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第238話 打算

 ロランドさんの驚愕は、すぐには収まらなかった。


 長時間をかけてようやく身体を清め、熱い食事を摂り、ある程度の静謐を取り戻した後もなお、彼の指先は終始かすかに震えていた。

 その青白い顔は、闘病生活の痩せ細った面影から、今や中肉中背の健康体へと奇跡的な変貌を遂げている。


「 まったくもって信じがたいことですが、この身に起きた奇跡と、使徒様の御言葉、確かに理解いたしました 」

 彼の言葉は落ち着きを取り戻していたが、その眼差しにはまだ動揺が宿っている。


「 ロランド卿、軍をお借りする話を進める前に、一つハッキリとさせておかねばならないことがあります 」

 ミラさんは静かに、しかし有無を言わせぬ威厳を込めて切り出した。


「 貴公の実弟である宰相ユーリックの所業は目に余ります 」

「 盗賊団ナイトクローと、ユーリックの私兵団がもうすぐ到着する。詳しくは首領のヴァイス殿から聞くとして、ユーリックに対するあるていどの処遇を決めておきたいのです 」


 ミラさんは立ち尽くして畏まるロランドさんに、手で優雅に着席を促す。

「 まぁとにかく、ここは貴公の館なのだ、遠慮などせずどうかお掛けください 」


「 では、お言葉に甘えて失礼いたします 」

 ロランドさんは深々と頭を下げ、肘掛け椅子に浅く腰を下ろした。


「 しかし信じられぬことばかりで、とても混乱しておりますよ・・・我が身に起きた奇跡とミラ様が御存命だったこともですが、まさかデュール(しん)様の御力を借り、国の再建に成功なされていたとは・・・ 」


 ミラさんは音も立てずにティーカップをソーサーに置いた。

「 いや、再建とはほど遠い、まだ始まったばかりです 」


 彼女は視線をロランドさんに据える。その瞳は鋭い統治者のものだった。

「 さてロランド卿、病魔に侵されていたとはいえ、何故ユーリックを放任しておられた? その気になれば軍を動かし、最悪――幽閉もできたはず。軍が内包している私兵団が護っているとはいえ、貴公の鶴の一声があれば、このような事態にはならなかったのではないですか? 死期を悟り、全てを諦めてしまわれていましたか? 」


 ロランドさんは、その指摘に耐えきれず顔を伏せた。


「 面目次第もございません・・・我が弟が民に重税を課していたことも、領内での専横な振る舞いも、ずっと黙認してまいりました。全ては領主であるわたしの責任です―― 」

 彼の重々しい謝罪の言葉と共に、深々と頭が下げられる。


「 血のなせる業か・・・血は罪さえも愛してしまう呪縛なのか 」

 ミラさんはふと遠い目をし、ため息混じりに呟いた。

「 今のわたくしにとっては、少し羨ましくもありますが 」


 ユーリックと側近の二人も同室し、腰掛ける私たちの傍で跪いたままだ。

 縄で縛るなどの拘束はしていない。もう私たちに歯向かおうなどと考えてすらいないはずだ。

 手前味噌ながら、私たちの武力と、これほどまでの奇跡の連続を目の当たりにすれば当然ではある。


 三人のうちの一人、剣士のバンデッダと呼ばれている男が、膝で床を摺りながらにじり寄り、平伏して頭を擦りつけた。

「 使徒様、ミラ陛下――、畏れ多くも御前にて不躾な物言いをいたします無礼を、どうかお許しください。まことに取るに足らぬ下賤の意見ではございますが、一言申し上げずにはおれません 」


「 ふむ、聞きましょう 」

 至って冷静にミラさんが応じる。


「 ありがとうございます! 此度のナイトクロー殲滅作戦は、ユーリック様が管理する財宝を奴らが盗み出したことに端を発します。確かに領民には――他領に比べ重税を課しており、生活が苦しい者たちがいるのも事実ですが、しかし奴らは、奪った財宝の大半を活動資金に使っていたはずです! 領民に全てを還元したのならまだしも、自分たちのために換金し使ったのであれば、ユーリック様が討伐に乗り出すのは至極当然の行動かと! 」


 でしゃばった私が、その言葉に反応する――


「 なるほど、車内で私に言いかけたのはソレですか――、確かに一理あるなぁ~ 」

 私の理解ある返答に、跪く三人の表情にわずかな喜色が広がった。


「 他にも車内で言ってたことが本当なら、一方的にあなたたちを断罪するのは確かに間違っているのかもねぇ 」


 私にとって最も重要な点は、移動中にユーリックたちが主張していた「 領民に対する重税や横暴は認めつつも、身体的に痛めつけたり命を奪うなどの所業はしていない 」という部分だ。それが事実であるならば、暴力を振るっていない点は、悪政の中にあって唯一評価できる点だと感じていた。


「 とはいえ、もし領民の命を平気で奪う悪党と判明した時は、あなたたちもサリエリと同じ末路を辿る事になる 」

 私が冷徹にそう告げると、三人の喉が恐怖でゴクリと鳴った――


「 暫しヴァイス殿の到着を待とう。ではユーリックの処遇は、改めて双方の陳情を聴聞した上にて、然るべき裁定を下すことにしましょう。ロランド卿、この計らいに異存はないですね? 」

 ミラさんが厳かに問う。


「 も、もちろんでございます! 」


 ――ロランドさんは弟を憎んではいない様子。

 国を興した後々のことも考え、ミラさんはロランドさんに恩を売るつもりだろうから、領民に対し暴行、殺害などをしていない限り――ユーリックにとって厳しい裁きを下すことはしないだろう。

 蘇生の奇跡と病魔の撃退だけで十分すぎるほどの貸しとなるが、弟に対して寛大な処置をすることで、さらなる忠誠を引き出す計算をしている気がする。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~日本・周防大島~


 持明院が率いるPHANTOMのメンバーは、謎の人物である春乃から言いつけられた仕事を、迅速かつ確実に進めていた。


 PHANTOMの特権をフルに活用し、わずか数時間のうちに、周防大島の玄関口に並ぶ大型倉庫の一棟を、一か月間の短期契約で借り上げることに成功していた。

          ・

          ・

 夜闇が周防大島の港湾エリアを深く覆う中、借り上げた大型倉庫の周辺は、真昼のような熱気を帯びていた。

 陽が落ちてからすでに数時間にもかかわらず、大型トラックの唸り音が途切れることはない。

 次から次へと滑り込んでは、巨大な荷台を開け放つ。


「 春乃さんの指定リスト、最優先は缶詰のカテゴリAから! フォークリフトの広瀬! 番号順に棚割りエリアへ急いでください! 」


 倉庫の入り口に立つ持明院が、トランシーバー越しに冷静かつ鋭い指示を飛ばす。彼女の声音は、夜の寒気を寄せ付けない鋼のような統率力を感じさせた。


 一際大きなトラックがバックで定位置に着くと、待機していたPHANTOMメンバーたちが一斉に動き出した。彼らの手際は見事なものだ。荷台のシャッターが開くや否や、電動のフォークリフトが唸りを上げる。


 山積みになった段ボール箱。

 中身はサバ缶ツナ缶などの各種缶詰、長期保存可能な様々なレトルト食品、そして大量の飲料水。トラックのサスペンションが軋むほどの重量物だ。


「 よし、そのまままっすぐ! パレットの積み替えは無し、一気に奥のエリアまで運んでください! 」


「 了解! 」


 リフトの爪が精密な動きでパレットの下に潜り込む。巧みなハンドル捌きで、食料品がほとんど揺れることなく倉庫の奥へ奥へと運び込まれていく。そのスピードは、ただの作業というよりも、軍事作戦に近い緊迫感があった。


 別の入口からは日用品を積んだトラックが到着していた。こちらは生活必需品、大量のトイレットペーパーや医療品などが中心だ。液体洗剤などは誤飲の可能性があるので、含めないように厳命されている。


「 日用品セクション! 医療品は奥の小分けスペース、すぐに番号を振ってロック、数はリストと照合 」


 搬入される物資の量が尋常ではない。この大型倉庫が、たった数時間で、まるで巨大な蟻の巣のように――保存食と生活必需品で満たされつつあった。彼らが動かしているのはただの物資ではない。それは「 任務遂行のための生命線 」そのものだ。


 額に汗を滲ませたメンバーの表情には、疲労よりも――迅速に「 春乃さんの言いつけ 」を果たしているという充実感と、PHANTOMが持つ圧倒的な実行力への自負が浮かんでいた。彼らの動きは寸分の狂いもなく、まるで一つの巨大な歯車が回っているかのようだった。


 そしてその歯車を動かしているのは、常に冷静で的確な指示を出し続ける持明院だった。倉庫の床には、すでに積み上げられた食料の塔が、幾つも影を落としていた。


 白凰組の四人は、特に手伝うわけでもなく、入口ゲート付近で煙草を吹かしながら作業を見守っていた。


「 とんでもねぇ実行力っちゅーか実現力じゃわ。たったの一日弱の準備でこれほど揃えるとは・・・しっかし、これはちぃとやり過ぎじゃあないんですかね? 姐さんの口ぶりから察するに、もうちょい小規模な感じでお願いされとったと思うんですが・・・ 」

 白凰組の構成員である志村が、呆れたように呟く。その目は、倉庫の奥深くへと消えていく物資の山を追っていた。


「 まぁ~、あいつは本気で春乃さんのチカラと言葉を信じとる。春乃さんの気が変わらんように、今のうちに最大級の恩を売りたいんじゃろうなぁ~ 」


 組員を見下ろすように立っていた、白凰組若頭・姫野が、紫煙を夜空に吐き出しながら続けた。


「 意外にもあの女は――、バカが付くほどの天然なんかもなぁ~! 」


 姫野の豪快な笑い声が、夜の港湾エリアに響き渡ったのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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― 新着の感想 ―
更新して頂きありがとうございます。 ナイトクロー側も完全な正義とは言えませんね。 どちらの言い分も理解できます。 ですがミラさんなら上手い具合に治めてくれそうですね。 PHANTOMも張り切っ…
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