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聖痕乙女 番外編 集  作者: うさぎ屋
御使降臨大作戦
14/20

4. 王子

 王子は笑っていた。それも、いわゆる爆笑というたぐいの笑いである。

 ひとしきり笑ってから、ようやく、厳しい表情の宰相に尋ねた。


「それで、幽霊騒ぎか? 正体が魔族と知ったら、どうなるか……なぁ、魔族と幽霊のどちらが怖がられると思う?」

「笑いごとではありません、殿下」

「いや、笑いごとだろ」


 むしろ、笑うしかないではないか。王宮に滞在中の魔王が、幽霊に見間違われるとか。

 それだけでもおかしいのに、台詞がひどい。「背の高い男性が好み?」……どんな恨みを呑んで死んだって設定だ。ここでもう駄目だ。笑わずに済むはずがない。

 王宮に帰るなり、青筋立てた宰相に「ご報告が」「お人払いを」の連続技をかけられたときは、どんな面倒ごとが起きたのかと案じたが、その内容が、これ。


「俺も見に行っていいか?」

「魔王めが〈聖女〉にじゃれついているところを見物するのがお好きでしたら、ご随意に」

「それはまぁ、一回は見物しておいた方がいいだろ?」

「今後、いくらでもご覧になれると思いますが」


 宰相は、深く息を吐いた。


 ――おやおや、かなり疲れているようだ。


 意外と真面目な男だから、あのふざけた魔王を受け流すのは辛いのかもしれない。

 ヴァレインが実は魔王だという話を聞いたときには、王子でさえ、さすがにそれはどうなんだと思った。ヴァレインは、態度はもちろん、なにもかもがふざけた存在だったからだ。

 さらに「実は魔王です」などと……ふざけ過ぎではないだろうか?

 立場上、ふざけたふるまいが身についてしまったのだろう、とは思う。同じ環境でも持ち前の性格次第でどうなるかは違うが、王子にはわかる――彼自身、生まれ育ちが面倒過ぎて、かなりふざけた人間になってしまっているからだ。それゆえ、魔王についても、ある程度は共感できなくもない。

 つまり、宰相はつねづね王子に関しても苛立ちを含んだ見方をしているわけだと理解はできるし、まぁ、そうだな――と、王子は考える。


 ――あれに比べたら、俺の方がずいぶんマシだからと、いろいろ諦めてくれないかな。


 少し想像してみたが、そんなことで簡単に諦めたりはしない、諦めるようなら宰相は偽物である、という結論に達しただけだった。残念だ。


「〈聖女〉は幸せそうか?」

「物を投げまくっていましたが」


 おとなしく投げられるがまま……いや、いっそ楽しげに投げつけられている魔王を想像して、王子はまた笑った。


「さぞ爽快だろうな! 俺にも投げさせてほしいくらいだ」

「笑いごとではございません。百年前に隣国から友好の証として贈られた壺、先先代の王妃殿下が輿入れの際にお持ちになった宝石箱――」

「魔界につけておけ。なんとかしてくれるだろう」

「それはもう確約をさせましたが、許されることではありません」


 王子は宰相を眺めて、にやりとした。


「さすがだな。おまえにまかせておけば、安心だ」

「見合った報酬を得ているとは思えませんが」

「ま、国が富むまでは辛抱してくれ。魔族の侵攻がなくなるんだ。今が下げ止まり……ということになるだろう」

「そうなるようにしなければ、あの魔王めを受け入れる甲斐がありませんな」

「だろう? だったら、あとは上がるばかりだ。うまくやってくれ。富ませるのも、まかせる」

「玉座を簒奪されても文句はおっしゃいませんよう」

「おまえなら、そんな面倒なことはせんだろう。必要でもなければ。王冠は、自分の息がかかった適度なぼんくらに戴かせておいた方が、肩が凝らずに済むからな。俺は都合のいい、適度なぼんくらだと思うぞ? どうだ」


 宰相は、にこりともせずに答えた。


「では、必要が生じないよう祈っておかれるのですね」

「生じてもいいぞ。俺はどこかで隠居する」

「その場合、隱遁先は墓の中、ということになるでしょうな」

「あー、そうか。それもそうだな。まぁ……せいぜい首の皮を厚くしておこう」


 宰相は笑わない。そういう男だからだ。

 王子は自分で笑った。これもまた、そういう性格だからだ。自分のいったことで笑えるし、楽しくなれる。ずいぶん便利だ。


「では行って来るとするか」

「殿下、まだお話が」

「そのお話っていうのは、俺がいなくても、どうとでもなる用件だろう? ところがな、魔王と〈聖女〉の相手なら、俺が適任なのだ。もう慣れているし……それに、〈聖女〉が〈聖女〉だということをそのへんの宮女共に教えてやるのも、俺の役目じゃないか? このままでは、正体を明かしたところで、殿下のご寵愛で〈聖女〉になった、とでもいわれかねんだろう。その誤解は事前に解いておく必要がある。それとなく、さりげなく、威圧的にな!」


 一瞬、考えるような顔をしたが、宰相はすぐにうなずいた。切り替えが早いのも、彼の美点だ。素晴らしい。


「いいでしょう。思い知らせてやってください」

「いいのか」

「魔界のものの扱いは、神殿や〈聖女〉にまかせましょう。人を統率するという面においてこそ、殿下には、はたらいていただきませんとな」

「なるほどな。そういうことなら、頑張ってこよう」


 そういうことでなくても、面白そうだから見物しに行く気満々だったのだが、それはそれとして。

 護衛を従えて、王子は魔王が〈聖女〉に物を投げつけられているはずの東翼へ向かった。

 途中、頭を下げて道を譲る者たちに愛想をふりまいたりまかなかったりしつつ、無駄に広い王宮を踏破して辿り着いてみると、問題の部屋は静まり返っていた。


 ――さすがに、投げるものが尽きたのか。


 見物に出かけて間に合わないのは、よくあることだ。残念だが、しかたがない。

 開いたままの扉の前から、勢いよく声をかけた。


「俺だ。邪魔していいか?」

「嫌だ」

「なんてことを! ……殿下、どうぞお入りください」

「アリスティアは優しいなぁ」


 にやにや笑いながら中に入った王子は、すぐ真顔になってしまった。室内が、異様にすっきりしていたからだ。

 魔王は窓際に立っていて、どうやら拗ねたのか、背を向けている。が、王子とアリスティアを気にしているのは、あきらかだ。笑える。

 アリスティアはその手前にいたが、両手を握って、なにか絞るような動作をしていた。どうしようもない、という気もちのあらわれらしい。


「優しいけど、力持ちだな」

「え? いえ、それほどでもありませんが……」

「家具も投げたんだろう?」

「……投げてません!」

「どこにも見当たらないが、どれだけ遠くまで投げ飛ばしたんだ?」

「投げてません!」

「投げられると困るからという理由で、シルヴェストリが一括で退避させたんだ」


 魔王の解説に、王子は笑った。これは俺じゃなくても笑うだろ、と思ったが、いや――宰相なら笑わないかもしれない、と思い直した。笑わないどころか、怒り過ぎて表情がなくなるやつかもしれない。なるほど、なるほど。


「そのシルヴェストリは? 姿が見えないようだが」

「あの、今は別室で……」

「アリスティアが投げ飛ばしたのか」

「投げてません!」

「別室で、大神官と諸条件を詰める作業をしてたんだよ。そこへ、女官が何人か連れて来られて――今は、大神官がそっちの対応をしてるから、シルヴェストリは姿を隠してる」

「ああ、魔王様みたいに籠絡しちゃうと困るからだな」

「籠絡!?」


 アリスティアの眼が、これ以上は大きくなるまいと思うほど見開かれた。

 魔王が、ようやくこちらを向いた。


「面白がって、そういう表現しないでほしいね」

「いや、俺はそう聞いたぞ。皆、生きているとは思えないほど美しい美少年を見た、いや美青年だった、って大騒ぎだったそうだ」

「僕は、なにもしてない」

「自覚がないのか? 困った魔王様だな。関係ない人間の前に、姿をあらわしたじゃないか。それがもう天災だ。その上、声までかけて。下僕でも作るつもりだったのか?」

「誘惑したいと思うほどの人材が、どこにいるというんだ」

「……魔王様。どういうことですか」


 アリスティアの声が低い。

 魔王はぴたりと口を閉じた。

 あっ、これはまた投げ投げ大会か、しかし投げるものがない。


 ――シルヴェストリめ、やるな!


 切れ者だという話だが、想像以上だ。対処が素早く、迷いがなく、徹底している。おかげで、面白い見世物が発生する前につぶされてしまっている。

 ここは王子権限で、なにか投げても問題なさそうなものを調達すべきだろうか?


「アリスティア、投げるなら、なにがいい?」

「投げません!」


 くるり、とアリスティアがこちらを向いた。あっ、と王子は思う。


 ――怒りの矛先が、こっちへ!


 視界の隅で、なぜか魔王が悔しそうな顔をしている。まぁ、あの表情を見物できたから、それはそれで……。


「殿下は、わたしのことをなんだと思ってらっしゃるのですか!」

「〈聖女〉様?」

「なぜ疑問形なのです!」

「いや、だってなぁ。立場上、そりゃ〈聖女〉様だと知ってはいるが。でも、〈聖女〉である前に、アリスティアはアリスティアだからな」


 ぐっ、と言葉に詰まったアリスティアに、王子は微笑んで見せた。


「魔王に飽きたら、いつでも俺に声をかけろよ? ものを投げつけるより面白い遊びなら、いくらでも知ってるぞ」

「だから……もうっ! 投げませんってば!」

「アリィ、遊びたいなら、僕だっていろいろ知ってるよ」

「そういう問題じゃありません!」


 王子は心の底から笑った。これは楽しい。魔王と〈聖女〉は、もうずっと宮殿にいてくれてもいいくらいだ――近々、神殿に降臨させることに決まっているが、なんなら、専用の聖堂を建てて、宮殿に引き取ってもいい。


 ――そうか。それ、いいな!


 宰相に提案してみよう。かれらに利用価値があるのは確実だし、宮殿に取り込むのも前向きに考えてくれるはずだ。予算もなんとかしてもらおう。


 ――こいつらを説得するのは、俺がやればいい。


 面倒なのは、絶対にただでは賛成してくれないセレスティオくらいだが、あれはあれで、神殿に魔王を鎮座させるという図式に悩んでいないはずがないし、そこを突いてうまいことやれば、なんとかなる。いける。

 悪い大人の笑顔を浮かべて、王子はひらひらと手をふった。


「じゃ、ふたりで遊んでてくれ。俺はちょっと、セレスティオの方に行ってくる。籠絡された女官どもの責任者としてな、一応」

「籠絡してない!」


 魔王の叫びを背に、王子は部屋を出た。

次週予告:リガロ

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