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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
六章 天衣無縫の章
103/314

#06 そこに優しさの付け入るすきはなかった

 



 永禄十二年(1569)七月二十二日






 うへ。へんなヤツが来た。それもとびきりむちゃんこ変やヤツが。



 天彦の第一感は旧友との再会の喜びよりもこの感情が先に立った。

 これは算砂の人柄云々の話ではなくあくまで天彦の感情論。だが当人的には客観的事実としての評価と言い換えても違和感なく合点がいく感情でもあった。

 何しろ仲が良かった自覚もなければ懐かれる理由もない。一歩譲って仲の善し悪しとは別問題だとしても、天彦にとって算砂とはそういう評価の人物なのだから仕方がないのである。


 嫌っているのとも少し違う。歴史的に何ら影響を与えないモブキャストであるということとも違う。当時の天彦の尺度がかなりそちらの要素に偏っていたことは否めないとしてもやはり違う。誰が囲碁名人になったってそんなの知るかの方針であったとしても断じて違う。

 それらを踏まえて問題の本質は他にあった。問題は彼の性質にあったのだ。


 算砂は他とは違い天彦の失言を天彦だからとは聞き流してくれないのだ。このことは天彦にとって非常に面倒な問題を潜在化させていた。まず説明がダルい。言い訳を考えるのがダルい。つまり全部がダルいのだ、普通に。

 次に算砂とは相性がよくない。天彦は誰かに相談して物事を決めたり進めていくタイプの人間ではないから。キャラ被っとるやないかいっ! 

 そう。算砂と天彦は完全なるキャラ被りである。しかもあちらの方が上位互換まである有能文官タイプときては同担さえ嫌うのだ、誰だって嫌うだろう。そういうこと。


 要するに算砂という人物。やたらと物見高い性質で何か知らないことがあるとすぐに興味を示し根掘り葉掘り質問攻めにしてくるのである。問われると答えなければという謎の義務感を負ってしまいがちな天彦はそれでよく墓穴を掘ってきた苦い経験が確かな記憶として刻まれていた。

 つまりこの本因坊算砂という人物は考えるまでもなくうっかり転生者の天敵であったのだ。そんなカテゴリーがあればだが。


 うっかり転生者なるカテゴリーエラーが他に存在するとも思えない以上、天彦のみに限定された天敵と同義である。この観点だけにスポットをあてるなら魔王など問題にならないレベルで天彦にとっての一番級に厄介な存在といえる。あと普通にウザいという主観も無視できない。

 ウザさには必ずキモさが混在している。天彦の感情的には確実に。なにせこの算砂なる人物、いつかを境に以降ずっと謎の親友ずっトモムーブをかましてくるキモさがあったから。普通にむりっ。普通にキモい。


 そんなとても面倒厄介キモい人物が荷物を纏めて菊亭の門を叩いていた。

 正確にはすでに押しかけ状態で天彦の私室兼応接室に居座っているのだが。


「位階はもちろん家名も頂いたし」

「知らんって!」

「官途名は僭称ではないよ。ちゃんと地位ある人に頂いたから」

「もっと知らんし!」


 天彦は珍しく腹の底から声を張った。僭称は何も悪事とは限っていない風潮のご時世、自称でも事実でもほんとうにどうでもよかった。問題は……。

 しれっと涼しい顔で同席している付き添いたちに感情がちゃんと伝わるかどうかである。


「どっちなん」

「こいつや」

「こいつ」


 つまりどっちもか。数舜悩んで態度を保留。だが算砂を連れてきた二人には激怒100の峻烈な視線をぶつけてやる。


「子龍、機嫌を直せ」

「菊亭、そうかっか怒んなや。な」

「かわいい顔が台無しやぞ」

「そうやそうや。……いや亜将、いくら何でも可愛いはないやろ」

「合わせとけ」

「さよか」


 おい。


 さすがにこの時ばかりは付き添いのイケメン二人も多少は悪びれているのだろう。僅かに反省の色を覗わせる表情でかつ歯切れの悪い応接に終始していた。


「……くそ、お前ら。まあええ。で算砂。誰に頂戴したん」

「織田上総介三郎様だね」

「お……返してきなさい。可及的速やかに」

「えいえすえいぴーだね」

「可及的速やかにと申した」

「あれ。天彦、変わった?」

「何がや」

「何がって……、たしか“キョどらない”だったかな」

「そんなことか。もう身共の言葉はすべて失言ではなくなったからや。見てみぃ周りを」


 算砂は言われたとおりに周囲に目を向け、数秒後納得の頷きを付けた“なるほど”を返答する。

 たしかになるほど。天彦の周囲には装い含めて特質ごと全部彩とりどりの人物が侍っていて、もはやかつてのような失言外来語を苦し紛れの造語として言い逃れる必要性がなくなっていた。


「なんだ。面白くない」

「身共でおもしろがるな。ゆうとくけどむちゃんこご無礼さんなんやで」

「ほんとかな」

「何がや」

「面白がって欲しいんじゃ」


 くっ。


 一瞬誘惑にかられそうになったが寸前で踏みとどまれた。天彦は自身の成長の手応えをたしかに感じ取りつつ、その勢いを駆って言い放った。


「雇わんよ。今や半家菊亭は第参議家。うちの敷居は高いんや。とっととお家にお帰りさん」

「ないよ」

「へ」

「家なんてないの」

「……え、お寺さんは」

「毘沙門堂門跡には暇を乞うてきた。何より織田様に登用を請われたのに正面切って蹴っちゃったから天彦が雇ってくれないと詰んじゃうね」

「おまっ」


 嗚呼、地獄かな。


 ただでさえ問題が山積しているというのに。こんなんまで抱え込むとか地獄かな。の地獄かなを脳内で繰り返して天彦は腹を括って方針を決めた。


「家はただ飯食らいは要らんのや。居るには存在感を示さなあかん」

「うん。文官仕事なら卒なくこなす自信はあるよ」

「身共は当主。お前さんはお家来さんにおじゃります。即刻直ちに口調をお改めさん」

「はい。ご無礼仕りましてございます。以降はご無礼のないよう改めます。重々承知致しましたのでお許しください」

「うんそれはええ。あと大事なことを一点、石田佐吉は直臣の中で唯一無位無官やが格は当家の筆頭格や。無礼なきよう承知おくように」

「石田とはあの石田にございますか」

「指を指すな。様をつけよ。だがそうや」

「なるほど。石田様の件、理解致しましてございます」

「うん。まあそこらへんは心配してへん。算砂は昔から佐吉には丁寧やった」

「それは天彦が……、これもダメ?」

「あかんやろ」

「そっか。ならば追々正して参ります。すぐには無理かな。好きすぎて」

「言葉のチョイス! 好きという言葉の使い勝手はそんなええもんと違うはずや」

「ほんとなんだけど」

「だまらっしゃい。もうええ身共からは以上や。算砂からは。うん。ないさんやな」


 え。たくさんあるんだけどの顔をしている算砂に対し、天彦はこれ以上喋らすかいっの勢いだけで言葉を遮り“まあいいや”の言質を取り付けた上でまんまとねじ伏せに成功する。


 ぱちぱちぱち。


 率直な感心とも煽りとも取れるまばらな拍手が親友ずっトモ二人から繰り出されるが当然無視。後でシバくこともできない。よってこの二人へ向ける不快感の表明としては最大級の応接手段は無視に限った。


「殿も大変だね。あんな連中にずっと付きまとわれて」

「どの口で! ……そやけどまあ。たしかに」

「少しは分担するよ」

「それはむちゃんこええさんや。ほな参ったするまでこき使ったろ」

「望むところにて、何卒よろしくお願いいたします」

「あとお一つ。人前での質問を一切禁じるん」

「む。……個人的には」

「要相談や」

「わかった。で、待遇は」

「字は得意やったな。ほな祐筆でもやっとき」

「りょ」

「おい」

「畏まりましてございます」

「絶対に勝手すなよ。当家では奉書詐欺が最も重い重罪や」

「へえ。訊いといてよかったかも」


 おいって!


 やる気満々の雰囲気をぷんぷん香ばしく振り撒く算砂は果たしてどこまでが本気か判断がつきにくい。こういうところも苦手であった。

 だがそうと決まればそれでいい。気兼ねなく使い潰せる駒ゲット。感情的には極めてラフに。

 天彦はこうして本因坊算砂の条件付き奉公を受け入れるのであった。




 ◇




 麗らかな午後。ウソだ。完全に盛った。うだるような暑さに参ったする寸前の室内から脱出し、手近に居た者プラスイケメンお邪魔虫二匹を引き連れ五条河原に涼を取りにやってきている。


 鴨川のせせらぎに真夏のぎらつく太陽の光が乱反射し、眩しいったらありはしない。日陰、日陰さんはどこに行かはったんや。

 当然だが天彦はそんな愚問は言葉にしない。鴨川五条河原周辺の最大日陰ポイントを爆破消滅せしめたのはいったい誰か。己の胸に手を置いて問い質すまでもない事実がそこにあるから。……ごめんて。


 だが兄弟子吉田与七の手配によって急ピッチで普請が進められているのでオールOK。好景気の下支えの一助になっていると思えば気も安らぐ。

 本当かどうかはこのさいさて措き、目下もとんかんと職人たちが軽快な音を響かせ全身から大汗を吹き出している。

 猶、兄弟子与七はようやく史実通り土倉の角倉家の看板を継いで家名並びに改名を済ませるフェーズに入っている。与七は角倉了以として史実より少し遅めの登場進行である。


「これは誠か、甚八郎」

「某も信じられませぬ孫次郎殿」

「主人には何とご報告いたせばよいのか」

「落ち着かれよ。きっと我が事のように喜んで頂けましょう」

「そう、だな」

「はい、そうです」


 天彦は吉田孫次郎意庵と岡村勘八郎の外様二人を呼びつけ、皆の前で直臣への取り立てと官途状を授与してやった。

 彼ら自身の貢献はもちろんだが、やはり兄であり従兄である兄弟子了以に配慮していないとはとてもではないが言い切れない。

 財務会計責任者の吉田孫次郎意庵は実弟であり医療班責任者の岡村勘八郎は従弟である。


 そしてこの決断を契機に天彦は考えを改めつつあった。彼らに限らず人は何者かになりたいとしたもの。特に度胸と腕前一本で身を立てたいと躍起になっている青侍衆などは格別で、何やら名前に少なくない思い入れがあるらしいことを目の前の二人の感激の反応から思い知ったのだ。

 ならば積極的に与えてやらねば筋が通らなくなるだろう。これが人の持つ基本的な欲求や衝動であるとするのなら不満の原因になってしまうから。


 同時にもう一つの考えも改めることを誓った。D・カーネギーのいう八番目の欲求である自己の重要感やフロイトの言う人間は誰しもお世辞を好むやデューイの言う重要人物たらんとする欲求に倣っても、家来の名前は覚えるに越したことはないのである。

 延いては家内の役職や序列は早急に整備もしくは是正されなければならない最重要問題点の一つであると気付いたのであった。


 が、


「なあ茶々丸。例の件、手応えどうやった」

「お前んとこはアカン。一つもゆうこと訊きよらへん」

「むり?」

「お前が強要したら知らん。儂では無理や」

「あー……、じゃ無理やね」

「そう言うこっちゃ」


 茶々丸が匙を投げていた。あの茶々丸が。

 打診があった菊亭序列の制定の完全ギブアップ宣言である。


「かっちょええのに」

「お前がその調子やから家来どももあの調子なんやと知れ」

「あ、はい」


 だが率直な心境だった。茶々丸から提示された家内序列と組織図は単純に美しかった。

 天彦は知識の支持者であると同時にカッコ良さの信奉者でもある。一瞬でもカッコいいと思ってしまった時点で負けなのである。


 これまで菊亭の家内はずっと友達感覚の延長線上にある家来の善意と良心の上に成り立ち運営されてきた。言葉を飾らず指摘するなら相当ルーズである。主従関係でさえ。

 よくやれてきたものだと逆に感心するほどの大雑把さだが若さ故にそれが嵌ったのだろうか。分析はされないが実に興味深いバランスである。

 そんな感じなので役職を含めた持ち場はもちろん縦の関係性さえほとんど整備されていなかった。これまでは。


「色々片付けたら手を付けるわ。おおきにさんな」

「アホが。その色々に手を付けるための布石やと思うて無い知恵を振り絞ったったんや」

「うん、堪忍さんなん」

「ふん」


 今は後。だがいずれ必ずやる。形式的に家格を整える必要性に駆られる前に絶対にやる。天彦はたった今決めた。


 さて、

 護衛を除くと十数名の菊亭御一行は当たり前だが人目を惹いた。特にそこに京でも一・二を争う人気の有名イケメンが二人も混じっていれば猶の事。

 こうしている今も遠くからも間断なく聞こえる黄色い歓声を伴奏にして天彦は深い思考の闇に沈み込む。


 足利奉公衆に楔を打ち込め。ロイヤルオーダーはこの一点。

 マストだが額面通りに注文を受けとるバカはいない。少なくとも天彦は要求の一歩半は上を行きたい。なぜならこの注文はしくじれば最悪の事態も招きかねない恐怖の下達と同意だから。

 こういってはなんだが恋千代はまだいい。京兆家などもっとどうでもいい。彼女の人生は切り離せるし天彦が何かを負う間柄ではない。だが西園寺はまったく違う。西園寺とは切り離せない。実益に累が及ぶと天彦は自分の正常性が保てる自信が正直なかった。実際はどうなるかは別物としてもそんな賭けに出る必要性はまったくない。故に必死で策を練る。強かに虎視眈々と。


「こちょこちょこちょ」

「ええい邪魔っ! なんの心算なん算砂、……と、まさかの与六まで。え、まさかお前さんらまで」

「はっ、某も同意にございまする」

「僭越なれど某も」


 佐吉につづき是知まで。すると堰を切ったように某も、某もと賛意の声が叫ばれた。……こいつら。

 こうなっては是非もなし。天彦は家来の主張に耳を傾ける。代表として言い出しっぺの坊主頭を目線で指定した。


「せっかく気晴らしに繰り出したのに考え込んでもいいことないよ。昔教えてくれたよね。物事は案外何とかなるものだって。つまり裏を返せばなるようにしかならないってことだよね」

「方向性は違えど某も概ね同意にござる。殿はいささか考え込みすぎにござる」

「与六は一旦待とうか。算砂、それは意味ちゃうねん。ええか、身共が申したんは人事を尽くして天命を待つや。つまりできるかぎりの手は打っておかんとお話にならしゃりませんのんやで」


 天彦が手で追い払う仕草をするのとほとんど同時に、


「これ。使えると思うよ」


 算砂の手に一通の謎の封書が。

 算砂は勿体ぶって預け渡さずけれどはっきりとそれとわかる風に封書の封印文字を見せつけた。

 ひと目で見分けがつく非常に美しい花押が認められていた。丁寧に記すということはそれだけで敬意の表れである。しかも近頃流行の判を用いずに自筆となれば猶の事。


「藤吉郎さんの手紙か。どないしたんや、それを」

「ちょっとね」

「そのちょっとが猛烈に気になるけどまあええとしよ。なんで寄越さんのん」

「みんなでこの休暇を楽しもうよ」

「それって算砂、身共を公然と脅していると承知してるんか」

「してるよ。それがどうかした」


 出た! やっぱこいつキライ。


 この余裕ぶった態度も、訳知り風のウザ顔もキライ。


 ならば読まない。読んでやらない。どうせ手紙の内容は読まずとも想定の範疇である。共闘の申し出。もしくは魔王直々の指示による合力の催促状かのいずれか一つ。

 そして一つ確実になったことがある。魔王さんはこの一件にそうとうナーバスになっているということ。史実よりも早く強く将軍義昭の反感を買ってしまっているかまたは感じ取っているに一万貫ベット。


 天彦は推論に自信を深めた瞬間から表情に遊びの余白を消し去っていた。

 悪巧み100のいい顔(悪い顔)で一人思考の闇に沈む。


 惟任を中心に足利奉公衆はかつてないほどの結束を見せている。

 キーマンが政所執事摂津晴門だとしても、やはり本質的には足利勢に潜在的な対織田意識が強く働いているからだろう。史実に照らすなら将軍義昭自身に、おそらくきっと。

 そして目下の奉公衆、中でも評定衆は京の統治にかなり注力していて評定衆次席、実質一席の惟任日向守においそれと手出しできない最大理由でもある。


 いつの時代も民意はけして弱くないの好例である。

 だが民意にはどう足掻いても動かせないものも必ずある。その一つが権威であり管領はやりようによっては抑えられる。姫が実益の許にいるかぎりは。


「是知」

「はっ、ここに」

「藤吉郎さんにお会いしたい。先方の都合もあるやろし伺ってくれはるかぁ。身共の都合は明日朝一番や」

「その旨お伝えしても」

「ええさんや」

「はっ、ではただちに参ります」


 そして、


「実益さん。恋千代は確実ですか」

「当然や。家をどこやと思うてる」

「はい。安心です。そんで、お願いなんやけど」

「聞くだけやぞ。申してみい」

「はい。謁見の段取りお願いできませんか」

「将軍か」

「はい」

「銭がいるがまあ訊いたろ」

「ではお願いいたします。銭に糸目はつけません」

「子龍のくせに偉そうに。ほな参ったゆうほど乗せたろか。いつや」

「明後日にでも。手加減してくださいね」

「さあな、だが相分かった」

「おおきにさんにおじゃります」

「貸しやぞ返せよ」

「ははは」


 そして、


「イルダ」

「はいはーい」

「射干党を動かしてくれるか。関への名目は織田家との合同軍事訓練でどないさんや」

「お安い御用。いつどこに。規模はどんくらい」

「噂だけや」

「ああ、なるほど。偽計ね。でも反応を覗うつもりが過剰に反応してマジに打って出られたら」

「そのための藤吉郎さんと違うんかな。お手紙読ませてもらわれへんから知らんけど」

「ははーん。さすがは天ちゃん。相変わらずの悪よのう」

「おい。予定では早ければ明後日、二条御所に」

「えと。噂でもさすがに洛中での討ち入りは控えたいんだけど。あの一件以来織田君の目がさぁ、むちゃんこおっかないんだよね」

「うん。そこを何とか。二千の鉄砲隊の武威がいるん。本気度も必要やし他所には頼めへんやろ」

「カッコだけ、絶対の絶対?」

「知ってる通り世に絶対は無いさんや。あかんかったらコンスエラに頼むが」

「らじゃ! 余裕っす」


 算砂の手紙が宙ぶらりんで浮いたまま次々と事は動いて着々と運ばれていく。


「はは、これは参った。私の知ってる天彦以上だね」


 面目と思惑が完全に潰された算砂の愚痴含みの呟きには、即座に舐めるなボケの悪態が突き返されるのであった。


 そして天彦は行儀のよい無表情で傍観者を気取る算砂を見て、まさにこの瞬間これまで朧気だった感覚を確信に変える。

 算砂に足らないのは利他性の尺度と自己統制の尺度であると。つまり協調性と誠実さの圧倒的な欠如である。


「算砂」

「なに」

「なんもないさん」

「ふーん。あるよね、絶対。いいけど」


 人は有りっ丈の自制心と警戒心のアンテナを張って生きるべき。その信条に照らすなら天彦は悪意に対して無防備な人が生理的に苦手である。

 だがそれ以上に無自覚に悪意をばらまく者が我慢ならない。それは自制心に乏しい潜在的なDQNだから。算砂もそんなカテゴリーに分類される一歩手前に位置していた。












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