第253話 神の使徒 VS 転生賢者 その三
――声が、声が出ない!
――これはヤバい! 絶対まずい、これはマジでヤバイ・・・
新たに魔法を発動することができない。
残された手札は、光神剣とワルキューレ三体のみ。その現実に、背筋が凍るような絶望を感じる。
迫り来るセルフィアは、歩きながらポーションのような小瓶を飲み干していた。
「 効果は気休め程度だが、近接戦をやるぐらいの体力は回復したぞ 」
「 予定ではゴーレムを数体こちらに回し、お前の両手両足をすり潰すつもりだったんだがな 」
「 さすが使徒の精霊と従者といったところか。ゴーレムども相手でも、これだけ持ちこたえているのは賞賛に値する 」
光神剣を眼前で構え直す。
絶望しかけたが、こんなところで座り込むわけにはいかない。
今、私が斃れれば――リディアさんとバルモアさんも殺されてしまう。さらには、アチラの宇宙で小惑星が動き出してしまう!
どんな手を使って私の絶対防御壁を剥がしたのかは分からないが、まだこの魔法剣と、女神の盾のダメージカット効果は活きているはずだ。
セルフィアの魔力も底をついている状態に限りなく近いはず・・・素人目に見ても、随分前から魔力を節約していたのが分かる。
まだだ! 縦横無尽に魔法剣を振り回せる私の方が、まだ一縷の優位性がある!
「 ふふっ、剣術で――まだ俺を圧倒できると考えているだろう? 」
「 だが残念だったな! 俺は元来、剣術も極めた魔法剣士だ! この恰好はブラフだよ。どうだ? 魔法専門職だと思い込んでいただろう? 」
そう言いながらセルフィアは亜空間を開き、内部から二本の双剣を取り出し、左右の手で掴んだ。そして剣を持った片方の手で、無造作にウィザードハットと仮面を剥ぎ取り後方に投げ捨てた。
編んだ銀髪が露となり、赤黒い魔法の光を浴びて煌めいている。
俺という一人称を発するとは思えない、美しく整った清楚な顔立ちだった。
――私も自作のポーションをバッグの中に忍ばせているが、状態異常を回復する効果はない。あくまで傷などの肉体的負傷を瞬時に治せるだけで、受けた声帯異常を回復する効果は期待できない。
――こんなことなら、状態異常無効に特化した国王様のローブを拝借しておくべきだった・・・
セルフィアの存在感は、一変して研ぎ澄まされた刃のように鋭利になる。
セルフィアは魔法障壁を張るどころか、防御の構えすら取らない。その体勢は、私が魔法を使えない今、攻撃こそが唯一の防御であるという絶対的な自信の表れのようだった。
先に動いたのはセルフィアだった。
初撃から、それは剣の舞いではなかった。
暴風、あるいは嵐そのものだ。
剣速は、もはや人間の域ではない。
剣が空気を斬り裂く音すら置き去りにして、双剣は私の光神剣をまるで的であるかのように叩きつけ、軌道を狂わせる。
――くっ!
私は咄嗟に魔法剣を動かし、双剣の連撃を防ごうとするが、その刹那、セルフィアの足が地を蹴り残像を残しながら肉薄した。
双剣は、左右から、上下から、そしてまさかという角度から、常に二本一組で襲いかかる。
私は浮遊させた金色の魔法剣を、自らの意思とは関係なく本能で動かし、辛うじてその猛攻の嵐を受け流すのが精一杯だった。
魔法の効果によって縦横無尽に動かせるはずの光神剣は、まるで激流の中の木の葉のように制御を失いかけ、一歩でも剣の軌道を誤れば、即座に肉体が両断されるような一撃を受けるだろう。
――『 俺は元来、剣術も極めた魔法剣士だ! 』
その言葉が、脳裏に現実となって突き刺さる。こいつは武術の極致をも掴んでいたのだ。
ギイィィン!
ギイィィン!
連続する金属音と、特殊な残滓が弾ける音。私は数秒で十数度の剣戟を受け止めざるを得なかった。
そして、ついに防御が限界を迎える。
セルフィアの双剣が私の魔法剣を押し下げる。そして無防備になった私の胴体へ、津波のような連打が叩き込まれた!
袈裟懸け、突き、払い、逆袈裟――八度、九度、十度。
――くうぅぅ!!
女神の盾が発動しているが、あくまでダメージカットであってダメージを無効化しているわけではない。
本来100のダメージを受けるはずの剣撃は、10程度の軽微な傷に抑えられている。
絶対防御壁を失った体には、物理的な衝撃が容赦なく伝わり、その衝撃が防御されないまま、内臓へと直接蓄積していく。
――ぐっ、あぁッ!
斬られるというよりも、連続して大質量で打ち砕かれているような錯覚。
頭部、喉、両腕、脇腹、胸、腹、肩、両脚・・・
皮膚表面の傷は浅いが、何度も何度も剣劇を受けるたびに、体内の臓器が悲鳴を上げる。
・
・
口から真っ赤な血が噴き出した。
――がはっ・・・
内臓への衝撃が臨界点を超えた。
激しく咳き込みながら、両手で双剣の連撃を受け止めたまま、崩れ落ちるように地面に膝をついた。
背中から地面に叩きつけられた。
意識が飛びかけるのを必死で耐えながら、双剣を悠然と構えるセルフィアを見上げた。
――剣術では勝てない・・・
当たり前だ。私は部活レベルの剣道すらしたことはない。
魔法剣を闇雲に振り回しているだけの私と、剣を長年修行した者とでは、明らかな差が出るのは必然。
「 ハルノ様ぁぁああ!! 」
遠くからリディアさんの叫び声が聞こえる。
――このままでは、本当に死んでしまう・・・
セルフィアが大きく深呼吸をする。夜気を肺の奥の奥まで取り込んでいた。
再び連撃を繰り出すために、呼吸を整えているのは明白。
成す術がない・・・
私はバッグの中に素早く片手を突っ込み、自作のポーションを掴み取ろうとした。
ゴガァアア!!
セルフィアは、私がバッグに手を突っ込んだその一瞬の隙を見逃さず、狙いすました連撃で腕を打ち据えた!
――ぐあぁぁああ!!
咄嗟に光神剣を振り下ろすが、セルフィアは視線を向けることすらせず払いのけるように防いだ。
「 無駄だ、使徒ハルノ。お前はもう終わりだ。だが心配するな。人間としての愚かな命は終わるが、その使徒としての特性を残した身体は俺がもらって有効活用してやる 」
「 まずは両手と両足を切断する。欲しいのは胸部から上だけだ。そうだな――、鉄で特注の枠を作り、大きなペンダントのようにお前をソレに嵌めようか 」
「 お前は、俺専用の魔法砲台になるのだ。光栄だろう? 」
さらにセルフィアは、私のバッグを狙い連撃を繰り出す!
バッグ本体とベルトを繋げている留め金が破壊され、私の身体から弾け飛ぶ!
すかさずサッカーボールよろしく、セルフィアは私とは反対の方向に蹴り飛ばした。
「 自慢のポーションを飲もうとしたのだろう? 」
「 よほど焦っているようだな。あまりにも分かりやす過ぎるぞ 」
――くそがっ・・・
バッグを蹴り飛ばしたセルフィアは、まるで子供の遊びを中断させた教師のように、再び私へと向き直った。その目は、すでに私という個人の存在を見ていない。ただの「素材」として、その価値を査定しているだけだ。
呼吸を整えたはずのセルフィアの体勢は、一歩も動かないまま、先ほど以上の静謐な殺気を放っていた。
――来る。今度は、本当に殺しに来る。
光神剣を、地面に膝をついた状態の私の正面で、縦に立てて構える。
完全に防御に徹した。攻撃の意志はゼロ。甲羅の中に逃げ込んだ亀になる。
セルフィアはその構えを見て、笑いもせずにただ双剣を構えた。
「 その防御、もはや意味をなさない 」
地面が弾けるような音とともに、セルフィアの影が消えた。
次の瞬間、双剣は空間を塗り潰すかのような密度で、立てた光神剣へと叩き込まれる。
ギィィィギィィン!
金属音はもはや連続した一つの音に変わり、持続的な高周波の振動となって襲いかかった。
防ぎきれない。
双剣の一本が光神剣の側面を越え、腕が弾かれる。
首の付け根、両腕――
剣先ではなく、剣の腹で打ち砕かれる。先ほどよりも一発ごとのダメージは小さいかもしれないが、その手数は異常だった。数秒間に十回以上の打撃が、骨格を容赦なく揺さぶる。
肺から空気がすべて絞り出され、視界が白く霞む。
――ダメだ、身体が保たない!
私は、まるで激しい地震の中で土嚢になったように、ただ衝撃の方向へ身体を任せるしかない。
意識の隅では、ワルキューレ三体がゴーレムと戦っている気配があったが、そちらに指示する余裕も、もはや残っていなかった。
セルフィアは私を取り囲むように動き回りながら、一切の容赦なく、私の防御の綻びを突いてくる。
まるで分厚い岩を削る職人のように、一つ一つは致命傷には至らないダメージだが、無限に積み上げてくる。
双剣が私の頭部を庇うように上げた腕を、骨が砕けるような音とともに叩いた。
――ああ、これ、腕が折れた・・・
妙に冷静な自分に、思わず脳内で苦笑する。
脳裏で痛みだけが響き渡る。その瞬間、制御を失った光神剣は、目の前でカランと音を立てて地面に転げた。
私は完全に丸裸になった。
セルフィアは攻撃の手を止めない。もはや双剣は刃ではなく、ただの破壊のための鈍器だった。
ドガッ! 衝撃が顔面を捉える。
意識が、暗闇へと沈み始める。
聞こえてくるのは、双剣が私の背中を何度も何度も打ち砕く、絶望的な連続音だけだった。
――ちくしょう・・・死ぬわけにはいかない!
――リディアさんとバルモアさんを殺させるわけにはいかない! 私自身も、せめて三日後まで生き延びないといけないのに!!




