんけど、え、なんで。
天彦は愕然とし、そしてしょんぼり悄然として登場した人物をそっと見つめる。
そこに現れたのは見た目児童の完全なる七歳児。
数えがなんだといったところで人は見た目が100である。その見た目がお子様だと言っているのだ。やって来たのは紛れもない幼気なおチビちゃんであった。のーん。
天彦の知識では年が明ければ政所執事として将軍義昭の奉公衆として侍る人物であり、病弱な兄に代わって奮闘し世にその勇名を馳せる傑物であった、はずの若武者侍。なのに。なんこれ。
天彦の動揺が伝播したのか、菊亭家人の皆が不安な表情を隠せずに成り行きを見守った。そしてそれとは別の感情もちらほらと。
無論その感情は濃い負の感情。多くの家人がこの御子に悲惨な未来を想起したからに相違なく、事実として天彦はこのちびっ子侍を地獄の一丁目一番地にご案内しようとしているのである。ちびっ子だったとは露知らず。
そのちびっ子は場の感情など物ともしない澄んだ目で一礼、さっと膝を折って座すと折り目正しく堂々と儀礼の口上を述べ始める。
「伊勢家当主伊勢貞為が実弟、伊勢熊千代にございます。遠路はるばるお越しくださいまして厚く御礼申し上げます。そして誠に申し訳ございませぬが、家長は病に臥せっており御前に参じること叶いませぬ。代わってこの熊千代めが伊勢家を代表しおもてなしさせていただきとう存じまする。拙い接待など無用、この首をご所望とあらばお申し付けくだされ。いつ何時でも腹を召して御覧に入れまする。如何様にでも御達しくだされ」
じい、どうだった。
伊勢貞興。いまだ元服前の幼き侍は気丈に振舞い最後まで文言を完璧に言い切ってホッとしたのか。背後に侍る傅役に褒めて褒めてと言わんばかりに相好を崩しお強請りをせがむ。傅役らしき老齢の侍は目を細めて頷いてみせた。
滔々と語られなかったからこそ逆にいじらしさが浮き彫りとなる。加えて事後のこの応接。すべてが演技ならむしろご褒美級の満点であろう。
だが違う。主従はすでに決死の覚悟を示している。裏では別れの杯も済ませていることだろう。この調子では想像に難くない。
普通なら罪悪感に苛まれて当然である。何しろ天彦はこのけなげな命を自分都合で奪いに来たのだ。自らの手は汚さずとも結果的には必ず政争に巻き込まれ酷い未来が待っている。よくて傀儡。悪くすれば……。
そんな奈落に突き落とすために。そんな場に引き摺り出そうと遠路遥々やってきたのだ。従四位の太政官参議卿は。
そうでなくともこの幼子が見せる外連味なきけなげさを前にすれば己の卑しさに直面させられ堪らず泣けて然るべき。
だが天彦は周囲の心配をよそに多くの予想を裏切って決断に踏み切った。まるで勝負に賭けた勝負手を繰り出すかのような神妙な面持ちで。
「伊勢熊千代。大儀であった」
「はい! ……え。あ、えと、ご尊顔を拝しきょーえちゅしゅご、……むにゃに存じましゅる」
ふっ、勝ったな。
天彦は権威の前に萎縮して恐縮し噛みまくるキッズを前に勝ち誇った。
が、次の瞬間には上気した頬を朱から蒼白に変え、最後は薄氷の上を渡る子ペンギンのようにぷるぷると胴震いに満身を震わせていた。
なに、して、くれ、とん。
努力って何だろうか。それは己のなしたいことを手繰り寄せる特急券だ。人によっては普通乗車券かもしれないが、いずれにしても生命を繋ぐ必要経費であることはまぎれもない。
だがそんな努力を虚仮にするかのような天性の大天才を前にすればどうだろうか。果たして凡人の努力は報われるのだろうか。結論、けっして報われることなく惨敗を喫する。凡人は天才にけっして勝てない。
彼ら天才は凡人の努力を嘲笑うことさえせずに颯爽とごく自然に格好よく不可能を可能として、何だってやり遂げてしまうのだ。
それこそ生命を繋ぐ必要経費に足る対価さえ踏み倒して。
なあ、辻褄くらい合わさせてや。一応これでも殿様やん。天彦は思わず出てしまう愚痴を抑え込み脱力した。
大袈裟に言うならそんな場面に遭遇させられ、図らずも大天才なむちゃんこお馬鹿さんを前に、だがぐぬぬと歯噛みしながら非難の声を上げる。己の持てる一番静かな最も低いトーンで。
「お雪ちゃん、なにしてんの」
「若とのさんは黙っといてください!」
「あ、うん」
いやいやいや。ここは完全に身共の出番やったやん。ええねんけど。
「ぴと、むぎゅ」
「な、な、な」
「むぎゅう」
「菊亭のご家来様、なにをなされておられるのでしょう」
「某は雅楽少輔植田雪之丞、これが何かわからんかおチビ」
「大楽様でしたか。ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます。はい、いいえ。わかり申しまするが、わからないのでお訊ねしております。某はチビではありませぬ」
「わかるのにわからない。哲学的で美しい言葉やね。チビは撤回したろ」
「はえ」
「感心してる場合ちごたん。某は若とのさんを守らなあかん。それだけが御勤めの際に証を立てた某のお誓いやから。そやから欲しいん。お前さんが」
「はい。承知しております。ですのでこの首を御持ち下されば――」
「ちゃう! ちゃうんや熊千代」
「あ」
この光景を目にしている天彦の頬に大粒の塩味が滴った。おそらくここまでの感情は人前でみせたことはないはずである。だが天彦は恥じ入らない。
雪之丞にしてやられ気付かされた。こんな見た目小1な七歳児が命の切った張ったなど、していい世界などありはしない。仮にあったとして、少なくともそんな世界は許せない。自分の目の届く範疇においては一ミリだって。そういう自分であったはず。ありたかったはずなのだ。
天彦はすっと立ち上がり熊千代を抱きしめる雪之丞ごと抱きしめた。腕の長さはまるで足りていないのであくまでメンタルで。
この感情に名づけるとするなら、その優しさに身共も埋もれさせんかいの巻。
「もううっとおしい、暑いですやん」
「おい。一言ですべてを台無しにすな」
「いや、ほんまにむちゃんこ暑いから離れてくださいって」
「お前さんと言う家来は……」
「なんですのん」
「生意気なっ。ええい、こうしてやる」
わーやーめーてー。
唖然とする熊千代を巻き添えに天彦は白い視線もなんのその、納得するまでとことんいちゃいちゃしてから仕切り直す。これも含めて雪之丞だから。これを主体とする主従だから。
と、嘯いて。
「思い出したん。おおきに大楽さん」
「お雪です。ぜんぜんええですよ。いつまでも手のかかる弟さんの世話をするのは兄の務めですよって」
「うん。よし熊千代、お前を守ると決めた。お前を守ることは当然御家も範囲に含まれる。菊亭が請け負ったんや、不安そうな顔をせんでええさん。身共は気付いた。身共はそのためにこの世界に参ったん」
「え」
えぇ――!
え!? え、え、ええええええ!? え、ええ? はい? えぇぇ。
熊千代の小さな驚きを契機として雪之丞の大絶叫を皮切りに、六十有余名居れば六十有余通りの“え”が叫ばれた。だがどうだろう雪之丞を含める若干三名はまったく驚いていないようである。
まるでこうなることを知っていたような訳知り顔でうんぬん頷き驚愕の輪から漏れている。しかしその三名ですら天彦がすっと忍ばせた“世界”というワードには気付かずにいる。それこそが天彦の本心なのに。
だがいずれにせよこうなったら天彦は強い。お構いなしに自我を剥きだす。
笑わば笑え、吐いた唾などいくらでも飲みまくるといわんばかりの破廉恥な阿保面で雪之丞をぽいっ。代わって熊千代をきつく抱きしめ、とめどなく流れ落ちる塩粒の塊に固く誓うのだった。
「熊千代。お前さんは身共が絶対に守るん」
「は、はい?」
「気風が悪いお子さんにあらしゃりますなぁ」
「あ、はい! 熊千代は菊亭様に守られまするっ」
「うんうん、ええ子や。そうしときぃ」
「はい」
熊千代はわけもわからず守られて、傅役の爺は白目を剥いて卒倒していたとかいないとか。
◇
「おまえんとこの盆暗どもは何も言えへんから儂がゆうたる。おい菊亭、お前、こんなど田舎の山奥くんだりまで何しに来たんや」
「あ、はい」
「はいやあらへんのじゃ。何しに来たと訊いとるんや。まさか終りかけの家のガキといちゃいちゃしに来たんとちゃうやろな」
「お、おう」
「お前、シバかれたいんか。久々に本気出すぞ」
「それだけはアカン、それだけはやめろ」
「ほな吐かんかい」
「しくじったん」
「嘘をつけ嘘を。お前に限ってしくじりはない」
あるやん。むしろありまくるやん。
「待て」
「おどれ」
「いやまぢで待って?」
「待ったら本心明かすんかい」
「う」
「シバく」
「待て」
天彦の敢然とした抗議は一切聞き届けられずに思い込みの激しい茶々丸の容赦ない叱責が降り注がれる。そもそものお前おったんかい。のボヤキを飲み込む勢いで。
すっかり扮装の魅力にど嵌りしてしまっている茶々丸の嗜好性を若干危惧しながら。
「待ったぞ、なんやその顔は」
「可愛いさんやろ」
「かわいかったらなんや。お前わかってんのか。魔王はおふざけで対処できるそこらの雑魚どもとは訳が違うんやぞ」
「知ってるし。茶々丸は初めて見たから高値で買いすぎなんや。大丈夫やで。あれでちゃんと弁えたはるお人さんやから」
「大丈夫なことあるかいっ! 何を弁えることがある。やること成すこと悪魔の所業やないか。あれは人やない。悪魔の目をしとったやないか」
「悪魔の目て。ちゃんとお人さんや。しかも割と真面な部類の」
「お前、……やはり毒されおったんか。儂が心配していた通りや。しゃーない儂が性根入れ替えたる」
「ギブ」
その棒はあかん。氏ぬ。
茶々丸には不満はある。むしろ不満しかない。だがすべて正論なので返す言葉もないのである。
正論キライ、そういうこと。何しろ天彦は正しさより優しさで満たされたいだけの人だから。
尤も無理を押せば茶々丸の魔の手から逃れる術がないこともない。たとえば完全ショタプレイを強行するとか、延々ずっと阿保のふりをして厭々駄々をこねるとか。
むろんどの行為も羞恥心がえぐられるので出来てもしない。よって食らい続けているのに……。
「なんや菊亭。今日は殊勝やな。お前、さては偽物やな」
「棒を振り回す狂人に対する妥当な態度やとお思いさんやが、一応なにがや」
「ふん、ほざいとけ。いつものように駄々っ子になったり阿呆になったりせんのやな、とゆうとんのや」
「お前もかっ!」
「何がじゃい」
「いろいろ台無しなんや。そうやって不和は始まっていくもんなんやぞ」
「お、いきなり訳のわからん確度で切れるな、ど阿呆が。キモい公家言葉はどないしたんじゃ」
「え、普通にめんどいもん」
「ほんならただの菊亭やの、氏んどけオラッ」
ぬおおおおおぉ――ッ
痛い。こいつまぢもんの阿呆やろ。従四位参議どつくとか。ぐすん、痛いん。
だが天彦の恨めしさ10の視線は空を切る。――えぇぇ。
ややあって、
「はいはい解散。そこちゃんと片付けて下さいね。者ども、参ろうか」
はっ――。
お前が仕切るなの代表格である雪之丞の宣言によって菊亭劇場は幕を下ろす。
こうして天彦率いる菊亭はいつものように何も解決できず、あるいは問題を更に増やして丹後の里出城を後にするのであった。
「じい」
「若様、付いて参りましょう。さすれば道が切り開けまする」
「ほんとかなぁ」
「……さあ何とも」
「だよね」
半信半疑の主従を連れて。
【文中補足・人物】
1、伊勢与三郎貞興(いせ・さだおき数え9)永禄五年・1562
幼名熊千代、兄の貞為が足利義栄に仕えたため勘気を被り追放される。その割を食って諸国を流浪。1570年、許され御伴衆として仕える。が若年を理由とした傀儡であることは紛れもなく以降は魔王並びに明智にいいように使い潰される人生を歩むことになる。
義昭が信長に京を追放された際には義昭には随行せず明智に仕えたいずれにしても悲運が運命づけられていた不運の人。
若いが知勇に優れ政治に明るく故実にも通じていたため光秀には厚く遇されていたとか。山崎の合戦で最期を迎える。享年18。