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賢君源実朝  作者: shingorou
第3章 成長する将軍
39/54

39 傷跡(2)

 九月に入り、畠山重忠の息子畠山重慶が謀反を起こしたとの知らせが入った。

 かつての畠山重忠重保親子の事件は、畠山親子に謀反の意思がなかったことが明らかとなり、当時北条時政と牧の方の専横に逆らうことのできなかった義時にとっても、大きな古傷となった事件でもあった。

 実朝は、そういったいきさつをよく分かっていたから、「謀反という重大事件であればこそ、詳しく真偽を調べねばならない。よいか、決して殺してはならぬぞ。生け捕りにして連れ帰るのだ」と命じて、担当者である長沼宗政を向かわせた。

 その間に、実朝は、実朝の心を慰めようと気遣った家臣達と共に、秋草鑑賞をして和歌を詠むために、火取沢に散策に出かけた。供をしたのは、北条時房、北条泰時、三浦義村、長沼宗政の弟の結城朝光ら歌道に通じ、気心の知れた者達ばかりだった。

 秋萩、女郎花、葛の花、様々な秋草を見ながら、実朝は、伏せって籠りがちな御台所倫子にもこれらの草花を見せてやりたいを思った。

 その数日後、長沼宗政が、将軍である実朝の命令を無視して、勝手に重慶を処刑してその首を持ち帰って来た。

 実朝は、命令違反を犯した宗政のことをきつく咎めた。

「この大馬鹿者が!あれほど、申し付けたではないか!もともと父親の畠山重忠は過ちがないのに攻め殺されてしまったのだ。その息子が、たとえ陰謀を持ったとしても、何か理由があったからなのかもしれぬ。それゆえ、捕虜にして連れ帰るように命じたのだ。そのうえで罪の有無を詳しく調べるべきであろうが。それを殺してしまうとは、そなたの軽はずみな行為こそが罪である!」

 しかし、宗政は、恐縮するどころか開き直って実朝に不満をぶちまけた。

「重慶の陰謀は間違いありませんでした!儂の忠節をお認めにならないで、お叱りになられるとは!こんなことで、誰が忠義を尽くしますか!間違っておられるのは御所様の方です!」

 筋違いの宗政の物言いに、実朝の怒りは頂点に達した。

「言いたいことはそれだけか。追って沙汰する故、下がりおれ!」

 御前を下がった宗政だったが、それでも腹の虫がおさまらなかった。

 宗政は、源仲兼ら同僚がいる前で、実朝の居所に聞こえるような大声で喚きたてた。

「儂に説教をするとは、生意気な若造が!父上の時は、あんなことはなかった。生け捕りにして連れ帰ったら、どうせ尼御台様や女房衆の御口添えで、許してしまうにちがいない。だから、先にやったのだ。だいたい、あの若造は、和歌ばっかりで、武芸はからっきしのくせに。儂は、汚れ仕事をさせられたってのに。その間、北条の太郎と五郎、三浦の平六、弟の結城七郎達は、あの若造と優雅に野原をお散歩して和歌の会だとよ!手柄だって、女房衆が横取りしやがって!儂みたいな昔ながらの勇士は損をしてばっかりではないか!」

 宗政の若い将軍への悪口はこれでもかというほど続き、相手をしてこれ以上とばっちりを受けるのが嫌になった源仲兼は、そのまま黙って退出してしまった。

 宗政の暴言は、実朝の部屋にまでばっちりと聞こえていた。

「御所様と尼御台様へのあのような暴言!絶対に許せません!重大な悪口は、すべての争いの基です。重く罰して流罪にすべきです!」

 怒り心頭の泰時に対して、実朝は、言った。

「このたびの和田との戦いで、北条は他の御家人達よりも一層優位な立場にある。父上の時代からの重臣である宗政を、今のこの時期に流罪などにしたら、それこそいらぬ恨みを買って後々の禍根となろう。宗政の兄小山朝政からも寛大な処分をとの嘆願も出ている」

 実朝の言葉に納得できないでいる泰時を制して、義時は実朝の考えを促す。

「では、どのようにいたしましょうか」

 実朝は考えながら、叔父に言った。

「そうだな。『本来ならば、重き処分にすべきところ、このたびの和田との合戦と父上以来の勲功にかんがみ、一月の謹慎とする。若い者の手本となるように、以後悪口は控えて、これまで以上の忠勤に励むように』と宗政に伝えてくれぬか」

 実朝の言葉に、義時は頷いて御前を退出した。

 しばらくして、将軍の伝達を聞いた宗政は、うってかわった上機嫌でまくし立てていた。

「あの若造。結構可愛いところがあるじゃねえか!」

 このときの宗政の大声も、実朝の部屋にまで聞こえていた。

「あのような無礼者をそのままにしておいては、それこそ、新しい時代の妨げとなります!」

 宗政への怒りが収まらない泰時を、叔父の時房が宥めている。

「あの性格は、どうやっても治りはしないさ。向こうは、お前が思っているほど、真剣に考えてなどいないんだから。本気で怒る分、こっちが損だぞ、太郎」

「ああいう連中には、ここで恩を売っておけばあとでやりやすかろう。根が単純な分だけ、京のやんごとなき方々に比べればよほど扱いやすい」

 泰時は、だんだん時房に感化されて強かになっていく実朝の姿に目を見張った。


 和田との合戦の後も、実朝は、表向きはできるだけ気丈に振舞って己の責務を全うしようと努めていたが、心は大きな悲鳴をあげていた。

 実朝は、院の御所を警護するようにとの御教書を京都に送るなどの対応をしたのだが、合戦後の京では様々な流言が飛び交い、鎌倉に下向しようとする在京御家人達を警護させるために院がこれをとどまらせるなどの混乱状態が続いた。

 様々な騒動に対し、院は実朝の将軍としての力量に不安を抱くようになり、実朝と院との間で築きあげてきた良好な関係に、ひびが入ろうとしていた。

 

 十月。朝廷から、西国御料への課税に応じるようにとの要求がなされた。

 これに対して、広元は、「一切応じる必要はありません」と言ったが。あまりに強硬な態度を取れば、難解な性格の院をますます怒らせるだけだった。

 そこで、実朝は、「勝手に課税を止めるわけには行かない。だが、突然そのようなことを言われても、現地の人間は混乱するだけであるから、今後は大まかなことをあらかじめ決めて連絡するように申し入れよう」と提案した。

 三浦義村の弟胤義が女性問題で喧嘩を起こし、またもや三浦一族が騒ぎ出したが。実朝は、(またか。懲りない連中だな)と呆れながらも余裕で構えていた。朝廷の人間に比べれば、根が単純な坂東武者など可愛いものだった。

 和歌の師匠である藤原定家から、万葉集の写しなど和歌関係の書物が献上され、合戦とその処理で傷ついた心が慰められ、喜んでいた実朝であったが。

 その一方で、定家は、ちゃっかり自分の領地に便宜を図ってくれるよう申し入れをしてきており。そのあたりの都人の抜け目のなさ、図々しさを実朝は感じずにはいられなかった。

 敬愛する院から一連の出来事を叱責する言葉を受け、実朝は、将軍失格との烙印を押されたかのような今までにない強い衝撃を受けていた。和田との合戦の後、地震などの凶事も続いた。実朝は、自分の不徳のなさを責めた。


 実朝は、和田との合戦の後、後に金槐和歌集と呼ばれることになる歌集をまとめて藤原定家に贈っている。その中には、京の院に対して贈った次の和歌があった。

 山は裂け海はあせなん世なりとも君に二心我があらめやも

 この当時、まさに地震で山は裂け、海は干上がっており。実朝は、合戦の処理に加えて、実朝の為政者としての責任を厳しく追及しては、何かと厄介な案件を持ちかけてくる朝廷方との対応に苦慮しており。実朝の心は疲れ切っていた。

(このお方の苦しみは、誰にも変わることができないのだ)

 実朝の苦悩を一番近くで見ていた義時は、実朝の必死の思いが、京の院に伝わることを心から願わずにはいられなかった。

 

 ある冬の雪の日の夕方。

 実朝は、二階堂行光が土産によこした馬のたてがみに紙が結わえつけてあるのを見つけた。その文には、「この雪を分けて心の君にあれば主知る駒のためしをぞひく」と書かれてあった。

 将軍になったばかりの少年の実朝に、漢籍『蒙求』を和訳した『蒙求和歌』が献上されているが。その中に「管仲随馬」という故事があり、「迷はまし雪に家路を行く駒のしるべを知れる人なかりせば」という和訳された和歌が掲載されている。

 斉の桓公が討伐の帰りに、孤竹という場所で大雪が降って道に迷ったことがあった。その時、宰相の管仲は、老馬は道を覚えているからその知恵を使うべきだと進言し、桓公はそれに従って馬に先導させたところ、無事帰国できたという。

 故事を持ち出し、この雪を分けて来てくださった御所様の心をこの馬も知っていることでしょう、どうぞこの馬の案内によって無事にお帰りください、そう言ってくれる行光の心遣いが、実朝は嬉しかった。本当の心の優しさ、美しさというのはこういうものではないのかと実朝は思った。

 実朝は、行光に次のような返歌を贈った。

 主知れと引きける駒の雪を分けばかしこき跡に帰れとぞ思ふ

 主人のことを知るようにと案内してくれた馬が雪をかき分けて私を無事に送り届けてくれたなら、今度は賢明な行光のもとに帰ってほしいと思う。

 京のやんごとなき方々は、一見雅で優しいように見えるが、なかなか底意地が悪いところがある。実朝は、京の洗練された華やかさに憧れつつも、自分の帰る心のふるさとはやはり坂東なのだと感じずにはいられなかった。

 

 建保元年と改元が行われたその年の暮れ。

 実朝は、和田合戦の死者を供養するために、円覚経を三浦義村に命じて三浦の海に沈めさせた。裏切り者の汚名を着ることを覚悟のうえで、同族を裏切って御所方についた義村の苦悩がどれほどのものであったのかを実朝は考えずにはいられなかった。

 降り積もる雪が、自分の身に降り積もる深い罪のように感じられた。

 今夜が過ぎてしまえば、今年の思い出もなくなってしまって春を迎えることになるのだろうか。忘れた方がいいのか、忘れてはいけないのか。忘れたいのか、忘れたくないのか。それすらもよく分からなくなっていく。

 実朝は、気づかないまま、そんなことを妻の前で口に出していた。

「悲しいことをおっしゃらないで。昨日があって、今日があって、明日があるのですわ」

 倫子は、ぎゅっと実朝に抱きついた。

「そうだね、御台」

 実朝は妻を抱きしめ返した。愛しい妻の柔肌の中で、傷ついた心を癒しながら、実朝は新しい年を迎えた。








 

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