82・期間限定の恋人・14
小悪魔マユ・82
『期間限定の恋人・14』
黒羽の父は分かってしまった。黒羽と美優の関係は、死を目前にした自分を安心させるための見せかけの婚約者であることを。
しかし、美優は、はっきり言った。
「違います。わたし、本当に英二さんのこと愛しているんです」
でも、黒羽の父は、こう返してきた。
「……だとしたら、それは錯覚だよ。婚約者の役を引き受けたのは、俺の命が長くない……そう聞いてからだろう。二人を見ていれば分かるよ……二人は、まだ清いままだ」
清いまま……古風な言い回しだが、核心をついていた。
「オヤジになに言われたの?」
ハンドルを握りながら黒羽が聞いた。軽い調子だったが、かなり気にしていることが美優には分かった。
「ナイショ」
「厳しいこと言ったんだろ。外面はくだけたジイサンだけど、身内にはキビシイからなあ。まあ、年寄りの繰り言と聞き流せばいいよ」
――そうだよね、お父さんは、とても優しく接してくれて、心配もしてくれた。でも、厳しく現実は見抜いていた……いや、違う。わたしは、ほんとうに英二さんを愛してるんだ。
それから二日がたった。
コスモストルネードは、プロモーションビデオの段階にさしかかっていた。マユの体を借りた拓美もリーダーのクララも知井子も、他の選抜メンバーも歌と振りは完成していた。
プロモの撮影は、隣りのS県のコスモス畑でおこなわれた。
「すごいだろ!」
黒羽は、衣装のアシスタントとして付いてきた美優……を含める全員に言った。黒羽は、仕事の上では公私混同はしなかった。美優も、カメラテストの終わったメンバーの衣装の手直しを真剣にやった。
プロモのディレクターはゲームクリエーターの岸川という、まだ二十代前半の若者であった。
「岸川君は、『アイドルチャレンジ』で立て続けにミリオンとってるやり手だからな。きっといいプロモにしてくれるよ」
黒羽が、そう紹介すると、メンバーのみんなが騒いだ。
「え、ウソー。あのアイチャレ作ってんですか!」
「わたし、クリアーしちゃった!」
「続編でるんですか!?」
AKRのメンバーの中にも、かなりのファンがいるようだった。そのためにメンバーとクルーのモチベーションは最初から高く、チームワークもいい。なんといっても、メンバーのほとんどがアイチャレにハマったり、知っていたりしていたので、最初から共通のイメージを持って撮影できたことが大きい。
予定より二時間も早く撮影が終わって明くる日はスタジオ撮りである。
週末の新曲発表は、いきなりオモクロとの対決ということになった。
オモクロが、新曲の『秋色ララバイ』をぶちかまし、合同発表ということになった。しかし、ただの発表ではつまらないので、収録に審査員。そして会場の観客。さらには視聴者にも投票してもらい、順位を付けることになった。ただ新曲だけの勝負では負けた方が営業上のダメージが大きく、九十分の特番としては尺が余ってしまうので、AKRもオモクロも独自の選曲で、五曲づつぶつけ合い、その間にもトークなどがあって、最後に投票結果が集計され、フィナーレで結果が発表されることになった。
この分かり易くセンセーショナルな企画は、HIKARIプロの会長が発案し、オモクロが受けるカタチで決まった。
――返り討ちにしてやる――
AKRの会長はほくそ笑んだ。総合力でも、新曲でもAKRはけして負けない自信があった。
――まんまと罠にはまったな――
オモクロの上杉プロディユーサー兼チーフディレクターは笑みをこぼした。
プロモーションビデオの撮影の後は、AKRの事務所にもどって、メンバーやスタッフもいっしょになって、四日後に迫ったオモクロとの対決にむけての作戦会議になった。会長と黒羽のアイデアであった。
二人の仕掛け人の目論見通り、AKRは事務所ごと全員の意気が高まっている。まさにマックスハイテンションである。
黒羽は、それから明日のスタジオ撮りの打ち合わせのため、岸川と徹夜の打ち合わせに入った。
「ごめんなさい。英二さん、今夜は来れなくて……」
「いいよ美優ちゃん」
美優が病室に入って最初の会話だった。
「由美子、ちょっとの間、この酸素マスク外してくれよ」
「……いいわ。でも三十分だけよ」
「頼む」
「三十分たたなくっても、顔色変わったり、モニターのアラームがなったら、そこでマスクジイサンになってもらうからね。じゃ、美優……お義姉さん、よろしく」
年上の由美子から言われて、少し落ち着かなかったけど、気遣いは嬉しかった。
昨日もそうだったけど、黒羽の父は、美優がかりそめの婚約者だとは言わなかった。ほんとうに息子の嫁に話しかけるように、適度にうち解けて話してくれた。
「あいつも、なかなかやるもんじゃないか……」
オモクロとの対決を話した時などは笑ってくれた。もう声を出して笑う力はなかったが、目はしっかり笑っていた。
対決番組の収録まで、あと五日。
――わたしの命は……あと四日。神さま、お願いです。英二さんの勝利が分かるまで、一日だけ命を延ばしてください。
――違うでしょ。頼むんだったら、この小悪魔のわたしじゃないの。
マユは、必死で五百万個目のガン細胞を殺しにかかった……。




