86・期間限定の恋人・18
小悪魔マユ・86
『期間限定の恋人・18』
「あ……そうだったんだ」
美優は、目覚めると黒羽のベッドなので、瞬間とまどった。
夕べは、自分から望んで、黒羽の部屋を訪れ、本当の恋人に成れたのだ。
にしては……黒羽の姿が無い。
「いつまで寝てんの。英二さんとっくにいっちゃったわよ!」
階下から母の声がした。
――お母さん、夕べのこと知ってんのかなあ……?
階下のキッチンに降りると、母が美優以外の朝食の後かたづけをしていた。
「英二さんも、忙しいわね。今朝は、早くから記者会見なんだって?」
「ああ、うん。Pホテルでね。わたしは事務所のスタジオ。予備のコスできてる?」
「お店のカウンターの中に置いといた。しかし、今度の新曲は、動き激しいのね、発表前に予備を八着も作るなんて初めてよ」
「なんたって、今度はオモクロとの対決だからね。振り付けの春まゆみさんも熱が入っちゃって、動きが激しいの。対決に勝ったら、ステージ増えるから、もう一揃え予備作るって。大もうけだね、このローザンヌも」
「そのときは、担当は美優ね。今度の曲は、美優の方が詳しいもの」
「……お母さん」
「世の中、いつ奇跡がおこるかも知れないもの……」
「うん。わたしも信じてみる。だって、あと一日ちょっとで死ぬなんて、ぜんぜん、そんな気しないもん」
「そうよね、快調そのものだもんね」
「……うん」
お互いの目が潤んできたので、美優は大あわてで、トーストにスクランブルエッグを乗っけ、トトロのような大口を開けて、かぶりついた……で、その瞬間を、母がスマホで写メった。
「あ、お母さん!」
「うん、美優の自然な感じがとてもいいよ。あとで英二さんに送っとくね!」
「母子の縁きるよ!」
賑やかに、じゃれ合いながら朝食をすませた。こんなふうにじゃれ合えるのも、あと一日……その思いは、ちょうど出勤してきたバイトのサエちゃんに向けた笑顔で忘れた。
通りに出て気づいた。
――お母さん、黒羽さんじゃなく、英二さんて言ったよね……。
母には、分かっていたのかもしれない。ショ-ウィンドウに映る自分の姿が、なんだか昨日までの自分と違ったような気がした……というか、髪に寝癖がついたまま。
あわてて手櫛で整えた。ほのかに黒羽の香りがした……こりゃ、お母さん気づくはずだ。
恥ずかしさと、爽やかさが一度にやってきた。
事務所に入ると、大柄な外人さんとすれ違いざまにぶつかりそうになった。外人さんは「ゴメンナサイ」とカタコトの日本語で言うと、ウィンクして行ってしまった。
若いスタイリストに予備のコスを渡すと、一着多かった。まあ、急な数の変更などしょっちゅう。母が数を言い違えたんだだろう。衣装チーフの篠崎さんは伝票を確認するとあっさりサインしたんだから、間違いなし。
それから、美優は、会長室のモニターでレッスンの様子を見ていた。
今朝は、記者会見のため、選抜メンバーはいない。研究生のアンダーの子たちが春まゆみにしぼられている。アンダー(アンダースタディー=万一の場合にそなえた代役)だけど真剣だ。
――わたしも、こんな風に燃焼……そんな時間は、もう無い。英二さんとの時間だけを大事にしよう……ああ、だめ、ネガティブは。頭を切り換えると、自然に『コスモストルネード』に合わせてリズムをとっていた。
「やっぱり、高校生のときにスカウトしとけばよかったな」
いつのまにか、会長が並んで座っていた。
「あ、失礼しました!」
「いいよ、いつでも見ていいって言ったのは、オレなんだから。しかし、ほんとに美優ちゃん、いけてたよ」
「そんな、わたしなんか、とんでもない」
「いいや、美優ちゃんは、ミス乃木坂に選ばれたじゃないか」
「文化祭のお祭ですよ。それも何年も前の話です」
「二年前に準ミス乃木坂に選ばれた坂東はるかは、今や新進気鋭の女優だよ」
「それは、たまたま坂東はるかって子に才能があったからです」
「あの子のディレクターは白羽ってんだけどね、ずいぶん食い下がってモノにしたみたいだ」
「黒羽さんだって……」
「あいつは、せっかくのスターのタマゴを自分一人だけのモノにしやがった」
「え……?」
「なんでも」
会長は身に付いたキザで、ルパン三世のように肩をすくめた。
「あの、スタジオの奥にシートでかけてあるのは、なんですか。無かったですよね、今まで」
「オレのアイデアで、道具ふやしたの。まだ企業秘密」
そのとき、会長室をノックして、衣装コ-ディネーターの篠崎さんが入ってきた。
「ちょっと、美優ちゃん。衣装のことで」
顔つきが怖い……やっぱり、なにかミスでもあったのだろうか。
美優は、職業的緊張感の顔になり、篠崎のあとに続き楽屋を兼ねた会議室へと向かった……。




