21 甥と叔父(1)
建久三年、西暦一二〇六年。
祖父時政と牧の方が追放された後、実朝の後見を務めることになった叔父義時に対して、実朝は言った。
「私は、叔父御を信じている。私が、今後、北条を武でもって排除することは決してないとお約束しよう。おおかたのことは、叔父御にお任せしようと思う。されど、道理に合わぬことがあれば、許すわけにはゆかぬ。私に隠れてなされた過ちであっても、私の名のもとに行われたのであれば、それはそのまま将軍である私の過ちとなるのだから。それが、お気に召さぬというのであれば、いつでも私の命を取るがよろしかろう。一度は覚悟を決めた命だ、恐ろしいとは思わぬ」
(やはり、儂の目は間違ってはいなかった)
義時は、牧の方に対して、威厳と迫力に満ちた怒気を発した少年将軍の中に、父頼朝の姿をはっきりと見た気がして、万感の思いを抱いた。
実朝は、叔父義時らすぐれた重臣達の適切な補佐を受けながら、積極的にまつりごとを始め、様々なことを学んでいく。
実朝は、父頼朝の時代に与えられた土地については、大罪を犯さない限り、取り上げられることはないという坂東の為の大原則を改めて確認した。兄頼家の場合もそうだったが、実朝の治世においても、基本的には父頼朝の方針を踏襲しており、それに大きく外れることはなかった。
二月になり、実朝は、雪見ついでに叔父義時の別邸を訪れた。
「この大雪では、お帰りになるのも、難儀なことでございましょう。いつかの月食の夜と同じように、今夜も、この叔父めの屋敷に泊まって行ってくだされ」
義時は、甥の訪問を喜んだ。
「せっかくの雪景色です。ここで、和歌の会をやりましょう、御所様」
泰時の提案に、実朝の顔は輝いた。
「良い考えだな。小四郎叔父も一緒にどうだ」
実朝の誘いに、義時は、苦笑しながら答えた。
「はてさて。儂は、人様が詠んだ歌を口ずさむのが精いっぱいで、自分でひねり出すのは不得手ですからなあ」
「御所様、鶯の声が聞こえてまいりましたよ」
泰時の指摘に、実朝も耳を澄ませた。
かきくらすなほ降る雪の寒ければ春とも知らぬ谷のうぐいす
「こんなに暗い中雪が降り続けると、寒くてうぐいすも春の訪れに気づかないんじゃないかなあ」
そう言って、実朝は、今度は、雪の原の地面を見渡した。
春立たば若菜摘まむとしめおきし野辺とも見えず雪のふれれば
春になれば若菜を摘もうと心づもりしていた野辺も、雪が降り続いているので見当がつかくなっている。
聡明な実朝は、源仲章らの侍読のもとで、儒学などの学問に励んでおり、まつりごとの実務の理解も早く、瑞々しい感性を持ち、歌道にもその才を見せ始めていた。
義時は、若い甥の成長を喜ぶとともに、実朝が年相応の明るい無邪気さも忘れていないことに安堵していた。
三月。実朝は、桜井五郎という鷹の名人の百舌鳥を鷹のように扱うという自慢話を聞いて、それに魅せられていた。
「本当なら、見てみたいのだけれど。だが、将軍ともあろう者が、子どもっぽいと思われないだろうか」
実朝は、少年らしいはにかんだ笑みを見せながら義時に話した。
義時は、笑いながら答えた。
「面白そうではありませんか。儂も見てみたいですなあ」
義時の発言に、中原広元(後の大江広元)や三善康信らの年配者も大いに関心を持ったようだ。義時は、桜井五郎を呼んで来させた。
桜井は、雀がいる草むらの中に、百舌鳥を行かせて雀を三羽捕えさせた。その様子を見ていた皆は、大変感動した。
実朝の周りでは、若い者だけでなく、年配者達も含めて、明るい笑い声が絶えなかった。
和歌の中から伺われる、実朝の少年らしい純真さ、優しさ、おおらかさは、亡き父頼朝を始めとして周囲の者達に慈しまれて育った末っ子気質も関係しているのかもしれない。義時もまた、生まれた時から近くで見守り続けてきた甥が可愛くて仕方がなかった。




