第252話 神の使徒 VS 転生賢者 その弐
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セルフィアは亜空間に神剣を戻した後、地を蹴った。
その動きは速い。
詠唱を完了させる前に、ハルノとの距離を一気に詰める。
「 火焔弾! 」
セルフィアの掌から、派手な火炎の塊がハルノ目掛けて射出された。
ハルノは即座に、土属性の魔法壁を出現させ、初撃の火焔弾を防ぐ。
炎は土壁に衝突し、大きな爆音と熱気を撒き散らした。
――だが、セルフィアの真の狙いはそこではない。
「 極点転移! 」
火焔弾の閃光がハルノの視界を奪い、土壁の防御に意識が集中した、その一瞬の隙。セルフィアの姿が、爆炎の向こう側で跡形もなく消失した。
ハルノの背後。詠唱を終えたセルフィアが、極短距離の転移で回り込んでいた。
「 虚無の黒炎! 」
セルフィアの掌から、虚無の闇を凝縮した黒炎の塊が、ハルノの背中目掛けて炸裂した。
ハルノは咄嗟に体を捻り、黒炎を受け止める。
ハルノの魔法障壁は、黒炎の威力を相殺した。
だが、この二撃目の衝突こそが、セルフィアの真の目的だった。
黒炎がハルノの障壁に接触し弾け飛んだ。その数瞬の間に、炎の奥に隠されていた【 邪属性の烙印 】が、ハルノの聖属性の絶対防御障壁に、目に見えない小さな「刻印」として打ち込まれる。
「 転移?! 」
驚愕するハルノは、どこか安堵した様子だった。
単純に、攻撃を凌ぎ――威力的には脅威ではないと判断したのだろう。
ハルノは気づいていない。
自身の障壁に毒のインクが垂らされ、それがゆっくりと――だが障壁を完全破壊するまで永続することに。
まずは防御を崩す!
そうだ――
勝利は、ハルノの絶対防御障壁が崩れた――その瞬間にしか存在しない。
『 属性付与 』の応用だ。
通常、属性付与は武器や防具を強化するために使われるのが一般的だ。だがセルフィアの狙いは、ハルノの絶対防御障壁、その聖属性の結界に直接作用させることだった。
邪属性付与は、邪属性の己に付与すれば強化をもたらすが、聖なる対象に付与すれば、それは即ち侵食と等しい。
まるで猛毒のようにハルノの障壁を腐食させ、時間が経てば経つほど倍々で削るスリップダメージという形で、障壁を破壊する。それが搦め手の真の目的だった。
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セルフィアが、使徒の攻略法を知るのは当然のことだった。
その知識は、古い文献や伝聞によるものではない。かつて使徒でありながら神に叛逆し、邪派の王として自らの帝国を築き上げた男がいた。
その男の野望が成就する寸前、彼を導いた主神デュールは自ら下界に降臨し、その存在を無に帰した。
セルフィアは350年の生の中で、この神罰執行の瞬間をリアルタイムで目撃していた唯一の観測者なのだ。
故にセルフィアは熟知している。主神デュールの逆鱗の温度と、それに一歩も触れることがない、最も危険で有利な立ち位置を。
使徒の持つ脅威は一つではない。多岐にわたる。
その魔法の威力は規格外であり、発動回数に至っては、魔力総量を無視した無尽蔵と呼ぶほかなかった。 いかなる攻撃も通さない絶対的な自己防衛力と、多種多様な魔法体系。その全てが、この世界の常識を遥かに逸脱している。
真正面からのぶつかり合いでは、いかなる智者であろうと勝ち目はない。故に搦め手こそが、使徒を打破する唯一の鍵だった。
セルフィアの身体を、冷たい戦慄が走った。それは恐怖ではない。極度の緊張と、目の前の挑戦に対する興奮だった。
この戦いは、一手でも間違えれば即座に敗北へと繋がる。
障壁を破壊したその瞬間、全てが決まる。
使徒ハルノは容赦などしないだろう。純粋な殺意の塊だ。この短い応酬の中で、その事実を骨の髄まで痛感させられていた。
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その後のセルフィアは、ひたすら距離を取り防御に徹した。
ハルノが唱える――巨大な剛腕を召喚して殴りつけるという規格外の召喚魔法が連発される。
その度に、セルフィアの魔法障壁は紙のように次々に破壊された。セルフィアは、破壊された側から即座に張り直しを優先し、戦場を逃げ回りながら立ち回っていた。
「 おいっ! 逃げ回ってんじゃねーぞ! 所詮その程度か? 」
愚弄し、挑発するハルノの叫びに、セルフィアはあえてプライドを傷つけられたかのような素振りを見せながら、逃走を続行する。
大事なのは、その瞬間を絶対に見逃さないこと。
ハルノに絶対防御障壁を再度張り直されれば、もはや勝ち目はない。
すでに障壁は邪属性の烙印で侵食されているが、あの規格外の速度をもってすれば、再構築は即座に完了してしまう。
今あるのは、一度きりのチャンス。
もし再構築を許せば、もう一度障壁を破壊するため烙印を刻んでも、その後、時間稼ぎ中にこちらの魔法障壁を何度も張り直す魔力は残らないだろう。
そもそも、同じ搦め手がハルノに二度通用するとは思えない。
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炎、水、風、土、氷、雷に加え、想像を絶する聖属性魔法をこれでもかと連発され、膨大な魔力量を誇るセルフィアをもってしても、既に魔力は枯渇寸前、限界域だった・・・
ちなみに現在ゴーレムを動かしているのは、前払いした魔力なので問題はない――旅の道中、ゴーレムを連れ歩き、魔力を少しずつ蓄積させていたのだ。
――わかってはいたが、この無尽蔵さは、まさかこれほどとは! 精霊召喚も維持しつつ、これほどの大魔法を連発しても疲弊している様子は皆無・・・あり得ない事象だが、現実だ。
まさに無尽蔵の魔法砲台。世界最強の兵器だ。
本来なら、こんな規格外の化け物に勝てるはずがない。
セルフィアの膝は笑っていた。恐怖ではない冷たい戦慄だった。
仮面の下で、こちらが時間切れになるかもしれないという焦りを必死に抑えている、まさにその瞬間だった。
「 うっ・・・なっ? なんだ? 」
ハルノの動きが一瞬だけ停止し、僅かな呻き声を上げた。
セルフィアはその瞬間、仮面の下でカッと刮目し、一直線にハルノに迫った!
両手で印を結び発動! 狙いはハルノの耐性を大幅に下げる処置だ。
その瞬間、邪属性の烙印に侵食されていたハルノの絶対防御障壁が、ガラスの破片のように音もなく霧散したのを確かに感じた!
「 なんだ? この異様な不快感は・・・まさか、私にダメージが入ってるのか? 」
ハルノの口から、驚愕と焦燥が混じった声が漏れる。
絶対防御障壁の再構築は、魔法として「一声」を発生させるだけで行える。それがデュール神の使徒の最大の強み。だが、障壁を張り直すための声を――発する猶予すらセルフィアは与えない!
「 音域封鎖! 」
詠唱を完了させたセルフィアが即座に発した魔法は、音を喰らう闇色の渦だった。それは障壁が消滅した剥き出しのハルノの喉元に、寸分違わず吸い込まれる純粋なる弱体魔法。
「 勝った!! 」
その直後、セルフィアの視界が白く灼けた。
枯渇しかけていた魔力が、強制的に魂の芯から根こそぎ奪われる。
全身の血が凍り付くような感覚が走り、平衡感覚が消失する。セルフィアは崩れ落ちる寸前、両膝に両手を突き、なんとか踏みとどまった。
魔力の完全枯渇。それは350年の生でほぼ経験したことのない、魂の芯が凍るような、魔道士にとっては死にも等しい感覚だった。
セルフィアは仮面の下で、かすかに笑った。
「 ――聞こえるか使徒ハルノ。使徒の最大の長所はその一声だ。だがそれは、使徒唯一の弱点にもなりえるのだ! ははははははっ! お前の声を奪ったぞ! 」
デュール神の使徒の強みは、その多様な規格外の魔法を、たった一声の発動キーで瞬間的に具現化できること。防御魔法の再展開、大魔法の連発・・・すべては「声」に依存する。
声を封じれば、使徒の無尽蔵の魔法も、その恐るべき汎用性も、発動自体が不可能となる。
ハルノは顔を真っ赤にして何かを叫ぼうとするが、喉が引き攣るだけで、「 ヒューヒュー 」という乾いた空気音しか発せられない。
「 ハルノ、今やお前は大魔法を連発することも、防御する手段も失ったただの凡人だ! ――俺の勝ちだ! 使徒ハルノ! 」
離れた位置で、ゴーレムの怒涛の猛攻に――防戦一方の使徒ハルノの従者と精霊を視認し安堵する。
セルフィアの身体は限界だったが、その瞳だけは、冷酷な勝利の光を湛えていた。
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今年中には最終回を書きたいなと考えております!もしよろしければ最後まで読んでいただけると嬉しいです!




