76・期間限定の恋人・8
小悪魔マユ・76
『期間限定の恋人・8』
わたしと黒羽さん、婚約しましたから!
「「「「「「「「「「え……ええ!?」」」」」」」」」」
一同から、悲鳴のような歓声があがった。
「だからあ、もう、みんな黒羽さんに手を出してはいけません!」
「ちょっと、美優!」
と、マダム。
「ちょっと美優ちゃん」
黒羽は、一度美優を廊下に出した。
「これは、あくまでオヤジを納得させるための……バーチャルなんだから」
「たとえそうでも、その気になっておかなきゃお父さんは気づいてしまうわ。病人て、そのへんの勘は鋭いのよ。わたしも、ついこないだまでは、そうだったから、よく分かるの。決めたからには覚悟して」
「美優、どういうことなのよ!?」
マダムは、娘の爆弾発言を問いただそうと、廊下に出てきた。メンバーの矢頭萌など数人もくっついてきた。ビル中に騒ぎが広がりそうなので、黒羽は、慌ててみんなをスタジオにもどした。
「AKRは、恋愛禁止になってますけど。密かに黒羽さんに心寄せてる人がいちゃいけないので、宣言しときます。この英二さんは……」
――売約済み――
いつのまに用意したのか、ロ-ザンヌの(売約済み)のシールを、黒羽の胸や背中、おでこにも貼り付けた。
「「「「「「「「「「キャー、ウワー!」」」」」」」」」」
歓声があがった。
「結婚式はいつ?」
「告白は、やっぱ黒羽さん?」
「シッ、シッ、これからは、黒羽さんの半径50センチ以上寄っちゃいけないからね。50センチ以内は婚約者のエリアだからね」
クララが、通せんぼをした。
「って、いうか、クララさん、その距離超えてるしい」
萌が、くちびるを尖らせる。
「わたしは、親衛隊長だからいいの!」
「ずるい~!」
などと、ひとしきり騒ぎは収まらない。
「婚約指輪は、まだなんですか……?」
知井子が、静かに聞いたが「婚約指輪」という言葉は刺激的である。
――ジー…………
47人のメンバーとスタッフ、そして母親であるマダムの視線が、美優の左手に集中した。
「あ、あの、その……ついさっきコクられたばっかで、そういうのまだなんです……アハハ」
美優は、顔を赤らめ、眉を八の字にして頭を掻いた。
「ワー!」
「そんなの!」
「信じらんない!」
「大の男だったらさあ!」
と、またもかしましい。
「いや、だから、それはね……」
と、黒羽が言い訳しようとすると、黒羽の携帯が鳴った。
「はい、黒羽。あ、会長……はい、今すぐ行きます。オレ会長室行ってくるから、みんなはレッスン。よろしく、まゆみさん(振り付け)」
「はい。さあ、あんたたちがんばるのよ!」
春まゆみが、みんなを集中させた。
「マダム、美優ちゃん、いっしょに来て」
「え?」
「会長が、お二人もいっしょにってことなんで」
「黒羽、おまえは、自分のことに関してはブキッチョなんだからなあ」
会長は、小さな小箱を投げてよこした。
「……これは?」
「グリコのオマケじゃねえからな。正真正銘の婚約指輪」
「会長……」
「会長さん……」
「急場のことなんで、筋向かいの宝飾堂のありあわせ。でも、モノホンだから……美優ちゃん、マダム、こんな朴念仁だけどよろしく。こいつのお父さんのために……」
「会長……!?」
「夕べは、ずいぶん酔っぱらって……見かねた美優ちゃんが面倒みてくれた……この界隈のことは、業界のことと同じくらいの地獄耳。それに妹さんから電話もあったしな」
「由美子のやつが……!」
「怒ってやるなって……親孝行したいころには親は無しってな。それに『コスモストルネード』発表までは、この朴念仁にもしっかりしてもらわなっくちゃ困るしな」
「ありがとうございます。会長」
「お礼言うならなら、美優ちゃんだ。かりそめにも10歳以上年上の婚約者引き受けてくれたんだからな」
「会長さん」
「なんだい?」
「あの……レッスン見てちゃいけませんか。婚約者として英二さんの仕事ぶり見ておきたいんです」
「それは断る。発表までは非公開だ」
「あの、ブースからでもかまわないんです。お父さんにちゃんと婚約者と思ってもらうためには、英二さんの仕事見といたほうがいいと思うんです」
「だめだ、スタジオからブースは丸見えだ……でも、この部屋のモニターならいいよ」
会長が、机のボタンを押すと、天井から大きなモニターが降りてきた。
「ほら、このゲ-ム機のコントローラーで操作できる」
モニターにスタジオの全景が映し出された。
「あとは、触っているうちに分かる。じゃ、美優ちゃん、よろしく」
会長は、ホウキとちり取りを持ってドアに向かった。日課の掃除である。
「あ、それと、適当に時間作ってデートしとけ、リアリティーが出るようにな」
そう言い残し、会長は部屋を出て行った。
「じゃ、オレも仕事にかかる。あ……昼飯いっしょに食べよう。昼に店に迎えにいくよ」
「は、はい」
マユは、美優の体の中で、美優のトキメキを、どう受け止めていいのか分からなくなった……。




