宝玉騎士からの手紙
「やっぱり、クローヴィスの名前には反応するのですね」
牢屋の最奥にいた少女が反応したのを確認し、カシムはひとまず安心の息を吐く。
ちゃんと生きている。ならばここまで来た甲斐もある。
「殿下、お聞きください。我々はクローヴィスの代わりにここまで来ました。本人も本当はここにいて、殿下をお助けしたかったに違いありませんが、あれは殿下の宝玉騎士の身です。人の目があり、動くこともままなりません。ですから、我々がお救いします」
ほっそりとした肢体の少女は、眼に強い琥珀色の光をたたえ、話に耳を傾けている。
あれ、と鉄格子越しに、初めて身近に皇女を見たカシムは思う。
これまでリュドミラ皇女には風に吹かれれば飛ぶようなか弱い印象しかなかった。強いクローヴィスの陰でひっそりと生きる儚い花のような薄幸の美少女だ。
だが、この琥珀色には激しい意思の力を感じる。
「そういうわけですので、こちらをどうぞ」
トマスが背負っていた背嚢を下ろす。中にあった水筒とコップ、紙包みを出した。
格子の内側へ差し出すと、少女はじりじりと寄ってくる。だが、なかなか手をつける様子がない。
「やっぱり僕らだけでは信用していただけないのでしょうか……」
早くも弱気になるトマス。カシムは後輩を肘で小突き、ふところからある物を取り出した。
「殿下、クローヴィスから預かった手紙です」
皇女の反応はすばやかった。すぐさま手紙を広げ、穴があくほど見つめている。
唐突に、ふ、と皇女は優しい微笑みを浮かべる。まるで固い蕾がほころび、花開くようだった。
そうか、殿下も人だったな、とカシムは当たり前のことをしみじみと思うが。次の瞬間、ぐしゃぐしゃと手紙を丸めてポイ捨てしたのにはさすがに驚いた。
そして皇女は食べ物に手を伸ばすと、猛烈な勢いで食べ始める。
「僕、どうしてなのでしょうか。殿下から、そこはかとない怒りの炎が立ち昇っているように……」
「宝玉騎士サマはよっぽど失礼なことを書いたんだろうぜ」
「うわぁ……」
少女が食べ終えたところで、牢の鍵を開ける。皇女をトマスの背中に乗せ、彼らはできる限りの速さで牢獄を後にした。
◇
一方の闘技場。白塗りお化けは襲い来る敵を斧でなぎ倒し、着々と決勝戦へと駒を進めていた。
思ったよりも勝っているぞ、というのが本人の感想だ。たしかに目立とうとはしていたが、ひと薙ぎの風圧だけで倒れ込む相手ばかりでは戦った気になれない。
他の皇族に仕える宝玉騎士ともやりやったが、いかんせん、顔だけだった。斧を振り上げただけで「ぎゃあああああ」と言いながら尻餅をついていた。それで騎士と言ってもいいのか。
あまりにも勝負にならないためか、審判が途中で乱入し、斧を取り上げ、細い剣を持たせてきた。
ひゅんひゅんと振っていると、まだ傍にいた審判が青白い顔で逃げていった。なぜさっきよりも怖がっているのかわからない。
すると次の相手はクローヴィスを目の前にした途端、文字通り白旗上げて出口へ駆けていった。敗北の宣言のためだけに出て来ただけらしい。
決勝戦になる。最後の相手は顔見知りだった。
「ヤコブか。よくここまで残ったなあ」
同じ皇女に仕える者同士のよしみから声をかけてみるのだが、ヤコブはそっぽを向いた。
ヤコブの役目。それはクローヴィスの「予備」だ。
クローヴィス自身が一番目立ちやすいのだが、ヤコブが出てくることで第三皇女の周囲に猛者がいることを印象付けられると作戦参謀が考えたのだが、どうみてもヤコブ自身が武芸大会に出ることを優先した結果である。彼はまだ、宝玉騎士になることを諦めていないのだ。
そしてクローヴィス自身は気づいていないが、日々、彼と打ち合っていたヤコブの腕はとほうもなく飛躍している。そのため、武芸大会に出ている強者を相手にしてもひるまず、堂々と勝ち上がってきたのだ。
武芸大会の優勝本命は今やクローヴィス・ラトキンではあるが、大穴にヤコブの名が挙がるぐらいには見物客に思われていたのだ。
「……聞いたことがなかったが、一番得意とする武器はなんだ」
「得意? 得意、か」
そんなもの、考えたこともない。あればあるものを使うのがクローヴィスのポリシーだ。そこにあるならフライパンでもしゃもじでも使う。
まったく答える気のない上司に、ヤコブはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「この際に言っておく。……勝つ。手を抜いたら許さない」
「そりゃそうだ」
クローヴィスは破顔した。白塗りお化けの化粧は剥げ落ち、そろそろ本物の化け物になってきた。
獲物は互いに剣。審判が勝負の開始を告げる。
二人は同時に地を蹴った。
――リュドミラへ。
ちょっと、戦わなくてはならんらしい。目立つためだそうだ。
食べるものを作っておいたから、残さず食え。たぶんうまい。
あとは……そうだ、次会う時までにもっと肉をつけとけ。大きくなれんぞ。




