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牢獄に行こう!

ご無沙汰しております


「あの人はああやっていてもサマになるんだなあ。ほんとすげー人だよ」

「たしかにすごい……いろいろな意味で」


 闘技場のど真ん中で大立ち回りをしているクローヴィスを闘技場の観覧席から見下ろす男が二人。カシムとトマスだ。


「カシムはすっごく楽しそうに騎士様に化粧をしていましたよね。完成した顔を見て大爆笑までして。僕の方がひやひやしましたよ。ふつうの人ならあそこで怒り出してもおかしくないのに」

「やるなら派手な方がいいんですよ。だからあの白塗りお化けで正解です。もともと目立つ風体なのに、さらに目立っていいめくらましになるでしょ?」

「うーん。いいのかなあ」

「トマス様。せっかく宝玉騎士殿がおとり役を引き受けているんですよ? 我々は彼の勇気に報いるべく自分の役割を果たすべきですね」

「わかった。やるよ」


 彼の胸元のポケットには小さな包み紙が入っている。これを皇女に届けるのがトマスとカシムの任務だ。


「さあて。今からどんどん闘技場が騒がしくなりますよ! 人も集まってきますからね。きっちり看守から鍵を奪って、ちゃあんとお届け物をお渡ししましょう。目立つがゆえに行きたくてもいけない宝玉騎士殿の代わりに」


 宝玉騎士以外の彼らの顔はほとんど皇宮で知られていない。彼らだって短くない期間を皇宮で過ごしているのだが、その他大勢と皇女のお気に入りでは存在感が違うだろう。だからこそ隠密行動をしたところでばれない。むしろ地の利は彼らにある。

 彼ら二人はこっそりと闘技場を抜け出した。




 皇女を捕えている牢獄は闘技場からさほど離れていない。慶事が行われているため、人気が少ないそこを二人は我が物顔で歩いていく。


「いいですかー。焦ってはいけないんですよ。俺たち、ここにいるのが当然ですよ、という顔をしときゃばれないんですからー。さぁー右ににっこりー、左ににっこりー、手を振りましょー。そうすればン俺たちはれっきとしたお貴族様ですからー」


 トマスは大真面目にカシムの指示に従った。彼は自分も貴族の生まれだということをすっかり忘れている。

 結果的にあっさり偽貴族のふりをした顔パスが効き、内部に入れることになった。


「実はトマス様に言っていなかったことがあるんです。『え? いまごろ?』と思われるでしょーが、このタイミングが大事なんです。なにせ、もう後戻りはできませんしね」

「え? それはどういう意味……?」


 前から見回りの看守がやってくる。彼らは二人の男に不審な顔を向け、そして腰に下げていた剣を抜いた。


「鍵の奪い方、言ってなかったでしょう? 俺がどうにかするという話を鵜呑みにした。トマス様は人を信用しすぎです」


 カシムは男に躍りかかった。武器は持たない。素手でふところに潜り込み、羽交い絞めにする。


「牢獄の看守とは、どういう生き物だと思います? 他は知りませんが、ここにいるのは地獄の番犬です。彼らは、元は罪を犯した者たちで、看守の仕事とは『犯罪者を逃がさないこと』と『侵入する者を殺すこと』だと教わっています。つまり、牢獄の通路に出たら最後、殺されるんですよ。ここにある鉄格子は囚われるためのものだけではなくて、看守たちから身を守るためのものでもあるわけです。では問題。入ったら殺されるのに、これまでも牢獄の囚われ人はたくさんいました。なぜ彼らは殺されずに牢獄に収監できたのでしょう?」

「な、なぜですか」


 ちょっと待っててね。カシムはそう言いながらポケットから小さな袋を出して、中身を男に嗅がせた。男は急に昏倒してしまう。


「正解は、牢獄を出入りする者は看守たちよりも強いから。もしくは自身が強くなくとも、看守たちより腕の立つ者を傍に置いているから。看守たちは総じて知恵はないが、力はあります。単純に自分の強さを見せつければ彼らは手出ししませんし、忠誠心も皆無ですから俺たちの悪事が表には出てきにくいわけですよ」

「それって、嫌な予感がするよ……」

「目標は何人にします?」

「いや、ちょっと、待って。まだそれはさすがにハードすぎ……」


 さっそく次の看守が現われた。カシムにぐいと背中を押されて前に出されるトマス。

 迫りくる男。髭面で、腕も足も丸太みたいに太い。本能的に剣を抜き取ったけれど、切っ先が震える。


「ちなみに俺の素敵な提案を聞いた騎士サマからの一言ね。『トマスはもっと強くなれるな。いい実戦経験になる』」

「が、がんばります……!」


 あの人がそう言ってくれたのなら、期待に応えたいと思うのだ。

 トマスは覚悟を決め、男に集中した。

 自分だって短い間だがクローヴィス・ラトキンの弟子となって訓練をしてきた。彼は強かった。だが目の前の男は彼ほどの強さはない。

 自分は周囲に期待されていなかったが、彼はそんなことを気にしなかった。空いた時間を訓練に費やしてくれた。どんなことを聞いても怒らず、質問に真摯に応えようとしてくれた。

 そんな尊敬すべき師が言ったのならば、ない力も振り絞るし、勝てないものも勝とうと思う。男トマス、ここで踏ん張らなければ、それこそ今までと何も変わらない、弱くて自信のない自分に逆戻りじゃないか。


「あぁあああああああっ!」


 勇気を振り立たせるための咆哮。男に応戦すべく前に出る。目を開けば、今までとは違う景色が見えていた。

 あ。見える。そう思ったのだ。

 相手の呼吸や次の動きがわかる。それに対して自分がどう動くべきか身体が知っていて、勝手に避けてくれる。

 前よりも息が上がらない。勝てる、と思った。

 いけると思ったタイミングで男を蹴り倒す。胸を蹴られた男はそのまま後ろに倒れ込む。そのまま乗り上げて、カシムに差し出された袋を男の口元に押し付ける。男はそのまま気絶した。


「まあまあですね。でも殺さなかったあたりやっぱり優しさは捨てきれませんよねえ」

「……いいよ! それで!」


 トマスは肩で息をしている。


「カシム、次はどこにいけばいいの?」

「こっちです。次は俺がやりますよ。交互に動いていきましょう。トマス様、体力は持ちますか?」

「持たせる!」

「頼もしいですね。じゃ、これからはちゃんと戦力として考えておきますよ。……では、行きましょう」


 男二人、牢獄の奥深くへと足を踏み入れた。

 攻撃してくる看守を五人ほど倒した。鍵は彼らの中の一人が持っていた。それを持ち、さまよううちにある独房の前に辿り着いた。白くて小さな人影が横たわっている。ひときわ大きな空間の中で皇女の存在はあまりにも希薄で、トマスはさきほどまでの興奮を忘れ、息を呑んだ。


「皇女殿下。カシムです。わかりますか?」


 冷静なカシムは跪いて声をかけた。が、影はぴくりとも動かない。


「皇女殿下。カシムです」


 さきほどよりもさらに大きな声で呼ぶが、反応はない。


「……クローヴィス」


 はっ。彼女が途端に身体を震わせて顔だけこちらに向けた。


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