22 甥と叔父(2)
改元後の建永元年、西暦一二〇六年、六月。
亡き実朝の兄頼家の次男善哉の着袴の儀が行われた。善哉は、この数か月後に実朝の正式な猶子となる。
実朝は、兄弟ほどにしか年の変わらない甥のことを思った。
可哀そうなことだとは思うが、善哉は昨年鶴岡八幡宮尊暁の弟子となっており、兄頼家と北条氏とのいきさつを考えれば、いずれ仏の道に入ることを余儀なくされるだろう。
兄が修禅寺に向かう日、祖母の政子に手を引かれ、泣き出した善哉に対し、兄は、「べそべそと泣くなどもってのほかじゃ!そのような軟弱者は、我が子ではない!とっとと朽ち果ててしまえ!」と怒ったように叫んで輿に乗って行ってしまった。
兄が去った後、政子は、幼い孫を抱きしめたまま泣いていた。
実朝は、今の善哉と同じ年頃の時に父頼朝を亡くしたが、父との温かい思い出は昨日のように憶えている。
父頼朝は、まだ千幡と呼ばれた実朝を無条件で慈しんでくれたが、善哉は父親に抱かれた時の腕の温もりを覚えてはいないだろう。兄頼家は、強く、厳しく、そして不器用な人だった。きっと、善哉と別れた後も、一人で泣いていたに違いないのに。
自分がどれほどこの子のことを愛したとしても、本当の父親の変わりにはなれないのだ。それでも、人の温もりを忘れないでほしいと思った実朝は、緊張したまま俯いて座っている善哉に近づいて行って、その手を引いて、母政子と御台所倫子のいる場所に連れて行った。
「御台、私の隠し子の善哉だ。仲良くしてやっておくれ」
実朝が茶化したように倫子に微笑むと、倫子も微笑み返して言った。
「まあ、随分と大きな隠し子がおられたのですねえ」
倫子は、善哉にも、はにかむような柔らかい笑みを浮かべて、「どうぞおよろしくね」と言った。
絵巻物から抜け出た雛人形のような可憐なお姫様に、善哉は眩しいものでも見たかのように、ぼうっと見惚れていた。
父頼朝や叔父の小四郎は、善哉と同じ歳くらいの実朝を軽々と抱き上げていた。善哉は、どのくらいの重さなのだろうか。それを知りたいと思った実朝は、かつて父や叔父がしてくれたように、善哉を思いっきり高く抱き上げた。
善哉は、ずしりと重く、たちまち実朝の腰に大きな負担が来た。華奢であまり筋力のない実朝は、すぐにふらふらになってしまった。
「本当に大きくなったなあ、善哉」
「御所、善哉は、もう赤子ではないのですから」
実朝の行為に、母の政子は呆れていたが、その顔は笑っていた。
実朝の善哉への接し方は、頼朝の幼い末っ子へのそれを思い出させた。
(賢さ、強さ、優しさ。やはり故右幕下によく似ておられる)
義時は、実朝ら家族の団らんを目を細めて見守っていた。
善哉の着袴の儀が行われた頃、実朝の近習の東重胤は、休暇を願い出て、領地のある下総に戻っていた。
「業務連絡も兼ねて必ず便りを寄越すように。八月には帰って参れよ。」
和歌仲間と離れるのがなんとなく寂しく思った実朝は、そう言って重胤を送り出した。
しかし、重胤からは、何の音沙汰もないまま、約束の八月になってしまった。よほど領地に関わる仕事が忙しくて忘れているのだろうか、病にでもかかってしまったのではないかと心配になって、実朝は文を送った。
来ん年も頼めぬうわの空だにも秋風ふけば雁は来にけり
帰って来ないであてにならない奴だ。大方、色事に心奪われて私のことなど忘れてしまっているのだろう。お前がそんな風になっている間にさえ、こっちは秋風が吹くようになって雁が来る季節になっているぞ。
勉強中の和歌の練習も兼ねて、実朝は、なかなか帰って来ない恋人を恨む女人が詠んだ風な茶化した歌を贈った。
しかし、九月になっても、重胤からは何の音沙汰もなかった。ますます心配になった実朝は、再度重胤に歌を贈った。
今来んと頼めし人は見えなくに秋風寒み雁は来にけり
今か今かとお前が帰って来るのをあてにしたのに、お前は帰って来ない。とうとう秋風が寒く、雁がふるえるような季節になってしまったではないか。
それでも、重胤からは何の連絡もなかった。とうとう半年近くがたった十一月の中頃、重胤は、ひょっこりと戻ってきた。
「どうも、御所様には、しばらくぶりで、ご無沙汰いたしております」
その様子に、泰時、時房ら実朝の他の近習達は呆れかえっていた。
「御所様の方から、何度も御文を寄越されたというのに、業務連絡の文一つ寄越さず、一体どういうつもりなのでしょうか」
「心配して私の方から文を遣ったというのに。半年もの間、業務連絡を怠ったばかりか、あのようにへらへらとふざけた態度は何事か!あまりに、主人である私を蔑ろにする行為ではないか!金輪際御所への出仕は罷りならぬ!」
実朝の逆鱗に触れた重胤は、半泣き状態ですごすごと退出した。実朝の重胤への怒りはなかなか解けなかった。そこで、重胤は、義時に何とかしてくれるように泣きついてきた。
「自業自得ではありませんか。御所様の御怒りはごもっともです。取り次ぐ必要などありません!」
真面目な息子泰時はそう言ったが。
(普段、穏やかで優しい少年だとばかり思っていた者にとっては、いきなり父君譲りのあの姿を見せられては、ひとたまりもなかろう)
義時は、重胤に同情した。
「宮仕えで、ちょっとしたうっかりは誰にでもあることです。許してやってはいただけませんか」
義時は、穏やかに実朝に言ったが、実朝の怒りは治まらなかった。
「うっかりが過ぎるであろう!半年も連絡を寄越さないとは、職務怠慢もいいところだ。私とて、二度は許したのだ。なのに、あのようにへらへらとふざけて、馬鹿にするにも程がある!」
どうしたものだろうかと義時は思いつつ、重胤が侘びとして詠んだ歌を実朝に差し出した。
「無風流な儂にはよく分かりませんが。敷島の道は、言の葉を通じて、心を和らげるためにあるのではありませぬか」
叔父の指摘を受けて、実朝は、為政者としての寛大さも忘れてはならないことに気づいた。
重胤が侘びとして詠んだ和歌を何度も詠唱した実朝は、さすがに重胤のことが哀れに思われ、許すことにした。
「誠に申し訳なく……」
すっかりしょげて平身低頭の重胤に対して、実朝は穏やかに告げた。
「私も言い過ぎてすまなかった。もう怒ってはいないよ。それよりも、領地の景色のことなど、聞かせてくれないか」
季節はすでに冬になっていた。
花すすき枯れたる野辺の置く霜のむすぼほれつつ冬は来にけり
花すすきが枯れて野原一面に霜が降りるようになり、冬がやって来た。
あづまぢの道の冬草枯れにけり夜な夜な霜や置きまさるらむ
東路の道の冬草も枯れてしまい、夜ごとに霜がいっそう降りるのだろうか。
実朝は、久方ぶりの和歌仲間との再会を喜んだ。
「分かっていただけてよかったわい」
「御所様はご聡明な方ですから」
父から実朝と重胤の話を聞いた泰時もほっとしていた。
その側で、面白くなさそうな顔をしている少年がいた。別れた姫の前との間にできた義時の次男坊である。次郎は、この年の十月に元服し、一つ年上の実朝に加冠親になってもらい、実朝の一字をとって朝時の名を賜っていた。
「お前も、悪さはいい加減にして。少しは御所様を見習って、勉学に励め」
「嫌なこった!何だい、御所様御所様って!」
父も兄も、話題に出るのはいつも実朝のことばかりである。朝時の兄泰時と実朝は、優等生同士気が合い、父義時もまた泰時と実朝のことを自慢げに誉めそやす。朝時は、何かにつけて、一つしか年が変わらない実朝と比べられ、面白くない思いをすることが多かった。
青少年の成長はまだまだ続く。