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18/30

嵐の前


 リュドミラのための食事を作り直し、空になった食器のプレートを下げ、塔の階段を下る。

 地上に出たところでキャロラインが立っていた。


「皇女殿下のお食事ですか?」

「ああ」

「どのような献立ですか。完食されましたか」

「今日は魚の入ったスープがメインだ。完食した」

「……そうですか」

「あんたこそ何の用だ。入浴させる時間には遅いようだが」

「いえ。わたくしは特に何も」


 キャロラインはそっと目を伏せる。


「ならば余計な疑惑をもたれないよう、離れた方がいいぞ」

「そうですね。そういたします」

「ではな」


 通り過ぎた。過ぎようと思った。

 だが、彼女は彼の背中にぴったりとついてきた。


「ん?」

「お気になさらず。ちょうどわたくしもこちらに御用がありまして」

「そうか」


 厨房まで戻ってきた。井戸から水の入った盥を持ってきて、食器を洗う。


「全部ご自分でされるのですね」


 キャロラインはまだ背後にいた。暇なのか。


「正直、いつまで続くものと思っていましたが、意外ときちんとされていたので驚きました」

「はあ」

「感心したと申し上げているのです。ところで皇女殿下に出された食事の余りはございますか」

「ある」

「わかりました。少しいただいていきましょう」

「はあ」


 宣言通りに、キャロラインは厨房に残っていたスープの鍋を見つけてきて、自ら皿によそって口にする。

 彼女が来た食堂にはすでに食事をとっていたトマスとカシムの姿もあり、キャロラインが食事を始めたことに動揺を隠せない。


「もしやあの侍女は……」

「しっ。トマス」


 侍女は「少しコクが足りない気がいたしますね」とスープの感想を述べる。


「もう少し野菜の甘みが欲しいところです。皇女殿下は優しい味わいのものを好まれますから。時々、果物や菓子もつけてさしあげると喜ばれます」

「そうか」

「覚えておくとよろしいかと。皇女殿下に下手なものをお出しするわけには参りませんから」

「はあ」


 クローヴィスの気の抜けた生返事にも、侍女は淡々とした口調を変えない。皺ひとつないお仕着せのドレスと同じぐらいにきっちりとしている。


「では失礼いたします。皇女殿下をよろしくお願いいたします」


 侍女は食器をきれいに洗ってから立ち去った。誰も彼女に話しかけられなかった。意図が読めない。

 何年もリュドミラに毒を盛っていた本人が、リュドミラを心配するような言動をするとはいかにも怪しい。


「ザーリー卿の奥方はあんな方だったんですねえ……。僕、はじめて見ましたよ。もっと派手な人だと思っていましたが、ずいぶんと奥ゆかしい感じの方ですね」

「トマス。派手なのは本邸にいる愛人の方だ。正妻はずいぶんと影が薄いらしい人だと聞いたことがある。おそらく宮廷以外に居場所はないのだろうさ」


 どちらにしろ、俺たちには関係のない話だ、カシムはそうまとめた。路傍の石ころを眺める目をしていた。

 クローヴィスは一人、スープの味見をした。はじめは気づかなかったが、確かにコクが足りない。次回作る時は気をつけようと心に決める。


「カシム。このスープ、まだ改善点があったようだぞ」

「わかりましたよ。今後、調整していきましょう。とりあえず、今日の食事は二度作ったので今夜中に消費することだけを考えましょうよ」

「それは問題ない。余ったら俺が全部平らげるだけだ」


 彼は言葉に違わず、ぺろりと完食した。

 ヤコブもいつもの夕食の時間に無言でやってきて、無言で食事をかきこみ、感想を言わないまま去っていく。

 キャロラインの件以外は、ふだんと変わらぬ食事を終えた一同は夜の警備担当をのぞいては、みな眠りについた。

 そして明朝、彼らは衝撃の知らせを耳にする。




 キャロライン・ザーリー。

 彼女が毒を飲んで死んだという知らせだ。



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